第五部第三話:不吉なる再会と、迫る暗雲
第五部第三話:不吉なる再会と、迫る暗雲
砦の最奥に位置する湿った石造りの取調室。
薄暗い燭台の火がゆらゆらと揺れる中、黒衣の傭兵――グレイランスは、両手首に重厚な鉄の手枷をはめられたまま、木製の椅子に深々と身を預けていた。
目の前で眉をひそめる頑固そうな衛兵隊長に対し、グレイランスが辟易とした溜息を吐いたその時、鉄の重い扉がギイィと不気味な音を立てて開いた。
踏み込んできたのは、煌びやかな白銀の甲冑を纏った凛々しい聖騎士と、その斜め後ろに付き従う一人の女性聖戦士であった。
「よう! ジェイク! この頭の硬いわからず屋どもをなんとかしてくれよ!」
グレイランスはへらへらと軽い笑みを浮かべ、手枷の嵌った両手をすくい上げるように振ってみせた。
「……ハァ。やっぱり貴様だったか、グレイランス」
聖騎士ジェイクは、頭痛をこらえるように額を押さえ、心底呆れ果てた溜息を漏らした。
彫刻のように整ったその顔立ちには、長年の軍務による凄みと疲労の色が刻まれている。
「隊長……このお方は?」
ジェイクを補佐する聖戦士マリオンが、訝しげな表情で尋ねた。
目元を兜の影に隠した彼女は、細身ながらも研ぎ澄まされた素早い手練れの気配を漂わせている。
「……この国の『疫病神』さ。――おい、そこの者、この男の拘束を今すぐ解いてやれ。……口は悪いが、こいつがただの村人を無差別に殺害して聖女様を襲うような真似をするはずがない」
ジェイクの命を受けた衛兵が慌てて鍵を差し込み、ガチリと重苦しい音とともにグレイランスの手枷が外された。
「そうらみろ! 感謝するぜ、ジェイク。久しぶりだな! お互いにあの頃は無鉄砲な駆け出しだったもんなぁ、懐かしいぜ!」
グレイランスは手首の擦り傷をさすりながら立ち上がり、親しげにジェイクの肩を叩こうとした。
「ふん、気やすく触るな。……生いにく、貴様と昔話に花を咲かせているほど暇ではないのだ。この先の村々でも、人狼が出現したという不穏な報せで持ちきりだからな」
「ほう、人狼騒ぎか……? だったら俺が手を貸してやるぜ! まあ……ただでって訳にはいかねぇがな!」
グレイランスがニヤリと不敵な口元を歪め、金貨を要求するように親指を立てた。しかし、ジェイクは冷酷にその手を追い払った。
「貴様の手など借りん! 事件の真相が明らかになるまで、牢にお通ししろ。……一応、命の恩人らしいからな、丁重にな」
「おいおい! そりゃねぇだろ、ジェイク!」
「貴様という男がフラリと現れたということは、何らかの悪事や災厄が蠢いている前兆に違いないのだ。おとなしくしていろ」
ジェイクの威厳に満ちた命令に、グレイランスは「やれやれ」と肩をすくめ、抗うことなく大人しく兵士たちの先導に従った。
(まあいいさ……すぐに『あの仲間』が俺を助けに来てくれるはずだ)
グレイランスは何の心配もないといった余裕の足取りで、仄暗い地下牢へと歩を進めていった。
「ここだ! おとなしく入ってろ!」
がしゃんと重い鉄格子が閉められ、兵士たちが立ち去っていく。
「へいへーい、お世話になりまーす……っと」
手持ち無沙汰に牢の中へ足を踏み入れたグレイランスは、薄暗い部屋の奥に鎮座する『影』に気づき、思わず目を見開いた。
「……なんてこった。外から颯爽と助けに来てもらうはずだったんだが……先に中に入ってちゃ世話ねぇぜ!」
グレイランスが呆れた声をかけた相手――それは、白髪混じりの髭を蓄え、巨木のごとき肉体を誇る半冥王族の老僧侶、ブルドであった。
「おう! 遅かったではないか、グレイランス!」
ブルドは薄汚れた藁の上にドカリと胡座をかき、極太の錫杖を傍らに置いたまま、ゆっくりと目をあけた。
その鋭い眼光は老いてなお衰えず、溢れるような密やかな気迫を孕んでいる。
「……快適とは言えん場所だが、まあゆっくりしていけ」
「ハァ……やれやれ、アテが外れたぜ」
グレイランスは深く溜息をつくと、申し訳程度に敷かれた硬い藁の上にゴロンと身を投げ出し、腕を枕にして天井を見上げた。
かつて数々の死線をともに潜り抜けてきた老僧と傭兵、ふたりの間には、言葉を交わさずとも通じ合う奇妙な信頼の静寂が流れていた。
それから、どれほどの時間が流れただろうか。
地下牢の静寂を破るように、地上階の砦全体から慌ただしいドタバタとしたブーツの音と、怒号、そして騎士たちの鋭い笛の音が響き始めた。
「……ん?」
寝転がっていたグレイランスが、鋭い野性の勘で飛び起きた。
同時に、瞑想していたブルドもゆっくりと胡座を解き、傍らの錫杖を力強く握りしめた。
――ゾクッ……!!
背筋を凍らせるような、濃厚で禍々しい「魔王力」の波動。
湿った地下牢の冷気が一瞬にしてさらに冷え込み、凄惨な殺意と熱狂の気配が、砦の上層からなだれ込むように漂ってきたのだ。
「……来たようだな、グレイランス」
「ああ……ジェイクの奴、意地を張らずに俺の剣を返しておけばよかったものを……ッ!」
ただならぬ襲来の気配に、ふたりは険しい表情で牢の鉄格子越しに、騒がしくなる上の階を見つめるのであった。




