表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新改訂】戦犯の孫  作者: ふたぎ おっと
第六章 灯火は消えない
PR
84/90

6-3.その後のヘルネー

 瓦礫だらけの崩れた建物が並ぶ裏通りを抜けると、きれいなホテルやショッピングセンターが並ぶヘルネーの中心地に出た。

 裏通りと違って、こちらはオプシルナーヤ語だらけだ。道ゆく人は、無気力に下を向いたまま、歩いている。

 どこも一緒だな……。

 ロマンは苦い気持ちでそれを見た。

 他の都市も似たような状況だった。

 オプシルナーヤから冷遇される東ヘルデンズ。街も人も、まるで光がない。かつてはフラウジュペイもメルジェークも蹂躙した敵国の今の姿に、ロマンはいい気味とは全く思えなかった。

 それにしても、焦げたにおいが鼻をつく。煙が上がっているわけではないが、空気がくすぶっている。

 ある路地を覗くと、崩れたアパートの前で、何人かの女性や子どもが呆然と地面に座り込んでいた。別の道端には、『反省中』とヘルデンズ語で書かれたプラカードを首から下げて整列する人たち。

 つい最近何かがあったことは明らかだ。

 ロマンは何もしてあげられないことを悔やみながら、前を通り過ぎた。

 大通りを抜け、下町に向かう。

 ここも、窓ガラスが割れた家がいくつかある。

 それにやけに閑散としていた。

 ロマンは不審に思いながら、『女神の泉ファウンテ・デ・ラ・ディオーサ』に入った。

 店の中も閑散としていて、重く暗かった。店内にいるのは、奥にいる二人の男性客と、カウンターの内側に座る女性。

 ここのはずなんだが……。

 奥の二人から突き刺すような視線を感じながら、ロマンはカウンターに座った。

「ビールを」

 女性は無言で樽のビールを注いだ。長い鳶色の髪に鳶色の瞳のアジェンダ人の女。派手な服の割には、化粧気がない。

「ここは、いつもこんなに静かなんですか?」ロマンはカウンターの女性に話しかけた。「実は結構賑やかな店だと聞いていたので」

 女性はロマンをじろじろ見た。「あなた、メルジェーク人?」

 ロマンはビールに口をつけたまま、女性を見て首を傾けた。

「あなたの喋り方、メルジェーク人よね」女性は抑揚なく言った。

 ロマンはビールを一口飲んだ。

「まいったな」ロマンは降参したように手を挙げた。「これでもきれいに話していたつもりだったのに、そんな特徴があったんですね」

「このあたりにも、メルジェーク人がいたから……」女性は寂しそうに横を向いた。

 なるほど。やはりここで間違いない。

 しかし、自分は一足遅かったようだ。

「ゼルマ。今日は帰るぜ」奥にいた男たちが席を立った。「元気出せよ。ティモ、きっと良くなるさ」

「……ありがとう」

 男たちはロマンを一瞥して出て行った。

 店はいっそう静まり返った。

「さっきの話ですが」ロマンは再び話しかけるが、ゼルマが首を傾げるので補足した。「メルジェーク人の話。実は古い友人を探しているんです」

 ゼルマは形のいい眉をひそめた。「みんなどっか行ったけど?」

「そうですか」ロマンは逡巡したのち、聞いてみた。「ヤーツェク・ルトワフスキという男、いましたか? 長めの黒髪の」

 ゼルマはやや目を見開き、口を引き結んでロマンを見た。

 これはどういう表情なのだろう。

 何か言おうかと思ったとき、ゼルマは両手で顔を覆って泣き出した。カウンターの内側の台に項垂れる。

 突然の反応に、ロマンは最悪の予想をした。「まさかヤーツェクは……」ロマンは唾を飲んだ。「亡くなった……?」

「生きてるわよぉ!」ゼルマはどんと台を叩いた。

 ロマンは困惑した。「それなら……他に何か、悪いことでも……?」

「知らないわよぉ! 知るわけないじゃない、あんなやつ!」

 ゼルマは棚からウイスキー瓶を取り出し、瓶ごと一気にあおった。

 ロマンはぎょっとする。

「なんなわけぇ、あいつ。いちいちひとの行動に干渉してきて!」

 また一口煽る。

「ちょっと寝たくらいで彼氏ヅラよ。あたしに釣り合うと思ってたのかしらぁ!」

 更に一口。

「ほんとに、彼氏ヅラするなら最後までいろってのよぉ!!」

 ゼルマはウイスキー瓶を台に叩きつけた。ロマンはゼルマから目を逸らした。

 あんまり他人の男女関係に干渉したくはないが……。

 ロマンはハンカチを出した。「よければどうぞ」

 ゼルマはハンカチを取ると、顔に押し当て項垂れた。

「なんでこんなときにいなくなるのよぉ……。アロイスもヴォルフもいないのに」

 ロマンはビールを飲む手を止めた。

 ヴォルフ? ヴォルフと言った?

「ヴォルフって……ヴォルフ・ノール?」ビールを支える手が、思わず震える。

「なに、あなた。ヴォルフとも知り合いなの?」ゼルマは乱暴に涙を拭う。

「彼もここにいたんですか……? あの、鳶色の短髪の、背の高い……」

「ちょっと前までね。変な子と一緒に」

「変な子……」鼓動が大きくなる。「顔に火傷のある子……?」

 ゼルマはムッとロマンを睨んだ。「ブランカとも知り合いなの?」

 ロマンはグラスに視線を落とした。

 ああ、二人とも無事だった。

 生きてここにいた……。

 列車爆発以降、確かな情報が一切なく、ずっと不安だった。もう少し早くここに来られていれば……。

「悪いけどあの子の話は聞きたくないの。ヴォルフも一体あんな子のどこがいいのかしら」

 そのひとことで、ロマンは更に安心した。

 二人を最後に見たとき、ヴォルフはブランカの正体に怒り狂い、ブランカは更に心を閉ざしていたから。

 ロマンは少し気を良くして顔を上げた。

「ヤーツェクの愚痴、聞かせて下さい」

 ゼルマは息を飲んでロマンを見ると、肩を落としてため息をついた。

「あたし……最悪だったの……」

 ゼルマはぽつりぽつりと話し出した。

 時折り混ざるヴォルフとブランカの話に、ロマンは内心ほほ笑んだ。

 どうかふたりとも、無事に逃げ延びてほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ