6-3.その後のヘルネー
瓦礫だらけの崩れた建物が並ぶ裏通りを抜けると、きれいなホテルやショッピングセンターが並ぶヘルネーの中心地に出た。
裏通りと違って、こちらはオプシルナーヤ語だらけだ。道ゆく人は、無気力に下を向いたまま、歩いている。
どこも一緒だな……。
ロマンは苦い気持ちでそれを見た。
他の都市も似たような状況だった。
オプシルナーヤから冷遇される東ヘルデンズ。街も人も、まるで光がない。かつてはフラウジュペイもメルジェークも蹂躙した敵国の今の姿に、ロマンはいい気味とは全く思えなかった。
それにしても、焦げたにおいが鼻をつく。煙が上がっているわけではないが、空気がくすぶっている。
ある路地を覗くと、崩れたアパートの前で、何人かの女性や子どもが呆然と地面に座り込んでいた。別の道端には、『反省中』とヘルデンズ語で書かれたプラカードを首から下げて整列する人たち。
つい最近何かがあったことは明らかだ。
ロマンは何もしてあげられないことを悔やみながら、前を通り過ぎた。
大通りを抜け、下町に向かう。
ここも、窓ガラスが割れた家がいくつかある。
それにやけに閑散としていた。
ロマンは不審に思いながら、『女神の泉』に入った。
店の中も閑散としていて、重く暗かった。店内にいるのは、奥にいる二人の男性客と、カウンターの内側に座る女性。
ここのはずなんだが……。
奥の二人から突き刺すような視線を感じながら、ロマンはカウンターに座った。
「ビールを」
女性は無言で樽のビールを注いだ。長い鳶色の髪に鳶色の瞳のアジェンダ人の女。派手な服の割には、化粧気がない。
「ここは、いつもこんなに静かなんですか?」ロマンはカウンターの女性に話しかけた。「実は結構賑やかな店だと聞いていたので」
女性はロマンをじろじろ見た。「あなた、メルジェーク人?」
ロマンはビールに口をつけたまま、女性を見て首を傾けた。
「あなたの喋り方、メルジェーク人よね」女性は抑揚なく言った。
ロマンはビールを一口飲んだ。
「まいったな」ロマンは降参したように手を挙げた。「これでもきれいに話していたつもりだったのに、そんな特徴があったんですね」
「このあたりにも、メルジェーク人がいたから……」女性は寂しそうに横を向いた。
なるほど。やはりここで間違いない。
しかし、自分は一足遅かったようだ。
「ゼルマ。今日は帰るぜ」奥にいた男たちが席を立った。「元気出せよ。ティモ、きっと良くなるさ」
「……ありがとう」
男たちはロマンを一瞥して出て行った。
店はいっそう静まり返った。
「さっきの話ですが」ロマンは再び話しかけるが、ゼルマが首を傾げるので補足した。「メルジェーク人の話。実は古い友人を探しているんです」
ゼルマは形のいい眉をひそめた。「みんなどっか行ったけど?」
「そうですか」ロマンは逡巡したのち、聞いてみた。「ヤーツェク・ルトワフスキという男、いましたか? 長めの黒髪の」
ゼルマはやや目を見開き、口を引き結んでロマンを見た。
これはどういう表情なのだろう。
何か言おうかと思ったとき、ゼルマは両手で顔を覆って泣き出した。カウンターの内側の台に項垂れる。
突然の反応に、ロマンは最悪の予想をした。「まさかヤーツェクは……」ロマンは唾を飲んだ。「亡くなった……?」
「生きてるわよぉ!」ゼルマはどんと台を叩いた。
ロマンは困惑した。「それなら……他に何か、悪いことでも……?」
「知らないわよぉ! 知るわけないじゃない、あんなやつ!」
ゼルマは棚からウイスキー瓶を取り出し、瓶ごと一気にあおった。
ロマンはぎょっとする。
「なんなわけぇ、あいつ。いちいちひとの行動に干渉してきて!」
また一口煽る。
「ちょっと寝たくらいで彼氏ヅラよ。あたしに釣り合うと思ってたのかしらぁ!」
更に一口。
「ほんとに、彼氏ヅラするなら最後までいろってのよぉ!!」
ゼルマはウイスキー瓶を台に叩きつけた。ロマンはゼルマから目を逸らした。
あんまり他人の男女関係に干渉したくはないが……。
ロマンはハンカチを出した。「よければどうぞ」
ゼルマはハンカチを取ると、顔に押し当て項垂れた。
「なんでこんなときにいなくなるのよぉ……。アロイスもヴォルフもいないのに」
ロマンはビールを飲む手を止めた。
ヴォルフ? ヴォルフと言った?
「ヴォルフって……ヴォルフ・ノール?」ビールを支える手が、思わず震える。
「なに、あなた。ヴォルフとも知り合いなの?」ゼルマは乱暴に涙を拭う。
「彼もここにいたんですか……? あの、鳶色の短髪の、背の高い……」
「ちょっと前までね。変な子と一緒に」
「変な子……」鼓動が大きくなる。「顔に火傷のある子……?」
ゼルマはムッとロマンを睨んだ。「ブランカとも知り合いなの?」
ロマンはグラスに視線を落とした。
ああ、二人とも無事だった。
生きてここにいた……。
列車爆発以降、確かな情報が一切なく、ずっと不安だった。もう少し早くここに来られていれば……。
「悪いけどあの子の話は聞きたくないの。ヴォルフも一体あんな子のどこがいいのかしら」
そのひとことで、ロマンは更に安心した。
二人を最後に見たとき、ヴォルフはブランカの正体に怒り狂い、ブランカは更に心を閉ざしていたから。
ロマンは少し気を良くして顔を上げた。
「ヤーツェクの愚痴、聞かせて下さい」
ゼルマは息を飲んでロマンを見ると、肩を落としてため息をついた。
「あたし……最悪だったの……」
ゼルマはぽつりぽつりと話し出した。
時折り混ざるヴォルフとブランカの話に、ロマンは内心ほほ笑んだ。
どうかふたりとも、無事に逃げ延びてほしい。




