第17話「翼蛇討伐前夜」
冒険者協会の会議室には、今回の討伐任務に参加する冒険者たちが集結していた。
入室の際に職員による確認が行われ、中には別の部屋へと案内される者もいた。
部屋の中心に立つのは、冒険者協会蒼閃長メイランテ・ヴァローナ。
その隣には、今回の作戦の総指揮を担うオルトーが控えている。
メイランテが静かに口を開いた。
「では、始めましょう。くれぐれも、ここで話される内容を外部に漏らさぬように。そして――別の部屋に移された冒険者は、盗賊の内通者です」
冒険者たちの間にざわめきが生まれる。さらりと明かされた衝撃の事実に、室内に一気に緊張が走った。
「作戦の総指揮はオルトーが行います。ただし、これはあくまでも全体統率。突入後は、各パーティが自主的に判断して動いて構いません」
メイランテは視線を一巡させ、さらに続けた。
「もし捕まっている人間がいれば、最優先で救助を。生存確認、保護。これを徹底してください。なお、盗賊団が保有する財宝、武器、物資などについては、すべて冒険者協会に提出してください。確認後、相応の報酬をお支払いします」
その言葉に、フィナが小さく唇を尖らせた。
(見つけた人が、もらえない……?)
そんな不満を察したのか、アリエナが身を屈め、耳元で囁く。
「実はね、フィナちゃん。これって依頼の形式によって違うの。今回みたいに冒険者協会が依頼主の場合は、提出が規定。でもね、もし自分たちで勝手に壊滅させたら、拾った宝は全部自分のものになるのよ?」
フィナが驚きながらも、うんうんと頷く。
「なるほど……」
「……かわいい!!」
アリエナが感情を抑えきれず、フィナの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
そんな様子にちらりと目をやったメイランテが、静かに告げる。
「今回の作戦には、ギルア階位パーティ、金錬赤の二人――アレク・ロウザン、アリエナ・リースも加わります」
その発表に、周囲が少しざわつく。
やはりギルアは別格という空気。だが、次の言葉はその空気を凍らせた。
「そして――」
メイランテの視線が、静かに、オリティスへと向けられる。
「万が一……盗賊団の中に規格外の敵が現れた場合。オリティスさん、対処をお願いできますか?」
その言葉に、一瞬で室内が静まり返った。
――ルキ階位の者に依頼?
――ギルア階位がいるのに?
だがその中で、オルトーと金錬赤の二人は、一切の動揺を見せていなかった。
むしろ、当然だという顔。
フィナもその言葉に、少しも疑問を抱いていなかった。
オリティスは、ゆっくりと微笑んだ。
「分かった、必要があれば、対応させてもらう」
その言葉に、メイランテは軽く頷いた。
「ありがとうございます。それでは――」
彼女は一度、深く息を吸い、静かに言葉を紡いだ。
「作戦は明日、夜明けと共に決行します。集合場所は早朝、門の外。馬車でアジト近くまで移動後、即座に突入します」
全員の顔が引き締まる。
「各々、装備、体調の確認を怠らずに。明日は、命を賭ける日になります。どうか、無事を願っています」
メイランテの言葉が終わると、会議室には一瞬の静寂が落ちた。
窓の外では夕日が沈みかけ、赤い光が会議室の壁を染めている。
その光が、冒険者たちの顔に影を落とし、まるでこれから向かう戦場の血の色を予兆しているかのようだった。
フィナは、周囲の冒険者たちの気配を感じ取っていた。
緊張、焦燥、闘志、そして……恐怖。
(……みんな、怖いんだ)
盗賊団との戦いは、魔物との戦いとは違う。
相手は人間、同じ人間を騙す知恵があり、罠を張り、逃げ、騙し、殺す。
フィナは拳を握りしめた。
その横で、オリティスは静かに周囲を観察していた。
彼女の視線は、まるで一人ひとりの心の奥底まで見透かすように鋭い。
(……士気は高い、覚悟が足りない者もいる、死ぬ覚悟も殺す覚悟も足りない。だが、その代わり、守る覚悟はあるようだ)
オリティスは、ほんのわずかに眉を寄せた。
そんな中、アリエナがフィナの袖をつまんで、小声で囁いた。
「ねえ、フィナちゃん。怖くない?」
フィナは少し考えてから、首を横に振った。
「……ん、分からない、だから、知りたい」
その言葉に、アリエナは一瞬だけ目を見開く。
「そっか」
アレクも腕を組みながら、真剣な表情で言った。
「恐怖を知っている者ほど、強くなれる。恐れを知らぬ剣は折れるが、恐れを抱いた剣は研ぎ澄まされる」
最後に、オルトーが重々しく口を開いた。
「――では、解散!!」
オルトーの声が響くと、冒険者たちは一斉に立ち上がった。
椅子が擦れる音、装備が鳴る音、誰かの深呼吸。
そのすべてが、明日始まる戦いの重さを物語る。
フィナはオリティスの袖をそっと掴んだ。
「……オリティス」
「どうした?」
「……私、人を殺せる?」
その問いに、オリティスは少しだけ目を伏せた。
「フィナ、お前の初めての戦闘の時も言ったが、自分で判断して行った殺傷に、罪悪感は必要ない。今回の戦いは、大雑把に言えば醜精と何ら変わらない、人間同士が己の生存圏を掛けた戦いだ」
オリティスはフィナの頭に手を置いた。
「これも同じ、殺す、止める、それは、無力な人を守る行為でもある、努々忘れるな、お前が道を踏み外さない限り、殺傷は人を守る武器のままだ」
フィナはゆっくりと頷いた。
その様子を見ていたアリエナが、ぽつりと呟く。
「……ほんと、弟子って感じね」
アレクも微笑む。
「いい師弟だ。羨ましいくらいだ」
その声が、会議室に木霊した。
嵐の前の静けさは、こうして終わった。
冒険者協会を出た直後、夕日が差す石畳の路地に、ひときわ明るい声が響いた。
「ねえねえ、二人ともこれから準備するの?」
振り返ると、そこにはアリエナとアレクの姿があった。
息ぴったりに並び立つ二人に、オリティスが微笑を浮かべる。
「私たちに、特に準備はない。元から整ってるからな」
それを聞いて、アレクが満面の笑みで手を広げた。
「ならば!我らと共に晩餐を!あわよくば親交を深め──ぐふっ!」
アリエナの拳が容赦なくアレクの腹を撃ち抜いた。
「余計なこと言うんじゃないわよ、バカ。……でもまあ、親交を深めるのは賛成。どうかしら?」
「そうだな、私は構わん」
「ん! ごはん!」
食の魔力にすっかり囚われたフィナは、目を輝かせて即答した。
「よし、じゃあ、私の一押しの店に行くわよ!」
アリエナが張り切って先導し、夕暮れの街路を抜けて辿り着いたのは──ミオルタの中心街から少し外れた、石造りの落ち着いた店構えの肉料理専門店だった。
店の看板には、金色の牛の紋章が刻まれている。
扉を開けた瞬間、香ばしい肉の焼ける匂いと、濃厚な肉汁が弾ける音が四人を包み込んだ。
「ここ、肉がとにかく絶品なのよ!」
アリエナが胸を張るのも頷ける。
店内は木材を基調とした温かい雰囲気で、壁には狩人たちが仕留めた魔物の角や牙が飾られている。
厨房の奥では、巨大な鉄板の上で肉が焼かれ、脂が弾けるたびに火花が散っていた。
「……いい匂い」
フィナの鼻がぴくぴくと動く。
案内されたのは、店の奥にある半個室の席。
厚い木の扉で仕切られ、外の喧騒が嘘のように静かだ。
テーブルの中央には、魔石で温度を保つ鉄板が据えられており、料理が冷めないよう工夫されていた。
席に着いた瞬間、店員が丁寧に頭を下げる。
「本日はご来店ありがとうございます。当店の肉はすべて、冒険者の皆様が仕留めた魔物を最高の状態で熟成させたものです。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
その言葉に、フィナの目がさらに輝いた。
「魔物の肉……」
「ふふ、フィナは初めてかしらね。魔物の肉は、魔素が乗ってるお陰で普通の動物よりずっと美味しいのよ」
オリティスが微笑むと、フィナはこくこくと頷いた。
メニューを開くと、どれも豪快で魅力的な料理ばかりだ。
どれも、冒険者の胃袋を満たすために作られた力強い料理だ。
「さあ、お嬢さんたち。今日は全て、俺の奢りだ。遠慮なく頼んでくれたまえ!」
アレクが胸を張って宣言すると、アリエナが即座にメニューを広げた。
「ほんとに?じゃあ、遠慮なくね!」
「いや、アリエナは自分で……」
アリエナはすでに目を輝かせて注文を始めていた。
フィナも負けじとメニューを指差す。
「これも美味しそう! あ、これも!こっちも!」
「……私も少し、気になるものだけ頼もうか」
オリティスは控えめに注文するが、アリエナとフィナの勢いに押されて結局品数は増えていく。
やがて、料理が次々と運ばれてきた。
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる肉。
滴る肉汁が光り、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。
「さあ、熱いうちに召し上がれ!」
フィナが最初にかぶりついたのは、厚切りロースだった。
「……んっ!!」
目を見開き、頬をふくらませ、幸せそうに噛みしめる。
「おいしい……!」
その一言に、アリエナが満足げに頷く。
「でしょ!ここの肉はね、噛めば噛むほど旨味が溢れるのよ!」
オリティスも一口食べ、静かに微笑んだ。
「確かに……これは、良い肉だ」
アレクはワインを傾けながら、誇らしげに言った。
「この店はな、素材の魔物を仕留めた冒険者の名前が記録されるんだ。俺たちも何度かここの肉を提供したことがある」
「へぇ……!」
フィナは感心しながら、次の肉へと手を伸ばす。
その姿は、まるで戦場で敵を次々と倒すかのような勢いだった。
アレクは椅子にもたれかかりながら、苦笑いを浮かべる。
「……ふはは。しばらく出費は抑ないとな……」
ふと、フィナが二人の方を向き、ぽつりと口を開く。
「……恋人?」
その言葉に、アリエナがビクッと反応した。
「な、なに言ってんの!?誰が誰と!?べ、べつにそんなんじゃ──くっ!」
「ふははは! 真っ赤っかで噛んでるなアリエナ! かわいいぞ!」
「うっさい!ぶっ飛ばすわよこの色ボケ!……私たちはただ、戦闘の相性がいいからパーティを組んでるだけよ。すぐに解散するわよ!」
「おいおい、それは寂しいことを言うな。俺たちは、冒険者登録したその日からずっとパーティだ。生まれ育った村も同じ、夢も同じ、旅立ちの日も同じ──幼馴染ってやつさ!」
「おお!」
フィナの目がきらきらと輝く。
「おおっ、フィナ! 分かってくれるか! これが絆ってやつだ!」
「ん!」
そんな会話をしているうちに、店員が追加の料理を運んできた。
焼きたての分厚いステーキ、香ばしいソースの香りが部屋を満たす。
こうして、冒険者たちの小さな夜は、笑いと食事に包まれて始まった。
ステーキの香ばしい香りが漂う店内。
四人はゆったりと食事を楽しみながら、少しずつ心を開いていった。
ふと、オリティスがワインを傾けながら問う。
「冒険者登録は、帝国か?」
その問いに、アリエナが頷きながら答えた。
「そうよ! 私たちの村はね、帝国の魔術研究部門の環境研究施設があるの。私の両親はそこで研究者として働いてたわ」
アレクも嬉しそうに続く。
「俺の両親は、その施設を警備する帝国騎士だったんだ! 子どもの頃から訓練ばっかりだったな」
「冒険者になりたいって言ったら、両親は驚きながらも応援してくれたの。研究長が推薦状まで書いてくれて……アレクはお節介でついてきただけよ」
「おいおい、“アレクぅ、私ひとりじゃ不安だよぉ〜”って言ったの誰だったかな?」
「ちょ、アレク! それは内緒でしょ!!後、誇張しすぎよ!」
二人のやりとりに、オリティスは柔らかく微笑み、フィナは「ふふ」と小さく笑った。
その様子を見て、アリエナが今度は逆に問いかける。
「で?二人は?どういう関係なの?」
オリティスが、すっとフィナを見やって答えた。
「フィナは私の弟子だ。冒険者になったのも修行の一環だ。広い世界を見せて、たくさんのものを感じて、学ばせたい」
アレクが感心したように頷く。
「世界を見せるか……壮大で、いい目標だ」
「にしても、フィナはすごいわね。才能があるのもそうだけど、オリティスさんみたいな本質を理解できる人に弟子にしてもらうなんて、滅多にないわよ、運命に愛されているかもね!」
フィナは誇らしげに胸を張り、力強く一言。
「んっ!」
「うん、かわいいっ!!」
アリエナがたまらず抱きしめようとするが、フィナはするりと身をかわす。
そんな他愛ない会話も、食事と共に穏やかに過ぎていった。
やがて食事を終えた後、アリエナが少しだけ真剣な顔をする。
「ねえ、今回の依頼──私たち四人で組んで動かない? フィナ達の実力気になる!何より面白そうじゃない?」
オリティスは一瞬、考え込む。
そんな思考を遮るように、フィナがオリティスの袖をちょんちょんと引っ張る。
「いい?」
その瞳は、期待と意思の光に満ちていた。
オリティスは微笑み頷いた。
「もちろん、いいぞ、フィナ」
「よしっ!じゃあ、明日の作戦会議、早めに集まって確認しよう!今日はもう遅いし、フィナもいっぱい寝て、成長しなさい!」
「そうだな、フィナがアリエナみたいに、チビで終わってしまう!」
「なっ、なんですってぇ!?誰がチビよ!」
「事実を述べただけだが?」
「やかましい! 帰り道で覚えてなさいよぉ!!」
騒ぎながら店を後にする二人の後ろで、フィナとオリティスは笑顔でそれを見送った。
夕闇に響く、笑い声と足音。
仲間がいるって、心強く、心地いいもの。フィナはそう思いながら空を見上げた。




