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第54話 メネシスとディオーネ

「まぁ……可愛い女の子ねぇ」


艶やかな声が、薄暗い地下にゆっくりと響いた。


そこに立っていたのは、腰まで届くほど長い黒髪の女だった。


ゆるく巻かれた髪が肩から胸元へ流れ落ち、血のように赤い唇が薄暗い空間の中でも異様なほど鮮やかに浮かび上がっている。


その姿は一見すれば妖艶で美しい。


だが、近くで見れば見るほど、その美しさにはどこか狂気が混じっていた。


笑っているはずなのに目はまったく笑っておらず、熱を帯びた瞳だけが獲物を見つけたようにぎらりと光っている。


「よーし……久しぶりに対戦しましょ」


その少し前。


天空神たちは牢獄内部へ侵入するため、天井裏を慎重に進んでいた。古びた木材の軋む音が足元から小さく鳴り、下からは看守たちの話し声が微かに聞こえてくる。


翔が囮となって捕まったあと、天空神とミスジェロはその隙に内部へ潜入していた。


だが、進んでいた途中だった。


足元で嫌な音が鳴る。


――ミシッ。


天空神が目を見開く。


次の瞬間、彼女の足元の板が大きく崩れた。


「っ……!」


床が抜け、そのまま身体が暗闇へ投げ出される。


「天空神!!」


上からミスジェロの叫び声が落ちてくる。


「大丈夫! ミスジェロは先に行って!」


落ちながら天空神が叫ぶ。


「……わかった!」


その声を最後に、天井裏の気配が遠ざかっていった。


天空神の身体は何階層も突き抜けるように落ち続け、冷たい空気が頬を叩く。暗闇の中、風圧で銀色のボブがふわりと舞い、視界の端で壁や鉄格子が高速で流れていった。


どこまで落ちたのか分からない。


胃が浮く感覚が何度も続いたあと、ようやく身体が石床へと着地する。


鈍い音が響き、砂埃が舞った。


「……っつ……」


膝をついて着地した天空神は、ゆっくりと顔を上げる。


薄暗い地下だった。


壁は石造りで湿っており、どこか鉄の匂いがする。天井は高く、等間隔に吊るされた灯りがぼんやりと揺れている。


そして、その空間には、もうひとつ別の気配があった。


「こんにちは。私の猫ちゃん」


女の声だった。


天空神が顔を上げる。


目の前に、黒髪の女が立っていた。


片手には大きな鎌。


刃先が地下の灯りを反射して、不気味な光を放っている。


天空神の眉がぴくりと動いた。


「……いや誰?」


思わずそう返してしまう。


すると女は喉の奥でくすりと笑った。


「ここの管理人よ」


その言葉に天空神の表情がわずかに引き締まる。


管理人。


つまりこの牢獄を管理する神。


それだけで、この女がただ者ではないことは分かった。


だがそれ以上に、目の前の女から漂う空気が異質だった。


ただ強いだけではない。


見られているだけで、心の奥まで覗かれているような気味の悪さがある。


女は鎌の柄を指先で遊ばせながら、赤い唇をゆるやかに吊り上げた。


「紹介がまだだったわね。私はメネシス」


天空神もゆっくり立ち上がり、その視線を真正面から受け止める。


「私は五大神が一人、天空神」


「あらぁ……そーなの?」


メネシスの目が細くなる。


「普通の神とは違うと思っていたけれど……まさか五大神サマだったなんてね」


楽しげに笑っていた。


しかし次の瞬間、その瞳の色が変わる。


ぞくり、と背筋が凍った。


光のない瞳が、まっすぐ天空神を射抜く。


「で……何しに来たの?」


地下の空気が一気に張り詰めた。


天空神は視線を逸らさない。


「探してる人がいるの。ここに、その手がかりがあるかもしれないから」


メネシスは首を傾げた。


「そんなの申請してくれれば、牢獄くらい開けたのに」


「私が来るって知られたら、その人は手がかりを隠すかもしれないでしょ」


しばし沈黙。


そのあとメネシスは、ふっと笑う。


「なるほどねぇ」


だがその笑みは、すぐに冷たいものへ変わった。


「でも、たとえ五大神サマでも不法侵入はいけませんよ」


その言葉と同時に、鎌が振り下ろされた。


鋭い金属音。


天空神がとっさに腕で受け流す。


空気が裂け、床石に深い傷が刻まれる。


さらに二撃、三撃。


メネシスの鎌は舞うように振るわれ、その軌道は美しいほど正確だった。


だが次の瞬間、鎌が視界から消えた。


天空神の瞳が揺れる。


(亜空間に投げ入れた……!?)


どこから来る。


その時、わずかに空気が歪んだ。


天空神は反射的に手を伸ばす。


ガシッ、と金属を掴む音。


亜空間から飛び出した鎌を、天空神は素手で受け止めていた。メネシスは天空神の腹を切断するつもりで鎌を操ったのだろう。


メネシスが目を細める。


「すごいわね。神力も使わずに」


そして唇を深く歪めた。


「でも鎌が一本だけだと思ったら、大間違いよ」


その背後に、次々と鎌が現れる。


二本、四本、六本。


そして十本。


浮かび上がった無数の刃が、地下の灯りを鈍く反射した。


メネシスが腕を振り下ろす。


「行きなさい」


鎌が一斉に天空神へ襲いかかる。


蛇のように軌道を変え、逃げても逃げても追いかけてくる。


だが天空神は一歩踏み込み、そのうちの一本を蹴り上げた。


金属が砕け散る。


さらに回転しながら別の鎌を叩き折る。


銀色の髪が舞う。


鋭い視線が敵を捉える。


そして天空神もまた、右手を空へかざした。


「私も得意なものくらいありますよ」


亜空間から弓が現れる。


白銀の弓だった。


続けて、二十本の矢がその周囲へ浮かぶ。


天空神が弓を引く。


その動きに合わせ、空中の矢すべてが同じ角度で構えられる。


放たれた。


矢が一斉に鎌へ向かって走る。


空中で矢と鎌がぶつかり合い、激しい火花が散った。


その隙に天空神は地を蹴る。


一瞬でメネシスの懐へ踏み込む。


しかし、メネシスは笑っていた。


「私はこの牢獄の看守長。そして復讐と報いの女神、メネシス」


赤い唇がゆっくり吊り上がる。


「貴方の名前は天空神ではないでしょう?」


天空神の動きが止まる。


「それは()()()()()()()()()()。貴方自身の名前じゃないでしょ?」


静かな声だった。


だがその言葉は鋭く核心を突いていた。


天空神は数秒黙り、やがて小さく息を吐いた。


そして、まっすぐメネシスを見る。


「……そうね」


その瞳に静かな光が宿る。


「私の本名は、()()()()()


銀の髪が揺れた。


()()()()()()()。そして五大神としての役職が天空神」


地下の冷たい空気の中で、その名が静かに響いた。


メネシスの笑みが深くなる。


「そう来なくっちゃ」


鎌の刃がわずかに揺れる。


「さぁ()()()()()()()()()()()私に、勝てるかしら?」

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