第42話 ここから
「え? えぇ!?」
思わず上ずった声が、静まり返った浜辺に響いた。
天空神の顔が、目に見えて強張る。彼女の表情がここまで露骨に崩れるのは珍しい。大きく見開かれた瞳はわずかに揺れ、理解が追いついていないことをはっきりと物語っていた。
無理もない。
ノアの箱舟は――人間が造ったものだ。
神が直接創り出した神器でもなければ、神力を宿すような代物でもない。ただ一人の人間が、神の命令に従い、必死に造り上げた“船”のはずだった。
それが――天界と浮世を行き来できる?
あり得ない。そんなことは、神である彼女の常識が真っ向から否定していた。
「え? でもノアの箱舟って……作ったの人間よね……?」
自分の言葉を、まるで確かめるようにゆっくりと口にする。声はかすかに震えていた。
だが、その直後。
ふっと、天空神の表情が変わる。
何かに気づいたように、視線が宙を彷徨い、やがて一点に定まった。
(……もしも)
あり得ない仮定が、頭の中で形を持つ。
もしも――ノアが、現在の「ルールの代理人」になっているのだとしたら。
もしも――そのノアが関わった“箱舟”が、何らかの理由で力を持ってしまったのだとしたら。
突飛な発想だった。だが、この状況を説明するには、それしかなかった。
「……じゃあ行きましょう、天界に」
思考がまとまった瞬間、天空神は迷いなくそう言い切った。
その声音には、先ほどまでの動揺はない。むしろ、どこか確信めいた強さがあった。
しかし――
「おい待て、俺は行けないぞ?」
青年が眉をひそめ、即座にツッコミを入れる。
その横で、翔も同じように呆れた顔をしていた。
「忘れてねぇか? いま神力使えないんだろ?」
その一言で、空気が一瞬止まる。
「…………あ」
間抜けな声が、ぽつりと落ちた。
そうだった。
今の天空神は、漂流によって全身ずぶ濡れ。神力はほぼ使えない状態にある。
天界に行くどころか、まともに力を扱うことすらできない。
数秒の沈黙。
そして――
(ピコーン!!)
頭の中で、妙に軽快な効果音が鳴った気がした。天空神は閃いた。
結論は一つ。
――箱舟を直すしかない。
「……箱舟、なおそっか」
あまりにも軽い口調で、天空神は言った。
その様子に、翔は思わず顔をしかめる。
「神様、いいのか?」
小声で、こそっと耳打ちする。
現状を思い出せ、と言わんばかりの視線だった。
そう――今、自分たちは遭難中なのだ。
食料も、水も、まともに確保できていない。いつ倒れてもおかしくない状況で、“巨大な船の修理”など正気の沙汰ではない。
しかし、天空神はそんなことを気にする様子もなく、きょろきょろと周囲を見回した。
「安心しな翔。ちゃんと見定めるからさ」
「心配だな、、」
天空神と翔が耳打ちをしている。
「でもそのノアの箱舟はどこ?」
天空神 きょとんとした顔で首をかしげる。
確かに言われてみれば当然だった。箱舟ほどの大きさなら、浜辺からでもすぐに見つかるはずだ。
だが、それらしき影はどこにもない。
すると、青年が「あぁ」と気だるそうに声を漏らした。
「それなら――こっちだ」
そう言って歩き出す。
案内されたのは、先ほど見つけた“異様にえぐれた崖”だった。
崖は大きく内側に抉れ、その下には暗く深い海が広がっている。まるで巨大な何かが衝突して削り取ったかのような、不自然な地形だった。
潮の匂いが濃くなり、風がひやりと肌を撫でる。
その時だった。
――ゴボッ
低く鈍い音が、海の底から響く。
次の瞬間。
海面が大きく揺れ、何かがゆっくりと浮かび上がってきた。
「……は?」
翔の口から、間の抜けた声が漏れる。
水しぶきを上げながら姿を現したそれは――
船だった。
いや、“船”というにはあまりにも巨大すぎる。
視界に収まりきらないほどの大きさ。まるで一つの建造物が、そのまま海からせり上がってきたかのようだった。
先端部分は大きく損傷し、木材が無惨に裂けている。そこからは、滝のように海水が流れ落ちていた。
船体の至る所から水が噴き出し、まるで壊れた噴水のように溢れ続けている。
「ええ……!?!?」
天空神が、素っ頓狂な声を上げた。
その顔は完全に引きつっている。さっきまでの余裕など、どこにもない。
翔もまた、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
言葉が出ない。
ただ圧倒される。
――これが、ノアの箱舟。
神話の中でしか語られないはずの存在が、今、目の前に現実としてそびえ立っていた。
そのあまりの異様さとスケールに、二人はただ立ち尽くすことしかできなかった。
天空神達遭難翌日同級生達はクルーズ船で悲鳴をあげていました。
「翔ー!!」
「宙死んじゃいやぁぁ!!!」
行方不明の2人を探すべく色んな所に電話をしている同級生達。事態を察知した聖夜神は「何故天空神を見ていないのだ」と創造神にめちゃくちゃ怒られました。
ペナルティとしてお菓子を没収されてます。




