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第五部第十三話:竜神殿の対立と、四王族の沈黙

第五部第十三話:竜神殿の対立と、四王族の沈黙


険しい山道を抜け、一行が辿り着いたのは、古の巨竜たちが庇護すると伝えられる強固な要塞都市――ラブルの街であった。

重厚な石造りの街並みを抜け、グレイランスは聖女ソフィアと精霊使いルイザを従え、街の中央にそびえ立つ『竜神殿』へと足を向けた。

巨大な竜の頭部を模した重厚な正門の前には、龍鱗の甲冑を纏った強面(こわもて)の衛兵たちが薙刀を交差させ、一行を冷たく威嚇するように立ちはだかる。

「……引き返されよ。神聖なる竜神殿は、流民や異邦人の無分別の立ち入りを固く禁じておる」

取り付く島もない門前払いの態度に、グレイランスが眉をひそめたその時――ルイザが前に進み出た。

「いいからッ! 『ルイザ』が会いに来たって、あの竜巫女に伝えてきなッ!」

ルイザが腰に手を当て、凛とした一閃のような大声でピシャリと言い放つ。

衛兵たちは一瞬呆気にとられたが、その名を聞いた途端に顔色を一変させ、慌てた様子で奥の回廊へと脱兎のごとく走り去っていった。

間もなく戻ってきた衛兵の態度は一転し、極めて恭しく丁寧なものとなっていた。

厳かな朱塗りの廊下を案内され、一行は神殿の最深部にある『龍神の間』へと導かれた。

部屋の中央には薄い絹の御簾(みす)が垂れ下がり、その向こう側に、優美なシルエットを描く女性の影――竜巫女ライザの姿がゆらりと浮かび上がっていた。

「……よくぞ参られた。旅の疲れを癒やし、ゆっくりとおくつろぎください。先ほどお申し出のありました件、誠心誠意対応させていただきます」

御簾の奥から響くライザの声は、水面のごとく静かで波風一つ立たない淡々としたものであった。

大神殿からせしめてきた潤沢な財宝の過半数を寄進することと引き換えに、避難してきた大勢の難民をこの城塞都市ラブルで完全に保護し、生活を保障するという契約。

「竜巫女様の手厚いご配慮、心より感謝申し上げます……」

ソフィアは純白の裾を整え、安堵の息とともに白磁の床へ深く跪いて礼を述べた。

「まった! そんな生ぬるい約束だけじゃアタシは不服だねッ! ライザ! 避難民の保護だけじゃなく、守護竜ブレイズの直接の協力も仰ごうじゃないかッ!」

沈黙を破り、ルイザが立ち上がって御簾を指差し、身を乗り出して叫んだ。

「――ルイザ姉様ッ! 異邦のお客様の前です、どうか場をわきまえていただきますようお願いいたします」

御簾が静かに跳ね上がり、現れたのは威厳に満ちた装束に身を包んだ美しい竜巫女――ライザであった。

彼女の瞳には、かつて自分を置いて旅立った実の姉・ルイザに対する、複雑な感情の色彩が揺らめいていた。

ソフィアとグレイランスは、「姉様」という意外な呼び名に一瞬目を見開いて驚いた。


「……よろしいでしょう。では、守護竜ブレイズ様に直接お問い立てしてみることにいたします」

ライザは目を閉じ、胸の前で印を結ぶと、低く掠れた声で古の呪文を唱え始めた。

神殿内の空気が急激に重くなり、肌を刺すような高圧的な霊気が室内に満ちていく。

――『……人間どもよ』

突如、ライザの可憐な唇から放たれたのは、地響きのように重く、聞く者の脳の芯まで揺さぶる太く恐ろしい異形の声であった。

『此度の魔王族の侵略に対し、我ら竜王族が直接牙を剥き、介入することは断じてない。……これは、世界の刻限において定められた絶対の理(ことわり)なのだ。人間どもよ、己が自らの力で運命を切り拓き、定めるがよい』

神話の時代より生き続ける伝説の存在――守護竜ブレイズの意志が、ライザの肉体を介して直接降臨したのだ。

「ふざけんんじゃないよッ! 竜神だかなんだか知らないがね、こんな絶体絶命の時くらい役に立ちなさいよッ!!」

怒り狂ったルイザが御簾を破らん勢いで踏み出そうとしたが、隣にいたグレイランスが素早くその華奢な首筋と肩をガッシリと掴み込み、半ば力づくで床へ跪かせた。

「おいおい、ルイザ。滅多なこと言うな、焼き殺されたいのかよ」

『……ただし、この都市ラブルの結界内に留まる限り、お前たちの安全は我が名において保障しよう』

重厚な圧迫感が急速に引き引き、ライザの身からブレイズの神威が消え去った。ライザは肩を上下させ、荒い息をつきながら元の竜巫女の顔へと戻った。

「……守護天使ディーリ様も、天王族は一切介入しないとおっしゃっていました。……竜王族様まで……何か、世界の裏で私どもの知らない特別な深い訳でもあるのでしょうか……?」

ソフィアが不安そうに胸元を固く抱きしめ、縋るような眼差しで尋ねた。

「……私とて、竜王族が介入を拒む真の理由までは知らされておりません。……ですが、おそらく世界の均衡を保つため、海王族も、そして冥王族すらも、今回の人間の存亡に関わる戦いには介入しないことでしょう」

ライザは静かに首を横に振った。神々の助力を得られぬという、残酷な事実の提示。

「……まあ、期待外れではあったが……難民どもを確実に守ってくれるってんなら、その助力には感謝しようかね」

グレイランスは頭の後ろで手を組み、不満と諦揚の入り混じった苦笑いを浮かべながら、強引に納得してみせた。

神に頼れぬのであれば、自らの剣と人間の知恵だけで戦い抜くまでだ。


神殿を後にする道中も、ルイザは「あの分からず屋の妹め!」「竜神の気取り屋が!」とプンプンと怒りを収められずにいたが、グレイランスはおどけながら彼女の機嫌を適当になだめ続けた。

何はともあれ、避難民たちの安全な居場所は確保されたのだ。

ラブルの街の賑やかな宿場町へ戻った一行は、教団からせしめた潤沢な資金を使ってそれぞれに清潔な個室を取り、過酷な旅路が始まって以来、初めてとなる十分な休息の時間を手に入れることとなった。

ふかふかの羊毛のベッドに横たわり、天井を見つめるソフィア。

旅の汚れを削ぎ落とし、静かに長剣を手入れするグレイランス。

窓辺で夜風に吹かれながら、神殿の妹に思いを馳せて竪琴を爪弾くルイザ。

苛烈を極める魔王族との戦いの嵐を前に訪れた、束の間の、あまりにも静かな休息の夜であった。

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