#08 フラウィアの日記③
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旅に出てから、どれくらい経ったのでしょう。
朝と夜を何度も繰り返しているうちに、最近は日付の感覚が少し曖昧になってきました。
魔物の姿を見ることはほとんどありません。
ですが、その気配を感じることはだんだんと増えてきたように思います。
遠くから聞こえる鳴き声。
木々の奥で何かが動く音。
鼻を刺すような匂い。
それでもアルノさんは、魔物をうまく避けながら、迷いなく道を選んで進んでいきます。
道、と言ってよいのでしょうか?
今日などは、ほとんど崖でしたが。
木の根にしがみつきながら斜面を横切り、途中からは、アルノさんに腰を縄で固定され、そのまま引っ張り上げられました。
「落ちないでください」
と言われましたが、落ちたくて落ちる人はいないと思います。
あと、虫がすごかったです。
本当にすごかったです。
できれば二度と思い出したくありません。
アルノさんは平然としていましたが。
どうして平気なのでしょう。
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今日の野営中に、アルノさんが言いました。
「もうじき、今回の旅における難所の一つがやってきます」と。
私は耳を疑いました。
思わず、「難所ではない場所なんてありましたか……?」と返してしまいました。
アルノさんは、少しだけ笑って「そうかもしれませんね」と言いました。
その言い方がなんだかおかしくて、私も少し笑ってしまいました。
旅に出たばかりの頃は、アルノさんと何を話せばいいのか分かりませんでした。
だいぶ打ち解けることができたように思いますし、最近は、沈黙も前ほど怖くありません。
相変わらず、アルノさんが何を考えているのか分からない時は多いのですが。
そんなアルノさんが「難所」と言うのです。
私は、なんだか少し怖くなってしまいました。
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今日の日記は、とある大木の陰にある、穴の中で書いています。
アルノさんは穴の外に立って、何か険しい顔で辺りを見回しています。
今日、アルノさんが言う「難所」について、また少し教わりました。
まず「ここから先は、魔物を避け続けるのが難しくなる」のだそうです。
ここまで、魔物に見つからないよう移動してきましたが、この先はそれだけでは進めないのだと。
「なので、今後は魔物の方から僕たちを避けてもらいます」
そうアルノさんは言っていました。
意味がわかりません。
いったいこれから、何をするつもりなのでしょう。
これまでにもアルノさんは信じられないことをたくさんしてきました。
泥の中を這って川沿いを進んだり。
谷底を渡ったり。
崖を登ったり。
いったい今度はなんなんで
(──強い筆圧で「虫!!」と殴り書きされている)
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し、死んでしまうかと思いました……。
とっても疲れました……。
もう今日は無理です……。
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昨日のことを、うまく書ける自信がありません。
けれど記録として残します。
全てが終わった時。
森の奥に、それは倒れていました。
はじめは岩山か何かだと思いましたが、近付いてようやく、それが生き物だったのだと分かりました。
巨大な四肢。
折れた樹木のような角。
分厚い黒い皮膚。
半ば開いた口の奥には、人間など丸ごと噛み砕けそうな牙が並んでいました。
周囲の木々は何本も倒れ、地面は抉れ、まるで十年に一度の嵐が通った後のようでした。
あれほど巨大なものが、どうして倒れているのか。
それは、アルノさんが一人で、これを討伐したからです。
昨日、アルノさんは朝から姿を消していました。
身を隠しておける場所で待機するよう指示された私は、遠くから、木々が倒れる音や地鳴りのような振動だけを聞いていました。
時折、大型の魔物の雄叫びが響いて、そのたびに心臓が止まりそうになりました。
私のすぐそばに、よくわからない破片が飛んできたり、大木も大地も、ぐらぐらと揺れていました。
アルノさんは、前もって仕掛けた罠や、地形や、火薬や、私にはよくわからない道具の数々を使っていました。
最後には、自ら剣を抜いて。
戻ってきたアルノさんは、全身傷だらけでした。
服はぼろぼろで、腕から血が流れていました。
それでもアルノさんは、少し休むと再び立ち上がりました。
「この個体は、この付近で最も強い魔物です」
そう言って、巨大な亡骸へ近付きます。
えっ? それに勝ったアルノさんは?
すごく気になりましたが、まだ話が続きそうだったので、口には出しません。
アルノさんは巨大な腹部を裂き、中から奇妙な球体を取り出しました。
手のひらに収まるくらいの大きさの、黒とも赤ともつかない色をした、濁った光の玉。
とんでもない、匂いでした。
甘いような。
にごった血のような。
不思議な花のような。
ですが、何に例えてもしっくりこない。
この世の理から少し外れてしまったような、妙な香りでした。
正直、かなり、嫌でした。
それからアルノさんは、目の粗い、編み込みの袋の中へその玉と角を回収し、私へ渡しました。
「これを身につけてください。付近の魔物が、この個体の縄張りだと誤認します」
……分かっています。
必要なことなのだと。
私をミレイア山へ送り届けるために、アルノさんは少なくない怪我をしています。
だから私は、できることをやるだけです。
できないことも、できるようになりましょう。
せめて、匂いの少ない角だけなら良かったのですが。
くさいなあ……。




