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『最果を探す冒険譚』  作者: 灰那
第1章「この理想を、世界が許すまで」・ミオルタ編

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第30話「蒼炎の街に赤彗が降る」

 五人は目的地へ向かって走っていた、石畳の街道を抜け、土の匂いが濃くなる郊外へ。

 風が頬を打ち、足音が重なり合う、緊張と期待が入り混じった空気が漂っていた。


 走る最中、メイランテがリディカへと声を投げる。


「なぜ冒険者協会に依頼を届けたの?貴方たちにも事情があるでしょうけど」


 リディカは苦笑いを浮かべ、息を整えながら答えた。


「本来は私たちを含め、合計四人で行動予定だったのですが、残りの二人が同行できなくなりまして……戦闘力不足と判断し、依頼を出させていただきました。もし低階位の方がいらっしゃったら、断るつもりでした」


 メイランテは少し呆れたように眉を寄せる。


「依頼に階位の指定ができるでしょう?」


 リディカは微笑みを浮かべ、首を横に振った。


「しかし、階位は全てではありません。現にフィナさんに来ていただきました」


 その言葉に、ガンゼオルクが豪快に笑う。


「確かにな!階位で判断したら、こんな大物は引っかからん」


 フィナは走りながらふと口を開いた。


「能力、把握しなくていいの?」


 メイランテが頷き、真剣な声で答える。


「そうね。移動しながらしましょう。私は嵐の属性を持ち、少し特殊な弓の魔術を使うわ」


 ガンゼオルクは岩を握りしめ、瞬時に槍を作り出す。


「これ一本!前線で暴れる!」


 リディカは星柄のローブを揺らしながら言った。


「私は星属性の魔術を使います。特殊な属性で説明が難しいのですが、主に支援に特化しています」


 アベルは剣に手を置き、低く告げる。


「俺は存炉を持たない。だが、その代わり──聖剣がある」


 ガンゼオルクはやっぱりかと笑い、肩を竦める。


「やはり、聖剣だったか。神聖な気配がして落ち着かんかった」


 やがて森の入口が見えてきた、木々が鬱蒼と茂り、昼間だというのに影が濃い。

 フィナは息を整え、答えようとした。


「私はまだ……ッ!?」


 その瞬間、悪寒が肌を刺激した、全員が同時に森の奥へ視線を向ける。

 リディカは悔しそうに声を上げた。


「間に合わなかった!?」


 フィナとガンゼオルクは反射的に駆け出していた。


「ならば、行動しろ!行くぞ!」


 五人は一斉に走り出す、焦げた匂いが鼻を刺し、空気が重くなる。

 フィナは空を見上げ、呟いた。


「……煙が」


 黒い煙が木々の間から立ち昇り、空を覆っていた。

 メイランテは忌々しげに言葉を吐く。


「森を燃やしているのね。喪失獣メメリアルとの戦闘の後……もしくは、意図的に森を燃やしているわ」


 五人はさらに足を速めた、木々の間を抜け、焦げた匂いが濃くなる。

 焦げた匂いは瞬く間に五感を満たし、地面には黒い灰が粉雪のように舞い散り、頭上からは焼け落ちた枝葉が炭となって降り注ぐ。


 森を抜けた瞬間、五人の視界に広がったのは、街だった場所の無残な姿だった。

 瓦礫と化した建物の残骸、崩れ落ちた石壁、そしてその上を覆うように蒼い炎が燃え盛っていた。

 ただの炎ではない。魔術によって操られた異質な焔であり、森そのものを呑み込み、跡地をさらに破壊し尽くしていた。


 大量の魔術師たちが散らばり、呪文を唱えながら遺跡を砕いている。

 空気は焦げた匂いと魔力の圧に満ち、息を吸うだけで喉が焼けるようだった。


 その中心で、指揮官らしき男が声を張り上げる。


「例のモノを探せぇ!こんな陰気臭い場所に長居したないだろ!遺跡ごと破壊しろ!」


 その命令に呼応するように、魔術師たちがさらに破壊を加速させる。


 その中には、すでにこちらへ気づいた者もいた。

 蒼炎を纏った魔術師が数名、手を掲げると同時に火線が走る。


 五人は瞬時に判断した。


「来るぞ!」


 ガンゼオルクが叫ぶより早く、炎弾が地面を抉った。

 爆ぜた衝撃で土煙が舞い、フィナの頬を熱風がかすめる。


 フィナ、ガンゼオルク、アベルが同時に駆け出す。


 ガンゼオルクが地を踏み砕くように踏み込み、握った岩が瞬時に膨張し、岩塊の杭へと変貌した。

 振り抜かれた瞬間、空気が悲鳴を上げる、槍が地面そのものを抉り取って進む。


 衝撃波が瓦礫を跳ね上げ、十五人の魔術師が吹き飛び、地面に叩きつけられた者は即座に意識を失い、立っていた者も衝撃だけで膝を折る。


 ガンゼオルクは鼻で笑った。


「この程度で雑魚どもが!俺様の領地を荒らすな!」


 生き残った魔術師たちは恐怖に顔を歪め、それでも必死に詠唱を続けようとする。


「怯むな!撃てぇ!」


 蒼炎の矢が雨のように降り注ぐ、ガンゼオルクは槍を地面に叩きつけ、隆起した岩壁が炎を受け止めた。

 だが、岩壁の裏側では、アベルがすでに駆け出していた。


 魔術師たちは即座に反応し、瓦礫の影から、黒いローブの魔術師たちが次々と姿を現す。

 彼らの足元には魔術陣が次々と展開され、周囲の蒼い炎が渦を巻くようにしてその中心へと集束していく。

 幾重にも重なる呪詛の詠唱が戦場を震わせ、地面が不気味に軋みを上げる。


 指揮官が再び命令を出そうとした瞬間。

 アベルは駆け、すれ違う瞬間に剣を振るう。


 斬撃は見えない、ただ、敵の身体が一拍遅れて崩れ落ちる。


 聖剣が放つ淡い光が、敵の魔術を焼き斬り無効化し、指揮官の前に立った瞬間、アベルの気配が変わった。


「士気を折る」


 その一言と共に、聖剣が閃光を描いた。

 即座に指揮官を討ち取ろうとする、だが、相手は剣を抜き、応じた。


「知っているぞ……お前の顔、聖剣士アベル!我らにあだなす深層の愚者どもめ!」


 剣戟が交わり、火花が散る、聖剣と黒刃がぶつかり合い、戦場の中心に激しい音が響いた。


 フィナは銀灰をガンゼオルクが討ち漏らした個々の間を素早く駆け抜け。

 斬られた敵は悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ち、魔術を詠唱していた者は、詠唱の途中で意識を刈り取られた。

 敵の魔術が飛んでくるたび、フィナは銀灰の峰で弾き、回避し、さらに踏み込み、次々と魔術師を倒していく。


(……前より動ける)


 自分でも驚くほど身体が軽かった。


 その瞬間、背後から蒼炎の槍が飛来し、フィナは反射的に身を沈め、弾く、火花が散り、槍が地面に突き刺さる。

 直後、槍が爆ぜ、爆風がフィナの髪を揺らした。


(……危なかった)


 だが、フィナの足は止まらない。


 メイランテが弓を引くと、矢が風を纏い、雷光を帯びた。

 放たれた瞬間、矢は3つに分裂し、敵の背後へ、側面へ、頭上へと回り込む。


「逃がさないわよ」


 矢は意思を持つかのように敵を追い、触れた瞬間、雷が炸裂した。

 麻痺した敵はその場に崩れ落ち、次の瞬間には別の矢が飛び、戦場を制圧していく。


 しかし、敵も黙ってはいなかった。

 後方の魔術師が巨大な魔術陣を展開し、蒼炎の竜の形をした魔術が咆哮を上げて飛び出す。


「面倒ね……」


 メイランテが矢を放つが、炎竜はそれを飲み込む。

 だが、次の瞬間──「任せろ!」


 ガンゼオルクが横から飛び込み、岩槍を叩きつけて炎竜を粉砕した。


 リディカの周囲に星の粒子が舞い、仲間たちの身体に吸い込まれていく。

 星の魔力は筋肉を底上げし、視界を澄ませ、魔力の循環を滑らかにする。


 フィナの銀灰が軽くなり、ガンゼオルクの槍がさらに重く、速くなる。

 アベルの聖剣は星の光を纏い、メイランテの矢は風を切り裂く音が鋭さを増した。


「……これで、皆さんの力が最大限に発揮されます」


 リディカの声は震えていたが、魔術は揺らぎなく美しかった。

 戦場は混沌と化す、炎と魔力が交錯し、瓦礫が飛び散る。

 メイランテがフィナに声をかける。


「無理せずにね。今回、恐らく長期戦になる」


「ん」


 フィナが頷き、再び敵へと向かおうとした瞬間、リディカが走り寄ってきた。


「フィナさん!相手の目標を先に探し、取りましょう!奴らの目的を何としても阻止したいのです!」


 フィナは少し考え、短く答える。


「ん」


 駆け出す。走る先にはガンゼオルクがいた、敵を次々と投げ払いながら声を張る。


「どうした!フィナ!」


 フィナも襲い掛かってくる敵をいなしながら言う。


「相手の目標を先に見つける。手伝って」


「あぁ、だが……どうしたものか。昔、俺がここに来た時と大違いだ。その上、戦力が……」


 ガンゼオルクは言葉を切り、獰猛な笑みを浮かべた。


「ちっ、見つかってしまったか、だが、良い時に来た」


「え?」


 戦場の空気が変わった、空気が湿り、地面に水滴が落ちる。

 次の瞬間──滝のような水流が空から降り注いだ。

 敵の魔術師たちが悲鳴を上げ、蒼炎が一瞬で蒸気へと変わる。


 水流の中心から、ローブの女性が姿を現した。


「オルク!また勝手に冒険しているわね!領主の自覚を持ちなさい!」


 黒いローブを纏った女性の魔術師と、方刃の剣を持つ黒髪の男が現れた。

 男は敵を切り倒しながら怒鳴る。


「馬鹿野郎!どんな状況だよ!だからいつも護衛を連れて行けって言ってんだろ!」


 ガンゼオルクは笑いながら応じる。


「ハハハ、悪い悪い!よぉーし、ここはお前らに任せる!星柄のローブの小娘と、銀髪の生意気な小僧は味方だ。蒼閃長は言うまでもなく味方だ!」


 黒髪の剣士は怒鳴りながらも、迫る敵を一瞬で五人まとめて斬り伏せた。

 黒ローブの女性は杖を振り、水流を刃のように変えて敵を薙ぎ払い、蒼炎すら一瞬で蒸気へと変わった。


 二人は同時に叫ぶ。


「「勝手なことを!」」


 だが、ガンゼオルクは気にせずにフィナへと声をかける。


「フィナ、ついてこい!奴らが気にしてそうなところを探すぞ!」


「ん!」


 だが──二人が地を蹴ろうとした、その刹那。


 戦場に満ちていたあらゆる喧騒と爆音が、一瞬にして、まるで何かに吸い込まれるようにして遠のいた。

 それは、世界そのものが恐怖によって息を止めたかのような、絶対的な静寂。


 敵も、味方も、すべての人間がその場で動きを凍りつかせる。

 燃え盛る魔術の光が不自然に揺らぎ、吹き荒れていた風が奇妙な軌道を描いて逆流を始めた。


 フィナの全身の肌が、かつてないほどに粟立った。


(……この感じ)


 その直後、遥か上空の空気が、音を立てて激しく裂けた。


 それは風の音でも、通常の魔力の駆動音でもない。

 フィナは本能的な恐怖に突き動かされ、反射的に顔を大きく跳ね上げた。


(……オリティス?)


 遠く、遥か彼方、コウザンダス山脈の険しい頂の向こう、空の最果て──その一点に、不気味な赤い点が静かに灯っていた。

 その赤は、通常の炎とも、一般的な魔術の光とも全く異なる、もっと原始的で、もっと暴力的であり、世界の理そのものを力任せにねじ伏せる絶対的な力の色。


緋穿の彗星(オルグ・バン)


 赤い光が爆発的に伸び、尾を引き、大気を爆音と共に裂きながら、一直線にこの戦場を目がけて超音速で突き進んでくる。


 黒髪の剣士が蒼白になり、叫んだ。


「姉貴!!」


 黒いローブの女性が即座に反応した、声は震えていない、だが、焦りが滲んでいた。


「全員来い!!障壁使える奴!私の所に張れ!!」


 その声は戦場全体を貫き、七人は反射的に彼女の元へ集まった。

 ガンゼオルクがその巨躯を盾にするように前に出し、大音声で叫ぶ。


「急げ!!あれは……まずいぞ!!」


 アベルが歯を食いしばり、聖剣を構える。


「間に合え……!」


 メイランテが矢を捨て、両手で障壁を展開する、リディカは星の魔力を全開にし、星光の障壁を重ねる。

 黒髪の剣士と黒ローブの女性も同時に魔術を展開し、七人の前に多重障壁が重なった。


 だが──その絶対的な防御の城壁が完成した瞬間には、すでに赤い彗星は、目の前の大気を焼き尽くしていた。

 一瞬ののち、光の速度に遅れて破壊の轟音が世界を包み込み、大気が激しく震え、地面が地震のように波打つ。

 絶対的な衝撃が、世界の色を白一色へと塗り潰し、七人が張り巡らせた障壁は、激突の瞬間に悲鳴を上げ、脆く砕け散り、膨大な魔力が周囲へと激しく弾け飛ぶ。


 鼓膜が破裂せんばかりの爆音、視界はすべて真っ白に染まり、地面は粉々に爆ぜ、周囲に残されていた巨大な瓦礫が木の葉のように宙を舞う。


「っ……、う、あ……!」


 膝が沈み、呼吸が乱れる。

 だが、フィナはすぐに顔を上げた。


 七人が先ほどまで立っていたそのすぐ背後──そこに、一本の巨大な一矢が、地面に深く突き刺さっていた。

 矢というより、槍、地面は深く抉れ、周囲の瓦礫は蒸発し、空気は焼け焦げた鉄の匂いで満ちていた。


 フィナは震える息を吐いた。


(……オリティス……じゃない)


 あの、空気が裂けるような圧。


 あの、世界が一瞬止まるような感覚。


 それと──同じ。


 いや、違う。


 もっと荒々しく、もっと直線的で、あふれ出る魔力を抑えられない。


 黒髪の剣士が地面に手をつき、震える声で呟いた。


「……旦那、とんでもねぇの相手にしてんな今回……」


 ガンゼオルクは立ち上がり、巨大な矢を睨みつける。


「……全世界の敵か、実感させられたな……!」


 遥か遠くの山脈の上に赤い光が見えた。


 七人は地面に転がりながらも、どうにか体勢を立て直した。

 耳鳴りが残り、視界は揺れ、呼吸は荒い、だが、ガンゼオルクだけは違った。


 ガンゼオルクは一度だけ大きく息を吐き、すでに“次の行動”へと意識を切り替えていた。


「全員、生きてるな!」


 その声は爆音の余韻を吹き飛ばすほど力強い。

 黒ローブの女性が叫ぶ。


「ちょっと待って!相手──」


「後回しだ!」


 ガンゼオルクは地面に突き刺さる巨大な矢を一瞥するだけに留め、そのままフィナの腕をしっかりと掴み取った。


「フィナ、行くぞ!」


「ん!」


 フィナは即座に立ち上がり、銀灰を握り直す。

 ガンゼオルクは七人全員に向けて怒鳴った。


「街に被害は出てねぇ。てことは奴らの狙いは街の中に絞られる、ここは任せた!」


 黒髪の剣士が叫ぶ。


「お前らだけで行く気か!」


「大人数で行ったら、見つかるだろ?ここで、こいつらの足止めしてろ!行くぞフィナ!」


 ガンゼオルクは振り返らない、判断は一瞬、行動は即座。

 その背中には、領主としての責任と、戦士としての本能が宿っていた。


「奴らの狙いを先に押さえる!」


 フィナは短く頷き、ガンゼオルクの隣に並ぶ。


「ん。行く」


 その言葉と同時に、二人は瓦礫を蹴り、廃棄された街の奥へと駆け出した。


 瓦礫を蹴り上げながら進む二人の背後で、戦場はさらに荒れ狂っていた、蒼炎の魔術師たちは仲間を失ったことで逆上し、無差別に魔術を放ち始める。

 蒼い火球が地面を抉り、爆ぜた衝撃で石片が弾丸のように飛び散る。


 だが、フィナとガンゼオルクは迷わず進む。

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