第45話 説教されました
夏――その中でも、ひときわ苛烈な暑さを誇る日を、人は“猛暑日”と呼ぶ。
だが、今この場所の暑さは、そんな言葉で済ませていいものではなかった。
照りつける太陽は容赦なく、空気は熱を帯びて揺らぎ、呼吸をするだけで肺が焼けるように熱い。地面からはむわりと湿気を含んだ熱気が立ち上り、全身にまとわりついてくる。
ここがどこの国に属する島なのか翔は知らない。だが一つだけ確かなことがある。
それは、、ここは、人が気軽に木こりをしていい環境じゃない!!!!
「翔ー!! 木切れたー?」
場違いなほど明るい声が、灼熱の森に響いた。
汗だくで斧を握っていた翔は、肩で息をしながら顔を上げる。額からは滝のように汗が流れ落ち、視界がわずかに滲んでいた。
「あぁ……切れたよ……」
そう返事をしながらも、その顔には明らかに不満が浮かんでいる。
そして、ゆっくりと天空神の方へ振り返った。
「あのさ、神様」
声は低く、じっとりとした圧がこもっていた。
「……あんなバカでかい船の傷、治すのに木がどれだけ必要か分かってる?」
にこり、と笑う。
だが目は笑っていない。
「このペースでやってたら、修理終わる頃には俺、余裕でおじいちゃんなんだけど?」
翔は真顔で言い切る。
対する天空神は、いつも通りだった。
額に汗をにじませながらも、どこか他人事のように首をかしげる。
「そりゃ、しょーがないべ」
「軽っっっ!!!」
即ツッコミが飛ぶ。
だが――天空神が無能なわけではない。
むしろその逆だ。
彼女は“やる時はやる”神であり、本来であれば人間がどうこうできる次元の存在ではない。
ただし、彼女の担当は地球規模である。
重力の制御。天候の管理。気圧や気流のバランス調整。
そういった“世界そのもの”に関わる仕事が、天空神の役割だ。
つまり、木を切るという発想がそもそも業務外なのである。
「いやいやいや! 神なんだからなんとかできるでしょ!?」
翔は半ば叫ぶように言う。
だが天空神は、少しだけ困ったように眉を下げた。
「できることと、やっていいことは違うの」
その声は、先ほどまでの軽さとは違い、ほんの少しだけ真剣だった。
「神はね、自分の役割を全うする存在なの。他の神の仕事を奪っちゃいけないの」
――天界の掟。
それは絶対であり、例外はない。
この世界では、人間のあらゆる行動の裏に“神の仕事”が存在している。
この島の伐採を守る神。
未来の出来事をあえて反転させる天邪鬼の神。
生命そのものを司る神。
数えきれないほどの神々が、それぞれの役割を担っている。
そして“伐採”もまた、神の仕事の一つだった。
「木神の力でどうにかならないの?」
翔は食い下がる。
もはや体力は限界に近く、顔色も明らかに悪い。
翔の唇は乾き、呼吸も荒い。明らかに倒れる一歩手前だ。
「うーん……」
天空神は腕を組み、少し考え込む。
「力自体は戻ってるけど、私が翔にしてあげられるのは、浮かせるのと瞬間移動くらいかな。それ以上は掟に引っかかる」
「その掟どうにかなんないの!? 天空えもん!!」
「誰が青いネコ型ロボットよ」
即座にツッコむが、その声にも少し苦笑が混じる。
気温、およそ40度。もはや“暑い”では済まされない領域だった。
翔はふらふらと立ち上がり、よろけるように森の外の海の方へ歩き出す。
「……ちょっと、涼んでくる……」
その背中は、限界を迎えた人間そのものだった。
天空神は、その様子をしばらく見つめていたが――
「……さすがに、かわいそうか」
ぽつりと呟く。
そして、ぱっと顔を上げた。
「よし、天界に相談しに行こう!」
決断は早かった。
「翔ー! ちょっと天界行ってくる!」
海の方から、ぐったりとした声が返ってくる。
「まじか……ありがとう天空えもん……」
「だから誰が天空えもんよ!」
ツッコミを入れながらも、天空神はその場で軽く足を踏み出した。
――瞬間移動。
視界が一瞬で切り替わる。
そこは、神々の住まう天界。
澄み切った空気と、神力に満ちた静寂の世界。
「さーて! 決着つけに行きますか!」
意気揚々と一歩踏み出した――その瞬間。
「おいゴラァァァァァ!!!」
ん?あれはなんだろうか?創造神か?いやいやあんなイカつい顔見た事ないぞ。
そしてどんどん近ずいて来る。それは創造神だった。
「わぁぉぉぉ!? いやぁぁぁ!!」
鬼の形相で突っ込んできた創造神と目が合った。
次の瞬間、全力疾走が始まる。
「ちょっ、待って!? なんで怒ってんの!?」
「海に入って遭難とはどういうことだァァァ!! 神の自覚を持てェェェ!!!」
「ごめんなざぁぁい!!」
天界を駆ける二柱の神。完全にカオスである。
「腕ちぎれる!! 足も取れる!!」
「取れねぇよ!! 神だろうがァァァ!!減給すんぞ馬鹿野郎!!」
数分後に捕まった。
そして。
「うをぉぉぉん!! ごべんなざいぃぃ!!」
天空神、号泣。
説教、約1時間。
創造神という名の“悪魔”からようやく解放された頃には、目は真っ赤に腫れ、完全にぐったりしていた。
「……ひどい目にあった……」
鼻をすすりながら呟く。
だが、目的はまだ終わっていない。
「……よし、行くか」
気を取り直し、歩き出す。
向かう先は――“伐採”を司る神の部屋。
「ばっさいしーん? いるかいなー?」
扉の前で声をかける。
――反応なし。
「……いるよね?」
気配はある。返事がないが嫌な予感がした。
「まさか……また……」
恐る恐る部屋の奥へと進む。
広い!!無駄に広い!!
そして――
部屋の隅。壁際で、ちまっと座り込んでいる影があった。
ピコピコ。
ピコピコ。
ゲーム音だけが虚しく響いている。
「……なにやってんの!!パン君!!!」
思わず叫ぶ。するとその影が、ゆっくりと顔を上げた。
「あ、天空神さんじゃないすか。おひさーっす」
気の抜けた声。
寝不足丸出しの目。
ボサボサの髪。
「パン君って僕のことっすか? 一応“伐採神”って呼んでほしいんすけど」
「君は私より神の面影ないんだよ!?」
即ツッコミ。
目の前にいるのは――文明の利器(ゲーム機)を持ち込み、徹夜で遊び続ける不健康神。
それが、伐採神だった。
名前はパン。
だが好きな食べ物はカップラーメン。
色々終わっている。
「あんた……大丈夫? そろそろ本当に死ぬよ?」
「大丈夫っすよ。一応仕事はしてるんで」
「信用できない……」
天空神は遠い目をした。 そして、ぽつりと呟く。
「……私、今からこいつに交渉するのか……」
思わず空を見上げる。
神なのに。
神なのに、この状況。
前途多難である。
次回!
天空神交渉失敗!?
デュエルスタンバイ!




