表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の女神  作者: 紗月
空の章
PR
84/179

Ⅹ.追い風 82

82.



「あ! イサラ。」

部屋を出たセリナを待っていたのは、イサラだった。

「お話は終わりになりましたか。」

「うん。他のみんなは?」

「向こうのホールで待っていますよ。」

控室のようなそこには、誰でも入れるというわけではなさそうだった。

セリナたちと入れ替わるように、ゼノと将軍が奥の部屋へ入れば、静かな空間に変わる。

セリナを案内しようとしていたイサラだったが、立ち塞がる人影に動きを止めた。

そこにいたのは、エリオス=ナイトロードだ。

「イサラ……イシュラナ=ウォーカ?」

驚いた表情を一瞬だけ見せたイサラだったが、すぐに常の落ち着きで礼を取る。

「イサラ、知り合いだったの?」

小声で尋ねると、同じ音量でイサラが応じる。

「いえ、知り合いというわけでは。」

何気なく向けたセリナの視線がエリオスのものとぶつかると、相手は表情を曇らせた。

「まさか、白王宮の侍女を従えているとは。」

「ハク……?」

侍女という言葉に、セリナはイサラの方を向くが、彼女は騎士を見ていた。

(王宮の侍女って、イサラのことだよね。)

「どうやって、陛下に取り入ったのです。」

「……っ? と、取り入ったなんて!!」

思わぬ言葉に、セリナは反射的に言い返す。

「ナイトロード様、畏れながらそれはあまりにもお言葉が……。」

イサラの声にも戸惑いの色が浮かぶ。

「あぁ、これは不躾な問いでした。申し訳ありません。ただ、先程のやり取りで、ずいぶん陛下と親しげなご様子でしたので。」

(……やっぱり見られていた!)

指摘に焦るセリナへと、エリオスは灰青色の目を向ける。

「こんな短期間で、と。加えて、白王宮にいた侍女が仕えていると知り、セリナ様は、よほど特別なお方に違いないと、そう思ったものですから。つい。」

「特別……なんかじゃ。」

エリオスにじっと見つめられ、セリナは言葉を途中で飲み込んでしまった。

「保護自体には、驚きませんでしたが。」

思案気な表情で、エリオスは出て来たばかりの扉を見やり、息を吐いた。

「陛下に、“英雄”と言わせたのは、セリナ様ですね。」

「え?」

向けられたさらなる言葉に首を傾げる。完全に相手のペースだ。

「そう陛下が紹介したのは、セリナ様が“そう”尋ねたからなのでしょう。」

「“塔”に“緋騎士”と呼ばれている英雄がいると聞いていたので……。」

セリナが言い終わる前に、エリオスが言葉を発する。


「その名を、呼ばないでください。」


「―――っ。」

女神に、馴れ馴れしく呼ばれるのが嫌なのかと考えて、身を強張らせた。

「ナイトロード様。」

口を挟んだイサラに、エリオスは手を上げそれを制した。

「これは、セリナ様のために申していることです。」

「……私の、ため?」

「陛下と近しい関係であるのなら、“緋騎士”を英雄だなどと口にしない方がいい。」

「なぜ……? めざましい活躍をしたと、そう、ジオも言っていたけど。」

「陛下は、王であられる故。寛容なだけです。」

目の前の騎士が、何を言わんとしているのか理解できず、眉をひそめた。

そんなセリナの様子に、エリオスが薄い笑みを浮かべた。


「陛下にとって、“緋騎士”は英雄などではないはずです。」


「でも、陛下の命を救った恩人だと。」

不安げにセリナは、イサラの方を向く。

その動きに、エリオスもイサラを見つめた。

「イシュラナ=ウォーカが、そう言ったのですか?」

「いえ、そう教えてくれたのは、イサラではなくて……。」

「けれど、イシュラナ……あなたも、そう認識している?」

「わ、私ですか?」

エリオスからの問いかけに、イサラが目を見張る。

(……何、なんだか。)

口を開けたままでセリナは、エリオスとイサラを交互に見た。

「そのように思っています。」

「『英雄』だと?」

隣に立つセリナには、イサラが引き上げた頬が強張るのがわかった。

「アジャートの間者から、陛下……いえ、殿下の命を守った騎士であられるのですもの。」

「けれど、その時、犠牲になった騎士は、白王宮と無縁な者ではなかった。」

(え?)

「……はい。」

答える刹那、イサラの顔が苦しげに歪む。

(なんだか……。)

「それでも。当時、白王宮に所属していたあなたにも、英雄は存在するのですか。」

「王宮に所属していた者だからこそ。その場にいた、ナイトロード様の判断が間違いではないと思っています。」

優先されるべき存在が、誰なのかは考えるまでもない。

「その後、何が起こったのか、良く知っているはずなのに。」

「……それは。」

「真実は語られない。」

「……。」

雲行きの怪しい2人の様子を見ていられなくて、セリナは割り込むように身を乗り出した。

「あなたは、いったい何をしたの?」

足が震えたが、スカートで見えないのが幸いだ。

エリオスが身を引き、イサラとの間に距離ができる。

「短い昔話ですよ。」

エリオスは微かに首を振り、一歩後ろに下がった。

「ずいぶん前から、不安定な情勢下でアジャートとの小競り合いが続いていました。16年前、このルディアスの地で起こったことも、そんな小競り合いの延長でした。」

(ルディアス。)

「あの時、その方には、助けようとしていた騎士がいました。」

細めたエリオスの瞳は、どこか遠くを見ていた。

「けれど、その方自身も命の危険に晒されていたため、彼の行く手を阻んだ者がいたのです。」

(……あ。)

「その者は、白王宮に仕えていた騎士を見捨てたのですよ。その方が、彼を助けようとしていたことを知りながら。」

淡々と紡がれる音。

「その後の戦で、“緋騎士”などと呼ばれるようになった男は、戦前のその行いすら持ち上げて功績とされた。英雄としての活躍の、装飾の1つとして。」

エリオスの語る言葉は、他人ごとのようだ。

尊敬を込めて自然発生したという称号だというのに、彼の語る言葉がその名を重くする。

(言葉が出て来ない。)

思わず胸を押さえたセリナは、エリオスとジオの複雑な心境を思う。

国にとって、『英雄』は正しくヒーローだ。

けれど、エリオスにとっては、素直に誇れる功績ではない。

ジオにとっても、手放しで賞賛できる相手ではない。

(王、ゆえに、寛容。)

自分が助けようとした相手を彼が見捨てたとしても、非難できない。

個としての、己の心情は、王としての判断に差し挟めない。

(ジオ。)

硬い表情を見せた王は、エリオスを認めていないのだろうか。

そうだとしても、“緋騎士”はこの国の英雄なのだ。

セリナには、ジオの気持ちを推し量ることができなかった。

「おわかりいただけましたか? 陛下の前で、“緋騎士”などと口にしない方がいいと。」

「エリオスさん……。」

続く言葉が見つからないままのセリナは、口を閉ざす。

セリナの視線を受け止めることなく、エリオスは頭を下げ、銀色の髪を揺らした。

「このようなところで引き留めてしまい、申し訳ありませんでした。」






エリオスの去った方向を見ながら、難しい顔でイサラは黙り込んでいた。

イサラの視線の先を眺めてから、セリナは隣へと顔を向ける。

「ハクオウキュウって。」

セリナの声に、はっとしたように顔を上げて、イサラが答えた。

「白王宮とは、後宮の、王妃様がいた場所のことです。」

「あぁ、やっぱり。イサラは以前、王妃付きの侍女だったって。」

「ご存じだったのですね。」

「さっきの話、エリオスさんは、私にっていうより、イサラに訊いてたみたいだった。イサラが……英雄を、どう思っているのか知りたかったのかな。」

「亡くなった騎士は、王妃の専属でしたので。私も、よく知っている方でしたし、ジオラルド様とも、幼い頃から交流のある親しい仲でした。」

静かに告げて、イサラは体ごとセリナの方を向く。

「けれど、それは本題ではありません。セリナ様が、特別だと、思ったから。だから、あのような話を持ち出されたのです。」

「……え?」

陛下と親しそうだったことと、侍女が側にいたことで、『特別』だと思わせたのだ。

けれど、なぜ。とイサラの頭に疑問がわく。

「特別? “黒の女神”って意味かな。でも、エリオスさんは、今は私のことを女神ではなく、『セリナ』として見てくれてるはずなのに。」

「……。」

「もしかして、私、その騎士と同じような立場にいる? 剣を向けたくないって、言われたばかりだし。」

「騎士……というより、むしろ。」

「むしろ?」

「いえ、どうなのでしょうか。」

困惑気味に、緩く首振るイサラから、セリナは一度目を逸らす。

どうやら自分の思いつきと、イサラの考えにはズレがあるらしい。

悩ましげなイサラの様子から見て、彼女自身も己の考えをまとめきれていないようで、セリナは別の話題を口に出した。

「あの、言いたくないことなら答えなくても構わないんだけど。」

セリナはイサラの顔色を窺いながら、先を続けた。

「『その後、何が起こったのか』って。」

「……。」

「王妃の侍女が、英雄だと思っているはずがないって感じだったでしょう? 親しかった騎士を、助けられなかったこと以外にも理由があるのかなって。」

イサラは目を伏せる。

何をしているのか、外から騎士たちの歓声が聞こえてきた。

「近衛騎士隊の……王妃の専属騎士。王妃となって以来、側に仕え、信頼していた騎士を失った王妃様の悲しみは、それは深いものでした。どちらかと言えば、仕える主にそのような思いをさせたということを、侍女が恨みに思っているのではと。」

僅かに首を傾げたセリナに、イサラは苦笑を浮かべる。

「その後、王妃様が床に臥せるまで衰弱し、帰らぬ人となったことまで含めて、指して言われたのでしょう。」

「そ、そんなに大事な人だった、ということですか。」

「誤解なさらないでくださいませ、あくまで主従の関係でした。ただ、確かにお2人には、深い繋がり……絆と呼べるものがあったように思います。ですから、騎士を失ったと知った時の王妃様は、まるで糸が切れたようでした。」

「……あの、王妃様って、陛下の母親、ですよね?」

静かに頷き、イサラが肯定を示す。

奥へと続く扉を振り向いて、セリナは表情を曇らせた。


「ルディアスは。ジオにとって、つらい場所ですか?」


「セリナ様?」

「昨日……ダイレナンで、うまく言えないけど、違和感があったので。」

同じように扉を見つめてイサラは、小さく息を吐く。

「ナイトロード様の言っていた出来事が起こったのは、ダイレナンです。」

「……。」

「それだけでなく、6年前の戦のこともありますので。ルディアス、というよりダイレナンは、ジオラルド様にとって、あまり良い思い出のない場所、なのかもしれません。」

抑えたようなイサラの声を聞きながら、セリナはペンダントを握り込んだ。


―――その理由を語るには、今宵は場所が悪いな。


そう告げた時の表情を思い出して、胸がきゅうと締め付けられるような感覚を味わう。

(何か……“女神”を保護した理由と、関係がある? だけど、何が?)

城へ帰って訊いてくれと言われたが、本当にそのことに触れてもいいのだろうかと迷う。

理由は知りたい。けれど、エリオスの言葉の意味や、ジオの過去にむやみに踏み込むべきなのかはわからない。

(何か私にできることがあるなら、力になりたいと、思う。けど。)

「イサラ、私……。」

「セリナ様。」

思い詰めたような顔のセリナへと、イサラが強い口調で呼びかけた。

「この件については、ひとまず私に任せてくださいませんか。」

「え?」

侍女の申し出に、セリナは扉からイサラへと視線を移す。

「戦以降、あの方はずっと『英雄』でした。彼も、王も、もちろん、陛下の側近もそれを受け入れていました。少なくとも、私の知る限り。なのに、セリナ様には、ジオラルド様の前で呼んで欲しくないと。それがセリナ様のため、だと言うくらいですから、何かわけがあると考えるのは自然なことです。」

『白王宮』の名が出て来るのならば、イサラ自身、無関係でもない。

「このような話が出て、セリナ様がいろいろと気にかかるのは道理。」

ですが。と前置きして、イサラは真っ直ぐにセリナを見据えた。

「セリナ様は、今、すべきことがあるはずです。他のことに気を取られている時ではありません。」

もっともな意見に、セリナは目を見張る。

エリオスの話に、戸惑ったのはイサラも同じはずなのに、しっかりとした口調で語る侍女はどこまでも頼もしい。

「ここにいる、当初の目的を果たしてくださいませ。」

「イサラ。」

ぐっと両手に力を込めて、セリナは表情を引き締めた。

大きく息を吐くと、背筋を伸ばす。

「確かに、イサラの言うとおりね。」

セリナは一度だけ後ろを振り返った。

(そう。今はまず、ここへ来た目的を果たすことが先だから。)

「行こう。」

イサラに声をかけて、扉に背を向けるとセリナは足を踏み出した。

一旦イサラに預けるという方法で、気持ちを切り替える。

沸き起こる疑問や感情で、心を乱している場合ではないのだ。

「アエラたちをずいぶん待たせてしまったね。」









西の空に太陽が沈み、茜色に闇の色が迫る頃。

魔法陣を前に、人目を忍ぶように灰色の外套を身に纏う一行の姿があった。

「後をお願いします。」

「どうぞお気をつけて。」

そう言って、イサラが静かに頭を下げた。

誰を連れて行き、誰に留守番を頼むかは、比較的スムーズに決まっていた。

護衛はそのためにリュートが選んだのだから、2人をここで外すわけにはいかない。

侍女を2人とも残していくか、どちらか1人を連れて行くか、選択肢は多くはない。

留守番役には、アリバイ工作をするという任もあるため、イサラがその役を申し出た。

付いて行きたいと言ったアエラの意思も尊重し、イサラを残し3人の同行者が決定したわけである。

出来れば侍女は置いて行けと言われていたが、グリフに告げた後も、メンバー構成を反対されることはなかった。

魔法陣の横には、グリフとアシュレーが立っていた。

秘密裏に進行している計画だけあって、他には誰もいないが、驚く様子もないアシュレーは事情を知っているのだろう。

(誰がどこまで、知っているのかしら。)

ちらりと視線を巡らせれば、アシュレーと目が合った。

お願いしますとの意を込めて小さく会釈をすると、アシュレーは僅かに口元を緩めた。

5人が魔法陣の中に立ち、魔法騎士が呪文を唱え始めた。

セリナは、そっと胸元に下げた青いペンダントを握りしめる。

「お気をつけて。」

もう一度そう告げたイサラに、セリナは頷く。

「行ってきます。」

微笑みを残し、セリナはポセイライナを目指す。

気になることはいくつもあるが、今は目的に突き進むのが第一だ。

目の前へと切り替えた気持ちを抱えて、顔を上げた。





また1つ。

回る歯車が、さらに大きな歯車を回し始める。


XI.扉向こうの雨 へ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ