94.経緯
「お母さん」
「エマニエルさん…ジョセフィン、これはどういう事だ?」
「本人が話します。座りなさい。」
「はい。」
母親はジョセフィンさんの隣の空いた椅子に浅く腰掛ける。
握られた手は少し震えているように見える。
私も突然の事で、なんだかよく解らないでいる。
「エマニエルさん」
祖父が母親に声をかけると、うつむいていた顔をあげる。
しばらく沈黙が続く。母親は話したそうにしているが言葉がうまく出てこないように見受けられる。
やっと口を開いた第一声は謝罪だった。
「ノラ、ごめんなさい。ジョンさんも…申し訳ありませんでした。」
「謝罪が聞きたいんじゃない。今までどうしてたんですか?なんでいなくなったんですか?」
「ジョン、あまり追い詰めないで。」
祖父はかなり動揺している様だ。再びの沈黙の後、母親がゆっくり話し始めた。
「私は、コールがいなくなった後、少し精神が不安定になっていたように思います。自分が自分でなくて、別の世界で子供だったかのような夢を頻繁に見るようになりました。…」
「それは私がエマニエルとして生まれる前の記憶だと感じましたが、自分の頭がおかしくなったんだ、忙しく生活をしていれば大丈夫だ。と思い、仕事を始めました。それから夢をみなくなりました。しかし、私が仕事を始めた頃からノラが荒れました。きっと私のせいなのでしょうが…」
「…ノラが荒れるとまた私は自分が自分でない感覚に襲われました。ノラが暴れるのを見るたびに、夢の中での子供の私が、もう嫌だ!捨ててしまえ!と言いました。しかし、私は生まれる前に犯してしまった事への贖罪なんだと思いました。…というのも、その夢の中の私は、ノラよりも親を困らせる悪い子共だったんです。ほんとうに悪い子で…」
ここまで話すと、母親は震える手で水を一気に飲み干した。
「ノラを置いて出て行ったあの日、私は完全に子供の心に支配されていました。そしてコールさんを連れ戻せば全て解決すると思い込んで…。コールさんが何処にいるか目当てがついていましたのですぐにコールさんの所へ向かいました。」
「コールさんを見つけ出した後は、子供はでてこなくなりました。でも、もうノラが幸せに暮らしているのを知って…どんな顔をして会えばいいのか…。もう3年以上会っていないんですよ。たったの5歳から…もう記憶も薄れているでしょう。」
母親は両手に顔をあてると喋らなくなった。
「コールは何処にいたんだい?」
祖父がジョセフィンさんに問いかける。
「私は、ジョンがいなくなってから疎遠になっていたんだけどね。」
と、ジョセフィンさんが母親の今までの経緯の説明を始める。
私の父親のコールが実家(祖父の前の家)に戻っているんだろうと、前々から思っていた母親が家を訪ねると、やはりそこには父親がいた。
「え?」
これには祖父は驚いていた。
田舎に戻りたくないと言う父親を説得しようとしたが、のらりくらりと躱す父親に殺意を抱き、彼の不幸を願いながら帰ろうとした所、考える時間が欲しいと引き止められ、しばらく滞在する事になった。
しかし、父親の母親のマイラさんと折り合いが悪く、ほとんど使用人のような立ち位置でいたらしい。
「コールは注意もしないで…。それでもコールはまだエマニエルに未練があるんですよ。まぁ、コールの事はどうでもいいわね。」
ジョセフィンさんは、確信はなかったが、私の父親が実家(祖父の前の家)に戻っていると以前から思っていたらしい。
前回、この村を訪問した時に、母親に会いたいと言う私の言葉に、実家を調べてくれたらしい。
「私はそんな事聞いていない」
「誰が離婚した人にそんな事伝えますか。マイラの評判をしらない訳ないでしょう。あなたがいなければ誰もあの女と関わりたくありませんよ」
祖父はまだ呆然としているが、母親は落ち着きを取り戻したようだ。
「許してほしいとはいいません。そんな事は言えないから。でも、お願い。もう一度だけチャンスをくれませんか?あなたの母親でいられるチャンスを。私と一緒に帰りましょう。」
涙で潤んだ瞳でまっすぐに私を見る。




