第27話「燃え残る街の夜」
会談室を後にし、重厚な扉が静かに閉まった瞬間——フィナはようやく息を吐いた。
張り詰めていた空気は確かに消えた。
だが、胸の奥に残る熱は、冷えるどころか逆に強く脈打っていた。
廊下を歩くたび、靴音が石床に乾いた音を刻む。
その1つ1つが、さっきの戦いの余韻を呼び起こすようだった。
オリティスもまた、静かに歩きながら言う。
「まだ……協会が騒がしいな」
階段を降りると、遠くから冒険者たちの声が聞こえてきた。
怒号でも悲鳴でもない——熱狂。
協会の一階に降り立つと、そこには冒険者たちがさらに増え、ざわめきが渦を巻いていた。
「おおっ、帰ってきたぞ!」
「お前ら、マジで強ぇな!」
「どうやって、あんなに強くなれるんだよ!?」
「フィナちゃん、可愛いし強いとか最高かよ!」
「はあ!?違うでしょ!オリティスお姉様こそ、気高く美しく最強よ!!」
冒険者たちのざわめきは、焚き火に油を注いだように広がっていく。
フィナは思わず立ち止まった、自分たちがいない間に、熱は冷めるず燃え上がっていた。
賞賛と驚嘆が巻き起こるなか、二人は困惑気味だった。
「……これは、予想以上だな」
「ん……にぎやか……」
フィナは人混みに慣れていないせいか、視線を泳がせながらオリティスの袖をそっと掴む。
その時、アレクとアリエナが現れた。
「おい、こりゃ騒がしくて敵わん。前に行ったあの店に避難だ!」
「どうやってよ!道すらないわ!」
オリティスは苦笑しつつも、周囲の熱に少しだけ眉をひそめた。
その時だった、階段の上から、鋭い気配が降りてきた。
空気が一瞬で引き締まり、ざわめきが、波が引くように静まっていく。
蒼い外套を翻し、長い紫色の髪を揺らしながら、一人の女性がゆっくりと階段を降りてきた。
冒険者協会蒼閃長メイランテ。
メイランテは階段を降りきると、静かに周囲を見渡した。
そして、落ち着いた声で言った。
「あなたたち。少し静かにしなさい」
その声は大きくない、だが、冒険者協会全体に響き渡るような重みがあった。
冒険者たちは一斉に背筋を伸ばすのを確認すると、メイランテは続けた。
「彼らは模擬戦を終えたばかりよ、心も身体も疲れてるわ、まだ戦場の熱を抱え興奮する気持ちは分かるけれど……少しは労わりなさい」
その言葉に、冒険者たちは一斉に頭を下げた。
「す、すみません……!」
「いや、そうだよな……」
「悪かった……!」
メイランテは頷き、今度はオリティスたちへと視線を向ける。
その瞳は、冒険者たちに向けたものとは違い、同じ“強者”を見る目だった。
「お疲れ様、オリティス殿、フィナちゃん……今日の戦い、見事だったわ」
「あぁ、こっちも、助かる」
「ん!」
メイランテはわずかに微笑むと、周囲の冒険者たちに向き直った。
「さあ、道を開けてあげなさい」
その一言で、冒険者たちは左右に分かれ、自然と通路ができた。
アレクが苦笑しながら言う。
「いやぁ……助かったぜ。あのままじゃ外に出るのも一苦労だったぜ」
アリエナも興奮気味に頷く。
「さすが冒険者協会の支部長ね。どの地域の支部長にも憧れるわ!」
冒険者協会を出ると、外の空気は夜の気配を帯び始めており、街灯に照らされた石畳が淡く光っている。
昼間の熱気が嘘のように静まり返っているが、街のどこかにまだ戦いの余韻が残っている。
冒険者たちの喧騒が遠ざかるにつれ、フィナの肩の力も少しずつ抜けていった。
アレクが大きく伸びをしながら言う。
「ふぅ……やっと静かになったな」
フィナは夜空を見上げる。
星が瞬き、風が少しだけ甘い匂いを運んでくる。
オリティスはそんなフィナの横顔を見て、静かに歩幅を合わせた。
「さて、前に行った店に行くか」
アレクの言葉に、フィナとアリエナが目を輝かせる。
「「賛成!」」
四人は石畳を踏みしめながら歩く。
街灯の魔石が淡い光を放ち、影が長く伸びる。
遠くから、肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。
「お、匂ってきたな。腹減った……!」
アレクの声が弾む。
フィナは小さく笑った。
その笑顔は、戦いの時とは違う、柔らかいものだった。
やがて、四人は木製の看板が揺れる店の前に到着した、扉を開けると、温かい空気と肉の香りが一気に押し寄せる。
案内された個室は、落ち着いた灯りが揺れ、木の温もりが心地よい空間だった。
「さあ、お嬢さんたち、今回は俺の奢りだ!」
アリエナが即答する。
「そう? じゃあ、私はこの特別定食と——」
「おい待て!お前は毎回……!」
そのやり取りの間に、フィナも次々と注文する。
「これと、あれと……ん!これも!」
アレクは軽くため息をつきながらも、どこか満足そうだった。
フィナが楽しそうにしているだけで、アレクはもう文句を言う気が失せていた。
しばらくして、扉がノックされ、店員が大きな盆を抱えて入ってくる。
その瞬間、部屋いっぱいに香ばしい匂いが広がった、料理が次々と運ばれ、部屋の空気が一気に温かくなる
フィナの前に置かれた皿からは、湯気とともに肉汁の甘い香りが立ち上った。
そんな中、フィナがぽつりと問う。
「……なんで、盛り上がってたの?」
アレクが答える。
「どうやら、今回の模擬戦、賭けの対象になってたらしい。フィナたちに賭けた奴らが大穴で大儲けして、大盛り上がりしてるってわけさ」
フィナは「賭け……?」と首を傾げる。
アリエナが少しだけほっとしたように言う。
「思っていたより、フィナたちを嫌悪してた人は少なかったってことね……よかった」
オリティスも静かに頷く。
「まあ、どうしても、これから先もそのような目に遭うだろうからな、早いうちに私達の噂が立てばいいが、それが、良いことに繋がるかはともかくな」
フィナはその言葉を噛みしめるように、ゆっくりと肉を口に運んだ。
その場の空気を切り裂くように、アレクがオリティスの方を向いて、口を開いた。
「ひとつ、気になっていたことがあるんだ」
オリティスが小首を傾げる。
「どうした?」
「もちろん、無理なら構わない。ただ……その鞘についてだ。尋常じゃない音がしていたからな。ずっと気になっていた」
「構わん」
オリティスは黒い鞘をすっと取って見せた。
黒布で幾重にも巻かれたその姿は、ただの鞘に見えながらも、どこか異様な厚みと重みを漂わせていた。
「これは私の大切な友人に作ってもらった重環鞘。抜刀しようとする私の力に比例して、鞘が逆圧をかける仕組みになっている。込めた力は鞘の内部に蓄積され、抜ききった瞬間、すべてが刀身に注ぎ込まれる。だから、あの無理やり金属を引き摺る音が響く」
アレクは目を細め、低く唸った。
「……なるほど。すげぇ代物だな」
アリエナも興味深そうに鞘を見つめる。
「それ、扱いを間違えたら危険じゃない?」
「私でないとただの刀が抜けない鞘に成り下がる」
オリティスは淡々と答えたが、その言葉には自信を感じさせる。
やがて話題は自然と、これからの旅路へと移っていく。
「それで?二人はこれから、どうするつもり?」
オリティスが静かに答えた。
「そうだな、少なくともこの週中に出る」
「……今週か」アレクが少し寂しく言うと。
「まだ少し時間があるわね」アリエナは肯定的に捉える。
「元々、私は1つの場所に長く留まる性分じゃない。そして、フィナにもそれを学んでほしい。立ち止まらず、進むことを覚え、世界は広い、全部見たいのなら止まってる暇はないからな」
フィナはその言葉を聞きながら、胸の奥に小さな不安と、それ以上の期待を抱いていた。
アリエナは寂しそうに微笑み、しかし納得したように頷く。
「まあ、冒険者ってそういうものよね。いつ、どこで誰と再会するかなんて、わからない。でも——きっと、また会えるわ」
アレクが気を取り直すように尋ねた。
「で、行き先はどこなんだ?」
「ゴートス都市だ、古代都市の巨大なダンジョンがあると聞いたからな」
「おお、古代都市ゴートスか! いいな、あそこのダンジョンは修行にもってこいだし、噂じゃ巨神タイタンの加護が眠ってるって話もある」
「タイタン……?」
フィナが首をかしげると、アリエナが丁寧に説明する。
「世界創世に関わったとされる古代神の一人よ。巨神タイタン——大地の神ね。地属性の魔術師なら、誰でも一目置く存在よ」
今度はオリティスが尋ねる。
「そういうお前達の、次の目的地はどこだ?」
「故郷に戻る。ちょうど、帝国で闘技大会が開かれる時期なんだ。帰省ついでに、出場するぜ」
「私たちは大竜帝国出身だからね。名誉のためにも、勝ち進まないと」
「闘技大会……!」
フィナが、静かに目を燃やす。心に火が灯ったように。
オリティスが微笑んで言う。
「どうやら、私たちも行くことになるかもしれないな」
アレクが拳を握って笑う。
「その時は——またぶつかり合おう!」
「ん!」
夕暮れの光が窓から差し込み、四人の笑顔を照らす、別れは近い。でも、それは新たな旅路の始まりでもあった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、四人は再会を誓い、店を後にした。
吐く息が白くなるほど冷たいのに、街はまるで昼間のように騒がしかった。
近くの酒場から、割れんばかりの笑い声が響く。
夜は暗く、風は冷たい、だが、街はまだ戦いの余韻で燃えていた。
宿に戻ったオリティスとフィナは、静かに明日の旅立ちの支度を始めていた。
窓の外では、夜の帳がゆっくりと街を包み込み、遠くの酒場からは楽しげな歌声が聞こえてくる。
フィナは荷物をまとめながら、ふと手を止めた。
「……古代神って、なに?」
オリティスは微笑みながら、向かいのベッドに腰を下ろす。
「古代神——それは、この世界に存在する神の中でも、特に古い存在たちのことを指し、この地上の神の名称でもある」
「この地上の神?」
「そうだ、神域で生まれた神ではなく、世界の神として生まれた。つまり、“自然”から生まれた存在、簡単に言えば、世界由来の神々だ」
フィナが思い出したように言った。
「……属性が集まって、生まれる魔物の話、教えてもらった……それの神様?」
オリティスが目を細めて笑う。
「正解だ、お前の言った通り、古代神とは、属性が集まった結果、意志を持って生まれた“自然の結晶”のような存在だ、属性の代弁者などとも呼ばれていた」
「……タイタンは?」
「タイタンは、“地”の属性から生まれた古代神。だが、ただの地属性ではなく、特殊な属性を持っている」
「……何が違うの?」
オリティスは少し姿勢を正し、真剣な表情で語りはじめた。
「司る範囲が広い、タイタンの扱う地は、断罪が含まれる」
「……じゃあ、古代神は属性の神様?」
「そうだな、今ではそんな認識で大体あっている、同じ属性でも、古代神は独自の概念を持つ」
フィナがごくりと唾を飲む。
「その中で、最強とされているのが——光属性を持ち、さらに進化の概念も司る、竜の神とも呼ばれている古代神、バハムートだ、大竜帝国の信仰対象であり、守護神だ」
「竜!もしかして……真竜?」
オリティスが少し驚き、そして優しく頷いた。
「フィナ、かなり勉強してるな、偉いぞ、だが、不正解だ。バハムートは真竜じゃない、バハムートでも真竜には及ばないだろう、奴は元々魚だからな」
「むぅ……この世界、神と同じくらい強いの、多いの?」
「ふふ、神ですら自然から生まれ、根源に勝てないこの世界では、むしろ、神々より自然から生まれた存在の方が強いことが多い、それが、この世界の“格”というものだな」
しばらくの沈黙が流れ、オリティスが柔らかく語りかける。
「さあ、今日はもう寝ろ。明日から数日休みだ。それが旅路への準備になる」
「ん……」
フィナはふわりと立ち上がり、布団に潜り込んだ。
「……オリティス、お休み」
「おやすみ、フィナ。良い夢を」




