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アルティミシア・マクバーンの悲哀

「 紙にはこう書いてあったわ。"すべてを忘れて、楽になってもいいでしょう?" 」


アルティミシアはそういうと、長い息を一つ吐いた。


そしてセイレーネを見やる。


セイレーネは、瞳から雫をいくつも零し、その向こうを絶望に染めていた。


「 あの日、私は決めたの。絶対に、あの男に報復をすると 」


アルティミシアは、あの頃の、レイチェルとキースが仲良かった頃の彼のことが好きだった。


兄のようにおもっていた。


だからこそ、キースへの失望と怒りは、凄まじいものだった。


「 そんな...... 」


セイレーネの手は小さく震えている。


頬を青白く染め、アルティミシアのことを気にする余裕もないようだ。


「 もう、日暮れね 」


かちゃりとティーカップをおいたアルティミシアは、窓の外を見ながら呟いた。


「 そろそろお開きにしましょう。門の外に馬車を待たせておくわ 」


アルティミシアは、セイレーネの肩にぽん、と手を置くと、部屋を出ていく。


侍従を下がらせると、ドアにもたれかかり、セイレーネの小さな泣き声を聞いていた。


愛した男の、犯した罪。


純白の少女セイレーネには、少々、重すぎる真実のようだった。


「 本日は、ありがとうございました 」


「 えぇ、またいつでも来てちょうだい 」


セイレーネは目を赤くしながら、気力を失った顔で笑う。


そして侍従たちに深く頭を下げると、馬車に乗り込み、学園寮へと帰っていった。


レイチェルも、生きていたら、彼女のように優しく笑う人になっていただろうか。


考えてもどうにもならないことだと呟いて、アルティミシアは静かに、屋敷のなかへ消えていった。


「 あなたは、愚かなくらい優しい人間だわ 」


キースは焦っていた。


らしくもなく髪を振り乱し、セイレーネのもとへ走る。


学園の書庫で、たまたま友人に聞いてしまった、あの話。


アルティミシアが、セイレーネを家に招いたのだという、あの話。


セイレーネは、なにかされたのだろうか。


泣いてはいないだろうか。


セイレーネの無事だけを案じて寮へ行くと、寮母はセイレーネはまだ帰ってきていないのだと言った。


もう、日もすっかり暮れた寮の前。


マクバーン侯爵家の紋の入った馬車を見て、降りてきた最愛の少女を見て、キースは顔を歪めた。


「 セイレーネ! 」


暗い顔をしたセイレーネは、聞こえてきたキースの声に、瞠目した。


まさか、こんなところで会うなんて。


キースはいつも通りに、セイレーネを抱きしめる。


「 よかった......会いたかったよ、僕の最愛の人 」


しかし、いつものように、セイレーネがそれに応えることはなかった。


彼女は俯いたまま、棒のように固くなり、キースを見ようとしない。


「 セイレーネ?どうしたんだい? 」


キースがセイレーネの顔をのぞき込むと、彼女は顔を青白く染めて、小刻みに震えていた。


そして、キースが自分の顔を見ていることに気づくと、どんと、彼の肩を押す。


「 ひっ...... 」


キースは、怯えたように自分を見るセイレーネに呆然とした。


しかしすぐに、セイレーネがアルティミシアになにかされたのではと邪推し、その手を握ろうとした。


だが、セイレーネは伸ばされた手をまるで汚いものを見るかのように睨みつけたあと、叩き落とした。


「 セイレーネ! 」


キースの声色が暗くなり、聞いたこともないような鋭利な声で、セイレーネを咎める。


彼女はびくりと肩を揺らすと、キッとキースを睨みつけて、叫んだ。


「 もう二度と私の前に現れないで! 」


走り去るセイレーネの頬には、大粒の涙のあとがいくつもあった。


しかし、それでも振り返ることはできなかった。


それほどまでにキースの非道は、悲しくも彼女の心を打ち砕いたのだった。


「 セイレーネ... 」


最愛の恋人に振り払われた手は、行き場もなく宙を掴む。


虚ろな瞳のキース・グリーンは、その手を見つめると、血のにじむほどに握りしめた。


ーーー許さない、アルティミシア・マクバーン


ーーーこうなったのは全て、お前のせいだ


ーーー許さない、許さない、絶対に許さない!!!!!!


アルティミシア・マクバーンの登場から、ぼろぼろと崩れていったキースの世界。


そこには、先ほどまでの紳士的な青年など、もういない。


恋人に捨てられ、世界に拒絶された青年が、大いなる怒りに身を委ね、無機質な瞳で前を見据えているだけだった。


「 死ね!!!アルティミシア・マクバーン!!!!! 」


狂気に溺れた男がアルティミシアに牙を剥いたのは、翌日のことだった。


アルティミシアは、そんなキースの姿に、既視感を覚えた。


あぁ、いまのこの男は、レイチェルを刺したあの男に、よく似ている。


アルティミシアは、歓喜した。


あの飄々とした男がこれほど堕ちるなんて。


アルティミシアは口許に綺麗な弧を描きながら、その刃の餌食となった。


キースは、倒れ込んだアルティミシアに、もう一度刃を刺そうとした。


しかし、彼の悪行に、二度目はなかった。


アルティミシアの体躯に覆いかぶさっていたキースを跳ね除けたのは、昨日書庫で"偶然"会った、学友。


「 寄るな 」


彼の声は聞いたことがないほど冷たく、アルティミシアを抱き抱え、キースをキツく睨みつける。


その腕はまるで慈しむかのように優しく、先日までキースを案じてくれていた青年のものとは、到底思えなかった。


キースが青年の行動に目を見張ったその瞬間、背後から、最愛の人の声が聞こえた。


「 アルティミシア様! 」


珍しく声を荒らげたセイレーネが、アルティミシアの側へ跪く。


そして、彼女が王立学園に入れた所以でもある治癒魔法を惜しげなく行使した。


友人であった男も、愛した女も、誰がキースの横をすり抜け、アルティミシアのもとへ向かう。


彼に残されたのは、血塗れた手と、人々の冷たい視線だけ。


キースはその全てに呆然としながら、警備の者達に引き摺られていった。


「 ゴホ、ゴホッ 」


アルティミシアが目を覚ましたのは、翌日の早朝だった。


怪我自体は刺された直後に治癒されたのだが、その際のショックでか、気を失っていたのだ。


激しく咳き込みながら覚醒した彼女の側には、三つの影があった。


「 アリー! 」


「 アルティミシア... 」


「 アルティミシア様、よかった。目を覚まされたのですね! 」


アルティミシアを助けた青年、バート・クレアトルは、彼女の婚約者だ。


今回の計画に協力してくれた彼は、アルティミシアの幼馴染で、侯爵家の嫡男である。


アルティミシアの手を握っていた少女エリザベス・カタリーニは、公爵家の令嬢である。


この国の第二王子の婚約者でもあり、アルティミシアと最も仲の良い友人だ。


安堵のあまりか泣き出してしまった最後のひとりは、平民の少女セイレーネ。


アルティミシアに治癒魔法を行使してくれた本人である。


「 あの、男は...... 」


ずっと看病をしてくれていたであろう三人への感謝より先に、アルティミシアの口をついたのは、キースのことだった。


「 彼はいま、騎士団に引き取られ牢に入れられている。宰相様の娘である君に危害を加えた男だからね、国の上層部が怒り狂って処分を決めているよ 」


バートは爽やかな声でそう言った。


そこには、三年もの間気の良い友人として接してきたキースへの情など、微塵も見られない。


「 そう...... 」


彼女は起き上がると、エリザベスとセイレーネに感謝の言葉を述べた。


そして後日、男が国外追放に処されるとの報告をきいた。


恋人を、友人を、家族を、名誉を、キースから全てを奪い取ったというのに、アルティミシアの世界は、少しも色を変えなかった。


積年の恨みを果たしたあと、彼女はその優秀さを劣らせることはなかったが、事件の前より快活さをなくしたようだと噂される。


前々からの夢を実現したアルティミシアは、宰相補佐としての仕事につき、騎士団副隊長の職を手にしたのバートのもとへ嫁いだ。


既婚女性の労働は社交界には受け入れられず、アルティミシアは華やかな世界から姿を消した。


そしてその身体にバートの子を孕むと、優秀な文官の青年に仕事を引き継いだ。


数ヶ月後、元気な男児を産んだのを確認したあと、彼女は徐々に衰弱し、そして最後はーーーその人生を、自らの手で、終わらせた。


その最期は、白いベッドに赤い花弁を垂らして亡くなったレイチェルのものと、よく似ていた。


そして、やはり彼女の枕元にも、一枚の小さな紙切れが置いてあった。


「 さようなら、バート。エリザベス、セイレーネ。愛しい息子。父上、母上。......そして、キース。初恋の人 」


"すべてを忘れて、楽になってもいいでしょう?"




ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。

稚拙な文だったかと思いますが、少しでも、お楽しみいただけたでしょうか。

ここで、本編ではお話できなかったセイレーネ、バート、エリザベスの詳しいその後、そしてセイレーネが主人公である小説「かなしの歌姫」のあらすじをおおまかではありますが紹介したいと思います。

まず、セイレーネは本編終了後、王宮付き治癒師として名を馳せました。

この世界において、治癒の力とは非常に価値のあるものです。

誰とも添い遂げることもありませんでしたが、才能ある弟子を育て、長生きの末に弟子達に囲まれて亡くなりました。

それなりに愛のある人生だったかと思われます。

次に、バート。

バートはもともとアルティミシアの幼馴染で、計画の優秀な協力者です。

彼は強くアルティミシアを崇拝しており、計画に携わる代わりに、彼女自身を手に入れました。

そして、アルティミシア亡き後も騎士団の副団長として君臨し続けました。

最後はアルティミシアの亡くなったベッドで、息子一家と団長であった元第二王子とエリザベスに看取られました。

最後に、エリザベス。

彼女は、本編に登場した、アルティミシア周辺の人間のなかでは一番長生きをしました。

騎士団団長となった夫第二王子を支え、公爵夫人としての威光を放ち、老いても社交界で華々しく輝き続けました。

キースのその後については、読んで下さった皆さんへお任せします。

貴族でなくなった生活に耐えられず、自殺したかもしれない。

何処か遠くで幸せに生きたのかもしれない。

山賊に拾われたのかもしれない。

災害に巻き込まれたのかもしれない。

彼だけは、生かすも殺すも、皆さん次第です。


ここからは、「 かなしの歌姫 」あらすじになります。


平民の少女セイレーネは、ある日街にやってきた魔術師に、治癒魔法の才能を見出される。

治癒魔法の才というは非常に貴重なもので、彼女は特待生として、王立学園へ入学することを許された。

そして、そこで出会ったのが、夜の貴公子キース・グリーン。

彼の逢瀬を目撃してしまった彼女は、キースに目をつけられることとなる。

強引に構ってくるキースに困惑しながらも、彼に惹かれていくセイレーネ。

しかしキースには婚約者、リナリア・レファレンスがいた。

何事に関しても能力が平均的なセイレーネは、貴族の彼女には勝ち目がないのだと知る。

そんな矢先、セイレーネに不思議な力が発見された。

「 かなしの歌姫......? 」

この世界の者ならば、誰もが知っている言い伝え。

歌を聞かせるだけでどんな怪我も病気も瞬く間に治してしまったという、遠い昔に存在した少女の話。

セイレーネは、その生まれ変わりなのだという。

"ただの平民"ではなくなった彼女を迎えに来たのが、キース・グリーン。

リナリアとの婚約を解消しセイレーネを新たに婚約者として据えた彼を、彼女は涙ながらに受け入れた。


ありがとうございました。

"すべてを忘れて、楽になってもいいでしょう?"の更新は、ここで終了となります。

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