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【新改訂】戦犯の孫  作者: ふたぎ おっと
第四章 変わらぬ故郷の街
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4-1.ヘルネー①

 目の前の道路を、軍用車が次々と西へ向かっていく。もう何台目だろうか。その先にどれほどの兵が集まっているのか、考えるだけで嫌気がさした。

「このままアルテハウスタットに向かうのはまずいな……」

 路肩の草陰に身を潜めながら、ヴォルフは歯噛みした。

 昼過ぎに行動を再開した二人は、太陽を頼りに森を抜け、日没前には国道沿いまで出ていた。そのまま西へ進み、オプシルナーヤ支配域の最西端にあるアルテハウスタットを目指す。オプシルナーヤ支配圏から脱出する一番の近道のはずだった。

 だが、そんなことは当然追っ手側にも容易に想像が付く。想定以上に軍用車が多い。万全の敵を、満身創痍で出し抜くには無理があった。

 しかし進路変更をするにしても、それはそれで逆にオプシルナーヤ圏内に長居することになる。

 どうする?

 せめて、こちらも車が使えればいいのに。

 すると、隣から小さくくしゃみをする音が聞こえてきた。

 目を向ければ、ヴォルフが何か言う前にブランカが謝ってきた。「ごめんなさい。気をつけます」

 ブランカはオプシルナーヤ軍帽のつばを下げた。彼女の白っぽい髪を隠すためにヴォルフが与えたそれは、彼女の顔を隠すのに使われていた。

 ガキか。

 確かに気をつけろとは言いたい。しかしそういうことを言おうとしたのではない。

「着とけ」

 ヴォルフは着ていたジャケットをブランカに差し出した。

 彼女はそれを受け取らなかった。

「平気です、いりません」

「どこが平気なんだよ」

 顔を隠したままのブランカを、ヴォルフは睨んだ。

 彼女が着ているワンピースはあまりにぺらぺらだし、裾はヴォルフの止血のために裂かれ、膝上まで短くなっている。どう見ても寒そうだった。

 日が出ている間は、ヴォルフも気にも留めなかった。森を抜けるのに必死でそれどころではなかったし。

 だが日が傾き、じっと追っ手の気配を伺う時間が増えてから、ブランカは小さく身じろぎするようになった。鼻を啜る音も微かに聞こえてきていたし、何度かくしゃみを抑えていたのも知っている。

 彼女が「平気」なはずがないのだ。

「いいから着てろ。大人しく受け取れ」

「結構です。むしろヴォルフの方が着ておくべきです。冷気は傷に障りますから」

「あのなぁ、途中で風邪でも引かれたら迷惑なんだよ」

「それなら怪我が悪化して倒れる方が問題です」

――このガキが!

 ヴォルフは内心で悪態吐くが、彼女の言うことも否定出来なかった。

 列車上で撃たれたヴォルフの左肩の傷は、昼間よりも悪化していた。何度か止血し直してようやく血の勢いを抑えられたが、突き刺すような痛みは、収まるどころか更に激しくなる一方だった。気温の低下が余計にそれを煽っている。

 しかし、彼女に心配される筋合いなどない。

「じゃあくしゃみもすんなよ」ヴォルフは苛立ちを感じながらジャケットを着直すが、

「気をつけます」と返ってきただけだった。

 ヴォルフは一層苛々した。

 ブランカの様子が気に入らない。

 今朝、森の空洞で休んでからというもの、彼女は必要以上のことを話さなくなった。それは構わなかった。

 だが同時に、一切限界を訴えなくなった。

 彼女の手足の打撲も、徐々に腫れてきている。一歩を出すだけでも相当きついはずだ。それなのに速度を落とすことなくヴォルフについて来ている。無理をしているのは明らかなのに、彼女は辛そうな表情すら浮かべない。

 しかし、問い質しても返ってくるのは毎回同じ。

「平気です。むしろご自分の身体を心配して下さい」

 まるで人形だ。ヴォルフの苛立ちは募る一方だった。

 あんなこと、聞くんじゃなかった。

 あの独白が、頭から離れない。

――私、どうして生きているんだろう

 知ったことか。

 確かにギュンター・アメルハウザーと五年前の真相には驚いた。彼女の右半身に残る火傷の痕が、一層痛ましく感じた。

 しかし、マクシミリアン・ダールベルクの孫だ。あんな大戦犯の血を受け継いでいることを嘆いていたが、彼女自身それを誇りに思っていたのではないか。あの忌々しい作文がそれを物語っているし、実際に彼女はアジェンダ狩りでヴォルフの父を殺させた。それでいながら自分の運命を嘆いて同情を誘おうとは、思い上がりも甚だしい。

 そう思うのに、彼女の言葉が耳を突いて離れない。あのときの虚ろな瞳が、目に焼き付いて離れなかった。

 騙されるな、こいつはクラウディア・ダールベルクなんだ。

 昨日の今日で色々起こりすぎているせいで、未だに目の前の少女とあの忌々しき独裁者の孫を一致させられていない。だからこんなに惑わされるんだ。

 ヴォルフは何百回と自分にそう言い聞かせた。それと同時に肩の痛みが増してくるので、彼の苛立ちは更に煽られるばかりだ。

 とにかく、この先どうするかが問題だ。

 このままアルテハウスタットを目指すのは厳しいということが分かった。だが、進路変更をしてオプシルナーヤ圏内に長居するのも躊躇われる。頼れるアテがあるわけでもない。ヴォルフの古い知り合いも、消息不明だ。

 くそ、どうすればいい?

 そう考えたとき、アルテハウスタット方面から走ってきた一台のトラックが、ヴォルフ達の視線の先で停車した。荷台に幌の張られた軽トラックだ。

 中から出て来た運転手が、トラックを放って近くの草むらへ駆けていく。助手席から「早くしろよー」なんて声が聞こえてきたので、大方小便でもしているのだろう。それ自体は正直どうでもいい。

 だが、ヴォルフはそのトラックのナンバープレートを見て、すっかり失念していたことに気が付いた。

――ヴァルツハーゲンを北に抜けたら、ヘルネーへ向かえ。

 列車でヴォルフを逃してくれた謎のヘルデンズ人がそう指示していた。そして目の前に停まったトラックのナンバープレートには、数字の横に『ヘルネー』と書かれてあった。

 ヴォルフはごくりと唾を飲み込んだ。

 ヘルネーとはアルテハウスタットからやや北東方面にある中堅都市で、そこも東西の境界に近いところだった。列車爆発地点から向かうには、まっすぐアルテハウスタットへ行くよりも距離が遠い。そこへ行けば、二人の安全は守られるとあの男は言っていた。

 だが……。

 ヴォルフは隣で身を小さくしている少女を一瞥した。

 この小娘は分かっているのか? ヘルネーへ向かうとなったら、自分の身柄が要求されると言うことを。

 ヘルネーで待ち受けているというあの男の仲間は、二人を助ける代わりに確実にそういう条件を出してくる。しかし、こちらも任務が掛かっている以上、彼女を差し出すわけにはいかない

 第一、助けてもらったとはいえ、あの男やその仲間を真っ先に信じ切るのは、流石に抵抗がある。

 果たしてどうする?

 そのとき。

 目の前が大きく左右に揺れた。膝ががくりと崩れそうになるのをぐっと堪える。

 すぐに体勢を整えるが、彼の異変に隣の少女はすぐに気が付いた。

「ヴォルフ……怪我の具合が、」

「いい。それよりも来い、急げ!」

 ブランカが何か言おうとしたのを遮り、ヴォルフはブランカの腕を引っ張ってトラックの後ろに向かった。荷台の幌を留めるゴムバンドを二箇所外して隙間を作る。

「乗れ」

 ブランカは僅かに目を見開いたものの、言われるがまま荷台に忍び込んだ。続いてヴォルフも上がり込み入り口を塞いでいると、間もなくエンジン音が掛かりトラックが発車した。

 ヴォルフは荷台の壁にもたれて左肩を手で押さえた。なるべく身体に力を入れていないと、目眩が激しくなりそうだ。

「ヴォルフ……痛むんですか?」

 こういうときに限ってこの小娘は人間らしく反応してくる。

 肩の痛みは更にひどくなっていた。鋭い痛みが頭にまで響き、左肩からじわじわと身体が熱くなってきた。呼吸も僅かに乱れ始め、嫌な汗が背中を伝う。

 しかし、この状況ではどうしようもない。

「いい、ほっとけ。お前は休んでいろ」

「でも……」

 うるせえな。こんなときばっかり口を聞きやがって。

 いちいち返答するのも面倒臭くなってきて、ヴォルフは開いた隙間から外の様子を伺った。

 とにかく無事にヘルネーへ着ければいいが。

 咄嗟にヘルネー行きを決断してしまったが、とにかく利用できるものなら利用しておくに越したことはない。ブランカの身柄についても上手くかわせば良いだけのことだ。

 問題は、このトラックが二人をヘルネーまで運んでくれるかどうかだ。

 ナンバーだけで判断したが、本当にヘルネーへ向かうとは限らない。ヴォルフは過ぎ去る道路標識をじっと観察する。だが生憎、真っ暗な夜道では後ろに消えていく道路標識をはっきりと読み取ることが出来なかった。

 それどころか、視界が一気に霞み始める。

 くそ……耐えろ……。

 ヴォルフは両手に拳を握って眉間に力を入れた。視界のぶれが、さっきよりもひどくなっている。おまけに全身がうだるように熱いのに、悪寒が背中を駆け上る。頭も重い。

 だがこんな危険の最中で、しかもこの娘を差し置いて、自分が倒れるわけにはいかない。折角目的の人物を奪還したのだ。ここで気を失ってまた逃すわけにはいかない。

 必死にそう言い聞かせるが、いつの間にか上体が下がっていく。

「ヴォルフ? やっぱり怪我が……ヴォルフ? ねえ、ヴォルフ?」

 うるせえ、耳元で騒ぐな。

 身体を支えられるのを感じながら、ヴォルフは彼女の言葉に返した。音に出来たかどうかも分からない。

 痛みは恐ろしいほどに増してくるのに、意識が離れていく。

「ヴォルフ、ねえお願い、しっかりして。ヴォルフ、ヴォルフ」

 間近で呼びかけているはずの声が、遠くに感じる。目も開けていられなかった。

 せめてこれだけは言わなくてはいけない。

 朦朧とする思考の中で、ヴォルフは必死に口を動かした。

『ヘルネーへ』

 だがそれがきちんと音になる前に、ヴォルフは意識を手放してしまった。

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