ある人への手紙 ― 『三賢人』
第四回目。
ある少年が、ある組織に入った。
その組織の名前は《素材集》。
特別な少年少女が集められた研究組織。
頭脳が優れている子ども、肉体が優れている子ども、精神が優れている子ども、さまざまな子どもを集めてられている。
素材を生かして物体を生成するように、原石を研いで光沢のある宝石にするように、優秀なこどもの能力を向上するための組織でもある。
少年は特に何かに秀でているわけじゃなかった。常人よりも頭良く、常人よりも運動神経がいい。それだけだった。他に比べれば、普通の人間と変わりない。ただ彼のいた家が有名で、彼もさぞ特殊な人間なのだろうと、そんな理由だけで組織に入る資格を得た。
少年は独りだった。
独りでただ端に座っているだけだった。
誰も寄せ付けないオーラのようなものを感じたと、研究者は言っていた。
ある日、少年に話しかける人が現れた。
それは少年と歳がそう変わりない少女だった。
少女は少年に笑顔で話しかけた。
少年は無視をした。
懲りずに少女は話しかけた。
少年は無視をした。
少女は話しかけた。
少年は無視をした。
少女は勝手に話し始めた。
少年は無視を止めなかった。
少女は自己紹介を始めた。
少年は無視を続けた。
少女は笑顔を絶やさなかった。
少年は立ち上がると歩き始めた。
少女は少年に付いていく。
少年は早歩きをした。
少女はそれに合わせる。
少年は走った。
少女はそれに合わせた。
少年が止まる。少女が止まる。
少年は怒鳴った。何故ぼくにかまうんだ。
少女は言った。あなたと友達になりたいから。
少年は怒鳴り続けた。
少女は笑顔で受け答えた。
少年は怒鳴り続けて、泣き始めた。
少女は慰めた。
少年は少女に謝った。
少女は笑顔で返した。
少年と少女は、少しずつ仲良くなった。
少年は少しずつ少女に心を開いた。
少年と少女は解り合えた。
少女は少年を好きになった。
少年は少女を好きになった。
これからもずっとこうしていられると、思っていた。
だが、悲劇が起きた。
組織には、一番の古株で学会でも有名な老人研究者がいた。その研究者が行っていた研究は《人工的に天才を作る研究》という馬鹿らしいもの。それを何十年も《素材集》で行っていた。研究への執着心が強く、まさに研究のために生きているような人間だった。研究に何もかもを捧げる。実態実験もいとわない。マッドサイエンティスト。考えることも天才的に狡賢く、今まで見た人間の中ではおそらく一番《名誉》を求めた人間と言えよう。研究を達成するためなら法も犯す。そんな研究のためなら何でもするその研究者に、我は敬意を込めて《最悪の探求者》と呼んだ。
その研究の実験体に、彼女が選ばれてしまった。研究者が、異常な空間の中でも笑顔でい続けた彼女に興味を持ってしまったのだ。
そして少年に見せた笑顔を最後に、彼女は笑顔を無くした。
少年に少女が亡くなったことを告げられた。
少年が狂った。怒鳴って、暴れて、泣いて。
世界が壊れた。
少年の中に憎悪と復讐心だけが残った。その研究者に復讐することを誓った。
少年は緻密な計画の下、研究者への復讐を着々と進めた。
そしてついに少年は誓いを果たす。
研究者は気力を完全に盗られた。研究への執着心が一気に消滅して、研究者は生涯のほとんどを費やした生き甲斐を無くしてしまった。魂を抜かれたように立ち尽くすその姿は、今までに見た何よりも滑稽で無様だった。
組織側はその少年の所業を咎めるどころか、むしろ賞賛した。あの研究者が研究を止めさせたということだけでも衝撃的な出来事だった。それにその研究者をよく思わない者も少なからずいたのだ。
彼の処分を決めるために会議が行われる。
そしてその結果。
その出来事によって、少年は特別扱いに指定される。
さらに《素材集》の三賢人に選ばれた。
《素材集》の三賢人というのは、頭脳が優れている子ども、肉体が優れている子ども、精神が優れている子ども、それぞれの最も優れている子ども三人の総称のこと。
彼は普通の人間から、最も異常な生物に昇格したのだった。
三賢人の席は、既に二つが埋まっていた。
一つは、頭脳が優れている子ども。まさに天才の中の天才。その者の右に出るものは一人としていない。頭が良いからこそ、何かを起こそうとはしない。世界を影から見守る者。もう一人から《影の大帝》と呼ばれている。
もう一つは、肉体が優れている子ども。彼女は武術を得意とする。あらゆる武術の天才を倒し、まさに最強の少女。ただ肉体が優れているだけではなく、頭脳もまた優れている。彼女に敵などいない。我はそんな彼女に敬意を込めて《破滅嬢》と呼ぶ。
少年が座った席は、精神が優れている子どもだった。ただそれには語弊がある。彼自身、精神的に強いわけではなかった。
彼が選ばれた理由。それは彼の隠れた能力にあった。
マッドサイエンティストの気力を奪う。知りたい、実現させたいという欲によって支えられていた人間から欲を奪ったのだ。精神を掻き乱し、精神の支えを根こそぎ削っていく。我はそれを賞して《欲削ぎ》と呼ぶことにした。
少年は精神が優れているわけではなく、精神操作に優れている人間だった。
我と《破滅嬢》は、少年に話しかけた。
彼は普通に受け答えをした。
《破滅嬢》は誰にだって殴りかかるというのに、少年にだけは一回も殴ることは無かった。殴る気になれなかったらしい。それどころか、彼女は少年のことを気に入ったらしい。
我も少年のことは気になった。
あのマッドサイエンティストの異常さは知っていたし、少年のことも前から何回か話題に出ていた。少年は我に無い何かを持っていると感じ、ことあるごとに少年と会話を交わした。だが、少女と会話をしていた頃の少年の姿はもうそこには無かった。
少年から少女が消えた。
少年からは笑顔が消えた。
少年は放心状態だった。
心ここにあらず。
少年もあの研究者と同じく、生き甲斐を無くしてしまった。
一年後、少年はこの組織が嫌になったのか、少年の中で限界が来たのか、突然姿をくらました。特別扱いをされていて、しかも三賢人の少年のまさかの失踪。組織は必死になって彼を捜そうとした。
数日後、組織は彼を探すのを諦めてしまう。
何故か。
少年の家が探さないようにと組織に言ってきたのだ。
それは、それ以上手を出すなという警告でもあった。少年は《家》の所属であると強く象徴するようだった。
それ以来、我は少年に会っていない。だけど、いつか会えるような気がしてならない。おそらくそれは、我は少年と会いたいのだと思う。そんな淡い望みと組織にいたときの少年をここに記す。
《素材集》特別研究員 帝千界




