第25話 宣戦布告は何度でも
小惑星の合間から差してくるのは、太陽の光。
基地を離れ、直径1キロ少々はある大型の小惑星に24機12対の鳥たちが羽を休めている。
ただ、その中で腰を下ろしている私を含む人間たちはどうも落ち着きがない。
当然だ。その真上のソラは今、戦場になろうとしているのだから。
そんな鳥の群れの中に巨神と冥狗が混ざる。
彼らは地表に足をつけることなくその小惑星の軌道上にいた。
上から人間達の頭の中に声が降ってくる。
『やあ、みんな。昨日はよお眠れたか?』
答えはおそらく共通で否だろう。緊張か、それとも興奮か。いずれにせよまともに眠れてはいない。
私も、妙に目がさえて眠れなかった。眠れるときに眠るのが軍人の基本だというのに。
まあ、兎に角あまり胸を張れる状態じゃない。
そんなことは、大尉殿にはお見通しなようだ。
『まあ、眠れてないやろな。この第169期生はARMAの歴史上でも数少ない死者を出していない訓練生や。最後の最後につまらん死に方せんようにな。そいならこれで以上!あとは閣下、お願いします』
『わかった……第169回ARMA訓練生卒業トーナメント大会を開催する。貴様らの全力を是非とも見せてくれ。以上だ』
『「はっ!」』
大尉殿から閣下にバトンが渡されたとき、TCS越しにこれまでとは全く違う荘厳な雰囲気が伝わってきた。
それは、大尉殿の搭乗機がヘラクレスで、閣下の搭乗機がガルムであるがためのシステムの違いなどではない。ここに駐機している同期全員が頭以前の何かで理解させられていた。
そして、ついにトレボー全面バックアップの進行のもと、トーナメント戦が開幕した。
『トーナメント第一戦、ピクシー、セルキー分隊及びムリヤン、エサソン分隊はIUD上に表示している指定ポイントまで移動してください』
今回、模擬戦闘はすべてこの小惑星上空で行われる。一戦一戦待機している皆の前で行われ、その間駐機している者たちは次の戦闘まで備えることができる。この間においてのみ、普段禁止されている分隊間のTCSチャンネルの作成が勧められている。
どういうことかというと、初戦はまだしも2回戦、3回戦になるにつれて事前の空戦を互いに研究することが予想される。その研究内容を分隊で共有するにあたり、訓練に参加している全員の無線で共有しては自分たちの有利がなくなってしまう。今回の訓練が競争性をはらむ以上、分隊内の秘匿回線は必須なのである。
それを理解している教官側によって、”今回においてのみ”秘匿回線を設営し戦闘計画を立てることが許可されているのだ。また、今回の模擬空戦に於いて誘導兵器の使用は許可されていないこともこの判断に拍車をかけているのだろう。
ちなみに、最初にグリフォンに乗った際、私とキースが空戦中に私語をするのに使ったいるのは、れっきとした規則違反の秘匿回線である。
長時間無言待機が予想されたので、事前にこっそり周波数を決めて使ったのだ。
当然ばれれば懲罰ものだったんだろうが……多分、ばれてない。
すなわち、やったことにはならないのだ。
話を戻すが、私とキースはシード枠として登録されているため、相手に研究されることなく2回戦から参戦できる。そのアドバンテージは大きい。
実際、この一回戦の勝者が我々の最初に対戦する相手となる。
まあ、あれだけふっかけてきたんだ。ここで達也と莉芳が易々と負けるようなことがあれば、全力をもって地獄の果てまで追いかけてやる。
キースがにたりと笑う中、試合は今にも始まろうとしていた。
『こちらトレボー、両者指定ポイントへの移動完了を確認しました。準備はよろしいでしょうか』
『こちらピクシー!セルキーともに準備完了、いつでも蠅を叩き落とす準備はできています』
『ほぅ……?ずいぶんと言ってくれるじゃねえか。こちらムリヤン、エサソンも準備はできた。さっさと殺らせろ』
いつにないピクシーの言葉、相手方も煽りに乗って殺気立つ。TCS越しでもそれははっきりと伝わってきた。
始まれば恐らくこの殺気は途絶える。双方TCSのチャンネルを切り替え、戦術を悟られるようにするはずであるからだ。
『わかりました。双方、ご武運を。第一回戦、ピクシー分隊vsムリヤン分隊……始め!』
刹那、あったであろう掛け声は聞こえず、TCS内にただ静寂が広がる……かに、思えた。
しかし、違う。青白い炎を吐き出し二機一対の編隊を組み互いに顎を食いちぎらんと乱れる様には、明らかに音があった。
機体から吐き出された炎があるはずのない空気を焦がし、翼が轟音を立てて風を切り裂く音が、静寂のソラを越えて聞こえてくるのだ。
ピクシーらは開始の合図と共に正面から機関砲をばらまいて来るムリヤン分隊に対し無駄な機動をせず一時的に離脱。
背後を取られるものの最初の速度を生かして小惑星帯まで離脱、小惑星を利用することによって相手の視界から消えた。
当然、我々の直接視界からも消えるが問題ない。IUD内に小さくしていた映像を拡大する。
今回の訓練、訓練とはいえ例年では最も死者の出やすい訓練である。当然、もしもの場合に備える必要がある。しかし、大尉殿と閣下は評価に集中する必要があり、手が離せない。よってARMA本部基地より一個小隊が派遣されてきているのだ。そして彼らが空戦空域で追従するついでにこの映像を我々に届けてくれるというわけだ。
IUDに写るピクシー分隊の様子というと、小惑星と相対速度を合わせてその地形に身を隠していた。レーダーにも反応しない超低空すれすれである。
まっすぐ離脱したからこそ、ムリヤン分隊から捕捉される前にできる芸当だ。
そんなピクシー分隊に急接近するムリヤン分隊とは言うと……
全速力で追尾し小惑星の裏へ向かって旋回に入る。
当然速度はあまり落としていない。
旋回中に地表で煌めくピクシー分隊を見つけたのか反転急制動をかける二機だが、旋回を開始した時点でピクシーたちは彼らを補足していたのだろう。既に上昇を始め機銃有効射程内に捉えている。
機首の回頭が間に合うとしても、軌道を変える暇はないのだ。
ムリヤン分隊が一瞬苦し紛れに発砲した白の弾丸がそれる中、即座に二機を染色弾の嵐が襲い掛かり、ムリヤン、エサソン両機の機体全面を赤く染め上げた。
『そこまで!両者戦闘を中止し駐機場への移動を開始してください』
全く、危ない戦い方をする。もし相手が小惑星の影から出てこないことを不審に思い、減速し慎重に索敵されていたら……速度のないピクシーらの方が回避できなかっただろうに。
『勝者、ピクシー分隊!』
「まあ勝てば良し、か」
それまで静かだった同期内のTCSに一気に歓声が沸き上がる。
編隊を組んで帰るピクシー分隊は陽の光を翼に受け、漆黒の中で反射させていた。
かっこいいじゃないか。
歓声が一段落したとき、全体に通達するTCSからあの若々しい声が聞こえてくる。
『小隊長、いえ、リーパー!次はあなたです。ご覚悟!』
『おいおい、俺は無しかよ。リーパーどうする?再度の宣戦布告だぞ』
アルプが何やら聞いて来るが迷うまでもない。答えは決まっている。
「いいだろう、その勝負、何度でも乗ってやる」
TCS内に再び歓声が巻き起こった。




