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『最果を探す冒険譚』  作者: 灰那
第1章「この理想を、世界が許すまで」・ミオルタ編

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第18話「翼蛇討伐開始」

 朝日が昇り始めたばかりのミオルタの門前には、いつもより多くの冒険者が集まりつつあった。

 夜の冷気がまだ石畳に残り、吐く息が白く揺れる、空気は澄み渡り、どこか張り詰めた気配が漂っていた。

 そんな喧騒のなか、ひときわ静かに佇んでいたのはオリティスとフィナの二人だった。


「おお、二人ともおはよう!」


 門番のハルドが明るく声をかけてくる。


「今日は大掛かりな依頼だな! くれぐれも気をつけて帰ってきてくれよ!」


「あぁ」とオリティスが軽く頷いた。


「そうだ、それと……昨夜、街に入ろうとしていた盗賊を捕まえたよ。二人の情報のおかげだ、本当に感謝してる」


「それは良かった。では、私たちは作戦会議があるから行くぞ」


 そう言って、二人はアリエナたちが待つ一角へと足を向けた。


「オリティス! フィナ! おはよう!」


 元気な声でアリエナが手を振る。


「さあ、作戦会議といこうか!」


「とは言っても、私たちの場合は能力の確認ね」


「じゃあ、まずは俺からだ!」


 アレクが一歩前に出る。


「俺はちょっと特殊でな。無意識に身体強化を使える。フィナ、お前と同じだな」


 アレクの身体からは、確かに淡い魔力の揺らぎが見えた。

 それは攻撃のために鋭く尖るものではなく、鎧のように全身を包み込む守りの魔力。

 フィナは驚いたように目を丸くしながら、口を開く。


「……気づいてたの?」


「ああ。俺は魔力視ってのを使ってるんだ。相手の魔力の流れや強化してる部位が見える。お前が無意識に魔脈へ魔力を循環させているのも、はっきりと分かったぞ」


「すごい……」


「だが、俺の身体強化は防御に偏ってる。何度も前線で戦ってきて、気づいたらそうなった。今じゃ攻撃より、攻撃を受け止めて仲間を守るのが得意分野だ」


「それで、異様に頑丈なのか」


「そういうことだ。長剣で牽制し、俺が敵の注目の的になる! それが俺の役割だ!」


「単純で分かりやすい」とフィナが頷く。


「だろ! ……褒めてるよな?」


「じゃ、次は私ね」


 アリエナが手を上げる。


「私は上位属性の大地属性と嵐属性の適性があるわ。魔力量も人より多いと自負しているわ!火力担当ってところね」


 アリエナの周囲の空気が、わずかに震えた。足元の土が細かく浮き、髪先が風に揺れる。


「魔術師!」とフィナが目を輝かせた。


「そう、大魔術師を目指してるの!」


「次はフィナだな」とオリティスが視線を促す。


「フィナは無意識のうちに魔脈の応用をほぼ全てこなせる。大剣を武器とし、機動力と突破力を持つ」


「ん!」


 アレクが感嘆の声を漏らす。


「魔脈の応用を全般か、凄まじい才能だな。それにしても、こんなに可愛い顔で大剣使いとは……見た目に反してやるな!」


 そして「属性は?」と二人が尋ねた。


 オリティスが代わりに答える。


存炉そんろはある。だが、属性能力はまだ不明だな」


 二人は驚いたように顔を見合わせた。


「なんで、驚く?」と不思議そうなフィナに、アリエナが隠さずに言う。


「フィナ、存炉そんろを持つ者はどんな形でも、その特徴が能力の芽として現れるのよ。例えば私は上級属性を2つ持っているし」


「俺は、さっき言った通り身体強化が防御寄りだ。これが俺の存炉そんろに直結してる特徴だ」


 オリティスが思い出すように言った。


「そういえば、遅い覚醒ほど能力が強く現れるんだったな。私の周りにはそういう子ばかりだったからな、忘れていた。」


「オリティスの周り、一体どうなってるのよ……」


 アリエナが呆れるなか、オリティス自身が一歩前に出る。


「私は、基本的になんでもできる。近距離、遠距離、回復も火力も。強いて言えば──狩りが得意分野だ」


 アレクが納得した声を上げる。


「なるほど、オリティスは狩人だったんだな! 剣士とは少し違う雰囲気だったから不思議だったが、しっくりきた!」


 アリエナは、その規格外さに頭を押さえていた。


「すでにただ者じゃないとは思っていたけど……じゃあ、オリティスの存炉そんろは──」


 その瞬間、感嘆の空気を引き裂くように、門前に響き渡る大声があった。


「──全員集合!!」


 オルトーの声だった。

 静まった空気に、冒険者たちが一斉に動き出す。


 総勢三十人弱。なかには、先日フィナに吹き飛ばされた禿頭の男とその仲間たちの姿もあったが、今は遠巻きにこちらを恐る恐る見ているだけで、近づいてはこなかった。

 フィナの傍にいるアリエナとアレクが、自然と牽制になっていた。


「全員、揃ったな……!」


 馬車の前方に立ったオルトーが、響かせるような声で告げる。


「今から、盗賊団の殲滅へと向かう。昨日の作戦会議の通りだ」


 冒険者たちの目が真剣になる。


「だが、いいか……1つだけ忘れるな。状況が“危険”だと判断したら、即座に下がれ! 命を無駄にするな。撤退もまた、立派な選択肢だ」


 緊張した空気が場を包んだ。


「それじゃあ、馬車に乗り、出発だ!」


 オルトーの号令とともに、それぞれのパーティが準備していた馬車へと散っていく。


 フィナたちの馬車は全体の列の2番目、オルトーの指揮車両のすぐ後ろに位置していた。

 緊急時にはすぐに対応できる配置。


 馬車に乗り込むと、中は思ったよりも広く、四人が向かい合って座っても窮屈さは感じない。


 やがて馬車が動き出す。車輪が土を踏む音が心地よく響いた、窓の外には朝日に照らされた草原が広がり、風が草を波のように揺らしていく。

 遠くには、薄い霧が残る森の影が見えていた。


「じゃあ、私は杖の調整をするわ」


 アリエナが杖を取り出し、宝珠の部分を外して手入れを始める。

 一方、フィナはアレクに興味津々な様子で、銀灰を手に目を輝かせていた。


「アレク。剣はどうやって手入れする?」


「お、いい質問だな、フィナ! 剣は手入れが命だ。どれ、ちょっと貸してみな」


 銀灰を受け取ったアレクは、刃を陽の光にかざしながら語り始める。


「この大剣は、かなり高品質な鍛造だ。多分、飛龍系の素材だな。切れ味もそうだが、魔力の通りがすこぶるいい」


「ん?」


「つまり、付与魔術が通りやすく、支援魔術の恩寵も大きくなる。そして、自分の魔力を通した際の効果も跳ね上がる。この大剣は魔力を通せば、切れ味が上がり、斬撃に火が付与されるはずだ」


「なるほど、凄く大事」


「その通り! フィナは素質があるな!」


 アレクが笑い、フィナも「ん!」と自信満々に頷いた。

 アリエナはそのやり取りを横目で見ながら、手入れを終えた杖を軽く回転させる。


「しかし、こうして馬車で移動するのってちょっと緊張感あるわね。普段の冒険とは違ってワクワクするわ!」


「そうだな。相手は人間……しかも組織化された盗賊団だからな。大規模な討伐戦になる」


 アレクが重く答える。


 その会話を聞きながら、オリティスは無言で馬車の窓から外を見ていた。

 風に流れる草原の向こう、低い丘の影を小さな黒い鳥が横切っていく。

 隣で話す声がどこか遠く、オリティスだけが別の空間にいるような静けさがあった。


「オリティス?」とフィナが声をかける。


「ん……何でもない。こうやってパーティーで移動するのを、少し懐かしく感じただけだ」


 オリティスは小さく微笑んだ。その表情には、どこか遠い記憶を思い出すような柔らかさがある。

 フィナはその横顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 それからしばらく、静かな時間が流れた。

 フィナは銀灰を手元に戻し、アレクの言葉を思い出しながらそっと撫でるように刃を拭いていた。

 やがて、前方のオルトーの馬車が止まり、オリティスが呟いた。


「どうやら、近くまで来たようだな」


 アリエナも立ち上がり、軽く背伸びをする。


「さぁて、準備するわよ。いよいよ、盗賊退治ね!」


「ん」


 フィナは銀灰を背負いながら頷いた。


 馬車がぴたりと止まり、乾いた土を踏みしめる音が周囲に散った。森のざわめきが不自然に沈黙する。

 オルトーの声が静寂を破った。


「可能な限り静かに接近し、奇襲を心がけろ。配置は任せる……無事を祈る」


 オルトーの声はよく通るが、決して無駄に大きくはない。

 敵に気づかれぬよう抑えられた抑揚で、それでもしっかりと仲間全員に伝える響きを持っていた。


「……では、作戦開始だ」


 その言葉を合図に、各パーティがばらばらに森へと溶けていった。

 オリティスたち四人は、他の冒険者たちが向かった正面ではなく、拠点の裏手へと大きく迂回する。


 フィナとオリティスの足取りは、ぴたりと揃っていた。無理に合わせたわけではない。自然とそうなっていた。

 アリエナとアレクも、涼しい顔でそれに続く、特にアレクは足音1つ立てずに走り、木をするすると登って見晴らしの良い場所へ飛び上がった。


「村みたいだな……建物が数十、奥に洞窟がある。捕まっている人間がいるとすれば、確実にあそこだ」


 小声ながらも報告を下すアレク。


「正面の連中が動く前に、できるだけ洞窟近くまで詰めるぞ」


 オリティスが即断する。

 三人は頷き、それぞれの武器に静かに手をかけながら移動を再開した。


 森の中は、昼間とは思えないほど静まり返っていた。

 鳥の声も、虫の羽音もない。ただ風が木々を揺らす音だけが遠くでかすかに響いている。


 裏手から回った先に、小さな柵が見えた、そこから続く一本道の両側には、見張りと思われる盗賊たちが散らばっている。

 油断した様子で焚き火を囲んでいたり、交代の相談をしていたりと、緊張感は薄い。


「ここからは別行動だ。私は監視塔を制圧する。お前たちは洞窟まで切り抜けろ。見つかるなよ、面倒になる。じゃあ、行ってくる」


 言うなり、オリティスの姿が音もなく闇に溶けていった、残された三人も、すぐに行動を開始する。

 まずは、焚き火のそばで談笑していた盗賊二人、一人にはフィナが、もう一人にはアレクが背後から音もなく接近した。

 銀灰の切っ先が静かな空気を裂き、一人の盗賊の首筋を走る、刃が骨を断つ乾いた音。男は声を上げる間もなく崩れ落ちた。

 アレクの長剣もまた無言で胸元を貫き、相手が死を悟るよりも早く、その鼓動を止めさせていた。


「ん」


 何も感じないわけではない。

 でも、これからも悪人と対峙することになる──そう考えると、不思議と心は冷徹に澄んでいた。


「初めての奇襲にもかかわらず、見事な手際だな、フィナ」


「ふふん」


 フィナは小さく胸を張った、その表情は幼さを残しているのに、動きは狩人そのもの。

 アリエナは思わず口元を緩め、アレクは「将来が怖いな……」と小声で呟いた。


 さらに奥へ進む。小屋の影にいた見張り、交差する小道の上で警戒していた弓兵……次々と音もなく無力化されていく。


 そして──監視塔の上で、オリティスの制圧が始まった、一人の弓兵が背後から回り込まれ、気づくことなく意識を手放す。

 そのまま屋根から屋根へと軽やかに移動し、誰にも気づかれずに塔の弓兵たちを一人ずつ処理していった。


 フィナがそれを見て、感嘆の声を漏らす。


「すごい……」


「マジで、何でもできるな……」


「ふふん!」


 フィナは再び得意げに笑ったが、今回は、仲間としての誇りに満ちていた。

 四人は合流地点で視線を交わす。まだ、村全体には気づかれていない。洞窟までは、あと少し。

 ──しかし、その静寂を破るように、甲高い金属音が洞窟内から響き渡った。警報の鐘だ。


「おい、誰かがしくじったな、早くないか?」


 アレクが低く呻くように言った。


 途中でオリティスが合流し、四人はちょうど洞窟前に辿り着いていた。

 洞窟の入口からは、冷たい空気が流れ出している。湿った土の匂い、鉄のような血の匂い、そして……複数の人間の気配。


「突入しましょ。人質を取られたら面倒になるわ」


 アリエナの声が響いた瞬間、四人は同時に地を蹴った、洞窟の入口は、外の光を拒絶するように漆黒の口を開けていた。

 その奥から、濁った足音と怒号が反響し、迫りくる。


「来るわよ!」


 アリエナが杖を構えた瞬間、通路の奥から盗賊たちが飛び出してきた。


「敵襲だ! 殺せッ!」


 最前列の男が叫んだ瞬間──岩塊が弾丸のように飛び、男の顔面を押し潰した。

 アリエナの大地魔術。その威力に、後続の盗賊たちが一瞬足を止める。


 すかさずフィナが地を蹴った、銀灰が風を裂き、最前列の盗賊の胸元を一閃。

 刃が骨を断ち、血飛沫が通路の壁に散った。


 その直後、アレクが横から滑り込み、長剣で二人の腹部を斬り裂く。

 すぐさま、最前線の盗賊たちを蹴り飛ばし、後列の姿勢を崩した。


 洞窟の通路は狭く、横並びにはなれない。

 だが、それはフィナにとっては好都合だった。


「どけぇぇぇ!!」


 大柄な盗賊が棍棒を振り下ろしてきた、フィナは一歩踏み込み、棍棒の内側へ潜り込む。

 銀灰が逆袈裟に振り上げられ、男の胸を深々と裂いた。


「ぐっ……!」


 男が崩れ落ちるより早く、フィナは次の敵へと跳ぶ。

 その時、背後から迫る影があった。


「フィナ、右!」


 アレクの声と同時に、長剣がフィナの右側を通過し、背後の盗賊の喉を正確に貫いた。


「ありがとう」


「お互い様だ!」


 二人は背中合わせになり、迫る敵を迎え撃つ。

 アリエナは後方から魔術で援護し、通路の天井から岩の槍を落として残りの敵を次々と戦闘不能にしていった。


「ちょっと、動かないでよ! 止まってくれないと当てにくいのよ!」


「十分当たってる!」


 アレクが苦笑しながら叫び、さらに奥へと突き進んでいった。

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