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聖女は山へ向かう  作者: 仕様です。


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12/15

#12 フラウィアの日記 ④


◾️



家名をもたぬ私たちは、万民のために為すべきことを為しましょう。

あまねく人々のために、私ができることを。


ずっと、ずっと、そう思ってきました。


けれど最近、少しだけ寂しい気持ちになることがあります。

私がいなくなった後の世界。

そこに何が残るのか。誰が、どんなふうに生きていくのか。

降臨の儀を行い、聖女としてのこの身へ神を降ろす。

神の威光を魔物が畏れ、遠ざかる。

きっと多くの方を助けられるはず。

けれど私は、その世界の景色を何も想像できないままでいる。


アルノさんは、私を「聖女」とは呼びません。

いつも、ただのフラウィアとして接してくださいます。

この間など、私がアルノさんの仕事を労ったら、「あなたも、聖女でいるのも大変でしょう」とおっしゃっていました。

まるでお仕事の愚痴を明かしあうように!

私はそれがおかしくって、笑ってしまいました。


でも、だからでしょうか。

この旅の終わりに待っているものが、どこか現実味のないもののように感じてしまうのは。


聖女としての私は、ずっとあの山へ向かい続けている。

そこに、フラウィアとしての私はどう向き合っているのでしょう。


私は、降臨の儀が果たされた後の世界を、何も想像できないままでいます。




◾️




今日、というより、前々から思っていたことですが、アルノさんはとにかく合理を大切にする方ですね。

目的を達成するために支障をきたさないのであれば、自分の傷の手当ては後回し。

食事も睡眠も、最低限。

休息は大事、とはご自身もよくおっしゃいます。

ただ、必要な分を超えたら「無駄」だと思っているフシがあります。


私を気遣う時でさえ、「翌日に疲れが残ります」 「ここで無理をすると進行速度が落ちます」と、全部、任務に必要なこととして説明されます。

それは、間違ってはいないのですが。

もっとこう、何も考えず、ただ「大丈夫ですか」と言ってもよいのではないでしょうか。


でも、まあいいでしょう。

アルノさんがそうありたいと望むのであれば、仕方ありません。

私は私で、好きにやらせてもらいますけどね。


本日の野営で、温かい飲み物を作ってみました。

大聖堂でも、働く方々へお茶を淹れることはよくありましたから、慣れたものです。


地図を広げ、翌日の道すじを確認するアルノさんの傍らへ、そっと置きました。

受け取る前、アルノさんは一瞬だけ中身を確認していました。

あれは何を見ていたのでしょう。

毒でも入っていないか、という確認ではないと思います。さすがに。

熱すぎないか、とか。そういうことを考えていたのでしょうか。


それから、「ありがとうございます」と言って、飲んでくださいました。


ええ、そうでしょうとも。

アルノさんはきっとこう考えたのでしょう。

「善意を跳ね除けられたら、この人は傷つく。それはこの任務を果たす上で支障をきたす」と。

ただ温かいお茶を飲むだけ。それだけで私の気持ちは満たされる。

…そんなことまで計算していたかもしれませんね。


でも、それでいいのです。

理由はどうあれ、受け取っていただけましたから。


それにしても、あの顔!

アルノさん、いつも私に代わって色々なことを考えてくれて、ありがとうございます。




◾️




ああ。

ああ、わかりました!


今日の野営で、また私の淹れたお茶を飲むアルノさんを見ていて、突然気づいたのです。


私がいなくなった後の世界には、アルノさんがいる。

きっとその次の日も、またその次の日も。

私の知らない日々を、この方は生きていく。


それで良いのです。


かつて司祭様は言いました。

家名を持つ者は、同じ家名を持つ者へ第一に寄り添うものだと。

今になってみると、「家名を持つ者」と言われた方々の気持ちがわかります。

誰かを想うとき。

一番近くにいる人のことを考えるのは、とても自然なこと。

だから、人は家族を守ろうとするのでしょう。


家名を持たない私は、万民へ寄り添うもの。

そう教わり、その通りに生きてきました。

でも、その「万民」の中に、誰の顔も浮かんでいませんでした。


誰を助けるのかもよくわからないまま。

もし聖女としての責任感だけで旅をしていたなら、私は途中で立ち止まっていたかもしれません。

怖くて、寒くて、苦しくて。


でも、ここにはもう一人、フラウィアがいました。

フラウィアとして考えてみれば、たくさんの人の顔が浮かびます。

大聖堂の皆さん。聖務官や、騎士団の方々。

そして、アルノさん。


この方は、お仕事ばかりで、体を壊したりしないでしょうか。

きちんと眠るのでしょうか。

ちゃんと温かいものを食べるのでしょうか。


私が頑張れば、アルノさんのお仕事も、少しは減るかもしれません。

大聖堂の皆さんも。

その方々が大切にする、私の知らない誰かも。


だから、頑張りましょう。

私が守りたいと思う人たちが、この世界にはいる。

私は、その世界を残すことのできる立場にある。


だから、続けましょう。

これは私が、やめたくないと思ったことですから。


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