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茶番 ― 『日常と非日常の中間点』

第三回目の更新。

 1


 夜は明けて日曜日。暇人コンテスト第一位のぼくは、何もすることがなかった。

 そもそも何も予定のない、暇な一日なのだ。このアパートで一番仲の良いお隣のお姉さん、色橋愛さんは夜のバイトのために昼間から寝ている。それに他の住人も何かしらと忙しいらしいのだ。

 そこでぼくは昨日だいぶ遅い時間でも開いていた駄菓子屋で買った豆乳サイダーを飲みながら、静かに読書を楽しむことにした。ちなみに二本買ってきたうちに一本は、約束を破ってしまったアイさんへと献上した。それでもアイさんは不満顔だった。

 そして月曜日。火曜日。水曜日と、日にちはだんだんと過ぎていく。

 あれからどのくらいの月日が経過したのだろうか。

 ぼくは携帯端末を操作して、今日の日付を確認すると、その日から今日までを数えた。

 約一週間。

 今日は金曜日だ。

 大学生であるぼくは、生真面目に講義を受けていた。

 あの日の出来事を昨日のことのように鮮明に憶えているのに時間は問答無用に進んでいく。あの日、白髪白眼の女の子と眼鏡をかけた怪しい男に会ったこと。男は女の子を《無欲》と呼び、折紙学と名乗っていたことを。

 《無欲》と呼ばれる女の子は呼び名通り無欲、まったくといって欲が無い。

 ぼくも確かにそれを目の当たりにした。楽しいことを求めずに、飲食を求めずに、出会ったときはずっと地面ばかりを眺めていた。

 言うならば、欠陥品か。

 人間としては、明らかに欠陥だった。

 ただ、折紙は違う例えをした。

 彼女こそ、真の人間なのだと。

 人間のあるべき姿だと。

 ぼくには理解不能の考えだ。

 当然彼の行っているという研究とやらについては、あれ以上詳しくは調べていないし、調べようとも思えない。調べるほどのことじゃないと思う。

 誘われて断った後、折紙に『首を突っ込むな』と言われた――というわけじゃない。

 気が進まない、関わらない、交えない。

 日常から非日常に変えようとしたけど、やめた。

 良い思い出として、記憶の片隅に置いておこう。

 そんなことを己に諭しながら、非常につまらない講義を適当に耳に入れていた。おそらく耳に入っただろう講義内容は頭脳に書き込まれず軽くスルーされて、反対側の耳から出て行ってることだろう。右から左へ受け流す的な感じ。

 手に入れた日常は思いの他、つまらない。過度な期待とか、そういう問題じゃないと思う。こんなことなら、あの町をもっと散策したほうが楽しいはずだ。豆乳サイダーは思ったよりも美味しかったような、そうでもなかったような、だけどまた飲みたいような。とにかく興味深い味だった。

 この大学に通っているのだって、ただの気休めに過ぎない。就職難だから進学しましたというわけでない。《まだ就職する気がなかったので大学に入りました》というもっと安直な考えである。別に通いたくて通っているわけではないのだ。それにこの大学に入って良かったと思えたのは、図書館の蔵書が豊富だということ、それだけだ。

 何か面白いことはないだろうか。

 明日は未知の土地へと散歩に出かけようか。

 そんなことを考えている間にも、あれほど長いと感じていた講義はいつの間にか終了していた。この後も講義はあるのだが、面倒になってきたので、帰ることにした。

 ぼくの中に降り積もる退屈をこれから除去しなくては。僕がパンクしてしまう。

 外を出ると、それぞれ個性的な服装、髪型をした学生たちが中庭を行きかっていた。その中でも断トツで地味なぼくは、その真ん中を突っ切っていく。個性的でも、外見だけで興味を持つことはあまりない。最終的に重要なのは中身、内容なのだ。

 大学構内から出る。

 自転車置き場へと歩こうとしたそのとき、ここでは珍しいものがぼくの視界に入った。ぼくが歩いている歩道に寄る形で路上駐車されている車のことだ。ここ最近道路での無断駐車の取締りが厳しくなったからといって、路上駐車されている車が珍しいわけではない。その車の車種のこと。自動車をそんなに詳しくないぼくでも分かる真っ赤な外車。馬のシンボル。

 こんな道路で、こんな高級外車を見るのは大変珍しい。大通りからだいぶ離れているし、どうしてこんなところにあるんだ。学生の車だろうか。もしそうだったら、神はなんて不公平なのだろうと自分の運命に恨んでいたことだろう。

 だけど所詮そこまでのこと。それ以上はなく、中庭の学生と同様興味までは至らなかった。

 ぼくは車の横を通り過ぎようとする。真横まで来た。

「よおっす!」

 右耳が普段聞き慣れない挨拶を確実に聞き取った。辺りには誰もいないところから見ると、声を掛けられたのはどうもぼくらしいです。ぼくはこんなイケメンボイスに心当たりが無いけど。車のほうを見ると、運転手側の窓が開いており、そこから男は顔を覗かせていた。

「お前、この大学の学生だよな」

 初対面に向けて、お前呼ばわり。

「そうですけど、道案内か大学内の案内を頼みたくてぼくに声を掛けたのなら、他の人に頼んだほうがいいと思いますよ。ぼくは一回生ですし、そんなに構内は詳しくないですから」

「いや、そういうことじゃねーんだな、これが。別に俺は大学の案内をしてほしいわけじゃねーんだよ。それにお前が想像している以上に俺はこの町に詳しいぜ。この大学にあるトイレの総数だって、俺には丸分かりなんだぜ」

「そうですか、では」

 ぼくは歩き出しました。

「おい、ちょっと待ってよ。話はまだ途中だろうが」

 と、ぼくの歩く速度に合わせてアクセルを踏む男。威勢の良いお兄さんである。

「別に、ぼくはあなたに話すことはないんですけど」

「俺にはあるんだよ、てめーにな」

 こんな怖いお兄さんに目を付けられるような行いをした憶えはない。

「ぼくとあなたって、これが初対面ですよね。知り合いじゃないですよね」

「そうだな。今日がファーストコンタクトだ」

「初対面のぼくにどうしてこんなにも突っ掛かってくるんですか。あなたに恨みを買われるような憶えはないんですけど」

「ああ、確かにお前とは初対面だが、お前のことを知らないわけじゃねえ――」


「まあとにかく、挨拶でも。初めまして、欲削ぎ君よぉ」


 男がなんと言ったのか、瞬時に理解することができなかった。やがて氷が自然に溶けていくように、ゆっくりと頭がその台詞を理解しようとする。そしてやっと頭が追いついてきたようだ。

 どうして、その呼び名を知っているんだ。出来事全容を知っているのは、組織でもほんの数人のはずだ。それにその呼び名で呼ぶのも二体しかいない。二体にしか呼ばれたことがない。

 それを何故この男は知ってんだよ。

 心の中は驚きと恐怖と好奇心が入り混じるミックスジュース状態。

 ぼくは目の前の人物をまったくといって知らない。名前も年齢も職も、どこの誰かさえ分からない。どこのどちら様?

 対して目の前の人物はどうやらぼくを知っているらしい。ぼくの恥ずかしい愚かな過去の断片を。一生秘密にしておきたかったというのに。

 この人は、いったい、誰なんだろう。

「《この人はいったい……》てな感じの顔をしているぜ。こりゃ愉快だ」

 けっして愉快には聞こえない棒読み声。

「どんな顔ですか、それ」

「あんな奇跡的な顔を俺の語彙じゃ、言い表せねーよ。表情の感覚を思い出しながらサイドミラーでも見ればいいじゃねーか」

「……………………」

 ぼくは彼の言葉を無視して、再び歩き出しました。先ほどよりも早足で。

 こういう人とは関わらないほうがいいとぼくの中にある何かが悟ったのだ。このやり取りは無かったことにして、完全に頭の中から忘却しよう。そのほうがいい。さっさとアパートまで帰ってしまおう。

 そうだ、今日の夕飯は何にしようか。久しぶりにカレーでも作ろうか。

「おい、ちょっと待てよ。話はまだ途中だろ」

 馴れ馴れしく近寄ってくる。

「サインはあげられませんよ」

「そんなくだらないジョークはいいから」

「組織の人ですか?」

「組織の人間がこんなフレンドリーに話しかけてくると思うか、普通」

「じゃあどうしてぼくのことをそう呼ぶんですか。不愉快でしかないです。ちなみに、ぼくのことをその呼び名で呼んだことがあるのは、あなた以外に二体の上位生物だけなんです」

「おそらくその内の一人に俺は会ったんだろうな。確かお前のことを欲削ぎちゃんって呼んでたぜ、あいつ。そういえば、伝言を頼まれてたっけな。今思い出すからちょっと待ってろ。……そうだそうだ、思い出したぜ。確か『欲削ぎちゃん、隠れてないで出ておいで。また一緒に遊ぼうよ。アッヒャヒャヒャヒャ』だったはずだ。イカシテるよな、あいつ。ほんとに格好いいと思うぜ、肉食系女子」

 と、有り得ないほどあいつに似た声で『』内の伝言を再生した。

 この男が言っている、あいつが誰なのかがすぐに分かった。そうか、この人あいつと会ったのか。よく生きて帰れたな。それに、あいつは《イカシテいる》というよりは《イカレテいる》のほうが正しい。

「おいおい、女の子にそんな風に言うもんじゃねーよ」

「ぼくはあいつのことを女どころか人間とさえ思ってませんから」

「うわ、草食系男子みたいな可愛らしい顔しているのに。随分とひっでー事を言うんだな。見かけによらず酷い奴だと分かった。だけど彼女とは仲が良かったんだろう? あいつは仲良しこよしの大切なフレンドだって言ってたぜ」

「まさか、そんなことあるわけないじゃないですか。ぼくは人間以外と友達にならないことにしてますから」

 そもそも仲が良いだなんて有り得ない。例えるなら、気弱な高校生が不良集団に路上で絡まれるみたいなものだ。そこには友情なんてものは皆無だし、力の強い者が弱い者を力で押さえつけているだけだ。ただしぼくの場合、相手は馬鹿力の怪物一体だし、《自称女の子》という生物らしいし。

 そういえば、この人さっきからあいつのことを人間扱いしてるな。

 ただそんなこと、どうでもいいです。

 いや、どうでもよくはないのだが、それ以上に重要な事柄がある。逃げても逃げ切れないのなら立ち向かうことにしよう。先週と同じようなものじゃないか。過去からの産物。昔にもどるだけだ。

 多少の興味が湧いてきたのが現実だ。

「そんなことはどうでもいいんです。今あなたが一番ぼくに話すべきことは《あなたが一体何者なのか》ということです。できれば自己紹介付きで」

「俺のことか? 別に俺は面白くもなーんだけどなぁ。そういえば名乗ってもいなかったんだっけ?」

 男はオレンジ色のサングラスを外すと、左胸ポケットに仕舞った。先ほどまで隠れていた釣り上がったオレンジの瞳は、ぼくを鋭く刺すように見つめる。蛙を睨む蛇のようだ。蛇睨み。ぼくはすっかりマヒ状態。

 早くもぼくは、この人に関わったことを後悔した。

 男はぼくに向けて言った。

「俺の名前は、箱舟渡。世界あらゆる地を股に掛け、東へ西へと、約束の物を確実に送り届ける。それが手紙でも薬でも銃器でも例え人間でも、てめーの行く末も確実に。そして俺を雇ってきた依頼人たちは、俺のことを揃ってこう呼ぶ。《最高の運び人》と」

 ……ということらしい。


 2


 振動が身体全体に伝わる。

 真っ赤な車の中にいるぼくは大きな溜め息をつくと、外の景色に目を向けた。晴天、雲一つない清々しいくらい大空。なんで空がこうも広々と見えるのか、それは周りには先ほどまでいた町のような背高いビルディングが一つもない、ド田舎だからだ。そんな風景の中に真っ赤な外車。大変不自然な光景だろうよ。このご時勢、エコカーに買い替える人のほうが多いだろうに、燃費の悪い車に乗って。

 ぼくが座っている助手席。その隣の運転席には当然のことながら、人が座っている。真っ黒なスーツにオレンジ色の髪、艶やかな光沢のあるオレンジ色のサングラスの奥には、二つの橙の瞳。心の中で《歩く蜜柑》と名付けることにした。ぴったりの渾名だ。

 そんな《歩く蜜柑》で《最高の運び屋》の箱舟渡が、軽快に鼻歌を歌いながら、片手でハンドル握りながら運転をしていた。

 植えたばかりの稲が広がる長い道路を走行中です。

「いやー、ほんとに何もないところだな。ほんとつまんねー。ハハハハハ」

 何が愉快で笑えるんだ。

「ほんとにどこに向かっているんですかね、この車は」

「さっきから言ってんだろうが。秘密だってな」

 即答されました。

 県内であるということはまず間違いない。だけど、ここがどこなのかさっぱり分かりません。どうしてこんなことになってしまったのか、ぼくは先ほどまで楽しい楽しい講義を受けていたはずなのに。

『話をしたいから、とりあえず乗れ』

 と言われ、ほぼ強制的に乗らされること数十分。

 怪しい男とのとっても愉快なドライブをしていた。わーいわーい。

 …………………………………………。

「だけど、箱舟だなんて世の中には凄い名前があるものですね。世界は広いもんだ」

 暇なので、気になっていたことを聞いてみることにした。

 箱舟。下の名は、渡。

 運び屋とリンクしているけど。

「いや、本当はその名前、本名じゃない。仕事名ってところだな。お前と一緒でさ、俺も人に名乗るというのがあまり好きじゃねーんだよ。ほら、箱舟渡だなんていかにも運び屋って感じだろ」

 意図的にリンクさせてあるのかい! 質問したぼく、虚しいな。

 ……何でこの人はぼくが名乗るが嫌いだって知ってるんだ?

「秘密だっつってんだろうが、馬鹿野郎」

「さっきから秘密秘密って。そもそも運び屋って何をする職業なんですか?」

 秘匿主義の運び屋さんに質問タイム。

 映画やドラマなどで聞いたことはあるけど、具体的にどのような仕事をしているのかは知らない。運ぶことが仕事だというならトラックの運転手も当然ながら運び屋と言えるのだろう。そこら中にうようよいる。

 それに《最高の運び屋》という呼び名。

「さっきも言った通り、俺は依頼されればなんでも運ぶ。地球の上でなら、なるべく確実に。まあ、俺もお前と同じ人間だからな。多少の限度というもんはあるけどよ。今までに運べなかったものはない、だから《最高の運び屋》だなんて大それた渾名をつけられたんだけどな」

「じゃあ、ぼくのアパートの郵便受けに封筒を入れたのもあなたなんですか、箱舟さん」

「ああ、俺はある人に頼まれたからあの封筒をお前に届けた」

「ある人って、ぼくのじいさんのことでしょう」

 それ以外に、ありえない。

「本当は依頼人の情報は教えちゃいけねーんだけどよ。まあ、そういうことになる」

「あなたのことを見たという人が隣人でいたもので、そのときの特徴とまるっきり一緒でしたよ。だけど、いろいろ分からないこともあります」

「ふーん、何が分からないんだい。この優しいお兄さんに言え」

 ぼくに向けて、素晴らしい笑顔と軽くウィンクをした。この人、普通に格好良くて、とっても怖いわ。どこらへんが優しいというんだ。最後の、命令口調だし。

 質問しなかったらキレられそうな雰囲気だったので、質問しました。

「どうしてあなたが今こうしてぼくと会っているのか。どうやってぼくの住んでいるアパートが分かったのか。どうしてあの怪物自称女と会ったのか。この三つです。さあ、どうぞ」

 ご好意をお構いなしにと質問三連発を繰り出すぼく。

 それを聞いた箱舟は、軽く頷く。

「なるほどな、確かにそれらはお前にとって気になることかもしれないな。よし、じゃあ一つずつ質問に答えてやるとするか。大サービスだ。と言っても、話す順番はお前が言った順番の真逆からだけどな。その方が話しやすい」

 一つ一つ答えてゆく、答案用紙に解答を記入するように。それが合っているのか、間違っているのかをぼくは採点できない。嘘を吐く可能性もある。

「まずは第一、あのかっちょいい女の子の話だ。あいつとは先日一緒に仕事をすることになって、そのときに知り合った。それだけだ。俺とタイマン張れるのは、おそらくあいつくらいだろうよ。あいつと話していると飽きないし、何より楽しすぎる。中毒になりそうなくらいだ。あのときは、すっかり仕事のことを忘れそうになったものだ」

「仕事ですか」

「そう、それで昨日お前に会うことを電話でつい言っちまってな。あいつ、高らかに笑った後に今まで聞いたことないくらい嬉しそうな声でこの俺に言ったんだ。『伝言を頼みたいな~』ってな」

 声真似芸を途中に挟んでくる。これまた先ほど同様、見事な声真似だった。これも運び屋の依頼中に必要なスキルなのだろうか。ここまで完成度が高いと、恐怖すら感じてしまう。

「これで第一終了。ここまでで質問は無いよな」

「ありますよ、大有りです。仕事というのは、どういうことですか? あの化物は、まだあの組織で特別扱いのモルモット状態のはずでは?」

「ほんとに酷いことを言うよな、お前。まあ、本人に聞いたところ、どうやら逃げ出したらしいな。しかも力ずくで。てめーがいなくなった途端に、あの場所が全然つまらなくなったんだとさ。愛されてるよな、お前って。羨ましいくらいだぜ、あんな可愛い女の子に愛されて。伝言から分かるとだろうけどよ、あいつ、すっごくお前と会いだがってたんだぜ。それなのにお前という男は」

「やめてくださいよ。知ったこっちゃありません。ぼくはできれば、これから一生あいつとは会いたくありません」

 ぼくのような普通の人間と、別格の人間がいる。別格より下は、全てがノーマルというのが普通の人間。別格な人間は、要領良く物事に対応できる。頭が良いと呼ばれる人は、大抵が勉強をする要領がいい。仕事ができる人というのは、効率が良いように考えることができる人。要領のいい人間は、嫌われない。

 別格という字通り、普通とは格が違う。

 その二種類の他に、異常が存在する。

 異常と別格の差は、かけ離れている。

 異常は、雰囲気だけで分かってしまう。それほどまでに他の人間とは、違う存在なのだ。

 ぼくはそれに異常なまでの興味を示してしまった。一生の恥だよ。

 異常に一度出会ってしまうと、次には誘発的に出会ってしまうこととなる。実際にそのようなことが三回あった。その一回が今、この会話、目の前にいるこの男だ。チャラついているように見えても、隠すことはできないだろう。それに自分から《最高の運び屋》と言っているほどの人物だ。普通でもなければ、別格でもない。おそらくこの人も異常なんだ。

 三回目は今日。二回目は《無欲》な少女。そして一回目は組織。

 その中でも組織のあの二人は特に異常だった。そんな人間いるはずがないと。だからぼくは彼らを人間扱いしなかったのだ。同じ人間だと思いたくは、なかった。

「それで二つ目は」

「ああ、そうだったな。あー、めんどくせー。じゃあ第二か。どうしてお前のアパートを突き止めることができたのか、だったな。意外にむずかった」

 感想は聞いてない。

「どんな方法を使ったんですか?」

「情報屋に聞いた」

「情報屋?」

「お前が組織を抜けた後、どう動いたのかは正直分からなかった。組織を勝手に抜け出したあとは、どこに行ったか行方知らずに。おかげでどこに行ったのか、組織のデータだけじゃさすがに分からなかった。さすが《家》とずっとかくれんぼしていただけのことはある」

 褒められたようだけど、嬉しくない。

「何がいけなかったんですかね。穴は結構あったと思ったんですけど」

「大学を調べてもらった。いくら組織にいたような優秀な人間でも、高校卒業資格だけだとキツイだろうからな。せめて大学だけは出るとは思ってた。その方法も誤算だったのは、組織のデータバンクからお前の情報だけすっぽりと抜けてたことだ。大学の顔写真を利用しようと思ってたのに、顔写真が無きゃ判別ができないじゃねーか。そこでイカシタあいつの出番というわけよ。メールで写真を送ってもらったんだ。だからてめーの居場所を特定できた」

 つまりはあいつのせいでこうなったと。こちらのほうが誤算だよ。

 先週もこの会話も、あいつが写真を箱舟に送り、ぼくを見つけたことで起きた出来事。

 異常共は、何をするかさっぱり分からない。

「だけど、じいさんの依頼は《ぼくに封筒を届けること》だったんですよね。それなのに、今こうしてあなたと高級外車でドライブしている意味がぼくにはさっぱり分からないんですが」

「誰が《手紙を届けること》が依頼だって言った」

 ドスを利かせた声で言ってくる。

「だってさっき言って――」

「届けるように言われたとしか、おめーに言ってねーよ。勝手に解釈すんじゃねー。さてさてお次は第三。どうしてこの俺様が今こうしてお前と会っているのかだ。それはな、依頼がまだ終わってないからだ」

 周りの田んぼはいつの間にか少なくなっており、車は山道へと入った。水田から森林へと光景は変わっていく。

 山の中へと進んでいく車。

 会話は続く。

「……依頼って何ですか?」

「まだ教えられん、教えるつもりもさらさらねー。それに、目的の場所に着くまでは教えられない。いや、表現するなら、教えたくない、だな。それは、俺が《最高の運び屋》って言われてるくらいの完璧主義者だからさ。中途半端という四字熟語が一番嫌いなのさ。てめーが人体実験という四字熟語が嫌いなくらいはな」

 ……だから、何であなたは、ぼくのことを知っているんですか?

「初めに言っただろうが。聞こえてなかったのか、この馬鹿野郎。俺とお前は初対面だけど、俺はお前のことをよく知っている。その情報も、情報屋からやお前のお友達、それとお前のじいさんからほとんど聞いてる。お前って面白く、滑稽な人間だよな。特に経歴が面白い」

「滑稽、ですか」

「それに狡猾だ」

「……狡猾」

「哀れだ」

「哀れとか……」

「てめーでも自覚してんだろ?」

「ははは、何を言ってるんですか。ぼくはごく普通の私立大学一回生ですよ。あなたのような裏社会でばりばり働いているような異世界人とは違う別次元の人間なんです。別次元ですよ、あなたという人は」

「何を過小評価してるんだ? お前も十分に、こっち側の人間じゃないか」

 …………。

 そうです、嘘をつきました、言い返す言葉もございません。

「あの馬鹿げた《家》にいたという過去は消せねーし、組織にいたという過去もまた消せないもんだろ。それでも普通って言えるのか?」

 言い返せない。

 自分で言っていて、馬鹿らしいとも思っていた。馬鹿らしいけど自分で言い聞かせないと、壊れてしまいそうで怖いから。

「怖いんですよ。脆く壊れてしまいそうで」

「じゃあ何で封筒の内容の指示に従ったんだ?」

「それは……」

「ほらよ、こうして話している間にも、ここまで来ちまったぜ」

 そう言うと、箱舟は左手人差し指を前へと差した。

 その先には大きな門が堂々とそびえている。その横に続くように、壁が存在している。こちらからだと中の様子が分からない。そんな門の前に、一人の男が立っているのが見えた。警備員だろうかと一瞬思ったが、服装を確認したらその考えは消し飛んだ。

 野球帽に甚平姿の男。

 見るからに怪しい服装。不自然な格好に明らかに不自然な光景。

 門の前に合わせるようにブレーキをかけて、車を止める。そして運転席側の窓を開けると、箱舟は甚平姿の男に話しかけ始めた。

「ありがとよ。忙しいだろうに」

「……問題ないよ。お前からは既に金を貰っている。仕事は最後まで責任を持ってやる」

 そう言うと、甚平姿の男は箱舟にカードのようなものを渡した。

「施設のシステムは勘付かれないように一時的に復旧しておいた。ほとんどの場所に入れるはず。あとカード以外の方法で施錠されているドアは自分で適当に開けてくれ」

「いつもありがとよ」

「……それで、この少年が」

「ああ、例の欲削ぎ君だ」

 こちらからは、男の顔は野球帽のつばが上手い具合に隠してしまい、口元しか分からない。口元がニカっと笑っているように見える。

 甚平姿の男は、ぼくに向けてお辞儀をした。

「初めまして、私は箱舟の仕事仲間で名を《道化師》と申します。以後お見知りおきを」

「はい、初めまして」

 ぼくは挨拶を返す。

「良い目をしていますね」

「良い、目?」

 それってどんな目だろう。

「では、私はこれで失礼させてもらいます。頑張ってください」

「はあ」

 甚平姿の男はぼくたちが通ってきた道を下っていった。

 どんどんと男の姿が小さくなっていく。

 誰だったのだろう。それに『頑張ってください』とはどういうことなんだろう。

「良い目、ねぇ。俺には、死んだ魚の白く濁った目にしか見えねーけどな」

「それって、褒めてないですよね」

「ハハハハハ。褒められてると解釈できるんなら、てめーはよっぽどの馬鹿か変態だな」

 アイドリングストップしていた車は前へと再び進み始めた。前へと進み始めると、すでに開かれていた門をくぐっていく。こんなに厳重そうな壁の内側に難なく入ってしまうとは。

 そういえば、警備員はどこにいるのだろう。こんな大げさな門があるというのに警備員がいないのはおかしい。代わりにいたのは、《道化師》と名乗る男。

「誰なんですか、あの人」

「さっきあいつから自己紹介してたじゃねーか。《道化師》だよ、《道化師》。まあ、それも本名じゃないけどな。俺の名前と同じように仕事名だ。さっき言ってた情報屋のことな」

 ぼくのことを調べてもらったという情報屋か。

 あの呼び名の方でぼくが誰なのか理解したということは、あの人もぼくの過去を知っているのか。どんどんぼくの過去が広まっていく。プライバシーの侵害だよ、まったく。

「何で道化師なんですか? 情報屋のイメージとは程遠いんですけど」

「人を騙して、情報を集めてるからだ。誰もがあいつのことを味方だと思っているけど、あいつは誰の仲間でも味方でもない。誰に対しても対等。《中立領域》なのさ。俺も何回か騙されたことがある」

「騙されたことがあるのに、仕事を頼むんですか?」

「依存しているからだ、あいつに。他の情報屋を使ったことがあったけど、あいつ以上に凄い情報屋を俺は知らない。騙された回数以上に情報に助けられてるからな。あいつのスタイルに文句を言うつもりもない。お前も仲良くしておいたほうがいいぜ」

 ニヤニヤと嫌らしく笑う箱舟。

「おめーも道化師っぽいよね。狡賢くて、嘘吐きで」

「あなたがぼくの何を知っているというんですか」

「だから知ってるんだって、全て」

 すべて。全部。なにもかも。

 先ほどから、ぼくは何もかもを見透かされている。ぼくの過去、現在、もしかしたら未来までこの人は予測しているのかもしれない。本当にすべてを知っているかもしれない。

 この数時間で随分とこの人に振り回されている。振り回されている自覚がある。非日常が日常の彼は、ぼくの日常に非日常を組み込もうとしているのか? 余計なお世話だ。ぼくは、やろうと思えば、あなたのいる世界に入ることができる。造作もない。入らないのは、まだこのままでいいと思えるから。

 嘘。

 このままなら、そのうちつまらなすぎで、暇と退屈が喉に詰まってしまって死んでしまうかもしれない。窒息死。だけど、それでも踏み出せない自分がいる。自殺志望しているわけではない。

 なら、何故?

 何故、ぼくは踏み出せないの?

 怖い?

 怖い。

 なにが、怖い?

 失うのが怖い。

 なにを失う?

 見えてこない。

「目的地にとーちゃく」

 箱舟は言った。

 前方には、建物。

 大きく真っ白な建築物が存在していた。見たことがない、心当たりのない建物だ。山の中にこんな建物が隠れていただなんて、誰が考えるだろうか。

 研究所の入り口近くに車を止めると、箱舟ははっきりとした口調で言った。

「《家》第参組織直轄精神分析学研究所跡にようこそ」


 3


 《家》

 第壱から第伍までの組織の総称。

 世界を統べる、世界の家。

 そんな世界規模の組織の頂点に立つのは、ぼくの家の当主、先代はぼくのじいさんだった。今はその椅子に叔父さんが座っている。本来なら、ぼくが引き継いでいたのかもしれないその椅子。引き継ぐ椅子を我が我がと幹部たちが醜い争いをする。椅子取りゲーム。それがすごく怖くなったから、ぼくは逃げたんだ。

 逃げ切るために、組織へと潜り込んだ。

 だけど、家の子。それには変わらなかった。異形の子の子は、異形だった。

 家を出ても、それには変わりなかった。組織もまた異常な空間だった。そこでは、ぼくはなるべく普通を装った。だけど、いくら普通の人間を装っても、普通の生活をしようとしても、普通に女の子に恋をしても、何も変わらなかった。

 異常の世界に飲み込まれた。二体の異常な存在に囲まれた生活。特別扱いが嫌だった。普通で良かった。

 そして、また逃げた。

 今度こそ、ぼくの非日常を手に入れようとした。

 それがまさに現在。念願の非日常にいたぼく。

 そして今、ぼくは日常に首を突っ込もうとしている。じいさんからの手紙は、引き込むようにぼくを誘う日常。誘惑に負けて、釣られるぼくは大馬鹿者だ。馬鹿で馬鹿で、臆病で、卑怯で。

 また、また逃げてしまったよ。本当は、あんなくだらない研究から、逃げたかったんじゃないんだ。あの子から、彼女から、逃げたんだよ、あんな異常な子から、おそらくね。自信は無いよ。だって、自分のことが分からないもの。

 無限ループ。終わらない世界。こんな不安定な世界で生きたくもないのに、死にたくもないのに。こんな壊れた世界で、存在したくない。

 結局、ぼくは日常の方がお似合いなのだろうか。それを自分の中で否定して、非日常を求めようとする。

 分からない。ぼくにとって、どっちの世界が相応しいのか。

 ぼくが、分からない。

 それを打ち砕くかのように、責め立てるように、とある異常はぼくに言う。それは、ぼくに深く突き刺さる。致命傷に近い、死にたくなるような深い傷。



「お前は、まだ選択しきってない。中途半端すぎるんだよ、てめーは。日常か、それとも非日常か。助けるのか、それとも助けないのか。二つに一つ、選択をするべきだ」



 ぼくは、どうすればいいのだろう。


 4


 施設内は、物静かだった。

 物静かで、暗くて、ヒンヤリしていて、人気がない。それも当たり前なのか。だってここは廃屋なのだから。

 道を照らすのは、非常口を知らせるパネルの淡い光だけ。これでボロかったら、お化けでもでそうだと思うだろうに。よくは見えないけど、廃屋というほどボロボロではないように見える。寧ろ、ウチのアパートよりも新しいかもしれない。如何にも最新鋭の研究所という感じの建物だ。これで廃屋にしておくのは、勿体無いような気がするな。

 箱舟はどこから出したのか、右手に懐中電灯を持っていた。スイッチをオンにすると、通路を照らした。真っ白な壁が明かりを反射して、辺りの細い通路はある程度明るくなった。通路は、ずっと奥まで続いている。奥の方は暗過ぎて、何も分からない。

 建物の玄関口から入ると、ぼくと箱舟渡はロビーらしきところに立った。

「付いて来い」

 箱舟は、暗闇へと歩き始めた。

 言われるがまま、ぼくは箱舟の背中を追う。

 左右にはドアがいくつか見える。どのドアも堅く閉じられていた。そんなものには目もくれず、箱舟は先へ先へと進んでいく。歩みを進める足のペースは、変わらない。

 何の目的があって、こんな場所に来たのだろう。

 何もかもを知っている運び屋さんは、遺書の中身を知っているはずなのだ。先週土曜日にぼくがあの通りに行ったことも、むよくちゃんという女の子に話しかけたことも、時計屋の店主との長話をしていたということも、おそらくは知っているのだろう。全て知っている。

 全て知っているこの人物は、ぼくに何がしたい。

 実は、依頼主というのは折紙学で、ぼくが協力を断ったから協力するように説得しに来たんじゃないか? 有り得なくもない話なのだけど。だけど、もしそうなら折紙に直接断ったときに折紙の態度はあっさりし過ぎだった。

 じいさんの依頼はまだ終わっていない、と箱舟は言っていた。

 依頼って一体何なんだよ。

 もし、じいさんの依頼でここに連れて来られたというならじいさんはぼくに何をさせたい。未だに、ぼくは『遣り残したこと』の実体が掴めないでいる。

「……ある男がいた」

「はい?」

 いきなり話しかけられて驚いたのと、御伽噺を始めるような台詞に戸惑いを感じて、咄嗟に喋ってしまった。

「黙って聞いてろ!」

 怒鳴られてしまった。それに、その言葉は今まで聞いた中で一番真剣そうで、一番恐ろしい声で発せられた。

 これ以上聞き返したら殴られそうだから、箱舟の話を黙って聞くことにしよう。

 箱舟は話を続けた。


 ある男がいた。その男は裕福な家に生まれた。

 当然ながら、男はのちに家督を継がなくてはいけなかった。

 ある日、男は無性に家督を継ぐのが嫌で嫌で仕方がなくなった。それを素直に自分の父親に相談したところ、父親は条件付で了承した。おまえを自由にしてやる、と。俺が死ぬまでは自由にしていいと言われた。

 男は自由になった。結局、男は家からは逃れられない。一人息子である自分が家督になるのは運命だと、必然だということ。父親が何年生きられるかは分からない。なら、今過ごせる自由を精一杯楽しもうと。

 男は、普通を求めた。

 男は頭が良く、誰からも親しまれる、要領のいい、優秀な人間だった。

 男は大学に入った。同世代の普通の人間が選ぶ道を歩んでみたいと思ったから。会話できる友ができた。恋をした。勉強をした。精一杯楽しもうとした。

 楽しめなかった。あまりにも自由というのはつまらなかった。

 彼は日常に面白さを求め始めた。

 その方法が大学の研究だった。ある一つの疑問に興味を持った、それを追求した。

 研究室に籠り始め、大学を卒業した後も大学院に進み、研究に没頭した。

 大学院卒業後も助教授となり、研究を続けた。

 続けて、続けて、続け……。

 何年もの月日が流れた。

 年老いていき、それでも家督を継ぐことなく、研究だけに毎日を費やす。

 ある日、男の研究に興味を持つ青年が現れた。男は素直に彼が興味を持ったことを嬉しく思い、彼を研究室に招き入れた。

 研究は少しずつ、進んでいた。

 生涯を掛ければ、研究は完成できると思っていた。

 だけど、運悪く父親が亡くなってしまった。青年が研究室にいる間に、研究がスムーズに進んでいる時期に。大事な時期に、死んでしまった。父には兄弟がいない。一人息子の男は、家督を継がなくてはいけない。そしてその日がとうとうやってきたのだ。

 男は狂った。狂い悶えた。自由でいられた期間のほぼ全てを費やしてまで完成させようとした研究を途中で棄てなくてはいけなくなった。すぐに完成するような研究ではない。男はこの世のものとは思えないような地獄を見た。

 そんなある日、父親の葬式を終えたあと、いろいろと片付けをするために研究室に戻った日に研究室の青年は言った。『研究を僕に引き継がせてください』と。男は『しばらく考えさせてくれ』と言った。

 男は悩んだ。悩み苦しんだ。青年に研究データを渡して研究を引き継いでもらうことが男にとって、どんな意味を持つのか。苦痛、喜び、苦痛。本当は苦痛でしかない。誰かに自分の努力を奪われるようなことは。研究データを印刷した紙をカッターで切り刻んだ。シュレッダーを掛けたようにバラバラに刻む。替えの利く、研究データの紙を。元はPCに入っており、他にもバックアップが存在する。だけど、元を切り刻むことは、消すことはできなかった。

 数日間、それが続いた。悩んだ挙句、行き着いた結論は。

 青年に譲ることにした。

『俺の分も頑張ってくれ』と、苦い笑顔で。研究データの元を引き渡した。

 そして男は家督を継ぎ、一組織のトップとなる。

 トップとなり、持ち前の要領の良さと優秀な頭脳を持ちえて、組織を束ねた。そもそもそういう素質が彼にはあった。何かの上に立つということ。

 そしてそれからも月日が経ち、研究のことも忘れかけていた。息子がいて、孫がいて、生き甲斐以外にも幸せがそこにはあった。

 だけど、それで終わらなかった。

 ある名前を組織の資料で見かけてしまった。あのときの青年の名を。

 組織のある人物が彼を何年か前にスカウトしたという。そして自分の組織下にある研究所の所長をしているということが分かった。

 即座に研究資料を取り寄せ、現在の研究の進行具合を確認した。自分が研究をしていた頃よりも遥かに研究は進んでいた。自分の組織の技術によって。

 男は喜びと共に苦悩で満たされた。自分の研究が進んでいるということに喜び、何故そこに自分がいないのだと苦しんだ。だけどもう研究をしていたころの男ではない。組織のトップにいる男は素直に、自分の配下にある研究所の研究の成果に喜んだ。自分の教え子が素晴らしい結果を出していると。

 だけど、それも長くは続かなかった。

 研究で問題が起きたのだ。

 男が家を出る前に、ボランティア活動の一環で養子縁組を作る案を出していた。普通を過ごせない子どもたちに自分が過ごせなかった自由、平和、普通を与えるために。それで養子縁組は作られ、同時に孤児院も作られた。だが、その養子縁組や孤児院にいる子どもの中から七人が、その研究の実験体になってしまった。そんな報告、何も聞いていなかった。幹部の一人が、男の許可を取らずに無断で決定したらしい。しかもそれだけでなく、実験は失敗。七人の子どもたちは、社会復帰できないほどに壊れてしまったらしい。

 男は嘆いた。自分が考えた研究によって、若者たちの未来を断ち切ってしまった。いや、殺してしまったと言っても過言ではない。

 男はすぐにその研究所を廃棄、研究の中止を命令した。

 だが、それは一筋縄ではいかなかった。あのときの青年は足掻いて、研究の全データ、実験体を持ち出し逃げてしまった。組織にも分からないくらいに、どこかに隠れてしまった。男には、失敗してしまったという後悔だけが残ってしまった。だけど青年を探し出そうとはしなかった。今まで実験が進んでいたのは組織のおかげ。だからどう足掻いたって、研究は進まないと思ったからだ。


「その後、男は亡くなった。話は終わり」

 箱舟の話が終わるときには、歩くのを止めて、ある一つの部屋に入っていた。ドアは今まで見てきたものよりも頑丈で、重要そうな雰囲気を醸し出していた。おそらくここが所長室なのだろう。中は思ったより狭く、机と椅子の一セット、本棚が五つ、紙が床一面に散らばっている。

「さてと」

 そう言うと、箱舟は何もない壁の前に立つ。

「……何をする気なんですか」

「こういうところってさ、《実は隠し部屋が》って普通思わないか?」

「思いません」

 そんなマンガ思考をぼくは持ち合わせていない。

「だけど、ここの所長はとにかく隠匿主義でよー。もともと研究者っていうのはそういうものなのさ。発表するのは世に公表しても問題ないものばかり。裏では表舞台に流れはいけない情報もあるんだ。例えば人体実験とかな。お前もそう思わなかったか? 所長室にしては、この部屋は狭すぎるって」

 そういうと箱舟はその場でしゃがみ、床を調べ始めた。ぼくも近付く。箱舟は、床と壁の間にライトを当てていく。そしてあるところに僅かながら小さな長細い隙間があった。そこに手を伸ばし、隙間に爪を引っ掛けると腕を上げた。床の一部が蓋となっていて、その下には数字が配置された、まるで暗証番号を入力するような液晶画面が埋め込まれていたのだ。

「えーっと、番号は」

 液晶に映し出された数字を順番に押していく。四つの数字を押した後、何か音が聞こえた。すると目の前よりも少し右の壁が静かにスライドした。……本当にあるもんなんだな、隠し部屋って。

「ロック解除っと」

 箱舟は立ち上がると、隠し部屋へと入った。

 ぼくもあとに続く。

 そして、《部屋の中にあるもの》を見た。

 部屋の真ん中にカプセルのようなものが横たわっているだけだった。これが、折紙学が隠したいもの。だけどこれってまさか、いや、有り得ないだろ、だって、そんなものを作れるはずが、ない。

 そんな考えも、折紙の一声で全て崩れ散った。

「脳に直接干渉することで人の精神状態、感情を操作するための道具。《学習装置》とでも言うのか。これがここの所長、折紙学の研究成果。だけど、この道具の構造や仕組みなどは他の人   物が構想したものだ。それを元にこれは開発された――」


「その構想した人物が、てめーのじいさんだ」


 ……大体の話は、さっきの箱舟の話から何となく察しが付いていた。

 男というのはじいさんのことで、組織というのは《家》、そして青年というのは折紙学だ。

 じいさんが、折紙の先生か。

 それがおそらく真実。それならじいさんが遺書を渡してまで、ぼくに折紙に会わせた意味もなんとなく理解できる。だけどこんなに簡単にこの人の言うことを素直に受け止めていいのだろうか。先ほどまで考えていた嘘の可能性は? だとしたら、何でこんなところまで連れてきたんだ?

 何もかもが分からない。

 ぼくには何も分からない。

「お前のじいさんに頼まれたんだ。突然家に呼ばれて『自分には遣り残したことがある。本当は自分で確認したいのだが、身体が思うように動かない。どうも無理そうなんだ。どうか引き受けてくれないか』と言われちまった。しょうがないから俺は了承してやった。まず頼まれたのが、折紙学の居場所と様子を調査することだったんだ。それに関してもまた《道化師》の力を借りた。そして居場所を掴んだ後、じいさんに報告した。それを伝えたら、じいさんは次にお前を捜すように言った。それについてはさっき言ったな。お前のことをじいさんに報告した後にあの封筒を渡されたんだ。そして『あとは頼みました。運び屋さん』と言われた。それが最後に依頼人に会ったときだ」

 箱舟は《学習装置》と呼ばれるカプセルに手を伸ばすと、黄色く透き通ったプラスチックのようなその表面を撫でた。

「最後に言われた依頼内容は《お前を、考えうる最高の道へと運ぶ》というもんだ。今までの流れもその一部に過ぎない。全てはてめーのために動いてやったんだ」

「だけど、じいさんからの手紙には『遣り残したことがある』って書いてあったんですよ。折紙を何とかしたかったんじゃないんですか?」

「お前がそう捉えたのなら、そうすればいいじゃねーか。だけどよ、お前は結局何もせずに立ち去るしかなかったんだろ? 逃げたんだろうが」

 『逃げたんだろ』だって。

 逃げたんだろ?

 逃げたのか、ぼくは?

 違う。違うんだ。

「逃げたんじゃない、ぼくにはどうしようもなかった。ぼくみたいな人間にはどうもできなかったんだ。協力するにも、ぼくは……」

 ここでぼくの口は停止した。

 急に喉が熱く、苦しくなってきた。足に力が入らなくなり、バランスを崩して、壁に寄りかかる。今まで、時計屋でも必死に耐えていたものが少しずつ限界に近付いていた。先を言おうとする自分がいるけど、同時に考えたくもないものが頭の中から目を覚ますような。それを必死に抑えようと、考えるのを止めようとする。

 口からは続きは出ない。

 臆病者。

 貧弱者。

 ぼくは弱い。

 弱い人間なんだよ。

「すべて聞いてる。お前が組織にいた頃に、どんなことがあったのか。そして結果、どうなってしまったのかも。全てを知ってるからこそ、俺はあえて言わせてもらうぜ。おそらくあいつも、もう一人の男子も心の中では思っていても、てめーを気遣っていわなかっただろうからよ。『お前はいつまで逃げてるつもりなんだい?』ってな」

「逃げて、なんて」

 必死になって出す声はあまりにも低く、今にも死にそうな声だった。それでも反論しようとする。反論しなくちゃ、自分を保てない。

「逃げてる。何回もお前は逃げてんだよ。自覚してんだろ?

 最初は、自分の定められた運命が嫌で、それで逃げた。普通の人にとって非日常がお前にとっての日常だからな。それでお前はお前の非日常を求めた。普通の人間の日常が、お前にとっては非日常。だから逃げたんだ。だけど、お前が最初に逃げたときの歳は独り立ちするには少し幼かった。

 だから《家》の手が届かない組織《素材集》に入った。だけど、そこも《家》と変わらずお前にとって日常。お前はその中で違う日常、非日常を追求しようとした。だけどある一つのきっかけで、お前は今度はもっと深い闇に嵌ってしまった。お前はそこにいるのが嫌だった。居心地が悪くなった。だから、また逃げた。今度こそ、今度こそは今までとは違う、非日常を手に入れようと。

 そしてようやくお前がずっと求めていた非日常が日常へと確立しようとしていたときに、突然届いた祖父からの手紙。それに惹かれるように、また日常を見に行く。そして今度はすぐに逃げた。

 どうだ、逃げっぱなしの人生だろう、てめーの人生って」

「逃げたんじゃない。逃げたんじゃ、ないんだ」

「じゃあ他にどう説明するんだい? お前は物事が目の前に立ち塞がると怯えて逃げていく。結局お前が本気になって立ち向かったのは、深い闇に嵌ってしまうきっかけ、弔い合戦だけだろう。これでも、違うか?」

「ちが……」

 崩れ落ちる。膝を床につけると、ぼくは目から僅かに涙を流していた。それ以上は出てこない。それ以上は泣けない。

 これ以上、反論することができなかった。本当の自分を否定できなくなってきた。抑えていたものが崩壊しつつある。耐えるだけで辛い、苦しい。ここで耐えるのをやめてしまえば、やめられれば、どれだけ楽なことか。だけど、ここでやめてしまえば、ぼくという人間を夢見る人形は壊れてしまう。繋がっていた糸が全て切れてしまう。

「折紙学の誘いを断ったのも、ただ人体実験が嫌いだったわけじゃないんだろ? いつの間にか、重ねていたんだろ。《無欲》と呼ばれる少女と、《彼女》を」

「やめて、くれ」

 どうして、今、《彼女》の話を言うんだよ!

 ぼくは、むよくちゃんと彼女を同じだとは思っていない。

「《彼女》と重なって、嫌になって、だからすぐに断った」

 違うんだ。そんなことじゃない。

「確かに《彼女》とあの子では、容姿も性格もまったく違うだろう。だけど君は人体実験という一つの単語から、重ねてしまった。だからこれ以上関わりたくないと、そう思ったんだろ」

 違う、違うんだよ。

 ***。

 声にもならない叫びが身体中を駆け巡る。身体全体はその叫びに反応するように、痙攣を始める。視界が鈍る。ぼくの目の前に広がる世界が、濁る。

「お前は逃げたんだ。だけどな、俺は別に逃げ出したことに対して、お前を責めているわけじゃない。逃げたいんなら逃げてもいいとも思ってんだ。だけどな、お前は俺の大嫌いな中途半端な人間なんだよ」

 箱舟の表情は変わらない。

 感情は分からない。声のトーンも声量も変わらない。

「何でお前は逃げ切らなかったんだ。そのまま普通の人間に混じってお前の非日常を過ごせばよかったじゃねーか。そうしていれば俺だってな、てめーが決めた最善の道だと思って、今こうしてお前の前に立つことはなかっただろうに。お前があの場所に行かなければな。だけど興味半分で、また中途半端に投げ出しやがって。非日常に走ってしまうようじゃあ、俺はそれを最善の道だとは認めない。神様が許しても、俺様は許さねー。はっきりさせるべきだ」

 限界を通り過ぎようとした。この場から、逃げたくなった。

 彼女のことがどうしても頭に浮かんでしまう。

 彼女の笑顔、声、全てが、決して自分では触れようとしなかった記憶が。


『ねえ、何で、一人でいるの? もしよければ、わたしとお話をしない、かな?』


『ハハハ、きみ、意外に面白いんだね。君と話していると、とっても楽しいよ。わたし、ここに来てこんなに楽しいの、初めてだよ』


『わたし、あなたと一緒にいるときが、一番楽しいんだ』


『あなたのことが好きだよ、わたし。な、なに笑っているのかな!? 本気なんだよ、わたし!きみのことが一番好きなんだ。だから、わたしはあなたと一緒にいたい』


『そうだね、一緒にいられれば、いいね』


『今日ね、先生に呼ばれたんだ。実験に協力してほしいんだって。またあとでさっきの話の続き、詳しく聞かせてよ。楽しみにしてるからさ――』


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――っ!!」

 世界がひび割れる音がした。

 頭を抱えて叫んだ。

 それを聞くのは、今回が二度目。幻想で固めた世界が、ゆっくりと壊れていく。朽ちていく。人形として過ごしてきた日々灰となり、燃え尽きるような。《素材集》から逃げて姿を暗ませたのち、大学生として過ごした今が。

 棄てた過去が戻ってきて、現実が見えなくなった。

 前は、精神を保つことをできる目的があった。目的を果たすために、ぼくは生きていた。目標が達成される頃には、ぼくの精神は安定していた。なるべく彼女のことを考えないようにして、固く封を閉じた。

 なのに、閉じたはずの封は開けられた。

 もう、元には戻れない。

「お前は戻った。全てを思い出したんだろ? なら、それを踏まえて、再びお前に問う。お前は、一体どうしたい。完全に異常な世界から逃げ切りたいのか。それともこれからも首を突っ込むのか。それとも、《無欲》という少女を助けたいのか」

 《彼女》のことを忘れてはいけなかった。

 忘れ去ろうと、捨て去ろうとした記憶は、ぼくにとって苦痛でしかない。楽しかったと思えた会話も《彼女》の優しい笑顔もこんな壊れたぼくを好きだと言ってくれたあの声も、全てがぼくと《彼女》との思い出だった。思い出は、弱く儚いものであるべきなんだ。だからぼくは奥底に仕舞いこんで、その場所も忘れるつもりで生きていた。

 《彼女》を忘れるということ。

 それは《彼女》と過ごした時間を、全て否定することになるだろう。そして何よりも、ぼくを好きになってくれた《彼女》を否定することになる。ならば、ぼくは最初から《彼女》と出会わければよかったんだ。あのとき彼女と話さなければよかった、ずっと無視をし続けて、独りでいればよかったんだ。

 《彼女》のことを――好きにならなければよかったんだ。

 だけど、それは過ぎてしまったこと。過去。過去からは、逃げられない。逃げ切ることなどできない。経験上、そう言うしかない。逃げられないものから逃げるというのは、滑稽なことだった。

 だからこそ、ぼくは忘れてはいけないのかもしれない。

 彼女を否定することは、ぼくを否定することになる。

 今までのぼくを。

「《無欲》という少女のことは、既に聞いたんだろ? この研究の要となった少女は世界で唯一、ただ一人だけの無欲な人間。欲の無い少女。ここで行われていた研究《人を無欲にするにはどうすればいいのか》を実現するために、あの子の感情データを原型として、他の人の脳に、欲の考えを上書きする。《欲の上書き》を行う。極めて単純なもんだ。そんな単純なことでも、人間というのは難しい。《欲の上書き》を七人のガキに行ったが、結果は全てが失敗。無欲になるどころか、実験中脳内で異常現象が起きちまって、ある一つの欲に支配された人形同然の人間になってしまった。原因は不明。ただ他の欲を上書きするのには、成功したらしい。人間の基本欲、五欲。財欲、色欲、飲食欲、名誉欲、睡眠欲。だが、肝心の《無欲》にだけは成功しなかった」

 むよくちゃん。

 全てが白く、純白な彼女。何色にも塗られることのないその心。

 ぼくの目の前に広がる世界とは、まったくといって正反対だった。ぼくは彼女に出会って、すぐに興味を持った。それはただ単にぼくと違うからではない。引き込まれていく、魅了されてしまう、そんな魅力が彼女にあったのかもしれない。

 箱舟が言ったように、《彼女》とむよくちゃんでは、まったく違う。容姿も、性格も、声も違った。だけど、いつの間にか、ぼくはむよくちゃんを《彼女》のように見ていたのかもしれない。あのとき、彼女から声を掛けられたように、今度はぼくがむよくちゃんに話しかけて。

「折紙学は何年もの間必死に我慢してきたんだ。研究が思うように進まずに、この研究所が組織の管理外になり、この《学習装置》を自由に使えるときを待っていたんだ。だけど管理外になかなかならない。もうおそらく、限界だろうよ。何をしでかすか、分からないぞ。《無欲》という少女をどうするかも分からない。無欲を上書きするための原型データは残っているんだからな。用済みだと、実験に使われてしまうかもしれない」

 むよくちゃんが、実験に使われる?

 有り得る話だった。彼は実験体を失敗作と言っていたが、むよくちゃんだけは《無欲》と呼んでいた。厳密には、まだ実験体ではないのだ。まだ救いようがある。彼女はまだ救うことができる。

 だけど……。

 ぼくは、震えを止めて、ゆっくりと立ち上がった。

 まだ震える声を、引き出して、

「それは、ぼくにむよくちゃんを救えと、言ってるんですか?」

 この前、知り合ったばかりの他人のぼくが。

「誰もそんなことは言ってねーよ。俺はただ、逃げたいのか、突っ込みたいのか、救いたいのかの三択問題の解答を聞いたんだろうが。さっさと答えろ」

「さっきまで、まるで救えって言ってたじゃないですか」

「そう聞こえたんならそうなんじゃねーの。俺はそんなつもりで言ったつもりはねーけどよ、結局はお前がどこまであの子のことを思っているかということだよな」

「だけど、折紙がいないと、むよくちゃんは生きていけない」

 折紙に依存している。幾ら生き物としての本能で生きているとしても、折紙がいないと生きていけない。いなくなったら、教える人は誰もいなくなる。

「それは違う。お前が折紙に何を言われたのか、詳しいことは知らないけどよ。そんな言葉に惑わされるんじゃねーよ。あの子はな、脳内の感情データを読み取るために一回このカプセルに入ったことがある。そのときに脳内に、あるプログラムを組み込まれているらしい。《あの子が折紙学の言うことに従うように》ということらしい。だから依存しているんじゃねーの。生物の本能も、結局は欲なんだよ。折紙学が《無欲》に『生きろ』と言えば、最低限の生命維持活動を行う」

 そんな、そんなことで。

「……ぼくは」

 そんな彼女を救うべきなのだろうか。

 救ってくれとも言わない彼女を救ってもいいのだろうか。救ってくれと彼女が言うわけがない。だって欲が無いのだから。分かりきっていることだ。もしかしたら、もう実験体になることを覚悟しているのかもしれない。

 救う権利が、資格がぼくにあるというのか? 

 特に理由もなく、ただ彼女が実験体になってしまうというのが嫌なだけで、助けていいものなのか?

「ぼくが――ぼくが、救ってもいいんですか?」

 心の叫びだった。泣きそうになった。

 先ほど枯れたはず涙は、再び目から流れ始めた。今度は止まらない。

「それは俺が決めることじゃねーよ。てめーが決めることだ」

 その瞬間、張った糸が切れるように、身体全体の力が一気に抜けた。床に倒れる。力を入れることができない。突然、脱力してしまった。緊張を解いたつもりはない。どうしたというのだろう、ぼくの身体は。

「殺し屋ちゃんから聞いてはいたが本当だったんだな。お前に組織の話をしだすと、特に《彼女》の話をすると、まるで地獄でもがくように苦しみだして、最終的に数日間意識が飛んじまうんだってな。だけど聞いていた以上に持ったな。お前も少しは成長したってことか」

 箱舟の声がだんだん遠くなっていく。

 感覚が鈍っていく。

 眠くなる。

「俺ができることは、どうやらここまでのようだな。あとはおめーの選択次第だね。俺もお前には期待してんだ。ただ一つ、最後にお前にヒントを与えてやろう。《人間が話したことイコール事実とは限らない》。俺様の予想を遥かに超えることをやってのけると、浅い心の底から願ってやるよ」

 その台詞を最後に、ぼくの意識が途切れた。

 眠りに落ちる。

 再び這い上がるために、ぼくは少しばかりの休息をとることにした。

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