5-10.火遊び
『女神の泉』は、相変わらず下町の男たちで賑わっていた。
家庭の愚痴、景気、政治への不満。毎日毎日同じような話題ばかりで飽きないものだ。
ゼルマはカウンターの内側で頬杖をついて、フロアを見渡した。
「ゼルマ、店にいるなら酒入れる以外に他にも手伝ってくれよ」
ティモが苦い顔で言った。先ほどから料理と注文取りを彼一人でやっている。いつも来る顔ぶれも多いから料理も適当に済ませたいが、目ざといあいつらは誤魔化せない。
だから手伝ってほしいのに、ここ最近のゼルマはやる気がない。
「あぁ、ブランカちゃんがいてくれたら」
ゼルマは嫌そうにため息をついてカウンターから出た。
フロアに行くとベッカーがテーブルを叩きながら怒っていた。「あいつ、僕の発明品を壊したんだ!」
近くにいたアロイスと男性がベッカーをなだめる。「後でちゃんと直してたやんか」
「いや、しかし相変わらずあいつ、暴力的だな。ブランカちゃん、大丈夫かな?」
「心配いらんって」アロイスが呆れたように返す。
ゼルマは聞いていられなくて店を出た。
みんなそろいもそろってブランカ、ブランカ。店でその名を聞かない日はない。
別にゼルマだってブランカのことを嫌いじゃないが、毎日彼女絡みの噂を聞くのも辟易する。しかも大抵のものがブランカを擁護するものばかり。たまにヴォルフの悪口もあるけど。
ゼルマとしてはまったく理解できない。いったいあんなオドオドした貧相でさえない子のどこがいいのかしら。特別器用ってわけでもないし。今朝だって謎の液体を作っていた。
「はぁ、どこかにいい男いないかしらぁ」
ゼルマが『女神の泉』の裏でスクーターのエンジンを入れていると、ためらいがちな足音が聞こえてきた。
黒革のつばの黒いキャスケットを深くかぶった人影。
「ティモが困ってるぞ。人手が欲しいって」ヤーツェクが低い声で言った。
「じゃあ代わりに手伝っておいてくれなぁい? あたしは今から出かけるんだからぁ」
「こんな時間からどこに行くんだ?」ヤーツェクはスクーターの前をふさいだ。
ゼルマはヤーツェクを睨んだ。
これは面倒なことになったわ。
「やめてよぉ。ちょっと気晴らしに行くだけ」
「こんな時間に?」
ヤーツェクもゼルマを睨んだ。
お互い、無言でにらみ合う。
先にゼルマが沈黙を破った。
「相変わらずみすぼらしいわねぇ、あんた」
ゼルマは鼻で笑う。
ヤーツェクはいつもどおりのぼさぼさ頭に、継ぎはぎだらけのグレーのジャケット姿だ。もっとも、汗臭さは今日は感じない。
しかしそんなことは関係ない。ゼルマはヤーツェクをよけてスクーターを出した。
スクーターにまたがり、肩ごしのヤーツェクを振り返る。
「保護者面したいなら、もうちょっとマシな格好してよね」
後ろから聞こえる悪態をそこそこに、ゼルマは市街地に向けてスクーターを走らせた。
ここのところ、ひどく退屈だ。
ヴォルフはまったく相手してくれないし、下町の男たちは顔なじみ過ぎてもはや刺激もない。
ヤーツェクは……とにかく面倒くさい。
何か刺激はないものかしら。
ゼルマは市街地の一角にあるバーに入った。街に来るときにいつも入る店だ。
いつものカウンター席に座ると、あちこちから注目されているのを感じた。
客は軍関係者かヘルネー在住のオプシルナーヤ人。下町の連中からすれば警戒するべき場所なのだろうが、別に個人的なことを話さなければ問題ない。
ゼルマはウェーブのかかった長い髪をなびかせ、胸を強調するようにテーブルに腕を組んだ。
「ひとり?」
ヘルデンズ兵が、仲のよさげなオプシルナーヤ兵と一緒に、グラスを持って隣に座った。
二人ともきれいな身なりで感じがいい。どっかの誰かさんとは大違いだ。
絡みつくようにゼルマを眺める貪欲な目も、まったく違うけれど。
あたしはやりたいようにやるわ。
遊び相手が欲しかったゼルマとしては、二人とも及第点だった。




