わりともう手遅れ感が……
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『えぇ……私は最初に、何も説明せずにあなた達にこれを読んでいただきました。そして、あなた達はこれを読み、一切疑うことなく内容を信じました。用心深いジョセフ様ですら、信用できると仰いました。
───あなた達はどうして、今初めて見たばかりのこの本の内容を『正しい』と判断したのですか?』
「どうして、って……」
そう言えば、どうしてだろう?
よく知りもしない、聞いたこともないような学者の名前や文献の羅列を見て、『そんな風に色々な研究によって証明されているなら……』と考えてしまったのだ。
要するに───『それっぽいから』で判断したことになる。
『長々と話してしまって申し訳ないありません。私が言いたいこととは要するに、あなた方知的生命体が、信頼というものを何処に置いているか、ということです』
チカチカと光を放つミューロンちゃんの二つの輪が、ゆっくりと回転を続ける。そんなミューロンちゃんを前に、私達は黙って彼女の次の言葉を待った。
『あなた方は、『金の卵を産むニワトリ』も『天まで届く豆の蔓』も、存在していないと知っている。
一方で『宇宙』は存在していると考えている。その実、あなた方はいずれも実際には目にしていないと言うのにも関わらず』
「……確かに我々は宇宙に行った経験があるわけではないが……しかしそれは、実際に宇宙に行った者が記録を残しているからなのでは?」
『まさにそこですよ。その記録も写真も、全て捏造かもしれない。逆に『金の卵を産むニワトリ』も『天まで届く豆の蔓』も、実際に見た記録かも知れない。
しかし、方や『存在しない』と断言され、方や『存在する』と断言される。その違いとは?』
「…………」
『私が考えるに、その文献の在り方、そしてその文献の書き方ではないかと』
「……続けてくれたまえ」
『先ほど申し上げました『金の卵を産むニワトリ』も『天まで届く豆の蔓』も、それが登場する本には『寓話』という在り方が前提となります。
人々はこれを読む際、内容を見る前から『この本の内容は作り話である』という先入観を持った状態となるからこそ、どちらも存在しないと言い切れるのです』
「……では逆に、『この本は学術論文である』という先入観があれば、自分が見たこともない『宇宙』の存在は信頼してしまうと」
『その通りです。そして寓話のような語り口調の書き方なのか、それとも論文のような堅苦しい書き方なのか。それだけの違いで人々は先入観を強化し、信じて疑わなくなるのです』
「ということは、エルフについて書かれたこの本って……」
『えぇ……学術論文としての在り方と、それを強化する書き方。人々がこの本の内容を『事実である』と信じるのに十分な条件が揃っています。既存の全ての論文にアクセスできる私だからこそ偽物だと分かりますが、普通は信じてしまうでしょう』
「そこまで手の込んだことをして、これの作者は何をしたかったのでしょうか……」
『種族間の分断を煽りたかったのではないかと考察します』
ミューロンちゃんの忌憚のない、それでいて核心を突いたその言葉に、全員の視線が一斉に集まる。
『恐ろしいですよ、この本は。『ある国が戦争を企てている』と信じ込ませれば、他の国は先制攻撃を仕掛けて本当に戦争が起きるかも知れない。
『ある生物が疫病を媒介している』と信じ込ませれば、その生物が絶滅するまで狩り尽くされるかも知れない。
ではもし、エルフまたはダークエルフが劣等種族だと信じ込んでしまえば───』
「今のエルフとダークエルフの軋轢を考えれば、『劣等種族を淘汰しろ!』となる可能性もあるわけね……」
「……たった一冊の本が戦争を引き起こそうとしていると考えると、確かにこれは恐ろしい事態だな」
『ちなみにこの本は、エルフやダークエルフがかつて使っていた言語で書かれています。長寿である彼らであれば、長老にあたる者であれば読めるでしょう』
「あ~……その辺りも計算されてるわけね……」
大勢が読めば、その中の数人は内容を疑う者が出るかもしれない。けどもし種族の主である者が内容を信じ、それを他の者に伝えたら……
同じ思想を持つ大人数の群の出来上がりだ。
『とはいえ、実際にこの本がどれだけ影響を与えたのかは、現時点では不明です。どうも私の知る限りでは、戦争の機運が高まっていると見受けられますが……』
それはそうなのだ。
ミューロンちゃんの言う通り、主にプレイヤー達の間で派閥が分かれ始めてる。
しかし本当に戦争が始まってしまっては、この本の作者の狙い通りになってしまう。
……あれ? もしかしてこれ……本当に戦争を止めないといけない感じ……?
お読みくださってありがとうございます。




