全てが『嘘』である
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『翻訳が完了しました』
本のスキャンを初めてからおよそ一時間弱。ミューロンちゃんから、翻訳が終わったという知らせが入った。
意外と時間がかかった印象だけど、結構難しい言葉だったのかな?
『時間がかかってしまってすみません。裏取りに少々手間取ってしまいました』
「裏取り、ね……この本は何か別のものからの引用を用いていたりするのかね」
『えぇ、その通りです。多種多様の著書や論文が引用されており、それら全てを精査しました』
「あー、それは確かに時間がかかるわね」
「我々が読むことは?」
『そうですね……では、あなた方にも読める言語で翻訳したものを表示します。まずはそれをご覧になっていただければと。……ただし、気分が悪ければすぐに読むのを中止してくださいね』
ミューロンちゃんの言葉が引っ掛かる。気分が悪ければとは……これの内容で気分を害するようなことがあるのだろうか。
少し疑問に思いつつも、私達は目の前に現れたディスプレイとそこに表示された文字に目を通していく───
───いや、ちょっと待って。こんな馬鹿げた内容の本が許されて良いはずがない……!
詳しく読まなくたって、この本の異常さをこれでもかと感じる。だってこれ……
「『ダークエルフが如何に劣等種族かの証明』……!?」
「……これは本当なのかね?」
ジョセフさんの言葉は、この本の内容そのものを疑うものだった。
いやでも、ジョセフさんが呆然としてしまうのも分かる。だってこんなダイレクトに種族差別を増長させる内容なんて、色々な意味でアウトでしょ。
「セレスさん、そっちは?」
「こちらは『エルフが如何に劣等種族か』……についてですわね」
「二冊の本は、それぞれエルフとダークエルフを差別する内容だったってわけね……ジョセフさん、これどう思う?」
「……」
『私から詳しい説明を入れる前に、私もジョセフ様の意見を聞きたいと思います。この本の内容をどう思いますか?』
こういった学術論文に関しては、ジョセフさんが一番慣れてるだろう。これを見て、この中で一番知識を持っているジョセフさんがどう判断するのか……ミューロンちゃんにも促され、その場の全員がジョセフさんへと視線を集める。
注目されたジョセフさんはというと、二冊の本の翻訳をじっくりと眺め、おもむろに口を開いた。
「我々とて、エルフやダークエルフについて詳しく知っているわけではない。この本を読んで『その通りである』と断定するのは早計である。……が、きちんとした文献の引用、有識者の見解……それらを全て備えたこの本は、かなり信頼の置ける内容だとも思える」
『やはりそうですよね……』
ジョセフさんの言葉を聞いて、ミューロンちゃんは少しだけ言葉を沈ませた。二本の環の動きは遅くなり、チカチカと点滅している。
これは悲しみ……なのだろうか。
『ジョセフ様の言う通り、この本には内容が真実であると判断するに足る要素が揃っています。宗教学や解剖学、生物学など様々な観点からの解説。多種多様な論文の引用。10年以上に渡る実験を通して得られた数字。多くの有識者からの提言……これだけ揃っていれば、如何に学問に精通した者であってもこの本を手放しに否定することなどできないでしょう』
『ただし……』と呟いたミューロンちゃんは、さらに衝撃的な言葉を紡いだ。
『一つ欠点があるとすれば、この二冊の本の内容が全てデタラメであるということでしょうか』
「「「「「へっ……?」」」」」
ミューロンちゃんの言葉に、私達全員がすっとんきょうな声を上げた。
「えっ……デタラメって……?」
「まさかこの内容が嘘だと?」
『はい。まず、この本に引用されている論文ですが……このような論文は地球に存在していません。一つ残らず全てです』
「……では、有識者の見解は」
『そもそもそのような人物は存在していません』
「長年に渡る実験による証明は……」
『そのような実験が行われた記録はありません』
「全部嘘じゃない!!」
『一応補足しておきますと、地球とこの星には存在しないだけで、他の高度文明惑星には存在している可能性も───』
「いやそれもう『存在しない』って言ってるようなもんだからね!?」
いや、そんなことある?
まさかこれだけそれっぽく書かれている本の内容が、全部嘘だって? 誰がどんな気持ちで書いたのよこれ!!
ほら、ジョセフさんだって鳩が豆鉄砲食らったような顔してるわよ! ジョセフさんがこんな顔するなんてめちゃくちゃ珍しいんだから!
『確かにあなた達の憤りも分かりますが……この本には、『ただ全て嘘である』だけでは済まない影響があるのです』
「『ただ全て嘘である』だけでは済まない影響……?」
『えぇ……私は最初に、何も説明せずにあなた達にこれを読んでいただきました。そして、あなた達はこれを読み、一切疑うことなく内容を信じました。用心深いジョセフ様ですら、信用できると仰いました』
───あなた達はどうして、今初めて見たばかりのこの本の内容を『正しい』と判断したのですか?
お読みくださってありがとうございます。




