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『最果を探す冒険譚』  作者: 灰那
第1章「この理想を、世界が許すまで」・ミオルタ編

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第24話「熱狂の幕開け」

 それから、二日が経った。

 フィナは修行に打ち込み、魔術の想像力を磨き、休憩中にはオリティスに教えられた瞑想を欠かさなかった。

 最も大きく成長したのは——剣術だった。


 銀灰が戻ってからというもの、フィナは剣を手にするたび、目の色が変わる。

 そして今日、いよいよその成果を試すときが来た。


「ふっ!」


 フィナが銀灰を振るい、オリティスに向かって踏み込む、その瞬間、地面の砂が弾け、銀灰の切っ先は前回より鋭い。

 オリティスの瞳が、わずかに細められる。


(速いな……躊躇いがなくなったか)


 銀灰が振り上がるたび、フィナの呼吸が研ぎ澄まされていく、剣と身体が、ようやく1つの線で繋がり始めていた。


 だが、オリティスはそれを横に軽く受け流す、そのたび、金属が擦れる乾いた音ではなく、柔らかい音が響いた。

 フィナはその音だけで、技量の差を思い知らされる。


(受け流されるのは、知ってる……!)


 フィナは剣に乗せた体の力を無理に止めず、1回転し、身体をひねりながら斜め上から再度の斬撃。

 オリティスの表情がわずかに変わる。


「力の使い方……理解してきたか」


 斬撃を読まれて再び受け流されるも、フィナの攻撃は止まらない。

 すれ違いざま、オリティスの顔に足蹴りを放つが、オリティスはその足首を掴んだ。


「甘い」


「じゃ、こっち!」


 片足を掴まれた状態から、残った足で踵を落とす。

 だが、次の瞬間、フィナの体は宙を舞い、綺麗に投げ飛ばされた。


 視界が回転し、空と地面が入れ替わる、だが、その一瞬の浮遊感の中で、フィナは魔術の構築を始めていた。


(まだ……終わらない!)


 魔術を無詠唱で展開する。フィナの周囲に、色とりどりの魔力が瞬いた。

 火、風、土、水——属性が混ざり合い、花火のように弾けてオリティスへ殺到する。


 しかし、オリティスはそれを静かに眺め、一歩も動かない。

 黒刀がわずかに揺れ、淡々とすべての魔術を弾いていく。


 だが、それこそがフィナの狙いだった。

 魔術へ意識を割かせた隙に、フィナはすでに懐へと入り込んでいた。


「これで——!」


 フィナが銀灰を構えて突き出す。

 だが、オリティスの口元がほころんだ。


「……二日前と同じだ」


 黒刀がゆっくりと、しかし重く振り下ろされ、フィナはとっさに身をずらし、かろうじて直撃を避けた。

 少し姿勢が崩れたオリティス。それを見逃すフィナではない。


 銀灰を振り抜く、だが、オリティスはすでに黒刀から手を放し、銀灰が振り抜かれた瞬間、自由になった素手で、銀灰の刃を直接掴み取る。

 掴まれた刃が、悲鳴を上げるように震えた。


 フィナの背筋に冷たいものが走る、だが、オリティスの表情はどこまでも穏やかだった。


「どうする」


 次の瞬間、蹴りが炸裂し、フィナの視界が白く弾けた。


「うっ……!」


 地面を三度跳ね、フィナは転がる、すぐさま銀灰が投げ放たれ。

 咄嗟に受け取るも、すでにオリティスの拳が目の前に迫っている。


「ッ——!」


 フィナの額の皮一枚寸前で、拳が止まった、静かに震える空気の中、オリティスが優しく微笑む。


「……あれから、よくここまで成長した」


 オリティスは黒刀をゆっくりと鞘に納め、地面に伏せるフィナに手を差し出した。


「さあ、今日が本番だ。頑張ってこい」


 フィナはその手を取って立ち上がり、乱れた息を整えながら深く頷く。


「ん……オリティスも、がんばって」


「ふふ……頑張れるかな、この私が」


 オリティスの瞳に一瞬、悪戯な光が宿った。


 闘技場——冒険者協会が所有するミオルタの巨大な建造物は、普段は冒険者たちの訓練場として使われている。

 フィナ達が登録試験も受けた闘技場にすでに多くの冒険者たちが集まっていた、武具を背負った者、酒を片手に談笑する者、仲間と賭け事を始める者。

 ざわめきと熱気が、建物の外にまで溢れ出している。


 フィナはその光景を見つめ、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じ、高揚感を呼び起こす。

 観客席はすでにすし詰め状態で、冒険者たちの熱気と期待が渦巻いていた。


「本当に来るのか……ギルア階位の戦いが……」


「オリティスって誰だ? 俺、数日間ミオルタにいなかったんだが……」


「アレクが本気出すってよ!」


 期待と不安、そして興奮が混ざり合い、空気が重く震えている。


「無償でギルア階位の戦いが見られるからな。これだけ集まるのも納得できる」


 オリティスがそう言いながら、フィナと共に観客席の隅を見渡す。

 フィナは静かに頷いた。


「ん」


 その時だった。


「二人共! 待ってたわよ、よく来たわね!」


 群衆を掻き分け、勢いよく笑顔で手を振りながら近づいてくる影があった。

 現れたのは、今日の対戦相手であるアリエナとアレクだった。


「よくぞ来た、歓迎するぞ!」


 アレクが拳を胸に当て、誇らしげに迎える。


「あぁ、今日は助かる」


 オリティスが柔らかく笑い、フィナも「ん!」といつものように短く元気よく応じた。

 アレクは顎に手を当て、真剣な顔で言う。


「正直、今回の件は俺たちにとっても得なんだ」


 フィナが小首を傾げると、アリエナがその様子に微笑みながら言葉を継いだ。


「うん! かわいい……じゃなくて、よく考えてみて。アレクは“将来有望で、成長の限界が見えない新人”との対戦経験が得られる。そして私は——」


 アリエナの視線が、鋭く研ぎ澄まされる。


「世界の頂点の一角を、この目に焼き付けられる」


 その燃えるような眼差しは、オリティスへと向けられていた。

 オリティスはその視線を真っ向から受け止め、不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ……期待に応えよう」


 フィナも小さな拳を握った。


「ん、頑張る!」


「俺たちも手加減はしない! ……ってか、できねぇからな!」


 アレクの言葉に熱い力がこもる。

 その瞬間、場内に割れんばかりの声が響き渡った。


「これより、模擬戦を開始する!」


 闘技場の中央に立つオルトーの太い声が、全闘技場に轟く。


「第一戦はオリティス対アリエナ! 双方、準備に入れ!」


 観客が一気にざわめき立ち、興奮は最高潮へと達する。

 ミオルタにおいて、若くしてギルア階位に上り詰めたアリエナの実力は誰もが知る。

 そして、対するは突如として現れた未知の存在──オリティス。


「フィナ。こっちが俺たちの観客席だ」


 アレクがフィナに声をかけ、手招きする。


「別に、同じところでいいだろ?」


「ん!」


 フィナを見送ったオリティスは、静かに腰の黒刀の柄へと長い指を伸ばしながら、一切の足音を立てずに闘技場の中央へと歩み出していった。

 その表情には、周囲の熱狂を遮断したかのような、いつもの余裕が湛えられている。


 対するアリエナが中央へ歩み出るたび、足元からは大地の祝福であるかのような、黄金色の魔力の残光が幾重にも波紋となって広がっていく。

 その佇まいは、普段の天真爛漫で明るいアリエナとは別人、魔力が風となって観客席にまで容赦なく届いていた。


(……強い。本気のアリエナ……)


 フィナは観戦席の最前列で、思わず息を呑んだ。

 中央に立つオルトーが、両手を広げて厳格に宣言する。


「致命傷以上の攻撃は禁止だ。戦闘の続行が不可能とこちらが判断、または、どちらかの降参で試合終了と見なす。準備は良いか?」


 二人は静かに、視線を交わしたまま頷いた。


「では、開始!!」


 激しい爆音のような合図の直後──闘技場を支配したのは、沈黙。

 満員の観客の誰もが盛り上がる中、オリティスとアリエナ、両者は静止したまま、動かない。


「来ないのか?」


 オリティスの声が、柔らかな微笑と共に静寂を破る。


「……はは、立場的には、先輩である私が先を譲る側なんだけどね……ッ」


 アリエナの額から、一筋の冷や汗が伝い落ち、苦笑いを浮かべた。

 動かないのではない、オリティスが放つ目に見えない威圧の前に、肉体が本能的な恐怖で動けない。


(……いざ、相手として正面に立ったら……差が……やばい)


 オリティスは、佇んでいるだけ。優雅な笑みを浮かべ、刀を抜きすらもしない。

 それなのに──その存在そのものが、この広大な空間の空気を支配していた。

 まるで、一歩でも不注意に動いた瞬間に、その肉体を塵にされる──そんな理不尽な錯覚を覚えるほどの絶対的な圧。


「私らしくない!」


 自身の両頬を強く叩き、闘志の火を燃え立たせるアリエナ。

 次の瞬間、魔力が応じるようにして地面が激しく爆ぜ、巨大な岩の槍が何十本も空へと向かって突き伸びた。

 槍の先端は鋼よりも鋭く研ぎ澄まされ、空気を激しく引き裂く轟音が、観客席にまで届く。


「行きなさい──っ!!」


 アリエナの鋭い叫びと共に、その岩槍の豪雨がオリティスの頭上へと容赦なく降り注いだ。


 だが──次の瞬間、すべての音が消滅した。

 静かに、オリティスの声が、アリエナの鼓膜だけに直接届く。


「期待通り、こちらも手加減の出力を少しだけ変えよう」


 微笑みを浮かべたまま、オリティスが一歩も動かぬままそう呟いた瞬間、空中の岩槍が、音もなく粉々に切り刻まれて霧散した。


「なにが……!」


 オリティスの周囲の空間の空気が、まるで陽炎のように揺らぐ。

 ただそれだけの現象に、観客席にいた並の冒険者たちが、生存本能から一斉に悲鳴を上げて身をすくめた。


(……見えない……不可視の斬撃!?)


 アリエナは震える指先を執念で押さえつけ、次の魔術を構築する。

 そこに、オリティスの声が静かに響いた。


「私はこれを——黒銀と呼んでいる」


 その声は、まるで世界の理が告げる死刑宣告のように静かだった。


(黒銀、おそらく、オリティスの存炉……格が違いすぎる……!)


 だが、アリエナは諦めない。持てるすべての魔術を次々と展開していく。

 大地が飛び、嵐が猛り狂う、だが、それらすべてが、触れた瞬間に無音で細切れにされていく。


 アリエナは岩の槌を召喚し、魔術師でありながらあえて接近戦を仕掛けた。

 そしてその瞬間、アリエナは致命的な事実に気づく。


 岩の槌が、一瞬で切断された。だが、オリティスは相変わらず刀を抜かない。

 慌てて距離を取り、横へと疾走するが、見えない何かが背後から追ってくる。


(この斬撃、刀のものじゃない……!)


 魔術を放とうとするが——その瞬間に魔術陣ごと斬り裂かれた。

 オリティスは、最初からずっとアリエナを“視ていた”。


「まさか……!」


(“視る”ことが発動条件……!)


 恐怖が冷たく背筋を撫でる。魔術そのものが切り裂かれるのなら、もう選択肢は残されていない。

 最後の手段として、アリエナは砂魔術を発動させ、闘技場を覆い尽くすほどの砂塵が巻き起こり、姿を覆い隠す。


 ——が、次の瞬間、その巨大な砂嵐そのものが、消し切り刻まれた。

 空間を割き、大地を裂く、一瞬にしてすべてを沈黙させた。


「視ることは、確かに条件ではある——だが」


 霧散していく砂塵の向こう側から、オリティスがゆっくりと口を開く。


「正しくは、“視界に映る物全て”」


 アリエナは瞬時に地を這うようにしゃがみ込み、首の皮一枚でそれを避けた。

 頬を伝う冷や汗が、地面に滴り落ちるが、すぐに立て直す。


「まだよ!」


(……あれほど強力なら、直撃は来ない。本当に死んじゃうもの。なら——!)


 アリエナは決意を込め、全力の詠唱に入った。

 足元から立ち上がる膨大な魔力が渦を巻き、巨大な魔術陣が空間に浮かび上がる。


「無謀、しかし、勇敢」


 オリティスがゆっくりと、初めて見せる所作で、腰の黒刀の柄へと手をかけた。

 金属同士が無理やり引き摺られ、悲鳴を上げるような金属音が闘技場に響き渡り、火花が散った。


 フィナも、初めて目にする──オリティスの居合。


(はっ……やば……!)


 フィナの全身が逆立つ。


 次の瞬間、音もなく“空間そのもの”が斬り裂かれた。

 アリエナが展開した魔術陣も、その内の莫大な魔力も、すべての法則を無視し、肯定されながら両断される。

 黒銀の斬痕が数秒間も刻まれ、背景の景色が歪んで歪曲していた。


 視覚を暴力的に支配するその光景に、観客は言葉を失い、場内は一瞬にして静寂に包まれる。


「本番、行こうか」


 その言葉を合図にしたかのように、静まり返っていた観客席から、悲鳴とも歓声ともつかぬ絶叫が一斉に上がった。


 オリティスがアリエナに迫り、黒刀が容赦なく振り抜かれる、アリエナは咄嗟に岩の術で防御をし。同時に、足元から鋭い岩の棘を突き上げた。

 闘技場は四方八方、すべてが大地でできている。つまり、全方向から自在に攻撃できるのはアリエナの利点だった。


(……有利すら、強さの前では無意味になる! 悔しいけど、手加減されている今しか勝機はない!)


 アリエナの瞳が、限界を超えて金色に輝いた。


「——大地の輝きか」


 瞬間、闘技場の空間そのものが変貌を遂げる。

 岩の柱が林立し、無数の棘が乱舞し、そのすべてがオリティスを呑み込もうと牙を剥いた。


「いい手だ」


 だが、次々と黒刀が振るわれる。

 迫りくる大地は、すべて弾かれ、壊され、容易く凌駕された。


「今っ!」


 オリティスの懐へと、巨大な岩の槌を抱えたアリエナ自身が飛び込んできた、抜刀した剣士相手に、魔術師が自ら接近戦を仕掛けるなど、誰が想像できる。

 だが、オリティスはそれすらも最初から知っていたかのように、黒刀の腹で軽く弾き返す。


「ちっ!でも、これならどう!」


 弾かれた瞬間、アリエナは不敵に笑う。

 二人の頭上には、いつの間にか巨大な岩塊が形成され、猛烈な勢いで落下してきていた。


 ——相打ちか!?


 観客席がにわかにざわめきに包まれる。

 だが、次の瞬間、遠くに弾き飛ばされ、杖を軸になんとか立ち上がるアリエナの姿がそこにあった。


「ど、どうだ……!」


 アリエナの声に応えるように、鼓膜を震わせる轟音が響く。

 遅れて巨大な岩が、一筋の斬撃と共に真っ二つに裂け、左右へと崩れ落ちた。


 中央から現れたのは、衣服に付いた埃を軽く払うオリティスの姿。


「う、うそ……」


 全くの無傷だった。

 アリエナは戦慄し、咄嗟に大量の魔術陣を空間に同時展開する。

 だが——それらは出現した瞬間に、すべて斬り伏せ、気づけば、黒刀の切っ先が、アリエナの喉先で静止している。


「こ、降参……」


 アリエナが両手を挙げると、観客席は一瞬、水を打ったように静まり返った。

 あまりの次元の違いに、周囲の理解が追いつかない。


 一呼吸遅れて、闘技場は爆発するような熱狂の渦に包まれた。地鳴りのような歓声が闘技場を揺らす。

 オリティスとアリエナの戦いは、格の違いを見せつける一幕だった。


 当然、一般の冒険者たちからは疑念の声も上がる。


「おい、何も見えなかったぞ」


「本当に戦ってたのかよ!?」


 しかし、それを遥かに上回る興奮と称賛が、闘技場全体を呑み込んでいた。

 激闘の余韻が冷めやらぬ中、オリティスはアリエナの手を引き、ゆっくりと観客席への階段を上っていく。


 すれ違う観客たちの浴びせる、畏怖と興奮の混ざった視線。

 オリティスはそれらを涼しい顔で受け流し、アリエナは悔しそうに首を振りながらも、充実した笑みを浮かべていた。

 二人が残した戦いの熱気は、未だに闘技場の空気をごうごうと揺らしている。


 観客席に戻ってきたオリティスは、待っていたフィナの頭を優しく撫でた。


「さあ、次はお前の番だ」


 オリティスの言葉に、フィナの胸が大きく跳ね上がった。

 先ほどの戦いを目にした興奮が、フィナの血液を激しく沸き立たせている。


「ん……!」


 力強く頷いたフィナは、入れ替わるように熱狂が渦巻く中央の舞台へ向かって、アレクと共に一歩を踏み出す。

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