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『最果を探す冒険譚』  作者: 灰那
第1章「この理想を、世界が許すまで」・ミオルタ編

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第23話「剣は心を映す」

 アストの鍛冶屋に到着したフィナとオリティス。

 中から響いていた、硬い鉄を打ち鳴らす音が止み、奥の帳から煤に汚れたアストが姿を現した。


「お? おう、お前らか。言っとくが、大剣はまだ出来てねぇぞ」


 ぶっきらぼうに告げるアストに対し、オリティスは冷静に返した。


「分かっている。今日は新調ではなく、こいつの研ぎ直しだ」


 フィナが無言で銀灰を差し出す。

 アストは差し出された剣を一瞥した瞬間、その目を限界まで見開いた。


「……おいおい、冗談だろ。一体全体、何を相手取ったらこんな綺麗な刃の潰れ方をするんだよ」


「私の黒刀だ」


「はぁ!? ──そりゃあこうなるわけだわ」


 アストは呆れたように首を振りながら銀灰を持ち上げ、刃の欠けた部分を親指の腹で慎重になぞる。

 その指先は、無数の火傷の痕が焼き付いていた。


「……しかしまあ、よく折れなかったな、普通の鉄なら真っ2つだぞ、流石の不安定性のお陰か、それとも……」


 アストは感心したように息を吐き、フィナの方に向く。


「フィナ、お前……どんな戦い方した?」


「ん……いっぱい、ぶつけた」


「だろうな。刃が“悲鳴”上げてる」


 アストは薄暗い店内のわずかな光に銀灰をかざし、肉眼では見落としそうな微細ヒビの走りを精査していく。

 その時のアストの横顔は、先ほどまでの軽薄さが嘘のように、真剣そのものだった。


「いいか、よく覚えとけ。剣ってのはな、ただの鉄の塊じゃねぇ。持ち主の魔力の流し方が全部刻まれる。そして、持ち主の成長に合わせて“進化”していくんだよ」


「進化……?」


「ああ。剣はな、持ち主が強くなればなるほど、応えるように変わるんだ、お前の銀灰は、まだ“途中”だ。これから先、どんな形にも化ける、お前の成長に合わせて進化してる。じゃねぇと黒刀の攻撃を受けられねぇ、言っとくが、見た目が変わるわけじゃねぇぞ」


 アストの言葉を聞き、フィナの胸の奥が不思議と熱くなっていく。

 自分の剣が、自分の歩みと共に生きているのだと感じられた。


 隣で聞いていたオリティスが、少しだけ無粋な補足を加える。


「夢のない表現をするなら、要は刃がお前の魔脈と魔力に慣れ、魔脈を模し内部構造を変更する、使え使うほどそれは持ち手から先端まで広がり、注げる魔力の量と質が変わる」


 アストは笑いながら力強く頷いた。


「そういうこった。だから、お前と共にその剣は、まだ“旅の途中”だ、まあ、危うく、その旅も終わりかけたが」


 アストは銀灰を作業台に丁寧に置くと、ふいごを引いて炉の火力を少しだけ強めた。

 さらに激しく燃え盛る赤い火光が部屋を揺らし、影を落とす。


「……持ち主の生き方、どんな奴と戦ったか、どんな景色を見たか、どんな想いで振ったか……」


 フィナは思わず、作業台の上の銀灰をじっと見つめた。

 自分の命を預ける、相棒としてそこに存在している。


「銀灰はまだ若ぇ。お前と同じだ。だからこそ、伸びしろがある……だがな、若い剣ほど折れやすい。迷いが多いからだ」


「迷い……」


「そうだ。剣は迷いを嫌う。迷いながら振れば、刃は鈍る、だが――迷いを越えた時、剣は一気に強くなる」


 アストはフィナの目を見て、にやりと笑った。


「お前の銀灰は、もう“折れねぇ理由”を見つけ始めてる……それは、悪くねぇことだ、まあ、今回、折れかけたがな」


「お前、私に何が言いたいのか?」


「別に何もないが、弟子に向かって手加減を誤る勢いでその獲物を振るうか?普通」


 アストの呆れ顔を見て、フィナがぽつりと尋ねた。


「……オリティスの刀、そんなにすごい?」


「すごいなんてもんじゃねえぞ、顕現武器だ、滅多なことがない限り、刃はこぼれず、折れもしない」


「顕現武器って?」


 フィナの問いに、アストは銀灰に付着した泥や油を丁寧な手つきで拭いながら答えた。


「顕現武器ってのはな……俺たちみたいな凡人や、まだ未熟な奴らには縁のない代物だ。情報なんざほとんど残っちゃいねぇ。ただ分かってるのは――超常現象を容易く起こすこと、そして“強者”か“選ばれた者”しか持てねぇってことだ」


 アストはちらりと、壁に寄りかかるオリティスを見やり、大袈裟に肩をすくめる。


「前者はオリティスの黒刀。後者は勇者が扱う聖なる武器たちだな。……まあ、研究の末に出た結論は、顕現武器ってのは“存炉そんろ”が形作る武器だってな」


 フィナは驚き、思わずオリティスの方へと顔を向けた。


「本当……?」


「本当だぞ。顕現武器はその者の存炉そんろを形にする最終定義、聖なる武器は自然や聖獣が、形を成すか老衰した結果だ」


「……私も持てる?」


 オリティスは慈しむように、フィナの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「持てる。存炉そんろを持つ者は、誰もが顕現武器を生み出す可能性を秘めている」


 その確信に満ちた言葉に、フィナの胸はこれまでにないほど激しく高鳴った。


「とにかく。こいつを研ぐのは俺しかいねぇ。明日には研ぎ直して渡してやる。それまでは休日だな、少なくても剣の修行は無理だ、、模擬戦があるのは知ってる、安心しろ間に合わせる」


「助かる、アスト」


「ん!ありがと!」


「おう。気張んな、相棒が帰ってくるまで無理すんなよ、ちゃんと整えとく」


 縁荘亭の部屋に戻ると、外の賑やかな喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 西に傾いた窓から差し込む夕陽が、簡素ながらも清潔な部屋を淡い、橙色に染め上げている。


 オリティスはベッドの端に腰掛け、戦いの緊張をほぐすように軽く息を吐いた。


「ちょうど良い機会だ、瞑想の仕方を教えよう」


「瞑想……?」フィナが首をかしげる。


「瞑想は剣を振るより大事な時もある」


「剣より……?」


「剣と魔術は別々で訓練し鍛えなければならない、だが、いくら鍛えようが、魔力の流れが乱れていると、どれだけ剣を振っても、どれだけ魔術を行使しようが、無駄になる、乱れを整えるために瞑想をする」


 オリティスはベッドの上に上がり、ゆっくりと胡坐を組んで座る。


「このように、気を楽にして座れ」


 フィナもその真似をしてベッドに座り、同じように足を組む。

 落ち着かない様子だったが、じっとオリティスを見て姿勢を整える。


「瞑想には、2つの効果がある」


 指を立てながら、オリティスが説明を始める。


「1つは、よく知られている通り——心を落ち着ける効果。呼吸を整え、思考を静めることで、集中力を高める」


「ふむふむ……」


「そしてもう1つは——魔力の流れを整える効果」


「魔力の流れ?」


「魔脈の通りをよりよく、そして効率的に、純粋にする効果、呪いや能力低下の効果を効きにくくしたり、直したり」


 オリティスは目を閉じて静かに呼吸を始める。


「瞑想を習慣にすればするほど、魔力の質も精度も高まる。これは年齢が若いほど効果が大きい、だから、フィナには、特にお勧めだ」


 フィナもそれにならって、目を閉じて呼吸を整える。


「……じゃあ、いっぱいした方がいい?」


「あぁ、良い状態の魔脈を早いうちに整えておけば、いずれ扱える魔力の質が一段違うものになる。私も昔、弟子たちに休憩のたびにさせていた」


 オリティスは少し微笑んで、昔のことを思い出すように言った。


 部屋の中は静まり返り、ただ風の音と鳥の鳴き声だけが聞こえる、フィナは目を閉じ、呼吸を整える。

 目を閉じると、最初は暗闇しかなかった、だが、呼吸を整えるにつれ、胸の奥に軽く小さな光が灯るような感覚が広がる。


 呼吸が次第に深くなり、魔力の流れが自然に整っていく感覚に包まれていった。

 最初は落ち着かず、頭の中に戦いの残像がちらついた、だが、次第に胸から体全体にまで光が広がり、魔脈に流れ全身を巡っていく。


(……これが、魔力の流れ……?)


 その光は、魔脈を通って全身へ広がっていく。

 指先がじんわりと熱を帯び、耳の奥で小さな波の音のようなものが響く。


 オリティスの声が、遠くから届く。


「魔力は感情に影響される場合が多い、焦れば濁り、怒れば荒れる、だから、整えられれば、どんな魔術もどんな剣技も綺麗に流れる」


 フィナは深く息を吸い、ゆっくり吐く。

 胸の奥の光が、静かに脈打つ、そのたびに、身体の奥が軽くなる。


「フィナ、お前は素直で真っすぐだから、魔力の流れが掴みやすい」


「ん……?」


「素直な心の魔力はそのまま素直になる、回りくどい表現方法を使わず、情景を即座に思い浮かべる、だからこそ、お前は強くなれる」


 指先がじんわりと熱を帯び、耳の奥でざわめくような音が響く。


「魔力は血と同じ。流れを止めれば死ぬ。だが整えれば、命を支える力になる」


 フィナは小さく頷き、さらに深く呼吸を続けた。


「血管の血液、魔脈の魔力とは能く言ったものだ」


 呼吸を続けるうちに、フィナの意識はゆっくりと沈んでいく。

 まるで静かな湖の底へ落ちていくような感覚だった。


(……あれ……?)


 暗闇の中に、淡い光が揺れている。

 それは火でも、魔術でもない。

 もっと柔らかく、もっと温かい――自分の“中心”にある光。


(これ……私……?)


 光は脈打つたびに、少しずつ大きくなる。

 呼吸が深まるたびに、輪郭がはっきりしていく。


(……あったかい……)


 その光は、焦りも、全部包み込んで溶かしていく。

 まるで、優しい手で撫でられているようだった。


(これが……私の魔力……)


 フィナはゆっくりと目を開けた、視界がわずかに明るくなり、輪郭がはっきりした。


「普通の場所での瞑想も効果はあるが……特別な場所で行うと、もっと大きな効果がある」


「特別……?」


「魔力が自然に濃く流れている場所のことを“秘境”と呼ぶ。そして、特定の属性が集中している場所を“魔処”と呼ぶ」


 フィナが目を丸くする。


「そこですると、どうなるの?」


「属性が、永続的に強化される。火の秘境なら、火属性の制御力が、風の魔処なら、風属性の火力が上がるって感じだな、特別だからな、景色も一味違うぞ」


「そんな場所……いきたい!」


 フィナがぱっと目を輝かせる。

 オリティスはその様子に微笑みながら言った。


「そうだな、旅の途中、そういう場所が見つかったら、立ち寄ろうか」


「ん!楽しみ」


 その時、フィナのお腹がぐうと鳴った。


「……むっ」


 オリティスが肩をすくめる。


「じゃあ、そろそろ夜ご飯を食べに行こうか」


「んっ! もうペコペコ!」


 二人は笑いながら立ち上がり、宿の食堂に向かう。


 一階に降り窓の外を見ると、夜のミオルタは柔らかな灯りに包まれていた。

 石畳の道には屋台が並び、宿にまで香ばしい匂いが漂ってくる、フィナは胸いっぱいに空気を吸い込み、思わず笑みをこぼす。


「……いい匂い」


「食べることも修行の一部だ。心と体を満たすのも、大事な力だからな」


 オリティスの言葉に、フィナは「ん!」と力強く頷いた。

 すんなりと席に通され、早速料理を頼む。


「……麺?」とフィナが首をかしげる。


「簡単に言うと、パンを細く長くしたものだ。スープに入れて食べたり、そのまま食べたりする料理だ」


 二人は同じものを頼み、料理が来るまでの間、軽く談笑を交わした。

 やがて、フィナがふと問いかける。


「今日の模擬戦……アジスイデアが、弟子の話をしてた」


「気になるのか?お前の兄姉弟子たちのこと」


「ん!」


 オリティスは懐かしむように目を細めた。


「私が育て導いた彼らは、迷子で、か弱い羊たちだった……最初は皆、弱かった、泣き虫もいた、臆病者もいた。剣を握るのも怖がる子もいた、過酷な運命を持つ者ばかりだった」


「……そうなの?」


「あぁ、弱いからこそ、強くなれた、自分の弱さを知っている者は、努力をやめない、運命に抗う為に、彼らは止まらなかった」


 フィナは息を呑む。


「ある子は、剣の才能がなかった、でも、知恵があった。今は一国の国主で、人々を守っている」


「すごい……」


「どの子も努力は実り、今は、世界で生きる強き者たちになった。強大な力を持つ者、頂に立つ者、知恵に秀でた者、世界に救済を与える者、国を築いた者、制度を築いた者、世界の真理に挑む者、物語を紡いだ者……その全員が、私の自慢であり、誇りだ」


 フィナの胸は「会ってみたい」という気持ちでいっぱいになった。


「フィナ」


「ん?」


「お前も、いずれ……そうなる。お前の道は、お前にしか歩けない、でも、私は信じている。お前は必ず、誰もが信じる“光”になる、だって、お前はすでに私の光だからな」


「っ……ん!」


 料理を待つ間、窓の外では夜風が屋台の布を揺らしていた。

 フィナは外を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「……旅って、どんな感じ」


 オリティスは少し考え、柔らかく笑った。


「旅なんてものに決まった感じ方はない、同じ景色でも、一緒に経験する人物によっては真逆の経験になることもある、ただ言えるのは、綺麗な景色ばかりじゃない、危険もあるし、寒い夜もある、でも――」


 フィナが顔を向ける。


「その全部が、お前を強くする、そして、世界は広い、ミオルタの外には、まだ見たことのない景色が山ほどある」


「……見たい」


「見られるさ、それらを見せるのが、私の役割なのだから」


 その時、料理が運ばれてきた。

 湯気の立つスープに浮かぶ麺を口にしたフィナは、驚きに目を見開く。


「麺……細い」


「国によって形も味も違う。旅をすれば、もっと色々食べられる」


「ん!旅……楽しみ」


 フィナはスープを一口すする。


「……おいしい!」


 その表情を見て、オリティスは微笑んだ。

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