#12 フラウィアの日記 ④
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家名をもたぬ私たちは、万民のために為すべきことを為しましょう。
あまねく人々のために、私ができることを。
ずっと、ずっと、そう思ってきました。
けれど最近、少しだけ寂しい気持ちになることがあります。
私がいなくなった後の世界。
そこに何が残るのか。誰が、どんなふうに生きていくのか。
降臨の儀を行い、聖女としてのこの身へ神を降ろす。
神の威光を魔物が畏れ、遠ざかる。
きっと多くの方を助けられるはず。
けれど私は、その世界の景色を何も想像できないままでいる。
アルノさんは、私を「聖女」とは呼びません。
いつも、ただのフラウィアとして接してくださいます。
この間など、私がアルノさんの仕事を労ったら、「あなたも、聖女でいるのも大変でしょう」とおっしゃっていました。
まるでお仕事の愚痴を明かしあうように!
私はそれがおかしくって、笑ってしまいました。
でも、だからでしょうか。
この旅の終わりに待っているものが、どこか現実味のないもののように感じてしまうのは。
聖女としての私は、ずっとあの山へ向かい続けている。
そこに、フラウィアとしての私はどう向き合っているのでしょう。
私は、降臨の儀が果たされた後の世界を、何も想像できないままでいます。
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今日、というより、前々から思っていたことですが、アルノさんはとにかく合理を大切にする方ですね。
目的を達成するために支障をきたさないのであれば、自分の傷の手当ては後回し。
食事も睡眠も、最低限。
休息は大事、とはご自身もよくおっしゃいます。
ただ、必要な分を超えたら「無駄」だと思っているフシがあります。
私を気遣う時でさえ、「翌日に疲れが残ります」 「ここで無理をすると進行速度が落ちます」と、全部、任務に必要なこととして説明されます。
それは、間違ってはいないのですが。
もっとこう、何も考えず、ただ「大丈夫ですか」と言ってもよいのではないでしょうか。
でも、まあいいでしょう。
アルノさんがそうありたいと望むのであれば、仕方ありません。
私は私で、好きにやらせてもらいますけどね。
本日の野営で、温かい飲み物を作ってみました。
大聖堂でも、働く方々へお茶を淹れることはよくありましたから、慣れたものです。
地図を広げ、翌日の道すじを確認するアルノさんの傍らへ、そっと置きました。
受け取る前、アルノさんは一瞬だけ中身を確認していました。
あれは何を見ていたのでしょう。
毒でも入っていないか、という確認ではないと思います。さすがに。
熱すぎないか、とか。そういうことを考えていたのでしょうか。
それから、「ありがとうございます」と言って、飲んでくださいました。
ええ、そうでしょうとも。
アルノさんはきっとこう考えたのでしょう。
「善意を跳ね除けられたら、この人は傷つく。それはこの任務を果たす上で支障をきたす」と。
ただ温かいお茶を飲むだけ。それだけで私の気持ちは満たされる。
…そんなことまで計算していたかもしれませんね。
でも、それでいいのです。
理由はどうあれ、受け取っていただけましたから。
それにしても、あの顔!
アルノさん、いつも私に代わって色々なことを考えてくれて、ありがとうございます。
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ああ。
ああ、わかりました!
今日の野営で、また私の淹れたお茶を飲むアルノさんを見ていて、突然気づいたのです。
私がいなくなった後の世界には、アルノさんがいる。
きっとその次の日も、またその次の日も。
私の知らない日々を、この方は生きていく。
それで良いのです。
かつて司祭様は言いました。
家名を持つ者は、同じ家名を持つ者へ第一に寄り添うものだと。
今になってみると、「家名を持つ者」と言われた方々の気持ちがわかります。
誰かを想うとき。
一番近くにいる人のことを考えるのは、とても自然なこと。
だから、人は家族を守ろうとするのでしょう。
家名を持たない私は、万民へ寄り添うもの。
そう教わり、その通りに生きてきました。
でも、その「万民」の中に、誰の顔も浮かんでいませんでした。
誰を助けるのかもよくわからないまま。
もし聖女としての責任感だけで旅をしていたなら、私は途中で立ち止まっていたかもしれません。
怖くて、寒くて、苦しくて。
でも、ここにはもう一人、フラウィアがいました。
フラウィアとして考えてみれば、たくさんの人の顔が浮かびます。
大聖堂の皆さん。聖務官や、騎士団の方々。
そして、アルノさん。
この方は、お仕事ばかりで、体を壊したりしないでしょうか。
きちんと眠るのでしょうか。
ちゃんと温かいものを食べるのでしょうか。
私が頑張れば、アルノさんのお仕事も、少しは減るかもしれません。
大聖堂の皆さんも。
その方々が大切にする、私の知らない誰かも。
だから、頑張りましょう。
私が守りたいと思う人たちが、この世界にはいる。
私は、その世界を残すことのできる立場にある。
だから、続けましょう。
これは私が、やめたくないと思ったことですから。




