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「最果の物語」  作者: 灰那
第1章・中央大陸編「この理想を、世界が許すまで」

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第3話「生きる意志」

 しばらく、平原を進んでいくと──小さい角が生えた緑色の肌に棍棒を握った、魔物が姿を現した。

 

「……あれが醜精コバロイだ、最弱の魔物と呼ばれているが、群れれば脅威は増す。だから“見かけたら始末しろ”とまで言われている」


 オリティスの声に、フィナはごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと剣を構えた。

 身体強化のおかげで、前よりも剣は軽く感じられる。


「最初は体力を残すことを意識しろ。危なくなったら必ず助けを呼べ。呼ばなければ、どんな状況でも戦い続ける意思があると判断する」


 その言葉に緊張が走る。だがフィナは短く頷いた。


「ん」


 フィナは走り出した。


(戦い方はわからない……でも、真似ならできる。オリティスは速かった。なら──)


「即殲滅」


 遅れて醜精コバロイたちが気づき、少女の姿を見て「グギギギ」と下卑た笑い声を上げる。

 同時に3体が突進してきた。


(ん?まずいかも……)


 それでも足は止まらない。

 1体がフィナに飛びかかり、棍棒を振り下ろす。

 フィナは不格好ながらも剣を前に突き出し、棍棒が斜めに剣の側面に当たり、自然と受け流せた。

 その勢いのまま剣先が醜精コバロイの首へと突き刺さった。

 赤い血が飛び散り、フィナは即座に剣を引き戻し、すぐに周囲を見渡した。


 無意識に魔力を目に集めていた。

 視界が広がり、敵の動きが鮮明に見える。

 左右から迫る2体、囲もうとしている。


(なら、こっちの一人を狙う)


 左の醜精コバロイへ駆け寄る。

 醜精コバロイは驚いたように目を見開くが、すぐに棍棒を構えた。

 フィナは横に剣を構え、足を踏みしめ、両手で大振りに振り下ろす。


「グギャッ!」


 剣は腕に食い込み、斬り進むが途中で止まった。


「むっ……」


 抜けない。


(もっと大きくて、重い武器が欲しい……)


 力を込めて剣を引き抜いた瞬間、背後から「ギャッ」という悲鳴。


「あっ……」


 振り返ると、後ろから迫っていた醜精コバロイの頭に剣が突き刺さっていた。


「んっ!」


 両腕に魔力を込め、そのまま、剣が刺さったまま、醜精コバロイの体ごと持ち上げた。

 腕を抑えていた醜精コバロイに斬りかかった瞬間、剣が完全に折れた。

 切れ味が失われ、叩きつける結果になり、醜精コバロイが吹き飛んだ。

 だが倒れたまま起き上がらず、胸だけが上下し、苦痛の声を漏らしている。


 まだ息がある。


 フィナはゆっくりと近づき、折れた剣を首に当てる。

 そして、ためらいもなく振り下ろした。


 静寂の中、フィナは立ち尽くし、自分の手を見つめた。


(命を奪った……でも、何も思わない。1回命を失いかけたから?)


 その手を、オリティスがそっと包み込む。

 気づけば震えていた、理解できずとも、罪悪感が胸を満たしていた。


「フィナ、これが世界だ。人類は生存競争のただの一集団にすぎない。生きるためには、生きる術を学ばなければならない。命を奪うことは、他の命を救うことでもある。罪悪感はいらない、生き残った実感を持て」


 フィナは強く頷いた。


「ん」


 これが、生きる意志なのかもしれない。


「今の戦闘は、危うい場面もあったが……最初にしては上出来だったぞ」


 静かに告げられたオリティスの言葉に、フィナは小さく息をついた。

 張り詰めていた糸が、ようやくほどけていく。


「……剣、折れた」


 ぽつりと落とした声は、悔しさとも安堵ともつかない揺れを含んでいた。


「街に行けば新しいのが手に入る、どんな武器を望む?」


 問いかけは淡々としているのに、どこか優しい。

 フィナは少し考え、指先をぎゅっと握りしめた。


「……重くて、大きい武器」


「……なぜ?」


 オリティスの視線が横からそっと向けられる。

 フィナは言葉を探し、唇をわずかに尖らせた。


「……んー、すっきりするから?」


 その答えに、オリティスは一瞬だけ目を細めた。

 呆れでも否定でもなく、彼女の内側を理解しようとする静かなまなざし。


「そうか。なら――大剣を試すがいい」


「……大剣」


 そんな会話を交わしながら草原を進むと、湿った土と草の香りが薄れ、乾いた石と鉄の匂いが混ざり合う。

 フィナは思わず足を止め、目を細めた。


 遠くに少し大きな町が見え始める。


「あれが、ミオルタだ」


 それは、想像していたような“安全地帯”ではなかった。


 街の外壁は崩れ、補修の跡が雑に重ねられている。

 石材の色が違う部分がいくつもあり、急ごしらえで直したのが見て取れた。

 門の近くには折れた槍や焦げた木片が散らばり、かつてここで何かが暴れ、容赦なく殲滅した痕跡が生々しく残っている。


 風が吹くたび、瓦礫の隙間から乾いた砂が舞い上がる。

 その音は、森の柔らかなざわめきとはまるで違う、どこか“人の世界の傷”を思わせる響きだった。


「……あれが、街?」


 フィナがぽつりと呟く。


(……静か)


 風が吹いているのに、街からは生活の音がほとんど聞こえない。

 遠くで鳥が鳴く声だけが響き、街そのものが息を潜めているようだった。


 フィナは当たりを見渡していると、奥の白い壁が目に留まった。


「……あれ、壁」


 街の内部に、さらにそびえ立つ白色の壁。

 外壁よりも新しく、滑らかで、無機質。

 その壁の向こうから、微かに温かい風が吹き抜けてくる。

 自然の温かさとは違う、人の温かさを含んだ風。


「手前に見えるのが旧区画。アケホラ通りだ」


 声は低く、硬かった。


「過去、喪失獣メメリアルの群れの襲撃で崩壊した区域。今は放棄されてる、住人はいない……だが、時折、荒くれ者や流れ者が勝手に住み着くと聞く」


「……危ない?」


「あぁ、私がいない時は、絶対に近づかないこと、約束しろ」


 その言い方には、いつもの柔らかさではなく、明確な命令の力があった。

 フィナは、小さく頷いた。


「わかった」


 フィナの視線は、さらに外側へと向いた。

 崩れた建物の影に、ひときわ異様な“形”があった。


 教会だった。


 かつて祈りの場だったであろう白い外壁は、今では黒く煤け、半分以上が崩れ落ちている。

 尖塔は途中で折れ、残った部分は空に向かって歪んだ指のように突き出していた。


 オリティスもフィナの見る先に一瞬だけ視線を向けた。


「……あれは旧聖堂だ。旧ミオルタの中心区にあった建物で、喪失獣メメリアルが最初に溢れ出した“発生源”とも言われている。襲撃の際、真っ先に崩壊した場所だ……だから誰も近づかない。今では、数え切れない謎だけを残したまま放棄されている」


 フィナは教会から目を離せなかった。

 胸の奥がざわりと震え、あの場所が“ただの廃墟ではない”と直感した。


 やがて、門が見えてきた。


 前には警戒する門番、二人を見るなり、手を伸ばして制止した。


「……来訪者かい?」


 オリティスは落ち着いた声で答えた。


「あぁ、旅を始めたばかりで、冒険者登録のために来た」


 簡潔な言葉。その響きに、嘘はなかった。

 門番は二人をしばらく観察し、それから頷いた。


「……害はなさそうだね。調査区域には近づかないように。旧区画もだよ」


「心得ている」


 短いやり取りで、二人はミオルタの地に足を踏み入れた。


 街の空気は、思った以上に“生きていた”。

 外の荒れた街とは違い、活気に満ち、笑顔があふれていた。


 石畳はところどころ欠けているが、その上を行き交う人々の足取りは軽い。

 荷車を押す商人、武具を背負った冒険者、子どもたちの笑い声、それらが混ざり合い、街全体が脈打つように賑わっていた。


 屋台から漂う香ばしい匂い。

 焼き肉の香りが混ざった空気に、フィナは一瞬立ち止まり、鼻をくすぐられた。


(……いい匂い)


 通りの両脇には、色とりどりの布が揺れている。

 乾いた風が吹くたび、布がはためき、その向こうから商人たちの呼び声が響いた。


「安いよ!今日の肉は新鮮だよ!」


「薬草ならこっちだ、冒険者さん!」


 フィナは思わず目を丸くした。

 虚大穴アケホラでは聞いたことのないオリティス以外の人の声が、こんなにも温かく、賑やかで、力強いものだとは知らなかった。


 きょろきょろと周囲を観察するフィナの手を、ふいにオリティスが取った。

 

「ここは人が多いからな、逸れたら面倒だ」


 その言葉は、いつもよりも少しだけ強く、だが確かに、優しかった。

 フィナは手元を見て、それからオリティスの顔を見る。


「……ありがと」


 短く、でもまっすぐに言った。

 そしてその手を、ぎゅっと握り返す。


 通りの奥では鍛冶屋が金属を叩く規則的な音が、街の喧騒に混ざり、どこか安心感を与える。


 冒険者と思しき男たちが酒場の前で談笑している。

 肩には大剣、腰には短剣。

 その姿は荒々しいが、どこか誇らしげだった。


「ここは回響市かいきょういちだ。この都市で一番の市場」


 オリティスは説明を始める。


「屋台や鍛冶屋、宿、一般的な街にある施設は一通り揃っている。前線基地から都市規模へと発展した名残で、冒険者向けの店が特に多いぞ」


 フィナは頷きながら、周囲を見渡した。

 人の声、匂い、色、熱、虚大穴アケホラとはまるで違う世界。

 

(……冒険者の街……?)


「すぐ近くに“縁荘停”という宿がある、暫くはそこを拠点にしよう」


「ん……わかった」


 通りに並ぶ屋台のひとつで、フィナの足が止まった。


 香ばしい香り。串焼きの屋台。

 フィナはじっと見つめ、そして一言。


「……食べたい。いい?」


「あぁ、今日のご褒美だ。好きに選べ」


 その返事を聞いた瞬間、フィナの顔がふわりと綻ぶ。


「んっ……美味しい」


 串焼きをかじりながら、また別の屋台に目を向ける。

 今度は蒸し菓子。甘い香りと湯気がふわりと広がる。


「……これも、気になる」


「じゃあ、全部食べて、回復し、力を付けろ。」


 屋台を巡り、食べ歩きながら進むふたり。

 やがて、筆文字の優雅な看板が現れた。


 縁荘停、雨に濡れてもなお、温もりを感じさせる佇まい。


 建物は街の喧騒から少し離れた場所にあり、市場の賑わいが遠くに霞むほど静かだった。

 外壁は淡い灰色の木材で組まれ、雨に打たれても色褪せることなく、むしろ深みを増している。


 屋根は緩やかな曲線を描き、雨粒が滑るように流れ落ちていく。

 軒先には小さな風鈴が吊るされており、風が吹くたびに、かすかな音色が響いた。

 その音は、街の喧騒とは違う、どこか懐かしい“家”のような響きだった。


 蔦に包まれた外壁、丁寧に手入れされた小庭。

 小庭には色とりどりの花が咲き、雨粒を受けて静かに揺れている。

 花の間には丸い石が並べられ、歩く人の足音が柔らかく吸い込まれるように配置されていた。


 扉の前には、古い木製のベンチが置かれている。

 誰かが座った形跡があり、雨宿りをした旅人の温もりがまだ残っているようだった。


 扉を開けると、優しい鈴の音が響いた。

 出迎えたのは、鋭い目つきの老女だった。


「いらっしゃい。宿ならこっち、酒場は奥、支払いは退去の時だよ」


 オリティスは軽く頷く。


「部屋をひとつ、ベッドが2つあると嬉しい。静かな場所を頼む」


「あいよ、二人用の部屋ね」


 老女は頷き、案内を始めた。

 その間、フィナは無言で周囲を見渡していた。


 宿の内部は、外装の印象をそのまま引き継いでいた。

 木の床は丁寧に磨かれ、歩くたびに柔らかく沈む。

 壁には淡い色の布が掛けられ、雨に濡れた外とは対照的に、温かい空気が満ちていた。


 天井から吊るされた小さな灯りが、ろうそくのような柔らかい光を落としている。

 その光は、木目の模様を静かに照らし、まるで宿そのものが呼吸しているかのようだった。


 奥からは、酒場のざわめきが微かに聞こえる。

 笑い声、食器の触れ合う音、そして香ばしい料理の匂いが、廊下まで漂ってきた。


 廊下には、旅人が置いていったであろう古い靴跡が残り、壁際には小さな花瓶が並べられていた。

 雨に濡れた花が一輪、静かに揺れている。


(……あったかい)


 フィナは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 虚大穴アケホラの冷たい空気とはまるで違う、“人の暮らす場所”の匂いがした。


 ふかふかのベッドが2つ。

 その光景に、フィナの目が輝いた。


「……ふかふか……」


 そう呟いた直後、ベッドに倒れ込む。

 柔らかな布団が身体を包み込み、沈み込む感触が心地よかった。


 目を閉じると、今日の出来事が鮮やかに蘇る。


 死を目前にしたあの恐怖。喉が焼けるように痛くて、世界が狭まっていった瞬間。

 そして、オリティスに救われたあの光。


 太陽の下で感じた、初めての“安心”。

 頼れる人ができたのだと、胸の奥で静かに理解した瞬間。


 ――導いてくれる存在がいるという安堵。


 けれど、それが本当にそうなのかはまだわからない。

 信じていいのか、頼っていいのか、答えはまだ見えない。


(意思……物語……)


 オリティスが言った言葉が、何度も頭の中で反響する。


 意思とは何か。


 物語を綴るとはどういうことなのか。


 考えれば考えるほど、胸の奥がざわついた。

 自分はまだ何も知らない。

 虚大穴アケホラに囚われていた時と、何も変わっていない気がする。


 選ぶとは何か。自分で決めるとは、どんな重さを持つのか。

 その選択は、自分をどこへ連れていくのか。


 オリティスが語った“終着点、その先の最果て”。

 その言葉の意味を考えるたび、瞼がじわりと重くなる。


 これから、きっと多くのことが起こる。

 死を乗り越えた、けれど恐怖は消えない。


 今も未知は静かに胸を締めつける。


 未来を思うたびに、新しい恐怖が生まれる。

 でも、それは、心のどこかで、前に進みたいと思っている自分がいるからかもしれない。


 そのとき、不意にオリティスの手がフィナの頭に添えられた。


 優しく撫でられるだけで、それだけで、柔らかな温もりが全身に広がっていく。

 

 緊張がほどけ、呼吸がゆっくりと深くなる。

 胸の奥のざわめきが、静かに溶けていく。


 次の瞬間、フィナから静かな寝息が漏れ始めた。


 オリティスはそっと手を離し、囁くように言った。


「……おやすみ、よく頑張ったな」


 その声は雨音に溶けるほど小さかった。

 けれど確かに、揺るぎない優しさに満ちていた。

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