第五話 憎しみの音
第五話 憎しみの音
朝倉 悠真
あの世とこの世を繋ぐ、地図に載っていない村。
昔は現世に存在していたとされるその村は、ある日村そのものが消えた。一時期テレビやインターネットで話題になっていた。
曰く、村人の一人が発狂し、住民を皆殺しにしたとか。そんな話があるのなら、ナニカが発生したとしても何も不自然ではなくて——。
「ここで少し休むか。屋根があるだけ一息つける」
俺たちはひとつの廃屋の中で、腰を下ろしていた。
かなりの距離を歩いてきたはずだ。本来なら疲労でまともに動けなくなっていてもおかしくない。だが俺たちは今、霊体のようなものだからか、身体の疲労はそこまで感じない。
でも、精神的には疲れている。
ここで過ごしたところで、きっと朝は来ない。
ここに時間はない。俺たちは怪異たちの『その時』に触れているだけ。
「悠真お兄ちゃんは、どうしてここに来たか分かる?」
「俺は——……」
自殺したら、気付いたらここにいた。
でもそんなこと、幼い結衣には言えないよな。言い淀んでいると、結衣が察してか口を開く。
「私はね、ちょっとずつ記憶が戻ってきたよ。私はきっと、病院にいてなかなか治らない病気だったの。お父さんとお母さんが泣いてて……」
膝を抱える結衣の手に力がこもる。
話を聞いている限り、先天性の病気だったのだろうか。ずっと病院での生活を余儀なくされていた結衣は、何を思って暮らしていたのだろう。
「健康な子が羨ましい。生きたかった。ねえ、悠真お兄ちゃん。私たちは……もう死んでいるの?」
「それは……」
まだ死んでいないんじゃないか、とは思う。
『じゃがどうかの、生きて帰れるかは運次第といったところか。あまり望めんくらいには、命の灯火が僅かじゃ』
あの大狐は、そう言っていた。
つまりまだ生きてはいるけど、死にかけてるってことだろ? 俺たちにはどうすればいいのかなんて、分からない。鈴が導いてくれる先に、答えがあるのだろうか。
「俺にも分からない、けど。きっと助かる方法があるかもしれない。諦めないで進んでみよう」
「そっか……そうだよね。頑張ってみる」
励ましてはみたものの、何から始めればいいのか。まずはこの村を調べてみればいいんだろうか。
鈴の音はこの村で途絶えた。
ふと、散らばったゴミの中に一冊の本を見つけた。
気になって手に取ってみると、この本だけ周りの荒廃具合に比べて妙に新しく感じる。
〇月×日
今日は村によそ者が来た。
旅をしているとか言っていたが、服がボロボロで浮浪者みたいなやつだ。この村の奴らはよそ者を嫌うから、皆腫れ物みたいに扱っている。
そもそも受け入れを拒否すりゃいいものを。
住んでいた人の日記かな?
日記を勝手に読むのは気が引ける。でもこのページ以外は白紙だ。日記というかメモ感覚で書いたものなんだろうか?
「これだけか……他の家も調べた方が良さそうだ」
「何かあるかもしれないもんね」
村の中は変わらず気配はない。
俺たちが立てる音以外は何も聞こえない。虫の音も、木々のさざなみさえも。人は全くの無音に晒されると気が狂うというが、これは確かに不安を掻き立てられる。
その不安を振り払うように、隣の廃屋に向かった。
順番に家を回っていくつもりだ。
「うわ、この家変な臭いがするね……」
「飯時に何かあったのかもしれないな。かなり年月が経っていそうだけど」
卓袱台の上には汚れた食器が二人分、並んでいた。
茶碗の中には、かつて食べ物だったであろう黒ずんだ塊が張り付き、縁には白いカビが幾重にもこびりついている。なのに食器は、準備された時そのままのように綺麗に並べられており、その光景に不気味さを感じた。
「悠真お兄ちゃん、あれさっきの家にあった本じゃない?」
結衣の指差す先。卓袱台のそばに先程の廃屋でも見つけた本が置かれていた。本を開くと初めのページには、さっきの日記と同じ内容が書かれている。誰がここに置いたんだ?
ぺらりと次のページを捲ると、新たな日記が書かれている。
〇月×日
隣の家の一人娘が旅人に握り飯を出してやっていた。
よそ者を嫌うこんな村にも、優しい奴がいるもんだ。
引き換えに、旅人が木箱を娘に渡している。
変なもんじゃなければいいんだが……。
「この日記に何かあるのかな……?」
「分からない。……次の家に行こう」
次の廃屋へ向かうと、置いてきたはずの本がやっぱりそこに置いてあった。
〇月×日
昨日の娘が死んだ。突然死だ。
母親はショックのせいか、寝込んでしまって動けないらしい。父親が取り仕切っているところを手伝いに行ったが……ありゃひでぇ。
娘の顔は、恐怖に引きつったように醜く歪んでいた。
〇月×日
今度は他の家の子供が死んだ。
同じ死に方だった。死体を調べても、この村に医者なんていない。死因は全くわからなかった。
流行病でも始まったのか……?
〇月×日
初めに死んだ娘の母親と、また一人子供が死んだ。
母親の死に方は、悲惨そのものだ。
腹が裂けるように痛いと叫び続け、血を吐いた。
今日の朝には冷たくなっちまっていた。
父親は呆然としている。
なんと声をかけていいか……。
一軒回るごとに、増えていく日記。
状況からして女、子供に対してだけ作用するナニカがあったのか。もしそれがまだ残っているなら結衣が危ないかもしれないな。
「木箱……」
また新しい廃屋に入った時、日記のそばに小さな木箱が転がっていた。あれが、娘が旅人に貰ったというやつだろうか。ということは、ここが初めの被害者の家だった——。
結衣がその木箱に手を触れようとした時。
目の前が歪んで、視界はモノクロの世界へ。
結衣が、血を吐いて倒れ絶命していた。腹を抱えて助けてと懇願されても、俺にもどうしていいか分からずそのまま死んでしまったのだ。
気付くと俺は、結衣の腕を掴んでいた。
「それに絶対に触るな」
——今のは、幻か?
掴んだ腕は温かくて、まだきちんと生きていることが分かる。さっきの光景は、何だったんだろうか。俺はこの木箱が怪しい。そう思ったから、結衣を木箱から引き離した。
俺は日記を拾って、木箱から距離を取るように廃屋の外に出る。日記にはやはり、新たな文章が追加されていた。
〇月×日
また村の女子供が死んだ。
これは「呪い」だと村人が騒ぎ始めた。
犯人探しが始まり手がかりを探して、被害者の家の中を村人たちが調べて回る。
あの木箱があった。
村人の一人の男がその木箱を開けると、中身を見て叫び声と共に落としてしまった。バラバラと散らばったもの。
それは、人間の子供の指だった。
指が、ぎっしり詰まっていやがった。
やっぱり、これが原因か……!
一緒に日記を読んだ結衣が、サッと青ざめる。
触っていたらどうなっていたのだろうか。
いや、俺は『視た』。あれはきっと、結衣がこの箱に触れていたら辿っていた未来だ。
早めにここを離れた方がよさそうだ。
俺は鈴を鳴らす。鈴はただ、その場で鳴った。
道を示しては、くれない。
「悠真お兄ちゃん、日記が!」
勝手に日記が開きページがめくれて、まだ次の廃屋に行っていないのに内容が追加された。
〇月×日
この木箱を渡したのはあの旅人だ、と伝えると村人たちは鎌やクワなどの農業道具を武器代わりに、旅人を捕らえに行った。
旅人は森の中で見つかった。
男たちは旅人を囲み、暴行した。
旅人は身体中を真っ赤に染めて、息絶えた。
呪いは、おさまるのだろうか?
〇月×日
また村の女子供が死んだ。
呪いはまだ、続いているのか。
〇月×日
女子供はみんな倒れた。ほとんど死んじまった。
俺の母ちゃんもだ。村人は男だけになっていく。
気が狂う。狂いそうだ。
今この村には誰もいない。相変わらず、物音ひとつしないのだが不穏な風が吹いた。
「ううっ……!」
「結衣!?」
「女の人や、小さい子の……死体が、たくさん」
結衣が指さした先には何も無かった。
さっきの俺のように、結衣も幻を視たのか? 思わず日記を落とし、ガタガタと震える結衣の両肩を掴む。
「しっかりしろ!」
声をかけたが、結衣はまだ一点を見つめて怯えていた。
目を覚ましてくれ。なにか無いかと周りを見渡して、俺はその廃村で一番大きな廃屋へと結衣を連れて走った。どうしてそこに向かったのかは、自分でも分からない。
中に入って、扉を閉めて鍵をかけた。
廃屋の中は思ったよりも綺麗で、囲炉裏があった。その傍らの座布団に——さっき落としたはずの日記が鎮座していた。
〇月×日
母ちゃんも死んだ。女子供はみんな死んだ。
おれはひとりだ。
ひとりしかいないはずなのに、部屋ん中に気配がする。
母ちゃんが……見てくれてんのかな。
〇月×日
気配は気のせいなんかじゃなかった。
部屋に、黒い影がいる。
その影はブツブツとこう言ってやがった。
殺した。殺した。殺した。なぜ殺した。お前たちを殺す。殺す。一人残らず殺す。許さない。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
〇月×日
かあちゃんやおんなこどもを殺したのはおれだ。
おれがころしたんだ。
ひひ、ひ、たのしい。
〇月×日
なんで俺は血にまみれた鎌と寝ているんだ。
外から騒ぎ声がする。残った村人の男のひとり、あの旅人にトドメを刺したやつが滅多刺しにされて死んだらしい。
一体誰がそんなことを。
ゾッと背筋に寒気が走る。
これ以上、読み進めない方がいい。そう思うのにページをめくってしまう手が止まらない。結衣は気を失って、ぐったりとしていた。
コツン、コンコン。
扉を叩く音がする。
〇月×日
黒い影に、おれのからだがくわれた。
おれのからだが、村人たちを殺してまわる。
コンコン。
また一ページ、追加された。
廃屋には竹でできた槍が置いてあった。
俺はその槍を構える。
そして——叩かれている朽ちた木の扉を、力任せに貫いた。




