82.イノシシかと思いました。
今日は祖父と二人で湖まで乗馬に行く。
私の相棒は芦毛の小さな馬だ。
祖父の馬は、私の馬よりもふた回りも大きい。
なんども乗っているので、脚を締める力の強弱で私の思う通りに走ってくれる。
祖父の馬に合わせ、速度を上げずに森林を駆ける。
やっぱ、外で乗る馬は気持ちがいいね。
気持ちのいい空気を存分に浴びながら湖にたどり着く。
馬から降り、水が飲めるように馬を繋ぐ。
「湖がキラキラで気持ちがいいね!お祖父さん!」
「あぁ、馬も喜んでいるようだね」
湖の縁に胡床のような折りたたみの椅子を置き、二人で釣りをはじめる。
どこに投げても、そこに投げても、釣れる釣れる。
小さい口のブラックバス。
「食べられるけどね、すごく美味しくはないね」
との事なので、小さい魚は湖に戻ってもらう。
祖父は赤いニジマスを釣ったと言って喜んでいる。
二人でそうしていると、当然ガサガサ!!と言う音がして何かが森から突っ込んできた。
イノシシ!?もしやクマ!と慌てていると、その何かは突っ込んできた勢いで湖の中に落ちてしまった。
バッシャーンとすごい音がして、水がかかりびしょ濡れになる。
それは一回深く沈んだかと思うと、浮かび上がってきた。
「た、たすわ!」
ピート!!!!!
祖父が上着と靴を脱ぎ、湖に入る。
ピートは浮かび上がっては沈み、を繰り返していたが、何度目かでそのまま沈んでしまう。
祖父は湖に潜水し、ピートを水面に押し上げ、岸まで引っ張りあげる。
急いで横向きにして、声をかける。
「ピート、ピート大丈夫?」
口から水を吐いたあと、ピートはうめき声をあげる。
「少し肺に水が入ったようだが、意識もあるし大丈夫だろう。」
目を開けたピートは恐怖からか、声をあげて泣き始める。
いやー怖いよね!
ピートの無事を確認すると、祖父は火を起こし、自分の上着をピートにかけてあげる。
「いやぁ、びっくりしたね。イノシシがでたかと思ったよ」
「うん、わたしもそう思った!私たちがたまたま釣りをしていて良かったね」
「いつもと違う事をしてみるもんだね。いったい何があったんだい?動物にでも追いかけられたかな?」
祖父がピートに尋ねる。
「言いたくない」
「そうかい、言いたくなったら言ってごらん。ノラ、彼に紅茶を分けてあげなさい。みんな火のそばで服を乾かそう。」
服を乾かすついでに、祖父は赤いニジマスの内臓をとり、切り身を作り、棒に刺して火にかける。
終始無言だったピートは、紅茶を飲むと気分が良くなったようで、起こった出来事を話し始めた。
「僕は、こんな田舎に来たくなかったんだ。こんな所で何をやっても、学校に行っても、友達を作っても価値がない!何も意味がない!…そうやって父さんに言ったら、自分で何か一人前にできるようになったら好きな事をすればいいって言われて、僕は一人前だって解らせようと思ったんだ。」
「それで?」
「それで、僕、一人で前の家に帰ろうと思ってドーリングに行こうとしたんだ。でも歩いてる後ろからはガサガサ音がするし、それで、怖くなって走ったら坂道で止まらなくなって…」
よくみれば、走ってる時に木の枝などにひっかけてしまったのか細かい傷が所々にある。
「ピート、お父さんが一人前にと言ったのはそういう事じゃないだろう。一人で村からでたら危ないじゃないか。死ぬところだったんだよ。」
祖父が少しきつめに言うと、シュンとしてしまった。
「わかってるよ。でもすぐに大人になんてなれないじゃないか」
「どうして、友人を作ったり、何かをする事に価値がないと思うんだい?やってみないと解らないだろう。西の国に行ったら、西の国の人の振りをしろって聞いた事はあるかな?まずはその努力をすることが、大人になるためにも必要なことだと思うよ。」
「努力…確かに努力は一人前のする事だ」
「さぁ、まずは私たちと一緒に魚を食べなさい。服が乾いたら送って行こう」
そう言って大きなニジマスの切り身を差し出す
「あつ!はふ、お、おいしい!」
「そうだろう。今度は一緒に釣りをしよう」
「この魚も美味しいけど、冬のはもっと脂がのってるよね」
「…釣り、やってみたい。やった事ないから教えてくれる?」
「もちろん!」
「今日は溺れて体力が消耗しているだろうから、また来週にでもお誘いしよう」
「うん、ありがとう。僕少し、考えてみる。」
陽気と起こした火で服がすっかり乾いてしまうと、祖父はピートを前に乗せる。
ピートは乗馬も初めてだったようだ。
事の顛末を聞いたお父さんのウィリアムズさんは、心配そうな顔をしていたし、ウィリアムズ夫人は泣いていた。
早くお風呂に入って、ゆっくりしてね!
その日、ピートは家でグレイスには馬鹿にされ、両親にはこってり絞られたが、祖父に言われた事をしっかり考えたそうだ。
都会や友人が恋しいけど、一人前になる為に、馴染む努力をする。
もちろんそれも大切だ!
それに加えて、この村にいたら都会で味わえない何か楽しい事があるんじゃないか…とね。
ブラックバスはそんなに美味しくないと祖父は言っていたけど、衣をつけて芋と一緒に揚げたら、とても美味しいフィッシュ&チップスができました。




