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『最果を探す冒険譚』  作者: 灰那
第1章「この理想を、世界が許すまで」・ミオルタ編

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第28話「未調査区域の依頼」

 朝の光が石畳を照らし、ミオルタの街は活気に満ちていた。

 屋台から漂う香ばしい匂い、行き交う人々の笑い声、遠くから響く鍛冶屋の槌音──それらすべてが、フィナの耳に心地よく届いていた。

 昨日の模擬戦の話題は、まだ街のあちこちで飛び交っていた。


「あれ、黒い斬撃の子だろ?」


「何言ってんだ、それはオリティスの姉御だ、アレクと戦った方だよ!」


 フィナはその声を聞きながら、胸の奥が少しだけむず痒くなる。


(……なんか、変な感じ)


 褒められているのに、まだ慣れない。

 でも、嫌ではなかった。


 フィナの足は自然と冒険者協会へと向かっていた、オリティスからは一週間後に次の街へ向かうと言われている。

 その間は休みで、修行や依頼は自由にしていいと言われていた、フィナは自然と冒険者協会へ向かっていた、新たな依頼を探し、出会いを求める為に。


 冒険者協会の重厚な扉を押し開けると、昨日の模擬戦の余韻がまだ残っているのか、厄介な冒険者たちが突っかかってくることはなかった。

 むしろ、視線は好意的で、どこか敬意すら感じられる、フィナはそのまま掲示板へと歩み寄り、貼られた依頼票を一枚一枚、目で追った。


 討伐、護衛、採取──数多くの依頼が並んでいる、だが、どれもフィナの心を強く惹きつけるものはなかった。

 物足りない、もっと未知に触れたい、もっと挑戦したい、そんな思いが胸の奥で膨らんでいく。


 ふと、視線が止まった。


「黒色?」


 声に出して言った瞬間、周囲の冒険者たちが一斉に振り返った。


「お、フィナの嬢ちゃん、依頼を見に来たのか」


 初めて、アレクたち以外の冒険者がフィナに声をかけてきた。

 周りの冒険者も昨日の模擬戦を見ていたらしく、「すごかった」「誤解していた」と口々に言ってくれる。

 フィナは小さく「ん」と返す、最初に声をかけてきた男が眉をひそめて言った。


「今呟いた依頼、黒色は未調査区域関連だ、受ける気なら辞めといた方がいい。根拠はねぇがな……依頼者の名前がないんだ。それに未調査区域と来た。虚大穴アケホラの方向じゃねぇからまだマシかもしれねぇが、危険な匂いがする」


 その言葉に、フィナはしばし考え込んだ。

 確かに怪しい、依頼者の名がないことも、未調査区域という場所も、危険を示している。

 だが──心の奥で、どうしても挑みたいという衝動が湧き上がっていた。


「ん、受ける」


 短く、しかし揺るぎない声で答えた。


「まじか……まあ、止めねぇけどよ。くれぐれも気をつけろよ、超新星が死んじまったら悲しいからよ」


 フィナはぴたりと動きを止め、ゆっくり振り返る。


「……ちょうしんせい?」


 聞き慣れない言葉に、首をかしげる。

 声をかけてきた冒険者は、気さくな笑みを浮かべながら近づいてきた。


「おいおい、自分の二つ名を知らねぇのか?昨日の模擬戦で一気に広まったんだぞ」


「……二つ名?」


「ああ。ミオルタで今一番勢いがあって、才能がずば抜けてる冒険者、フィナちゃん」


 別の冒険者が横から口を挟む。


「そして、フィナちゃんの目……あれ、星が閉じ込められてるみてぇだって、皆が言ってんだよ」


「星……?」


 フィナは瞬きをする。


「そうそう。光の入り方なのか、魔力のせいなのか知らねぇけどよ、あの目で睨まれたら、なんかこう……ゾクッとするんだよな」


「おい、それは褒めてんのか?」


「褒めてるに決まってんだろ!」


 冒険者たちは口々に言い合い、笑いながらフィナを見つめる。

 フィナは少しだけ頬を赤らめ、小さく呟いた。


「……ちょうしんせい……」


 その響きを、まるで舌の上で転がすように確かめる。


「かっこいい」


 冒険者たちは笑いながら肩をすくめた。


「だろ!二つ名なんて、強い奴の証だぞ!羨ましいぜ!」


「そうだぞ。ミオルタじゃ、今いちばん注目されてるんだからな、もちろん、オリティスさんもな」


 フィナは少しだけ考え、そして小さく頷いた。


「……ん。ありがと」


 その素直な返事に、冒険者たちは一瞬驚き、次の瞬間、嬉しそうに笑った。


「お、おう!礼なんていいって!」


「頑張れよ、超新星!」


 フィナは再び掲示板へ向き直り、依頼票を見つめる。


(……超新星……)


 胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなりながら、フィナは受付へと歩み出した。

 受付嬢のミルフィが、フィナの姿に気づいてぱっと顔を輝かせる。


「フィナちゃん!依頼、受けるの?」


 フィナは頷き、依頼票を差し出した。


「ん、これ」


 ミルフィは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な表情に変わった。


「……分かったわ。危険度は不明、依頼者の情報も少ないよ、だけど正式な依頼票だから受理はできる、協会内にいる青いローブを着た方が依頼者だよ、本当に気を付けてね」


 その言葉に、フィナは再び「ん」と返す。


 冒険者協会の酒場は昼の喧騒に包まれていた。

 依頼を受ける者、報告を終えて談笑する者、酒を片手に次の仕事を探す者──それぞれの声が重なり合い、賑わっている。


 フィナはその中を歩きながら、視線を巡らせていた。


 やがて、奥の席に目が留まる、そこには、星の柄を散りばめた青いローブを纏った女性が座っていた。

 淡い光沢を放つその布地は、夜空を切り取ったかのようで、女性の周囲だけが静謐な空気に包まれているように見えた。

 隣には、白い騎士のような格好をした銀髪の男性が座っていた、鎧は簡素ながらも整えられ、姿勢は剣のように真っ直ぐだった。


 フィナは特に警戒することもなく、二人の元へ歩み寄る、だが、その途中で銀髪の男性がフィナに気づいた。

 瞬間、彼の顔が強張り、固まる、まるで予期せぬ存在を目の前にしたかのように。


 フィナは依頼書を渡し、短く言った。


「これの、依頼者?」


 銀髪の男性は答えず、視線を隣の女性へと向ける。

 女性が依頼書を手に取り、目を通すと、静かに口を開いた。


「そうです。怪しい依頼なのによく受けてくれましたね、貴方……は」


 そこで、彼女の声が途切れた、フィナの顔を見た瞬間、固まった。

 瞳が揺れ、言葉が続かない。


(……なんで、そんなに見てるの?)


 フィナは不思議そうに瞬きをする。


「貴方は……いえ、なんでもありません」


 無理に笑顔を作るその仕草は、フィナには理解できなかったが、男の緊張はさらに強まっていた。

 フィナはきょとんとした表情で首を傾げる。


「どうしたの?」


 女性は慌てて微笑を作り直し、言葉を繋いだ。


「ご、ごめんなさい。そうですね……冒険者協会で部屋を用意してもらっていますので、そちらでお話をしましょう」


 そう言って立ち上がると、彼女はフィナの先頭に立ち、歩き出した。


「そうでした、自己紹介がまだでしたね。私はリディカ。そして、こちらが──」


 銀髪の男性が初めて口を開いた、声は低く、重みがあった。


「アベルだ」


「ん、フィナ」


「はい、よろしくお願いしますね」


(アスト、アレク、アベル……あが多い)


 そんなことを思いながらも、フィナは二人の後を追い、協会の廊下を進む。

 窓から差し込む光が床に模様を描き、足音が静かに響く、リディカの青いローブは歩くたびに揺れ、星々の柄が瞬くように見えた。

 アベルは無言のまま、背筋を伸ばして歩いている、その背中からは、緊張感が漂っていた。


 廊下を歩く三人の足音が、静かな協会内に響く。

 アベルはフィナの後ろを歩きながら、何度も視線を向けてくる。


(……なんか、見られてる)


 フィナは少しだけ歩幅を早めた。


 やがて、協会の一室に辿り着く、リディカが扉を開け、フィナを招き入れる。

 部屋の中は整然としており、机の上には地図や書類が広げられていた。

 窓際には小さな鉱石が置かれ、淡い光を放っている。


 リディカは席に着き、改めてフィナを見つめた。


「まずは、依頼を受けてくれてありがとうございます。未調査区域──危険が伴う場所です。正直、受けてくれる人がいるとは思っていませんでした」


 フィナは椅子に腰を下ろし、依頼書を机に置いた。


「ん、やってみたい」


 アベルは黙ったまま、フィナをじっと見ていた。

 その視線には警戒と、何か別の感情が混じっていた。


 フィナはその視線に気づきながらも、気にせず依頼の詳細を尋ねた。


「採取、何を?」


 話し合いが始まろうとしたその瞬間、重厚な扉が音を立てて開いた。

 三人は思わず視線を向ける、アベルは反射的に剣の柄へと手を伸ばし、警戒の色を露わにした。


 入ってきたのは、蒼閃長メイランテ・ヴァローナだった。

 紫の髪が揺れ、冷静な眼差しが室内を一巡する。


「お話の途中で申し訳ないわ」


 リディカは驚きながらも立ち上がり、慌てて言葉を返す。


「いえ、大丈夫です。蒼閃長様は……どうなされましたか?」


 メイランテはそのまま部屋に入り、フィナの横に腰を下ろした。

 メイランテの存在だけで、室内の空気が一段と張り詰める。


「単刀直入に言うわ。この依頼は怪しすぎる。だから、私が来た」


 メイランテの容赦のない言葉に、リディカは不満を隠しきれないように眉を寄せた。


「……ですが、蒼閃長。協会は“依頼の仲介”をするだけのはずです、冒険者が受けた依頼に、協会が直接介入するのは規定違反では?」


 リディカの反論は、丁寧ではあったが、刺が含まれていた。

 しかし、メイランテはそんな子供の脅しに動じず、ゆっくりと紫の瞳をリディカへと向けた。


「まるで、この依頼が冒険者に不利益なことをさせようとしているような言葉ね」


 リディカの肩がわずかに震える。


「わ、私はただ……協会は冒険者の行動に責任を負わないと──」


「そうね、だから、私個人の事情であなた達に干渉したわ」


 メイランテの声は低く、どこまでも静かだった。

 しかし、鋭利な殺気が、リディカの喉元へ突き刺さる。


「依頼者の身元不明、依頼内容の不透明、未調査区域での採取、それに、超新星に何かあったら、多大な損失になる」


 その強い一言を聞き、フィナは自分のことがそこまで重大に扱われていることに、小さく目を瞬かせた。

 これまで沈黙を保っていたアベルが、前に踏み出し、低く唸るような声で言った。


「……我々は、冒険者を危険に晒すつもりはない」


「なら、なぜ依頼者名を伏せたの?会うまで不明は確かによくある依頼ね、でも、貴方達、貴族ってわけでもないでしょう?しかも、ここの一室も貸出許可は出ていないわね」


 メイランテの追及と事実の指摘に、リディカは言葉を詰まらせ、顔を真っ白にさせた。


「それは……事情が……」


「事情?そんな曖昧な言葉で、冒険者を危険に放り込むつもり?」


 メイランテの声が一段低くなる。


「あなたたちの“事情”とやらで、この子が死んだら──誰が責任を取るの?貴方達、自分達の想定以上の脅威が出た場合、どうするの?」


 フィナは横で二人の激しい言い合いを他人事のようにきょとんと見つめていたが、対面のリディカはメイランテの威圧の前に動揺し、肩を小さく震わせていた。


「そ、それは……責任は、私たちが──」


「取れないわよ」


 メイランテが即答した。


 リディカが悔しそうに自身の唇を強く噛みしめるのをアベルが見ると、反論しようとする。


「……協会は本来、依頼者の身元を詮索しないはず、依頼内容が正規であれば、受理される。それが規則では?」


「そうね。でも、私は“蒼閃長”よ」


 メイランテは椅子に背を預け、脚を組んだ。


「規則を守り無情で事を管理するのが仕事じゃない。冒険者協会を、そして冒険者を守るのが私の仕事、責任を取らないのは、依頼で起きた被害よ、それは、当人の実力不足だもの」


 アベルが長剣の柄から手を離さないまま、低く、しかし確かな不快感を込めて呟いた。


「それでも……協会がそこまで干渉するのは、異例だ」


 メイランテは真横に座るフィナのわざとらしく愛おしそうに撫でながら、二人を睨みつけた。


「異例なのは認めるわ、でもね、あなたたちの依頼も異例よ、そして、ここにいるフィナも異例」


 リディカは拳を握りしめた。


「……私たちは、悪意があって依頼したわけではありません」


「なら、最初から正直に話せばいいじゃない、必要以上の隠し事は悪意以外のなんでもないわ」


 メイランテの声は冷たいが、怒っているわけではない。

 ただ、真実を求めているだけの声だった。


「あなたたちが何者で、なぜ未調査区域に行きたいのか、何を採取するのか」


 リディカは視線を伏せた。


「……それは……」


「言えない?」


「……はい」


 メイランテは深く息を吐いた。


「でしょうね」


 アベルが一歩前に出る。


「だが、我々は──」


「だから、あなたたちのその保証のない“善意”や“覚悟”という言葉だけで、この子の命を天秤にかけるわけにはいかないと言っているのよ!それがどれほど危険なことかわかってないでしょうがね」


 初めてメイランテの本音が露出した、その声色に滲んでいたのは、フィナの身を案じる気持ちではない。

 フィナが死んだ時にミオルタに訪れる危機オリティスへの焦燥だった。


 その瞬間、応接室の空気の重さは、全員の肌を圧迫し始めた。

 リディカとアベルの二人は、メイランテ一人の放つ魔力の前に、防戦一方となり、困り果てたように言葉を失って沈黙した。


「では……どうすれば」


 リディカが困り言葉を探していると、廊下の向こうから重い足音が響いてきた。


 廊下の奥から響く重い足音は、まるで獣の咆哮のように空気を震わせた。

 アベルの表情が強張り、メイランテがわずかに眉を上げる。


 次の瞬間、扉が勢いよく開かれ、重い音が室内に響いた。


「なら、安全だと確信できるメンツで行けばいい」


 地底から響き渡るような、不敵な重低音。

 向こう側から、部屋の天井に頭が届かんばかりの、巨躯を誇る一人の男が姿を現した。


 ミオルタ領主──ミオルタ・ヒューゼン・ガンゼオルク。


 鋭い鷹のような眼光が室内を一瞬で支配した。


 彼が一歩踏み込むだけで、部屋の空気が変わる。

 圧が全員の肩へとのしかかる。


「ガンゼオルク様!?」


 リディカが驚愕の声を上げ、アベルは姿勢を正した。

 メイランテでさえ、目を細め、小さく舌打ちをする。


 ガンゼオルクは部屋の中の面々をゆっくりと楽しげに視線で巡らせ──椅子に座ったまま呆気にとられるフィナへと目を向けると、牙を見せるような獰猛な笑みを浮かべた。


「俺の勘は正しかった。……また会ったな、フィナ」

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