第11話 鼠色の星空
『今日からはアステロイドベルト内で飛行訓練をやってく。IUD内に表示されたコースに従って飛行してくれ。もし、飛行ルートから少しでもはみ出してしもたらその時点で脱落やけ、そん時はトレボーさんの指示に従って着陸訓練に望んでほしい』
昨日数時間かけた行程を流石というより当然なのだがトレボーの誘導下、30分程度で昨日の集合地点だった滑走路上空で展開を完了した我々は、ブリーフィングで受けた内容を滑走路上空でもう一度聞いていた。
IUDで視界の端に我々の位置を中心とした緑色の壁が形成され、飛行コースを示している。
新緑のトンネルになっているそれは小惑星帯の中を突っ込み、いくつかカーブしたところで視界から消えていた。
どこからか機体後方に戻ってきているトンネルが確認できる。しかし、それ以外に途中のルートを指し示すものはない。
まあ、ここから確認できるだけでも小惑星とトンネルの間には結構な空間がある。
この壁に触れたら脱落というのは戦隊長殿の言っていた『つまらん小石との衝突』を避けるためだろう。
『リーパーから順に基本一列縦隊でついてきーや。追い抜きしてもええけど、壁には触れるんやないで』
『『「了解!」』』
『なあ、リーパー』
隣から、私のことを逆恨みしてるやつの声が聞こえる。
「……なんだ」
『追い抜きOKは実質レースだよな?』
「……なにがいいたい」
『勝ったほうが、晩飯おごりだ』
「まだそれにこだわってのか」
一応昨日は基地へ帰還後も飯ねだるキースに対してフルシカトを決めていた。
当然だろう、なぜ私が何もやっていないのに懺悔の品を送らねばならないんだか。
全く理解に苦しむ。
『別にいいだろ、お前有利でスタートだ』
まあ、言ってもわからんやつには文句の言えない状態まで、叩き潰してこそか。
「わかった。乗ってやる。そのかわり、俺が勝ったらちゃんとおごれよ」
『……わーったよ』
はぁ、面倒な約束しちまった。
少しばかし、私語に集中してい待っていた、その時だった。
『そいなら……訓練始め』
刹那、大尉殿の機体が視界から消える。
慌てて残像を目で追うと、青白く光りながら小惑星帯の中へ突っ込もうとする小さな光球があった。
「……チッ」
迷う暇もない。同時にスロットルを目一杯開けて鼠色に染まった小惑星帯の中へ突っ込む。
離陸のときに体感した加速が、終わりなく続く。
真横にはキースの機体がならんでいる。
さらに後続は……確認する間もない。かれらも、悲しきかな世間から見れば『わざわざ』ARMAを志望した変わり者。ここに来るまでの熱意は他の部隊の追従を許さない。
気合が違うのだ。
基地から小惑星帯の中までで続くストレートを駆け、前方へのスラスター噴射を最小限に、機体を左へバンクさせカーブ後の進行方向へ機体を向ける。アウト、イン、アウト。空中レースをやっているわけではないのに、同じような動きをしている。
宇宙でドリフトをやる羽目になるなんて、思ってもみなかった。
30°程度のちょっとした小惑星の合間をくぐり抜ける緩やかなカーブから、90°直角、180°ヘアピン、なんでもござれ。
それがさらに上下左右と不規則に続くのだからたまったものではない。
なんなら、互いに飛行するラインを塞がないよう気をつけながら飛んでいるのだ。
正直いつ飛行コースを外れたと宣告を受けるかわからない。
目まぐるしく変わる景色の中で共通していることといえば、鼠色の影が視界の大半を占めているということだけ。
何割の道のりを飛び、後どれくらいなのか。さっぱりわからない。良くない流れだ。
終わりの見えない道のりはいくらソラの上でも長く感じてしまう。
焦りと恐怖が背中から伝わる中、またいくつかの旋回を終えたとき、次の旋回ポイントで青白い光の残滓が見えた。
幻覚ではない。
旋回を終えるとかならず、次の旋回ポイントに青白く眩い光が見える。
……まさか。
追いつけないと思っていたが、眼の前に、いる……?
次の旋回方向を残像の行先から予測できるようになったことを活かし、更に最適なコースを素早く導き出す。
ひとつ、またひとつと小惑星を避けた先。ようやく、姿を捉えた。
我々が乗る機体とは違うデルタ翼の戦闘機。AA07『ヘラクレス』
見まごうはずがない。大尉殿の機体だ。
少しずつ、距離を詰め大尉の翼の延長線上、デルタの形に編隊を組む。
『お、追いついてきたんが二人もおる。てっきりもうみんなトレボーの世話になっとるもんやと思っとたわ』
化け物。上官に対して抱いていい感情ではないとわかりつつも、そんな思考がよぎる。
私が全力で攻めてようやく大尉殿に追いつけた。
しかし大尉殿の声色から察するに本気を出していたのは序盤だけで今は遊覧飛行していたといった感じだ。
事実そうなのだろう。
『リーパーにアルプか。頭だけええわけやないみたいやな……ほな、着陸訓練もせなあかんしさっさと終わらせよか』
『なっ、まだ早くなんのかよ……』
キースの悲鳴が聞こえたことを意識する間もなく、大尉機との距離が、少しずつ離れてゆく。
最高速、加速、機動性……どれをとっても勝っているはずのグリフォンで距離が離れていく。
唯一距離が縮まるのは直線だけ、旋回するときはその侵入速度からして違うのだ。
離れこそすれ、追いつける訳が無い。
しかし、それでもこれは訓練。最大限距離を縮めようと善処する……
だが、現実は残酷だ。
『警告、警告、飛行ルートからの逸脱を確認。直ちに基地へ帰投してください。警告、警告……』
機体の前方スラスターが強制的に噴射され、周囲の小惑星との相対速度がほとんど0になる。
宇宙空間での擬似的な静止状態。
それが示す意味は、脱落。
小惑星の影へと消えてゆく大尉殿の燐光を眺めることしかできなかった。
その後、どうやらキースや同期達は私より後方で脱落したらしく、速度、飛行経路共に大幅に制限のかかったグリフォンを操りゆっくりと基地へ戻った。
『トレボーよりアルプ及びリーパーへ』
『こちらリーパー。どうぞ』
『アルプ、同じくどうぞ』
『飛行訓練お疲れ様でした。これより着艦誘導を行います。指示に従ってください』
『リーパー了解した』
『アルプ了解』
まったく、いい声だ。
トレボーの声が頭の中に、優しく響き渡ってくる。
疲れた頭によく効く。
IUD内に着艦コースとして、先ほどと同じように新緑の道が示される。
ただ、先ほどと違うことといえば、新緑のそれはトンネル状ではなくライン状であり、定期的にあるチェックポイント事に着陸に関する指示が簡略的に示してあるということだった。
なんとまあ、心優しい。着陸訓練に必要性を感じ得なくなってしまうなこれは。
そんな優しい誘導システムのおかげか、なんの問題もなく着陸訓練は成功した。
それ自体、何ら問題のない楽しいこと。
問題は、この後である。
大尉殿を除いて他の機体は大尉殿の予想通り、すでにトレボーの誘導の下、訓練を完了していた。
そして、デブリーフィングとしてとある会議室に集合していたのである。
当然我々は最後に到着したわけだが……
「隼」
そこにはアンナ少尉を先頭に仁王立ちで我々を待ち構える同期たちの姿があった。




