第24話 巨神のソラ 3
※T-○○秒やT+○○秒は作戦開始時刻の何秒前か、又は作戦開始から何秒立ったかを表しています。
小惑星帯を抜けるルートは、別に直線に近くなくてもいい。大事なのはいかにロスを少なく飛行できるかだ。目標の位置とレーダーで見える小惑星の位置から旋回時にできるだけその引力を利用しやすい最短ルートを構築する。
スロットルを腕が伸びる限り押しやると同時に座席に体が押し付けられ、血が背中に回る感覚がする。
だが、この程度で怯むわけにはいかない。
加速に耐えながらディスプレイを操作し、小隊共有マップ内に3つのマーカーを打ち込んでいく。
「小隊各位、小隊共有マップにuniform1からuniform3までマーカーを表示した。各マーカーが旋回ポイントだ。頼むぞ」
『了……解!』
大小さまざまに転がるアステロイドを横目に橙から青白く変化した炎を吐き出して、狗鷲は突き進む。
立ち塞がる障がいは3つ。uniform1はLが左に倒れたような大型の小惑星、旋回は右に20度程。
Lの角を左側のスラスターだけ少しふかして、減速せずに突っ込む。
もちろん侵入前に少し進路を外側にした。
実質的にもっと緩い角度の旋回で曲がり切れるというわけだ。
しかも横方向にしか移動していないので旋回前後の速度は変わらない。
「uniform1突入」
小惑星の引力に捉えられて機体がさらに加速、小惑星が近くなっていく。
視界の半分以上が小惑星の白鼠色に染まった時、一瞬だけ翼の方へ意識を向ける。
翼の端が小惑星の地表と接触するぎりぎり、機体を回転させるためにスラスターをふかせば、小惑星から白い塵が巻き上がった。
「uniform1通過、続いてuniform2」
次は菱形の少し小さ目な小惑星。
上方向に15度少々旋回するポイントだ。
ここも、少しスラスターを吹かすだけでいい。
今度は、視界の上半分が白鼠色に染まる。
「uniform2通過」
さて、次が最後uniform3。
1000m級の小惑星を2段階に分けて右下へ160度旋回。
さすがに減速が必要だが、そこを抜ければもう我々を遮るものはない。
だが、ここが最大の難所であることも間違いない。
「uniform3、突入!」
残り90秒、ギリギリだな。
「全機、私を信じてくれ」
目の前には小惑星の合間にぽっかりと空いた黒い亀裂が広がっている。
飛行コースが10メートルいや、1メートルでもずれれば私やキースを乗せた狗鷲達は見るも無惨に砕け散るだろう。
スロットルを絞り、前方と左にスラスターを少しばかり噴射する。
『……良いぜ』
極限まで狭まった世界の端で、そう聞こえた気がした。
視界全てが鼠色どころではない深い闇へと染まる。
機外灯で照らしてこそいるものの、結局のところ前方に目まぐるしく移り変わる岩肌が照らされるのみ。
むしろ機体が壁に衝突するのではないかという恐怖が掻き立てられるのみ。しかし、操縦桿を震わせるわけにはいかない。
それこそ己が恐怖している結果への近道だ。
数秒か、数十秒か、数分にも続いたように思えた長い長い闇の先に、ソラが開けた。
正面少し上方に煌めく無数の機影、そして巨大なARMAの基地。
帰ってきたのだ。
後ろを一瞬確認すれば、真後ろにペタリと張り付くアルプ機の姿。キャノピーから煌めく冷や汗まではっきりと見える。
なんだ。悪魔も緊張してんじゃねえか。
あとは、正面に見えるクレーターの斜面に沿って進路を変更するだけ。
遮るものは、もうない。
気負うことなく思いっきり操縦桿を引いた。
「uniform3、通過!」
残り70秒。
ここまで来たら一分以上残して終わりたい。
つまり、残り10秒。
ゴールは駆け抜ける形ではなく、指定された範囲内に小隊残存機が全て整列することで完遂される。
「全機、減速は機体を反転させてメインスラスターで行う。合図待て!」
『了解、俺らまで殺してくれるなよ、リーパー』
『し、信じてますよ』
『小隊長に従います』
まだ、目標まで残り1500……1200……1000……「今!」
機体を急速反転!スラスターを我々を見守ってくれている同期達の方へ向けて目一杯噴射する。
スロットルを奥へ押し込み目標座標までの距離が目まぐるしい速度で小さくなっていく中、改めて小隊全機の姿を確認できた。
そして……
「こちら、リーパー。ポイントEcho3へ小隊全機現着しました」
『こちらトレボー、リーパー小隊の現着を確認しました。現在は作戦標準時刻から1139.38秒です。おめでとうございます』
よし、よし……
「よし!」
目標達成!
『ったぁ!死ぬかと思った。たすかったぜ、リーパー』
『ほんとですよ、小隊長。こんな賭けはほどほどにして下さい。今回ばかりは助かりましたが』
『まあ、それも含めて小隊長らしいです。ありがとうございました』
そうしてTCSが騒がしくなった時、またあのひょろけた声が響いてきた。
『いやぁ、ようやったわ。主席がいるとはいえ、どっかで一人くらい撃墜もらうと思っとったんやけどな。まあ、文句なしで合格や。この後は基地内に戻ってゆっくりしとき』
『「了解」』
『そいなら、次いこか。ノーム小隊、前に』
次の指示を受け、トレボーの指示を待とうと一瞬の沈黙がTCS内に走った時……星空に影が差す。
なんとなく、ただ何となく我々の真上を通過していった機体の尾翼を見る。赤い服を着てデフォルメされた小さなおじさんのような妖精、ノーム。
同じグリフォンに描かれた妖精。それなのに、なにかこう、なんだろう。引っかかる。
いつもとは違う違和感。グリフォンであって、グリフォンでないような……
なんなんだ、いったい……
『リーパー、リーパー、応答してください!』
ッ!いかん!
「こちらリーパー。申し訳ありません。どうされましたか?」
『ふぅ、びっくりしましたよリーパー。これより、着陸誘導を行います。管制の指示に従って降下してください』
「了解しました。よろしくおねがいします」
心の中に違和感を抱えたまま、誘導に従いいつものように着陸する。
しかし、機体を降りたその先は全くもっていつもと違った。
いつもはすたこらさっさと隊内食堂へ行ってしまうピクシー、セルキーこと達也少尉莉芳少尉が私とキースの前で待ち構えていた。
「なんだなんだ。珍しく二人そろって、ついに私に機体清掃の極意を習う気にでもなったのか?」
「いえ、小隊長私と達也少尉は残念ながらその境地には至っておりません」
「なんだ。それなら俺に女の落とし方でも習いに来たのか?今なら安くしといてやるぜ」
「そんな悪魔に魂を売るみたいなこと、しませんよキースさん」
本当は、わかってる。
大尉殿訓練が終わりということは、すなわち彼らとの小隊も解散。
明日のトーナメント戦では敵となるのだ。
「まずは……今日まで僕たちを率いて頂いてありがとうございました」
「私たちはお蔭様で小隊長たちと対等に並べるくらいにはなれたと思っています」
「ですから、僕らも小隊長、そしてキースさんに宣戦布告します」
「ほう」
「なるほどな」
「手加減なんて甘垂れた真似はしないでください。正々堂々正面から死力を尽くしてやり合いましょう」
ふっ、おもしろいな。
「もちろんだ。達也少尉。約束しよう」
「あー、俺も約束するぜ。正々堂々かどうかは、俺基準だけどな」
……まあ、最初からそのつもりだったけどな。キースもそうだろう。
「……それじゃあ、その、また明日」
「失礼します」
「わかった。それじゃあ、明日の宇宙で会おう」
背中を向けた二人は、振り返ることなく扉の向こうへと去っていった。
私とキースもそれを最後までは見送らず機体の手入れをし始める。
違和感のことなんて等に頭の片隅に置き去りにしたまま。




