#07 フラウィアの日記②
大聖堂を出て十二日。
山を越えて、谷を抜けて、川沿いを歩き、また、森へ。
旅は静かに進んでいます。
いったいどうやっているのかわかりませんが、アルノさんは魔物をうまく避けて私を案内してくれているようでした。
けれど、ここが魔物の勢力圏なのだということだけは、毎日、嫌というほど分かります。
焼け落ちた家。
放棄された畑。
崩れた見張り台。
人の暮らしがそのまま止まってしまったような光景を、いくつも見ました。
私は聖女として、お祈りをするべきだと思いました。
けれど、そんな場所があまりに多すぎて。
そのたびに足を止めていては先に進めません。
一方で、旅の途中には驚くほど美しい景色もありました。
山の尾根から見えた朝焼け。
風に揺れる草原。
夜空いっぱいに広がる星。
大聖堂の窓から見上げる星とは、まるで違いました。
でも。
遠くに見えるミレイア山は、ちっとも近づいている気がしません。
歩いても。
歩いても。
朝から晩まで進み続けても、まだ遠くにある。
旅に出て分かったことがあります。
私は過酷な旅というものを、よく知りませんでした。
だから、ミレイア山を目指すことができたのだと思います。
もし最初から知っていたら。
ミレイア山へ向かうと決める前に、この現実を理解していたら。
私は同じ決断ができたでしょうか?
夜は満足に眠れません。
地面は硬く、寒さに震えることはしょっちゅう。
足はずっと痛いままですし、一日に進める距離にも限界があります。
当初のアルノさんの想定よりも、私の歩みは遅いのではないかとさえ思います。
アルノさんは気にする必要はないと言ってくれますが、本音を言えば、情けない気持ちになってしまいます。
現実を知ったことで、目指しているものと自分との距離が、はっきり見えるようになってしまいました。
なんて過酷な旅なのでしょう。
今日の野営で、そう思ったことをアルノさんに話そうとしましたが、うまく言葉が出てきませんでした。
旅というのは、もっと、こう。
思っていたより、ずっと大変なんですね、と。
そう言おうとした私のことを、アルノさんは汲み取ってくれました。
「やめたくなりましたか?」と。
私はすぐに、そんなわけありませんと答えました。
……まあ、どちらにせよ。
ここまで来てしまった以上、引き返すことなどできないのですが。
けれど、本当に不思議と。
この旅をやめたいとは思わなかったのです。
ちょうどこの時、どこかで、魔物の遠吠えが聞こえた気がしました。
怖いと思いますし、すごく不安です。
それでも私は、もっと先へ進むべきだと思ったのです。
私はアルノさんに尋ねました。
想像していたことと、現実との距離を知ってしまった経験はありますか?と。
なんの脈絡もない質問だったかもしれません。
けれど、アルノさんは少しだけ黙ってから、「ええ」と短く答えてくれました。
それだけでした。
「アルノさんは、そんなとき、どうなさったのですか?」
私はつい、重ねて尋ねました。
すると、アルノさんは言いました。
「やめたくなかったので、ただ続けました」
ああ。
それでいいんですよね。
きっとアルノさんは、私よりも多くの景色を見てきたはず。
それでも、続けてきた方なのでしょう。
私は、私と旅をしてくれるのが、アルノさんで良かったと思いました。
私もこの旅を続けます、やめたくないので。




