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第49話 ずっと想い続ける

「ノアって言うんだな」


湿った空気の中で、黒猫――後のミスジェロは、わずかに目を細めながら目の前の少年を見下ろした。昼だというのに空はどこか薄暗く、雲が重く垂れ込めていて、まるでこの世界そのものが不穏な気配を孕んでいるかのようだった。


「うん。そうだよ」


ノアは無邪気に笑って答える。その笑顔はあまりにも普通で、あまりにも“人間らしすぎて”、だからこそ黒猫は、この時まだ気づかなかった。この少年が、ルールの代理人から“何か”を託されている存在だということに。


どうしてこのタイミングで現れたのか、どうして迷いもなく自分に話しかけてきたのか、その違和感にもっと早く気づくべきだったのだ。


「にしても、あのバカ神はなんで船なんて作らせるんだ……」


黒猫は苛立ちを隠すこともなく、尻尾をバシバシと地面に叩きつけながら吐き捨てる。心のどこかでは、もう答えに辿り着いている気がしていたが、それを認めたくなかった。


「なんかね、めっちゃ雨降らせて世界を作り替えるんだって」


「雨だと!?」


その瞬間、黒猫の全身の毛が逆立ち、瞳が見開かれる。呼吸が一瞬止まり、次の瞬間には滝のような冷や汗が額から流れ落ちていた。


おいおいおいおい、あいつ何考えてやがる――。


雨を降らせる、それはつまり“天候”の領域。五大神の一柱である天空神の管轄に真っ向から干渉する行為であり、下手をすれば創造神だけでなく天空神までも敵に回す最悪の禁忌だ。


「……冗談じゃねぇぞ」


黒猫の声は低く震えていた。これはただの暴走では済まない、神としての資格どころか、“存在そのものが消される”可能性すらある。


「とりあえず船作る?」


そんな黒猫の焦りなどまるで気づいていないかのように、ノアはあっけらかんとそう言った。その表情には不安も恐怖もなく、ただ「やるべきことをやる」という奇妙な確信だけが宿っている。


「……は?」


黒猫は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに眉をひそめる。


「なんでそんな冷静なんだよお前……」


「設計図もらってるから大丈夫だよ。それ組み立てたら天界に行けるらしいし」


その言葉に、黒猫の動きが止まった。


「……天界に?」


心臓がドクン、と大きく跳ねる。帰れるはずのない場所、戻ることを許されていないはずの場所。その言葉が、甘い毒のように黒猫の思考に染み込んでいく。


――あいつが、嘘をつくはずがない。


そう思ってしまった時点で、もう遅かった。


「……やるぞ」


黒猫は低く呟き、すぐに作業に取りかかった。爪で木を削り、歯で縄を引き千切り、体がボロボロになることも構わず、ただひたすらに船を組み上げていく。その姿は必死という言葉では足りないほどで、どこか“縋りつくような狂気”すら帯びていた。


数日、いや体感ではもっと長い時間をかけて、ついに巨大な船が完成する。


「できたぞ、ノア!」


黒猫は息を荒げながらも、どこか誇らしげに笑った。全身は泥と傷だらけで、呼吸も乱れ、瞳の奥には疲労が色濃く滲んでいる。それでもその表情には、わずかな希望が確かにあった。


「早速動物を乗せて、天界に――」


「……無理だよ」


その一言で、世界が静止した。


「……なんで?」


黒猫は笑ったまま、ゆっくりと首を傾げる。その笑顔は引きつっていて、目だけがまったく笑っていなかった。


「これで天界に行けるっていうのは、嘘なんだ」


ノアの声は静かで、どこか申し訳なさを含んでいたが、その瞳の奥には決意のようなものが揺れていた。


その瞬間、黒猫の中で何かが音を立てて崩れた。


「……は?」


理解が追いつかない。いや、理解したくない。耳鳴りがして、視界が歪み、足元がぐらつく。


「お前、今なんて言った?」


「君はもう、天界の存在じゃないんだよ」


ノアは淡々と続ける。


「人間と関わりすぎたせいで、君はこの世界の“生き物”に近づきすぎた。だから、もう戻れない」


その言葉は、優しさの皮を被った刃だった。


しかし、それは――嘘だった。


ノアが初めて、そして最後についた嘘。


本当はこの船で天界へ辿り着くことは可能だった。ただしそれでは困るのだ。ルールの代理人の計画にとって、この黒猫が“今”天界に戻ることは、致命的な誤算になる。


だからこそノアは命じられていた。


――船を作らせろ。そして、行けないと言え。


その裏で、ルールの代理人はさらにこう言っていた。


「きっとあの子は僕を心配して来てしまうからね。だから少し細工をしたんだよ」


その“細工”が何なのか、ノアは最後まで理解しきれなかった。ただ、それが時間を稼ぐためのものだということだけは分かっていた。


「……そうかよ」


黒猫はぽつりと呟いた。その顔からは表情が消えていて、瞳の光もどこか鈍く濁っていた。怒りも悲しみも、すべてがぐちゃぐちゃに混ざり合い、もう何が感情なのかすら分からなくなっていた。


その夜から、黒猫――ミスジェロの記憶は徐々に曖昧になっていく。


理由も、目的も、自分が何者なのかすら、少しずつ霧の中に沈んでいくように消えていった。


そしてミスジェロはルールの代理人のことも天界のことも綿が溢れるようにミスジェロの記憶は抜け落ちていた。これもルールの代理人の策略だ。


数年後ノアは、何の前触れもなく姿を消した。


ミスジェロがそれに気づいた時には、もう遅かった。


そして今までの全てを思い出したミスジェロは再び天界へ行くことを決意した。


試しに箱舟へ天界に言ってみるとミスジェロ自体はギリギリ亜空間を通過し、天界へ行くことに成功したが船は先頭が壊れ、浮世に落ちてしまった。


ただもう一度だけあの人に会いたかった。たまに思い出していた俺がノアに懐いていたという記憶は全てルールの代理人が記憶を改竄したものだった。


「俺が本当に懐いてたのはルールの代理人(あいつ)だけだ。

もう数年経っている。もしかしたらもう、死んでしまっているかもしれない、だけど、、俺は、あいつについて行きたかったんだ。」


そう走っているとミスジェロは後ろから天界警察に捕まってしまった。地下の牢屋で数日過ごした。


しかし尋問に来た人物はミスジェロのよく知る人物だった。

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