第53話 第一関門突破
「あの子は、いつから自分のことを天空神と呼ぶようになったのだろう」
天界の長い回廊をゆっくりと歩きながら、創造神はぼんやりとそんなことを考えていた。
本来、あの少女には本名がある。
――ディオーネ。
今では、その名を本人の口から聞くことはほとんどなくなった。まるで最初から“天空神”として生きてきたかのように、自然にその名を受け入れている。
銀髪を揺らしながら笑う姿も、人間界で騒ぎを起こしている姿も、誰かに向かって偉そうに胸を張る姿も、全部“天空神”として完成されてしまっていた。
「まぁ他の神達もそうだけど、、そりゃそうか五大神の名前はうけつがれていってしまうから」
創造神は小さく息を吐く。
天界の窓から差し込む柔らかな光が、金色の髪を淡く照らしていた。静かな空気。神殿特有の神聖な香り。遠くから聞こえる神官たちの話し声。
その穏やかな空気をぶち壊すように、奥の方からドタバタと騒がしい音が響いてきた。
「……何やってるの?」
嫌な予感がした。
創造神が眉をひそめながら視線を向けた、その瞬間だった。
「ギャハハハ!! 俺はワルだぜぇ!! 捕まえてみろーー!!」
回廊を全力疾走してくる翔の姿が目に飛び込んできた。
黒いサングラスを無駄に斜めへ掛け、マントのように黒い布まで翻している。どう見ても怪しい。というか、怪しさを全力で演出している。
しかし問題なのはそこではない。
その後ろを、本気の形相になった監視員たちが追いかけ回していた。
「待て貴様ァ!!」
「神殿内を走るな!!」
「不審者だーー!!」
警備用の槍を持った監視員たちが慌てて追いかけているが、翔は妙に嬉しそうだった。
どう考えても、わざと追われている。
そしてさらに問題なのは――。
その少し後ろ。
巨大な柱の陰から、ひょこっと顔を覗かせている二人組だった。
目を輝かせている天空神と、その隣でそわそわしているミスジェロである。
まるで遠足中の子供みたいな顔をしていた。
創造神はその光景を見た瞬間、頭を抱えたくなった。
「……何をやってるのよ、あの子達って!私ちょっと前天空神を怒ったわよね!?……」
思わず本音が漏れる。
天空神が暴走しているのはいつものことだが、まさか翔まで完全にノリノリなのが余計にまずい。
しかもよく見ると、ミスジェロまで興奮していた。
「あれ大根演技ってやつでしょ!! おれ知ってるぜー!!」
「静かにしてよミスジェロ! 興奮しないのー!」
天空神が慌ててミスジェロの口を押さえる。
隠れているつもりなのだろうが、全然隠れられていない。
創造神は深いため息を吐いた。
その途中で、ふとミスジェロへ視線を向ける。
「……って、あの子どこかで……」
どこか見覚えがある。
しかし考える前に、三人は創造神の目の前を風のように通り過ぎていった。
翔は「ワルだぜーー!!」と叫びながら走り回り、天空神たちはこそこそ逆向きに走る。
もはや意味が分からない。
「何をするのか知らないけど、程々にしなさいよー!」
創造神が半ば呆れながら声を掛けると、天空神は振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「全然大丈夫ー! ちょっと地下荒らすだけだから!」
「何が全然大丈夫なのよ……」
創造神は額へ手を当てた。
地下。
その単語だけで嫌な予感しかしない。
こうして、作戦なのか悪ふざけなのか分からない危険極まりない計画が、静かに実行へ移されていくのだった。
その頃、翔はわざと警備兵たちを撒くように、入り組んだ通路を走り回っていた。
「待てぇぇぇ!!」
「止まりなさい!!」
怒号が飛ぶ。
だが翔は逃げながら、ちらりと後ろを確認する。
よし、十分引きつけた。
彼がわざわざ騒ぎを起こしているのには理由がある。
少し前。
天空神たちと作戦会議をしていた時のことだった。
「俺が見張りの警察を撒く。その間に、お前らは牢屋の入口を突破しろ」
翔は真剣な顔でそう言った。
先ほどまで騒いでいた少年と同一人物とは思えないほど、目が鋭い。
天空神が不安そうに首を傾げる。
「でも翔が牢屋に入ったあと、私たちにどうやって情報渡すの?」
「先にお前ら二人で入るんだ。そのあと天井裏で待機しててくれ。俺が捕まったあと、天井に情報とタイミングを知らせる」
翔は床へ簡単な地図を書きながら続けた。
「俺が捕まったのを確認したら、お前らは天井から侵入してこい」
その場の空気が静かになる。
みんな、覚悟を決めた顔をしていた。
天空神も小さく拳を握る。
私もちゃんと、自分の役目を果たさないと。
そんなことを思いながら、天空神とミスジェロは翔とは反対方向へ走り出した。
そして現在。
「よしっ! そろそろ頃合いかな!」
翔はそう呟いた瞬間、
「ぐわああああーー!!」
わざとらしい悲鳴を上げ、盛大に転倒した。
もちろん演技である。
「え、えっ!? と、とにかく逮捕ーー!!」
状況を理解できていない監視員たちは、とりあえず翔を取り押さえた。
作戦第一関門突破。
その頃、天空神たちは回り込むようにして牢獄裏口へ辿り着いていた。
薄暗い地下通路。
冷たい石壁。
空気には湿った匂いが漂っている。
天空神が小声で呟く。
「……来た!」
遠くから、翔が連行されてくる音が聞こえた。
「今だよ!」
二人は素早く裏口から内部へ侵入する。
そして――。
薄暗い監視室の中。
黒く長い巻き髪を指へ絡ませながら、一人の女がモニターを見つめていた。
妖艶な赤い瞳が細められる。
「あらあら……可愛い子猫ちゃんが迷い込んじゃったみたいね」
女は赤いリップのついた唇で微笑んだ。
「久しぶりに手応えありそうな子が来たわ」
第二関門スタート。
おまけ
その頃の一緒に来たクルーズ船の人達。
「あいつらなら大丈夫だ。絶対戻ってくる」
「そうだな。それより俺らはこれを片付けた方がいい」
夏休み中盤に近ずいてきた。宿題には手をつけていない。彼らが今からやるのは観察日記だ。
「俺観察日記今から1ヶ月分書くぜ」
「それ日記とは言わねーぞー」
花登達は宿題をしていた。




