5-13.祖父が遺したもの
「……油?」
油? ランプとかに使う油?
オットーは頷いた。
「あそこの地下には、油が埋まっとる。少なくともこの国を建て直せる量のな」
「油……地下……」
資源ということ……?
「それは確かなんですか?」
老人は疲れた目でブランカを見て頷いた。
「間違いない。何度も確かめた」
するとオットーは窓枠を勢いよく叩いた。
「まったく、あいつはやはり狂っていた! あれ以上続ける必要はなかったんだ。なのに耳を貸さなかった! それどころか未来もつぶしおって……」
オットーは自分の足を見て項垂れる。
ブランカはまだ困惑しつつも、今の話を整理した。先ほど片付けた地質関係の書籍を見、そしてオットーに視線を戻した。
「あなたは……祖父を止めようとしたんですか?」
老人は荒く息を吐くだけで何も言わなかった。
「あなたは……」ブランカは力無く首を横に振った。「私の考えが正しいなら、あなたは報われるべきです……」
「そんなもの、何の役に立つ」オットーは鼻で笑った。「生活が苦しいのは変わらん。わしも……ヘルデンズもな」
ブランカは窓の外を見た。
タマネギ畑の向こうに見える山の麓が、不気味な影を落としていた。
山の向こうに日が落ちていく。
今日は一日天気は良かったものの、夕方になると少し冷えてきた。
ヴォルフとアロイスは、オットーの家の裏手にあるベンチに、並んで座っていた。
ブランカは遅れて空いた席に座った。
「じいさん、寝た?」
アロイスがお茶を差し出して聞いた。ブランカは受け取りながら頷いた。
昼間の掃除と洗濯のおかげで、オットーの寝室は爽やかになった。昨夜は老人もゆっくり眠れなかったらしく、ベッドに入るなりぐっすり寝入った。
ブランカはお茶を飲んで気を落ち着けた。
「しかし、まさか油田やったとは。いまだに現実味ないわ」アロイスがいまだに驚いた口調で言った。
「……俺も。ヘルデンズにそんなもの、あったんだな」とヴォルフ。
「それ僕のセリフや。兄さん言うほどヘルデンズ知らんやん」
「うるせぇ」
二人の軽快なやりとりを、ブランカは話半分に聞いていた。どんな反応をするべきなのか、よくわからない。
アロイスがブランカの顔を覗き込んだ。「ブランカちゃん? あんまり嬉しくなさそうやな」
ブランカは曖昧に頷いた。「……喜ぶことなんですか?」
「だって爆弾じゃなかったんやで」
「そうですね……」
「それにヘルデンズの未来にもなる」
ブランカはアロイスをじっと見た。
「でも……地雷が……」
アロイスとヴォルフの顔が、涙でぼやけた。
――お前がこの国を明るくするのだ。
――ヘルデンズの運命は、お前の手に
ブランカは悔しかった。祖父の手紙を思い出すと、尚更腹が立つ。
確かに爆弾ではなかった。ヘルデンズの未来に繋がるもの。
だけどそれを知ってなお、祖父は止まらなかった。それをもたらした友人を犠牲にし、その上ヘルデンズの未来も潰した。
全てをブローチに刻んで逃げる前に、何か出来たのではないか。
ブランカは胸元からヴォルフのハンカチを出して、顔を覆った。
ヴォルフがブランカの背中をぽんぽんと叩く。
「ブランカ……地雷は取り除ける」ヴォルフはそっと言った。「もちろん時間はかかるが」
ブランカは頷くが、気持ちはそんなに簡単に収まらなかった。
「ブランカちゃん」アロイスが椅子を寄せてブランカに向き合った。「ブランカちゃんは油田をどうしたい?」
ブランカはハンカチから顔を上げた。アロイスは口元に笑みを浮かべてはいるが、青灰色の瞳は、真剣にブランカに据えている。
ブランカは首を横に振った。「どうして私に聞くんですか?」
「ブランカちゃんには言う権利があると思ってさ」
ブランカはオットーの家の周りに広がるタマネギ畑とジャガイモ畑を見た。ここは農業が廃れていないけど、エンゲル地方までの道もヘルネーの周りも荒れたままなところがほとんどだ。
「まずは……畑を再生したい……」
ブランカは、ヘルネーで出稼ぎに行った工場が、縮小や倒産に追い込まれている状況を思い出した。街には失業者が増えている。
「採掘とか……精製とか、働き口が増えますよね。工場稼働のためのエネルギー源にもなる……」
ブランカはオットーの家の壁に開いた穴を見た。数日前に行った古城の壁を思い出す。その道中にあった崩れた建物も。
「それから、ヘルデンズの復興に使ってほしいです。もう誰も、怯えずに飢えずに暮らせるように……」
思いついたまま話すと、アロイスがふっと笑った。「ブランカちゃん、政治家やん」
ブランカは勢いよく首を振った。「そんなつもりでは……! 私は全然知識ないですし」
「おいおい勉強してなったらいいんちゃう?」
興味深そうに瞳を煌めかせるアロイスを見ながら、ブランカはやはり首を横に振った。
「私には向かないです。私はただ……みんなが平和に安心して暮らせたらいいと思うだけで。それに……」
「それに?」ヴォルフが促した。
「私が今いちばんしたいのは、オットーさんへの償い……」
奇妙な沈黙が降りた後、アロイスが肩を揺らして笑った。
「兄さん、フラれてるやん!」
「違う……そういうことではなくて」ブランカは焦ってヴォルフを見た。
「少し複雑だな……」ヴォルフは頬杖をついてブランカを上目に見た。「まぁ、ブランカらしいよ」そう言って、ブランカの手をぎゅっと握った。
アロイスはにんまりしながら、ベンチの肘置きにもたれかかった。
「そういうことなら、まずは地雷をどうするかやな。で、ヘルデンズを生き返らせる」
アロイスがあんまりにも簡単そうに言うので、ブランカはヴォルフを見た。「地雷、撤去出来るの?」
「簡単ではないし、全部ではない。ただ、油田のある場所に行く分には何とか出来るはず」そのあたりはブラッドローで開発が進んでいる、とヴォルフは付け加えた。
ブランカはアロイスを見た。そしてもう一度ヴォルフを見た。
「ヘルデンズを……復興させられる?」
二人とも頷いた。
ブランカはブローチに目を落とした。
「私……」
ブランカは花の装飾を開き、祖母の横顔をなぞってから、最下層の板座を開いた。
「私、祖父のことを知るたびに生きててはいけないと思ってた。でも……」
板座に涙が落ちる。
エンゲルグルント山を見上げた。
ヘルデンズの未来を照らすもの。
「私、ここまで来れて良かった。」
私にも救える力があった……。




