第9話 雛の啼鳥
「いやぁ~24名脱落なし。ここにみんな揃ってくれた。ひとまずおめでとさん」
解毒剤をつかい、強制的に酔いを覚ますというあまり褒められない行為をし、朝食をかき込んだ直後。
我々はこの前グリフォンを覗き見たところとは別の格納庫に入っていた。格納庫内にはAA07ヘラクレスが所狭しとならんでいる。そんな高密度の格納庫の中、わずか数か所しかない空白地帯のひとつに航宙飛行服を着用し、整列していた。
「昨日はお楽しみやったみたいやけど、今日からは実技演習や。みんなも知っての通り、この演習が終了するときにはトーナメント方式の実技大会も開催する」
皆の目に、灯火が揺らめく。
バディ対抗実技トーナメント大会。それはこの習熟訓練期間において最後で最大のイベント。
私もキースも負ける気はない。
「せやからみんな、身を粉にして訓練に励むように。ああ、そいと本日から授業中は各位TACネームで呼び合うようにたのむで」
「「「了解」」」
「よし。そいじゃあ始めよか」
そういうと大尉殿は私に大量の黒い何かを手渡してきた。
「リーパー。これ、皆に回してくれる?」
「……はっ」
「あ、わいもみんなのことTACネームで呼ぶからよろしくな」
いきなりTACネームで呼ばれ動揺しつつ、黒い機器を回した。
「それじゃあ、まずこれの使い方から。これは|戦術飛行隊通信システム《TCS》の子機や。これ使うと、広大な宇宙のなかでも部隊内で安定した通信ができるようになる。必須装備や。次回からは、つけてくるように。付け方はこうや」
そう言うと大尉は黒い楕円を押しつぶしたような機器を首筋に当てる。すると、肌に触れた部分がくにゃっと曲がり、首筋にあった形へ変形した。
皆真似をし、取り付ける。首筋に冷たい何かが吸い付く間隔がした直後、頭の中に直接声が響いてきた。
『みんなーつけれてるか?ワイの声が聞こえとるやつは、手ぇ上げてみ?』
素直に手を上げると、皆それに続く。
どうやら、全員聞こえているらしい。
「よし、みんな大丈夫そうやな。それじゃあ、これから射出場に移動する。足、踏ん張っとけよ?」
大尉殿がニカリと笑うと、どこかへ向かって大きく手を振り始めた。
「そいなら、おねがいしまーす」
数瞬の静寂が訪れ、戸惑いの念が湧きかけたその時だった。
地面がいきなり跳ねた。
いや、正確には持ち上がったとでも言うべきか。とにかく凄まじい勢いで我々は天井へ向かって突き進み始めたのだ。
天井へ衝突する……覚悟しかけたとき、天井が素早く開き、我々は上階へと運搬された。
そして、上階の明かりが見えた直後。我々は放り出された。
急停止した床に対し、我々は慣性の法則に従って一時的に空中を飛んだのだ。
何とかバランスを崩すことなく体勢を立て直すと目の前には美しい景色が広がっていた。
純白の金属状の格子が幾条にも重なっており、漆黒の彼女たちはその間に一羽ずつ、翼を休めていた。
AA08狗鷲
皆、惚けている。いきなり現れた肢体に対応できていないのだろう……
「いやあ、いきなりでびっくりした?これ機体用の昇降機でな。普段は機体に乗ってるときでちゃんと安全器具嵌めとるはずやけん、あんしんせぇや」
対物用の昇降機を生身の人間のみで使うのは中々安全配慮に欠けると思うのだが……まあ、グリフォンを引き立てるためのサプライズと考えれば妥当か。
「そいなら、これから実際にこいつに乗って発進訓練をやってもらう。リーパー、主席通過のごほうびや、最初にお手本として飛んでええで」
……
ん?
「あーやっぱ最初はこわいか?それならやっぱ手本はわいが……」
「いえ、大尉殿!その大役、謹んで拝命し、遂行したく考える次第であります!」
何たる光栄、何たる至福……!
まさかまさか、同期の中で最初にこの宇宙を飛ぶ事ができるようになろうとは。
よくよく見れば、正面の機体尾翼には翼の生えたカエルのような妖精、リーパーが描かれている……なるほど、これが私の機体というわけか。
ふっふっふ、キース君。こっちを恨みがましそうに見ても無駄だ。主席になれなかったのは君の怠惰なのだからな。悪く思うなよ。
「そう?そいならこの一番手前に駐機してあるグリフォンに搭乗してくれる?それが君の愛機や」
おぉ、これが……我が愛機。
白い空間内に目を寄せ付ける漆黒の機体。他の機体に比べても、どこか流麗で美しい。
「搭乗口はコックピット部分の適当なところに手をかざしたら開閉できるから、まあ、そのTCSつけんとアカンのやけど」
大尉殿の御言葉に従い、手をかざす。
すると、側面からみたら楕円状だったコックピットが半球同士に分かれ上側のキャノピーが開き、ゆっくりとその内側をのぞかせてきた。
上面からみると流線形をしているコックピットは座席の前三角形の部分が機器でおおわれており、パイロットがすわる空間は案外狭い。
しかし、多少の荷物を置けないこともないことを考えれば、ヘラクレスよりかは継戦能力やパイロットの士気維持能力が向上したと言えるだろう。
恐る恐る狭い空間に腰を下ろし、もう一度コックピット側面に触れ、キャノピーを閉める。
電源が入っていないからか、僅かにひんやりとした空間にひっそりと私という存在がすわっているのが実感できる。遮光されているのかキャノピーと機体下部から、機内に光が入ってくることはない。
『よし、機内に入れたみたいやな。そいならわかってるやろけど、早速正面にあるスイッチを上にあげてくれるか?それで予備の発電装置が動き出して機器が起動するはずや』
震える手で、下を向いた冷たい突起に触れる。カチッという音と共に押し上げると、一間あいて……
ンギィィイイン
という音が機内に響き始めたと耳が認識し終わると同時に、視界内が光りで溢れ始める。
機内に配置された複数のディスプレイが点灯し、眼球の表面に直接、嘗てHUDで表示されていた基本的な情報が|視覚内情報投影システム《EUD》として新緑色で多数表示される。
それまで光を遮っていたキャノピーもしっかり機外を私に見せてくれている。純白の空間、羨ましそうな顔をする同期達、細目で指示を出す大尉殿。
『よし、こっちも見えたみたいやな。それじゃあ、エンジンスタートやっていこか。まずは各種警告装置をチェックするで』
大尉殿の指示の下、火災、生命維持、酸素流出等各種警告装置をテストしていく。
定期的に安全装置の数だけ耳をつんざくアラートが機内に響き渡り、自身が正常だということを最大限アピールしてくる。
それ自体は素晴らしいことなんだろうが、いい気分にはなれない。
できれば、発進前以外では聞きたくないものだ。
『よっしゃ、これで警告装置のテストは終わり。次はいよいよエンジンスタートや』
警報装置をテストした時のように大尉殿の指示を即座に実行できるよう、身構える。
『燃料供給装置、オン』
「燃料供給装置、オン」
『右エンジンスターター、起動。この後回転数が20%くらいになったら教えてくれや』
「右スターター起動、回転数報告了解」
グオォォォオオン
始動モーターが回転を始め、エンジンを始動できる回転数まで上昇させていく。
一分ほど待機して、回転数が規定値まで上昇する。
「回転数始動域到達」
『りょうかい。右エンジン、スロットルアイドリング位置』
「右エンジン、スロットルアイドリング」
そして、グリフォンがようやく一人で啼鳥を響かせ始める。
キュゥゥィィイイン
片肺だけではあるが、正常な息吹を吐き始めた愛機。排気による奔流は格納庫内をひっかきまわす。いつの間にか外の皆は退避壕の中にいたが、髪は大いになびいているのが確認できた。
初めて聞く啼鳥に心躍らせながら、もう片方のエンジンにも命を吹き込む。
キュゥゥィィイイン
これで、このグリフォンは、独り立ちした。後ろを見れば、熱気で気体が揺らめいている。
嗚呼、これが狗鷲の啼鳥。
何たる福音……




