6-1.西へ
闇が広がる森の中を、二人は死にものぐるいで走っていた。
ここがどこで今がいつなのかは分からない。この先が安全かすら分からない。
しかし、あと少しだ。
あと少しで西へ抜けられる。
追っ手の気配は見当たらない。あとはこのまま走りきるだけだ。
それなのに、ヴォルフの心はまったく晴れなかった。
ブランカ……。
まっすぐサーチライトに向かっていった後ろ姿を、忘れられない。兵士に取り囲まれ一斉に銃を向けられているのを見た瞬間、ヴォルフは助けに行きたくて仕方なかった。
ブランカはあのままオプシルナーヤに連れられて行った。
何でお前は行ったんだ。
何で俺は行かせたんだ!
強引にでも、担いででも、連れて来るべきだった。
どうしてこんなときに限って弱いままでいてくれないんだ……。
ヴォルフは右手のブローチを、ぎゅっと握った。
「兄さん、見えるか?」
アロイスが足を止めて、荒く息継ぎをした。長く続いた坂をずっと走ってきたから、流石に身体が重い。
ヴォルフは斜面の先を見た。
麓に行くにつれ森がひらけている。月明かりが、畑や小屋を照らしている。
「……ここを降りるだけだ」
アロイスは頷きながら、ヴォルフの横に並んだ。後方を確認してから、眼下に広がる平野を見下ろす。
「兄さん」アロイスは息を整えて言う。「正直、出会ったばっかりの頃は、ブランカちゃんを侮っていた。殻にこもってばかりの子供やと思っとったわ」
ヴォルフがダムブルクで初めて会った少女も、そんな子供だった。人と距離をとって心を閉ざしていたブランカ。ヘルネーに向かっていた時は、そんな彼女にイライラもしていた。
「やけどブランカちゃん、この数日でほんまに変わったな。さっきは僕も惚れてしまいそうやったわ」
アロイスは感慨深げにふっと笑い、ヴォルフを見上げた。
「誰かさんの存在が大きいんちゃうかな」
ヴォルフは荒い息をついてブローチを額に当てた。
ヴォルフだって同じだ。
罪悪感に苦しみ泣いてばかりだったブランカは、ヘルネー郊外の古城に行った時から変わっていった。戦争で苦しんだ人たちを理解しようとし、ただひたすらに素朴な生活を守りたいと願い、前を向いて行った。
そんなブランカに、ヴォルフはますます惹かれていった。
さっきもそうだった。
控えめにキスをして笑顔を見せたブランカ。
ああ、何で俺は止められなかったんだ……。
「兄さん、ブランカちゃんは戦いに行った。僕らも僕らの戦いに行くで」
アロイスがヴォルフの背中を叩いた。
ヴォルフは大きく息をついて頷いた。
ブローチの花の意匠に口付ける。
「さぁ行こ。そんで――」アロイスはヴォルフをもう一度見上げた。「必ず取り戻そう」
「ああ、必ず」
だからブランカ。無事でいてくれ。
二人は丘を駆け降りた。




