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【新改訂】戦犯の孫  作者: ふたぎ おっと
第一章 ブラッドローから来たアジェンダ人
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1-5.ダムブルク春祭り②

 ブランカがヴォルフに手を引かれる形で屋台の方へ向かっていくのがステージから見えた。

 ロマンは肩の力を抜いた。

「いい人ね、ヴォルフさん」レオナはロマンの肩越しに二人を眺めて言った。

「彼が来てくれて良かったよ、ブランカのためにも」ロマンはにっこり笑ってレオナを見た。「きみもいい仕事したね。嬉しいよ本当に」

「もう、どの立場でものを言ってるの? 娘を送り出した父親みたいな顔してるわよ」

「まいったな、そんな老け込んだのかな。僕もヴォルフと同い年なのに」ロマンはやれやれといった様子で肩をすくめた。

「にしてもあなたたち、どこで知り合ったの?」

 素朴な疑問だった。ロマンは元々ダムブルクの人間ではない。フィンベリー大陸戦争中のある時期にダムブルクに現れ、そのまま住みついた。

 だからレオナからしてみると、実はロマンの過去も謎だった。

「昔、戦場でね」

 ロマンはそれ以上を語らなかった。いつもは柔らかい空色の瞳が虚空を見つめて陰っている。

 しかし次の瞬間にはにっこり笑顔に戻った。「そういえばきみの信奉者はあきらめたかな?」

「まだうろついているわね」レオナは目をぐるりと回した。「ねぇロマン、そのことなんだけど、あたしお礼言ってなかったわね。ブランカのためだとしても嬉しかった。ありがとう」

「ブランカのため?」

「え、違うの? あいつがブランカに食ってかかったから約束あるふりしてくれたんでしょ? ロマンのことだからヴォルフさんを悪者にもできなかったんでしょうし」

 ロマンは今日初めて見たかのように目を丸くしてまじまじとレオナを眺めた。空色の瞳に直視されて、レオナは急に落ち着かなくなった。

 こうしてみると、ロマンの瞳はただの空色ではないのね。ランタンの光で茜色にも見えるし、春の陽気が混じったような淡い黄色が混じっているようにも見える。

「ブランカとヴォルフのことは否定しないけど」ロマンは瞳をきらめかせて笑みを広げた。「今日はきみといられるの、ちょっと得した気分だ」

 レオナは急速に顔に熱が集まるのを感じた。ロマンはこんなことを言うタイプではないから、完全に不意打ちだった。

「そのワンピースもレオナが自分で縫ったんでしょ? 良く似合ってる」

 あぁ、いきなり連発して言うのは反則だわ。

 確かにレオナ自身も今日は気合を入れてきた。

 普段は一本の三つ編みにしている腰まであるショコラ色の髪は、ウェーブを入れ半分だけ編み込みにした。濃いブルーのストライプ柄のワンピースは、流行遅れかもしれないけど、隙を見ては田舎で手に入る雑誌で研究して作った。

「まったく、褒めるのは上手よね。でもありがとう」

「本心だよ」ロマンはにっこり笑った。「普段からこんな格好してるとたくさん言い寄られるんじゃない?」

 こんな格好していなくても、実はレオナは言い寄られている。面倒見が良く家事全般そつなくこなすところが家庭向きらしい。

 しかし幼少期から知っている町の男たちに、何かを感じたことはない。いずれは誰かと結婚するにしても、一度くらい情熱的なロマンスを経験してみたい。

 そう思ってロマンを見上げたとたん、柔らかく細めた空色の瞳と目が合った。鼓動がいつもより速い気がする。

「そしたらそんな人たちはがっかりするわね、あたしは毎日こんな格好してらんないもの」

「だったら彼らは分かってないんだ」ロマンはくすっと笑った。「普段でも十分だと思うけどな」

 ねぇ、その発言のどれくらいが本心なの?

 ロマンは分け隔てがなくて誠実で優しいけど、こういうとき、彼の本心が見えなくてほんとうに困る。


***


 わたしは、こんなことをしていていいのかしら。

 ヴォルフに手を引かれて町中を歩く。

 視線が集まっているのが分かる。噂されているのも分かる。

 だってこの人、とても素敵だもの。そういうことに疎いわたしでも分かる。

 あの意志の強い薄鳶色の瞳。あれに動じない人なんて、いるのかしら。

――ひどく落ち着かない。

 それに、この人はブラッドローの軍人……。

 そう。忘れてはいけない。気を許してはいけない。

 それなのに……。

 きれいに変身した白いおかっぱ頭。

 さっき、ブラッドロー語で言われた言葉が、頭の中でずっと回っている。

「あれまぁブランカどうしたの? いつもと違うねぇ。しかもお客さんも連れて」適当な食堂に入ると、店のおかみさんが目を丸くしてブランカとヴォルフを見た。

「これはその、レオナにやってもらったんです。あとロマンが取り込んでいるのでわたしが案内を……」

「そう、さすがレオナ。あんたもちゃんとした格好すれば変わるもんだね」

 今日すれ違う人は、みんな同じようにブランカの変わり様を褒める。

 ブランカは喜ぶべきか分からなかった。夕方のレオナの話がずっと頭にこびりついている。

「しかし火傷の痕が残念だなぁ」横から別の男性が言う。

「髪も白っぽくなけりゃあなぁ」

「ほら、ちょっとふっくらしたらマシになるだろうよ。いっぱい食べな」

「そんな、ダメです。他の方にその分……」

 ブランカは断ろうとした。しかしブラッドローのお客さんもいるということで、おかみさんは皿に山と野菜と肉を盛ってくれた。

 ヴォルフとブランカは、空いてる窓側の二人掛けのテーブルに、向かい合わせで座った。やはり注目を集めているのがよくわかる。

 ヴォルフも同じように思っていたのだろう。落ち着かなそうに身じろぎしながら料理を取り分けた。

「まるで見世物だな。もう半日もいるんだから、いい加減見慣れてくれればいいのに」

「ごめんなさい。多分わたしのせいです」

「何で?」

「何でって、その、見れば分かるでしょう」

 ヴォルフは食べる手を止め、まっすぐな目でブランカを見た。やっぱりあの薄鳶色の瞳は慣れない。

 するとヴォルフはニッと笑った。「きれいなおかっぱ頭の年頃のお嬢さんだ。しかも夕方よりもおしゃれしている」

 ブランカは目を閉じた。

「悪かった、からかうつもりはなかったんだ」ヴォルフはため息をついた。「だが、その白い髪は本当にきれいだと思うよ。自慢にするべきだ」

「そんなこと言うのは……あなたくらいです。みんな、不気味がるので」

「じゃあ他のやつら、見る目ないな。火傷だってそんなに珍しいものでもないだろう」

 ヴォルフの言う通り。戦争で火傷を負った人はいっぱいいる。ブランカの場合、壊死していないだけ運がいい。

「……醜いのは確かです」

「気にしているのか、火傷の痕」

 聞かれてブランカは固まった。

 見た目のことなんていつもは流しているのに、何故今日は固執してしまうのだろう。

「まぁ年頃だし気にするか」ヴォルフはブランカの反応に気付かず料理を口に運ぶと、フォークの先をブランカに向けて言った。「でもそれ、生きてきた証だろ」

「生きてきた証……」

「そう、君が必死に生きてきた証拠。醜くもないし」

 それだけ言うとヴォルフはブランカの皿を手で指した。「ほら、冷めるぞ。全然手付けてないじゃないか」

 ブランカは食事に手をつけた。

 豚の腸詰と蒸しキャベツ。児童施設ではめったに食べることのないまともな料理だ。だから今日ははっきり味がするのかしら。どんなに濃く味付けしてもいつもは味を感じることがないのに。

 ブランカはそっとヴォルフを盗み見た。彼は中央の皿からおかわりをよそっている。気取った様子を感じない。

 どうしてこの人は何でもないことのようにブランカと一緒に食事するのだろう。みんなから注目されて落ち着かないはずなのに。

 生きてきた証……。

 そんな風にわたしに思う権利はないのに。

 大きな手に握られた感触が、今もまだ右手に残っている。彼は二回もこの火傷の痕が残る右手に手を伸ばしてきた。

 この白っぽいくすんだ髪のことも……。

 するとヴォルフがブランカを興味深そうに見ているのに気がついた。

「どうしてそんなにじろじろ見るのですか?」

「あぁ、ごめん。食べ方がきれいだなと思って」

 ブランカはフォークとナイフを動かす手を止めた。

 普段児童施設でフォークとナイフを両方使うことが少ないから気にしていなかった。ブランカの些細な振る舞いは、ダムブルクの田舎では普通でないことが多い。

 食べ方ひとつ、油断できない。

「すまない、変なこと言った。気にせず食べてくれ」ヴォルフは申し訳なさそうに言うと、フッと笑った。「聞いたよ、色々得意なんだって?」

「何のことですか?」

「字がきれいだとか計算が速くて正確だとか、仕事ができるって評判だ」

「おおげさです。わたしは自分に出来ることをしているだけです」

「謙遜だな。おかげで俺は君のおこぼれをもらってる」ヴォルフは目の前の料理を示した。

「あなたは……お客様です。その上ブラッドローから来た方なら……誰だってもてなすはずです」

「ブラッドローから来た客、そればっかりだ」

 ヴォルフはやれやれと目をぐるりと回した。

 この人はそう言われるのが嫌なのかしら。

 するとヴォルフは薄鳶色の瞳をきらめかせて聞いてきた。「でも君はそういうのを気にしなさそうだな。もてなそうともしてくれない」

「わたしは……こういうの得意ではないですし、わたしには……向いていません」

「そうかな? 向いてるかもしれないぞ?」ヴォルフは顔を寄せた。「ブラッドロー語も分かる案内人」ブラッドロー語で小声で言った。

 ブランカは目を閉じ小さく息を吐いた。

 やっぱり油断ならない。この人は他の人と違う角度でブランカのことを観察し探ってくる。気を許してはならない。

 ブランカは、児童施設の女子や不良青年たちを見る目を思い出して、ヴォルフを見た。

「なんておっしゃったのでしょう?」もちろんフラウジュペイ語だ。

 ヴォルフは眉を上げて、無言で問い返した。

「……こういう話題は、好きじゃないんだな」彼は肩をすくめる。「じゃあ、君は休みの日とかの気晴らしに何するんだ?」

 ブランカは無言で見つめ返した。

 どうして質問ばかりしてくるの?

「わかった、俺から話そう。俺は身体を動かすのが好きだ。だから軍の訓練がないときは、走るか仲間とボール遊びしてるな。他は、映画見たりとか。君は運動する?」ヴォルフはニヤリと笑った。「もしかしてそれも秘密か?」

 ブランカは思わず目を細めた。「運動はしません……身体を動かすのは得意ではないですし」一緒に遊ぶような人もいない。

「観るのは?」

 ブランカは首を横に振った。

 この辺りでスポーツのイベントはない。

「じゃあ映画とかは――」

「ダムブルクに映画館はありません」

「食い気味で言うなよ」ヴォルフは苦笑した。「それなら何して気晴らしするんだ?」

 質問が戻ってしまった。

 なんて答えたらいいんだろう。気晴らしなんて考えたこともない。

「……今日はお祭りに来ています」

 ヴォルフは一瞬目を丸くすると吹き出した。「これが気晴らし? それにしてはだいぶ肩に力入ってないか?」

 ブランカは首を傾げた。「けれど今は仕事していませんし」

「仕事してないのは気晴らし、じゃないだろ。今日は俺に付き合わされているわけだし、これも仕事みたいなもんだろ」

「それは……そうかもしれませんが」

「少しは否定しろよ」ヴォルフは面白そうに笑った。「今日の祭りは久々なんだろ? 普段はどうしてるんだ?」

「普段は……本を読んでいます」

「どんな本? 最近何読んだ?」

 ブランカはよく読む本を頭に浮かべた。

 語学、フラウジュペイとヘルデンズの歴史、フラウジュペイの地理、フラウジュペイ人の国民性を論じた本……。ここのところブランカが読むのは、フラウジュペイに関する本が多い――フラウジュペイ人になりすますために。さもなくば世界史や政治理論だろうか――フィンベリー大陸戦争が起こる前の世界情勢を正しく知りたくて。

 ダメだわ。なんて答えたらいいか分からない。

 しばらく考えた挙句、ブランカはこう答えた。「図表作成方法の本とか……統計解析の本とか」

「図表作成と、もう一個なんだって?」

 ブランカは疑うように目を細めた。

 ヴォルフは両手を上げる。「いやマジで。専門用語だろ? 分野外の外国語は分からない。どんな内容なんだ?」

「平たく言うと、複雑な計算についての本です」

「難しそうだな」ヴォルフは鼻にしわを寄せた。「何でそんなの読もうと思ったんだ?」

「それはその……復興とか、仕事に役立つかと思って」

「全然想像つかないな……もう少し詳しく」

 ブランカはそれらの本を読もうと思ったときのことを思い出そうとして、一度目を閉じた。

「……備蓄の状況を分かりやすく伝えるのに……。足りていないものとか、物品の偏りとか」

「一覧じゃダメなのか?」ヴォルフは尚も腑に落ちていない様子だ。

「一覧だと時間がかかります。でも図にすれば……一目で分かるので。あんまり意味なかったですけど」

 ブランカはその時のことを思い出して目を伏せた。

 数年前に作ったグラフは、最終的に役所の裏紙にされていた。

「ふーん……」

 ヴォルフはまだ首を傾げたままだったが、ブランカを見る目はやけに興味深げになった。

「きみ、ずいぶん考えてるな。町のために努力してる」

 ブランカはため息を吐いた。「ただのインテリです」

「まるで悪いことのように言うんだな」

 ヴォルフは眉根を寄せて困ったように口元を綻ばせた。

 だって、現にそれで悪口を言われている。

 なぜこの人にはそれが伝わらないのかしら。

 なぜこの人はブランカとの会話を諦めないのだろう。ブランカはだんだん焦れてきた。

 彼が何に関心を持っているかは分からない。でも、ブランカが退屈だということは、もうわかっているはずだ。夕方の同情も、すぐに尽きる。

 そう思うと、なぜか胸の奥がざわついた。

 ブランカはしばらく目を閉じてから、改めてヴォルフをまっすぐ見た。

「わたしが案内役に向いていないこと、もうご理解頂けたのではないですか?」


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