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【新改訂】戦犯の孫  作者: ふたぎ おっと
第一章 ブラッドローから来たアジェンダ人
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1-3.鳶色の髪と瞳――アジェンダ人

 列車が田園を滑るように走り、やがてダムブルク駅に到着した。

 ヴォルフはホームに降り立ち、大きく伸びをする。ロゼを出て三、四時間、狭い座席で固まった身体が軋んだ。

 カバンから小型カメラを取り出し、駅舎を何枚か撮る。ここに来るまでにも、すでに何枚も写真を撮っていた。

 芽吹いたばかりの小麦畑に、丘に広がる放牧地。ぽつぽつと並ぶ家々と、石造りの町並み。ところどころに戦争の傷跡も残っている。

 こんな田舎の景色を見るのは初めてだった。ブラッドローでは休日は街へ出るし。

 ブラッドローへ行く前は、旅自体がありえなかった。

「ヴォルフ! よく来たね、待っていたよ!」

 駅の入り口の方から、一人の青年が走ってきた。くしゃくしゃの金髪に空色の瞳をきらめかせて笑う――間違いなくロマンだ。

 ヴォルフは走ってくるロマンを写真に収めると、彼に駆け寄った。二人は久しぶりの再会に抱擁を交わす。

「ロマン、久しぶりだな! 元気そうで良かった!」

「君こそね。ブラッドローでの生活はどうだい? 見た感じ、だいぶ様になってきているようだけど」

 ロマンは旧友の胸を叩き、目を瞠った。普段から鍛えている身体は、硬い感触をロマンの手に伝えたようだ。

 ヴォルフは得意げに口角を持ち上げ、ロマンの肩に腕を回した。

「そりゃあ毎日鍛えてるからな。軍で訓練していれば当然――ってお前、何がおかしいんだ?」

 ロマンが口元を抑えて笑い出した。「いや、ごめん、失礼だったね。やっぱり君はフラウジュペイ語が苦手なんだと思ってね」

「うるせぇ。普段使わないから仕方ないだろ? ブラッドロー語だったらもうペラペラだぜ」ヴォルフはあまり深く考えずに続けた。「そういうお前はすっかりフラウジュペイ人だよな」

 ロマンは顔を凍りつかせた。

 注意深く空色の瞳を泳がせ、周囲を見回した。

 駅の入り口には、いつの間にか人が集まり、こちらを注目していた。 幸い、今の発言は聞こえていない。

「悪い、ロマン。軽率だった」

 ロマンは首を振って困ったように笑った。「とにかく来てくれて嬉しい。さぁ、町を案内するよ」

 トランクを持ってロマンとともに駅の入り口に向かうと、駅員が遠慮なくヴォルフをじろじろ見てきた。他の人も同じような目を向けてくる。

 どいつもこいつも同じような反応だな。ヴォルフは冷めた気分で思った。

 軍服を着ていない今日は、ダムブルクに来るまでも駅や列車の中で同じような目で見られた。よほどこの鳶色の髪と彫りの深い顔立ちが気になるらしい。

「アジェンダ人だ、久々に見た」そう囁く声が聞こえた。

「みなさん」ロマンはにっこり笑顔で声を上げた。「彼は僕の友人なんですが、フラウジュペイ語がカタコトでも許してやって下さいね。彼、ブラッドローから来たので」

 ロマンは、『ブラッドロー』を強調するように言った。

「ヴォルフ・ノールです」ヴォルフもロマンに倣って愛想良く挨拶した。

「ブラッドローから?」

 駅員が目を丸くしたと思ったら、次の瞬間にこやかに笑った。

「ブラッドローからわざわざこんなところに! いやいやいや、ゆっくりして行ってください!」

 とたんに空気が変わる。さっきまでの視線が、歓迎へと塗り替えられていった。

 せっかくの景色も、その変わりようのせいで素直に楽しめなかった。

 花飾りだらけの広場に出た。広場から見える景色は、どれも祭りの準備で賑わっている。ヴォルフは役場に掛かっている『祝・戦勝記念日』の垂れ幕を見上げた。

「あ! ロマンせんせい!」準備に混じっていた児童たちが駆け寄ってきた。「見て見て! この前授業で作った飛行機、あそこに飾ったの!」

 児童はロマンの手を引っ張り、広場の一角に向かった。向かう先には紙粘土で作った子供の作品が並んでいた。ロマンは困った顔でヴォルフを見る。

 ヴォルフはニヤリと笑った。「行ってこいよ、ロマンせんせい」

 ささくれ立った気分の中で、ロマンを見ていると少しだけ楽だった。

 ふと足元に気配を感じて見下ろすと、数人の子供がヴォルフをきらきらした目で見上げていた。

「お兄さん、ロマンせんせいのともだちなんだってね! ブラッドローから来たって本当?」

「本当だよ」ヴォルフは屈んで目線を合わせた。「フラウジュペイ語が下手くそでも許してくれよな」

 子供たちは嬉しそうに飛び回った。「すごい、ホンモノだ! 飛行機に乗ってきたの?」

「ブラッドローって何でもあるんでしょ? ぼく遊園地行きたいんだ!」

「動く絵の映画も!」

 近くにいた他の子どもたちも、瞬く間にヴォルフの周りに集まった。

 こんな田舎では滅多に会えない、海の向こう――この大陸の外から来た人に、みんな興味津々だった。

 ブラッドローは今や世界をリードする国――憧れの国だ。

「さっそく人気だね」

 ロマンが戻って肘打ちしてきた。

 ヴォルフは何でもないように肩をすくめた。

 そして二人は宿泊先に向かった。図書館近くの、館長の家らしい。

 後ろから囁く声が聞こえた。

「あの人すてきね、タイプだわ」囁くのは若い女性の声。他の女性が同調するのも聞こえる。

「お前、あんなアジェンダ人がいいのか?」対するは若い男の声。

「ブラッドロー人だからいいの。それにアジェンダ人て何?」


 簡単に挨拶を済ませ案内された館長の家は、広くきれいで居心地が良さそうだった。部屋の窓からは、祭りの準備の様子が一望出来る。

 ヴォルフは窓を開けて、窓枠に寄りかかった。

「しかし、さすがの人たらしだよな、お前も。みんなに慕われてる」

「そうでもないよ」ロマンはコーヒーを淹れて、肘掛け椅子に座った。「君も既に人気じゃないか。さすが、ブラッドロー人」

 ヴォルフは目をぐるりと回してやれやれと肩をすくめた。

 ロマンは申し訳なさそうに息を吐いた。

「ごめんヴォルフ。あんまりブラッドローを連呼されたくないだろうけど、この方が面倒臭くないと思うんだ」

 ヴォルフは諦めたように首を振った。「構わない。利用できるものは利用しようぜ」

 少なくともそれで面倒になることは確かにない。ささくれ立っているのはヴォルフの内心だけだ。

 ヴォルフの見た目に怪訝な顔をし、ブラッドローと聞いて手のひらを返す。フィンベリー大陸の人に古くから根付いた常識は、戦中での出来事があってもそう簡単には変わらないらしい。

「アジェンダ人なんて久々に言われたよ」ヴォルフは自嘲気味に鼻で笑った。

 赤みがかった茶色――鳶色の髪と瞳、彫りの深い顔立ち。

 フィンベリー大陸では、この手の外見はまとめて『アジェンダ人』と呼ばれる。どこの国の人間かなんて関係ない。

 昔からそうだ。

 何かあれば真っ先に疑われ、都合よく悪者にされる。そうでないときは劣等扱い。

 古くからあったその固定観念が、フィンベリー大陸戦争で――取り返しのつかないことを引き起こした。

「みんな久々に見て戸惑っただけだと思う」ロマンは空色の目を細めて静かに言った。「しかしヴォルフも久々に言われたってことは、そっちでは気にされないんだね」

「あそこは色んなのが混ざってるから、誰も気にしないんだ」

 ヴォルフは窓から役場を見た。

 『祝・戦勝記念日』の垂れ幕をじっと眺める。

 同じ戦勝国でいながらブラッドローではこんな風にこの日を祝うことはなかったので、気にしていなかった。

 だが本来であれば、この日はヴォルフにとっても特別な日だ。

 あの腐敗した国が降伏し、堂々と自由を得た日。ブラッドロー軍に入隊した日。

 今や誰の目も気にせず堂々とフィンベリー大陸を歩ける身となった。

「思うところは色々あるだろうけど、とにかく再会を喜ぼう」ロマンは持ってきたウィスキーを二個のグラスに注いで、片方をヴォルフに渡した。「二人ともちゃんと生きて健康でいる。素晴らしいことだ」

「その通りだな」ヴォルフはニッと笑ってウィスキーを持ち上げた。

 二人とも、初めて知り合ったときはこんな日が来るなんて思ってもいなかった。


  気がつけば、日が西に傾いていた。

「さて、僕はいったん施設に戻るよ。君はどうする?」ロマンはグラスを盆に片付けた。

「俺は町をぐるっと歩くかな。広場も賑わってきたし」

 ブラッドローの土産をいくつか渡し、二人は町の中心で別れた。

 ヴォルフは広場をゆっくり歩く。

 春祭りはあと一時間で始まるらしい。

 人はさらに増え、露店も整い、中央にはステージが組まれていた。その周りで子供たちがはしゃいでいる。

 路地には露店やテラス席が並び、酒樽を据える店もある。色とりどりの小さな街並みが、なぜか少し懐かしかった。

 ヴォルフは暗くなる前に、いくつか写真に収めた。

 挨拶を受けながら歩いていると、少し離れた食品店から、白いおかっぱ髪が覗いた。

 思わず目が止まる。

 つぎはぎだらけの褪せたワンピース。細い身体。顔は見えないが、うつむきがちにきびきび歩く様子から、若い娘だろう。

 何をしたら、あんな色になるんだ?

 そう思った瞬間。

 横から青年が飛び込み、彼女にぶつかった。

 彼女は反動で地面に倒れる。すぐに、別の男たちが囲んだ。

 ヴォルフはぎょっとして駆け寄った。

「ご苦労様だね、インテリただれ女」男の一人がしゃがみ込む。「今日はいくら稼いできたんだ? 少し分けてくれよ」

 白いおかっぱ頭の女性が顔を上げた。

 青白い肌の右側に赤い傷痕が残る、少女と言ってもいい年頃の若い娘だった。

 おかっぱ頭の少女は、何の反応も示さず立ち上がろうとした。

 すると別の男が彼女の肩を蹴り、少女を横に倒した。「聞こえたのかぁ、金出せってんだよ」

 ヴォルフは割って入った。

「男が寄ってたかってカツアゲとは感心しないな」

 男たちと一緒に、少女がこちらを振り向いた。

 近くで見ると、右側の火傷は痛々しく見える。

 しかし——。

 こちらをまっすぐ見つめる大きな瞳に、ヴォルフは呼吸を奪われた。

 何かが身体を駆け抜ける。

 一体どうしたんだ、俺は。

 森の奥に引きずり込まれるような、深い緑だった。


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