第10話 小鳥のように
『リーパー、固まっとるみたいやけど大丈夫か?』
……はっ、いかんいかん。あまりの福音に報告を怠るとは。全くいくら何でも弛みすぎだ。
「申し訳ありません。両エンジン始動完了。回転数に異常なし」
『よっしゃ、そんじゃ飛行管理装置起動。予備電源オフ、発艦体制にはいるで』
機内のディスプレイに赤く表示されていたFMSの項目が緑色に変わっていく。
さらに、予備電源を落としたことで、余計だった雑音が消えた。
機内には、甲高い主機の音だけが響いている。
素晴らしい。しかし耳は澄まさない。また自分の世界に入っては敵わないしな。
「FMS起動完了」
『りょーかい、次は機体をカタパルトデッキに移動させる。全機離陸完了までは航空管制官に引き継ぐから、頼んだで。丁寧にやってくれとは頼んどるけど、甘え過ぎんようになー』
「了解」
『ほな、お願いします』
『承知しました。こちら、ARMA本部管制官トレボー。リーパー聞こえていますか?』
澄んだ女の声が聞こえる。彼女が管制か。
「こちらリーパー。問題ありません、聞こえています」
『機体を待機位置からカタパルトデッキまで移動させます。機体の振動に注意してください』
「了解、忠告感謝します」
返答をすると同時に、機体が動き出す。
さらに正面にある巨大な白い壁が動き出し、天井が低い別の空間が顔をのぞかせる。
あそこがカタパルトデッキらしい。
揺れは結局警戒しなければならない程ではなかった。管制官はよほど優しい方なのだろう。
『これより、カタパルト内の減圧を開始します。機内の気密と生命維持装置を再度チェックしてください』
「生命維持並びに気密正常」
『了解しました。減圧を開始します。減圧する間に機体の最終チェックをお願いします』
管制官の指示に従い離陸前チェックを行なおうとしていると、先ほど私のくぐったハッチが閉まり、ロックがかかった。
右後方を向き、そっと操縦桿を右に倒す。すると、武装の代わりに装備された増槽の先。主翼先端の上から小さくスラスターが噴射され機体を少し右に傾ける。大気圏内の飛行も可能なのか動翼も上を向いている。
左後方を向けば主翼翼下からスラスターが噴射され、エルロンが下を向いていることが確認できた。機体も従って左に傾く。
また、真後ろにあるV字の垂直尾翼も右に少し動いていた。
続いて、操縦桿を左に傾ける。
左右主翼端、垂直尾翼はきちんと先ほどとは真逆に動いた。
次は前に倒す。機体先端、視界の先でスラスターが噴射され、主翼両端エルロンは下を向いた。ディスプレイに表示されている情報から、後方下部からスラスターが噴射されたことを確認する。
機体は前に沈みこみ、地面が少し近く見える。
そしたら次に操縦桿を引く。今度は後方上面からスラスターが噴射され、エルロンと機首は少し上を向く。
最後に、操縦桿を戻すと機体が少し揺れる。どうやらもうここは無重力空間らしい。機内には座席にとどまれるくらいの引力が私に働いているため気づかなかった。
しかし、これはこれでひとつの確認。何もなければこのまま揺れ続けるところだが、操縦桿を戻した数瞬後には姿勢制御装置が作動し、見事機体を安定させて見せた。
最後に、スロットルレバーとよく似ているが、少し違う、座席より手前から右エンジン、左エンジンスロットルと配置された奥にあるそれを、こちら側へ引く。
すると機体の各所からスラスターが前方に噴射され機体が後ろへ引っ張られる。
空をだけを飛ぶ飛行機にはない宇宙空間での減速装置だ。
「飛行前チェック完了。スラスター及び機体の姿勢維持装置に異常なし」
『了解、こちらも減圧が完了しました。ハッチを解放します』
機体前方にあった壁が開く。すると、眼前には既に宇宙が広がっていた。
ただし、全面に星空が広がっているわけではない。ところどころ灰色の影が散在していた。
なるほど、これが小惑星帯か。
『トレボーよりリーパーへ。|離陸許可《cleard for take off》。エンジン出力を最大まで上げてください。離陸後はIUD内に表示される指示に従い、飛行待機をお願いします。5400秒後には全機合流予定です』
「了解。離陸後はIUDの指示に従い飛行、待機します」
……いよいよ、この時が来た。
右手で操縦桿をしかと握り、左手で右エンジン、左エンジンスロットルを限界まで押し上げる。
視界の上前方に配置されたバックミラーで機体後方を確認すれば、青白い焔が排気口から噴き出していた。
嗚呼、美しい……
しかし、いつまでもここにとどまるわけにはいかない。管制官に向かって、離陸の合図を送る。
「リーパー、cleard for take off」
『ってらっしゃい』
刹那、身体が座席へ押し付けられる感覚と同時に、景色が後ろへと流れていった。
IUDに表示される速度計はぐんぐんその数字を大きくしていく。
永遠にも感じた数瞬の滑走の後、私は宇宙へと飛び出した。
『リーパーの離陸を確認……おめでとうございます。IUDに飛行経路は表示されていますか?』
「トレボー、丁寧なサポート感謝します。飛行経路の表示、確認しました」
IUDに表示された経路は基地上空を8の字に一周し、最終的に着陸用に設置されている滑走路上空で相対速度を合わせ静止、待機するというものだった。
『了解、わたしは引き続き離陸のサポートを行います。よい宇宙の旅を』
「よい1日を」
トレボーとの交信を終了し、機体を右へ90°傾け、旋回を開始する。
旋回中は、ゆっくり操縦桿を引き続けることにより、ルート通りの滑らかな旋回を行う。ここら辺は士官学校でやったこととさして変わらない。
強いて言うなら、重い機体の割に軽快に動くため制御が少々難しいということくらいだ。
慣れてきたところで、減速レバーを少し引き、出力も下げる。
どうせ待機は長いのだから、ゆっくり。という考えだ。
さらに言えば、減速したほうが繊細な操作を求められる。なにせ、それだけさらに緩やかな旋回を行なわなければならないからだ。
その後も右回頭継続、直進、左回頭と続き、気付けば滑走路上空にいた。
……暇だな。
試しに静止した状態で操縦桿を目いっぱい引いてみる。
身体が下に引きつけられる感覚と同時に景色が目まぐるしく変わり始めた。
慌てて止めると、機首は滑走路の方を向いている。
これは……いい、暇つぶしだな。
操縦桿の引き具合とどれくらいで旋回が完了するか。その全てを身体に叩き込んでいく。
上方向回転が大体つかめたら今度は下に、次は右、左。
昔の戦車とか言う兵器で言う超信地旋回みたいだ……とか、考える余裕ができてきたところで、トレボーでも大尉殿でもない声が聞こえる。
『アルプよりリーパー。てめぇ、抜け駆けしやがったな』
アルプ、もといキースの恨み声だ。
「……抜け駆けじゃない。正当な報酬がこれだっただけだ」
『チッ、昼飯代だけで勘弁してやる』
「意味が分からん」
その後、大尉殿が最後にやってくるまでアルプと交信して暇をつぶした。
途中から周波数変更をハンドサインで伝えていなければ私とアルプは双方私語使用でお叱りを受けたことだろう。
こういうときだけは、やつも頭が回る。
そして、着陸だが……なかった。
しなかったというわけではなかったのだがオートパイロットだった。古今東西、航空機墜落の原因は離着陸。ひとつひとつ丁寧に、安全第一ということらしい。
小鳥が一度巣立ったら自由に飛べるように、我々も解き放たれるかといえばそうではないようだ。




