6-11.リーゼと大尉②
廊下を歩いて行くブランカとセドロフ大尉の姿を、影から見る一人の男。
スモーキーブルーのドレープが乱れているのを見ると、彼の内心は穏やかではなかった。今夜はあのドレープに触れたくて、ずっと堪えていたのに。
今日のパーティを、カミーユは密かに心待ちにしていた。前回参加出来なかった分、彼女の晴れ姿を目に焼け付けたかった。
クラウディアは素晴らしかった! 金にも白にも光るシルクのドレスは、主張しない彼女によく似合う。オーガンジーのドレープを揺らして踊るさまは、とても優雅だった。
恨めしいのは、あの身支度を整えたのが自分ではないこと。そして数多の男を夢中にさせたことだ。
カミーユは、左側を隠す仮面の下で、目を細めた。
最近のクラウディアは、反抗的だ。そうでなければ、ドレスの身支度も化粧も、いつも通りカミーユが整えられたのに。どこからか悪い影響を受けているに違いない。
カミーユは、ブランカの前を歩く護衛の背中を睨みつけた。
すると後ろから誰かにぶつかられた。
「<すまんすまん、足がふらついたようだ>」
赤い顔をした軍人が、悪びれもせず言った。彼はカミーユの左側の仮面を見ると、酒臭い息を仮面に吹きかけた。近くを歩いていた婦人が、扇子の陰でくすくす笑った。
カミーユは、仮面の位置を直した。
まったく穏やかではない。
舞踏室に戻って行くブランカを見る。 カミーユはゆっくり歩いて、廊下から舞踏室を眺めた。彼女はまた、軍人たちの注目を浴びている。
まったく穏やかではない。この仮面の下と同じような火傷を負っているのに。
正さなければ。
すべてをあるべき場所に。
翌日。
ブランカは、朝一からがれき撤去場へ向かった。炊き出しの準備もまだしてないうちに現れたブランカを見て、現場監督のオプシルナーヤ兵たちは驚いた。
ブランカが一人の作業員に向かって歩き出すと、まっすぐな手に阻まれた。今日の護衛のセドロフ大尉だ。
「お嬢様はこちらでお待ち下さい」
彼は近くの椅子にブランカを座らせた。
その辺にいた兵士をつかまえて、二、三指示を出す。兵士は大きい声で、誰かの名前を呼び上げた。
一人の男が、不安な顔でゆらゆら現れた。「な……何でしょう?」
兵士と大尉が、手でブランカの方を示した。
ブランカは持ってきた手提げ袋の中身を台に広げて、男性に向き直った。
「あの、いつも大変な作業……ありがとうございます」
男性は訝しげに首を傾げた。
ブランカは緊張に震える身体を堪えて、彼の目を見て言う。
「あの、手を出して頂けますか?」
男性は恐る恐る手のひらを見せた。
赤茶色に爛れた手。ところどころ擦りむいている。指先は黒ずんでいた。
ブランカは、彼の手を皮袋の水で軽くすすぎ、消毒液をかけた。
兵士は別の名前を叫んだ。
次に来た人も、同じような有様だった。
「本当に、感謝します」ブランカは軟膏を塗って、その人の手をぎゅっと包んだ。
炊き出しの時間になると、炊き出しに並ぶ前にブランカの列に並ぶ人も出てきた。
みんな、列の脇から不安げにブランカを見る。炊き出しの婦人が、ブランカの下手くそな包帯巻きを見て、こうするの、と注意した。
すると、ひょっこり横からヨモギの葉が現れた。いつもの男の子が、すぐそばにいた。
「やけどにはヨモギの方がいいんだよ!」
あたりは一瞬静まり返ると、大人たちはけらけらと笑い出した。
男の子はむっと頬を膨らませる。本当だよ、と言って、手を握りしめて。
ブランカは、彼の小さい手から、ヨモギの葉を受け取った。
「これは、私が使うね」
男の子はブランカを見上げて、頬を赤らめた。
季節はいつの間にか、涼しくなっていた。




