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【新改訂】戦犯の孫  作者: ふたぎ おっと
プロローグ
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プロローグ

 愛する私の天使(ケラ・ミン・インゲル)

 

 どうかこの国の行く末を、お前に見届けてもらいたい。

 お前がこの国を明るくするのだ。

 どうかお前には健やかに長生きして欲しい。

 何があってもお前だけは私の味方であってほしい。


 ヘルデンズの運命はスケーブヌ・ヘルデンズ・イアお前の手に(イ・ディン・ハンダー)――。



 闇が広がる森の中を、少女は死にものぐるいで走っていた。

 ここがどこで今がいつなのか分からないし、この森を抜けたところで未来は分からない。

 しかし逃げなければ殺される。それだけのために少女は必死で逃げていた。

 追っ手の気配は確実に近づいてきている。まだ彼らの姿は見えないし、向こうもこちらの姿を見つけられていない、時間の問題だ。相手は馬も車も乗りこなす大人たち。便利道具もなしにこのまま逃げ延びられるわけがない。

 少女は考えを巡らし、目の前にそびえる高い木によじ登った。幼少期から木登りはあまり得意ではなかったが、このときばかりはするすると高いところへ上がっていく。一番低い位置に付いている枝に到達したとき、突然銃声が鳴り響いた。

 つんざくようなその音が聞こえた方向を恐る恐る確認する。人の声は聞こえるが、それらしい姿はまだ見えない。少女は震える身体を叱咤し、更に上へと避難する。そうしているうちに、追っ手は近くまで寄ってきた。

「こっちの方に逃げていたように思ったが、見事に消えたな……」

「これ以上闇雲に探し回っても埒が明かない。いかがなさいますか、アメルハウザー少佐」

 部下たちに名を呼ばれて現れたその男を、少女は未だに頭の整理が付かないまま、木の上から眺めていた。

「ガキ一人にこれだけの大人が巻かれるとは。まったく、先が思いやられる」男は嘲笑交じりに部下たちを見やった。

 部下たちの「申し訳ありません」という声がまばらに聞こえる。男は深々とため息を吐いた。

「さてどうするかな。アレはなかなか惜しい手駒だが、あまり深追いしてしまうと我々もタイミングを逃してしまう。ここらが潮時か」

 手駒。

 その一言に彼の本性が表れている。逃げ出す直前に見た光景をずっと疑っていたのに、やはりあれも現実だったのだ。衝撃が強すぎてまだ頭は混乱しているが、本能は彼を信じるなと訴えている。

 「少佐」部下のうちの協力的な一人が自分の意見を述べる。「あの子はまだ幼い。実は近くのどこかに隠れているのではありませんか」

「お前の言うことは一理あるが、隠れるところなど一体どこに……」

 男はあたりを見回し、近くの木へじっと視線を固定し、根元から上の方へ目線を上げる。少女は太い幹に寄り添いなるべく自分の身体が見えないよう小さくして息をひそめた。

「ふん、仮にそこら辺の草や木の根にでも隠れているのだとしても、まともに探していては時間がかかるしすぐに逃げられる。ならば、向こうから出て来たくなるようにすればよい」

「少佐、それはつまり――」

「油を撒け。この辺り一帯を全て燃やすんだ」男の口ぶりには何のためらいもなかった。

「し、しかし、本当によろしいのですか? そんなことをしてしまえば本当に丸焦げになってしまいます。あの子はあなたの――」

「黙れ!」

 突然の大きい怒号に、彼に進言していた部下は怯えたように固まった。

「アレが我々と共にあるならば話は違っていた。しかしアレあの狂った男を選んだ。だとしたら行く行くは厄介な存在になる。捕まらないなら殺してしまった方がいい」

 男は周りに並んだ部下たち一人一人へ目を向けて言った。

「いいか、アレは忌まわしきダールベルクの血を引いていることを忘れるな」

 彼に逆らう声はいなかった。少女は信じられない思いで一部始終を眺めていた。

 部下たちは慣れた手つきで辺り一帯に油を撒く。

「クラウディア、近くにいるのは分かっている。出ておいで。私に従うなら、この小一時間のことは忘れて一緒に上手くやろう。お前のことは私が守ってやる」

 男は穏やかな声を作って言うが、狂気を孕んだそれは不気味で恐ろしい。男の言う「この小一時間のこと」があるのに、どうしてすべてをなかったことにできるのか。

 火が放たれた。ぱちぱちと音を立てて点いた_地面に近い草木から小さな炎が広がっていく。瞬く間に近くの木々へ火が移っていく。

「クラウディア。熱いだろう? 早く出てきなさい。ヘルデンズは終わりだ。お前はあの男に洗脳されていたんだ。この状況でも意地を張るのか」

 燃えさかる火の向こうで聞こえてきた声は、先ほどより小さくなった。

 男たちがここから距離を取ったのだろう。チャンスだと思って下を見るが、火の周りは思ったよりも早く、足場が見あたらない。もうダメなのかもしれない。そんな言葉が頭をよぎり、スカートの裾をぎゅっと握る。

 そのとき、くしゃっという紙音と共に、固い感触を手に感じた。少女はポケットからそれらを取り出した。

 半年前の誕生日にもらったゴールドのブローチと、つい先程開けたばかりの薄萌黄色の手紙。この手紙を開けてからまだ一時間も経っていないのが信じられない。少女は手紙を薄く開き、すぐにそれをブローチと一緒にポケットに戻した。

「いいだろう。クラウディア、よく聞け」

 男が火の向こうから声を張り上げた。

「仮にお前がこの火の中を生き延びたとしても、お前に未来はない。私がすべてつぶしてやるからな」

 それでもいい。少なくとも彼に従うことはできないのだから。

 それに自分が選ぼうとしている道が間違っていることも分かっている。命を懸ける価値があるのか分からないし、男の言うように未来はつらいものかもしれない。

 けれど約束したのだ。

だとしたら何としてでも生き延びなければならない。


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