17 風雪鈴音
目隠しをされ、手を縛られる。
音からして、車に乗せられたんだろうな。
「……どこに連れて行くつもりですか」
「聖女様のところです。手荒に扱うつもりはございませんのでご安心を」
おそらく運転席に座った男にそう返される。
いきなり襲いかかって目隠しをして手まで縛っておきながら、何が手荒に扱うつもりはないだ。
……あぁ、またせんぱいに、お兄ちゃんに迷惑かけちゃう。
横は男二人に固められていて、動くことはできない。
下手に動くのは危険かな?
どちらにせよ、大したことはできないけど。
車が止まる。
どうやら、目的地に着いたらしい。
時間から考えて、そこまで遠くではなさそう。
途中、『今からある人物に試練を与える。その人物が試練を乗り越えた場合、力を授けることとする。試練は「大切なものの為に全てを捧げられるか」覚悟を問う試練だ。この内容は、一人を除いて全ての人間に伝えられている』と言う言葉が脳に響いたけど、なんだったんだろう。
言われただけで、何か出来るわけじゃなかったし。
「ご自分で歩いてください」
指示に従い、ゆっくりと歩を進める。
持ち上げられたらたまったものじゃない。
少しでも、情報を集めないと。
「あなた達、何をしているんですか?」
そのまま歩いていると、70歩ほど進んだところで声変わり前のような少女の声が聞こえる。
……なんか、つい最近聞いたことがあるような?
「聖女様、神子さまを連れてきました」
「っ……あなた達、一度退室なさい」
当然のことをしたようにそう言った男に、少女は少し冷たい声でそう告げる。
「はっ」
足音が遠ざかっていく。
「ごめんなさい、無理矢理連れてくるなんて……」
そう言って、私の目隠しを外し、手を縛っていた布を解く。
目を開けると、美しい少女がいた。
亜麻色の髪の、穏やかな印象を受ける少女。
年齢は私よりも多分少し下で、私を心配そうに見つめている。
「大丈夫ですか?」
「私をどうするつもり?」
外にはあの男達が待機しているだろうし、逃げるにはリスクが大きい。
血雷も回収しないといけないし。
「どうもしません。わたしの情報伝達ミスで、怖い思いをさせてしまってごめんなさい」
そう言って、優しく私の手を握る。
「じゃあ、なんで連れて来たの? さっき神子とか聖女とか言ってたけど……」
「私はダンジョン教の教祖です。『ダンジョンこそ神の作りし試練で、それを突破したものこそ神の子である』と言う教えを広めているのですが、信徒の数人が勇み足をしてしまったようで……」
心底申し訳なさそうに、悲しそうに言われると、少し罪悪感が浮かぶ。
でも、誘拐されたのは事実。
「なら、帰っても——」
「それは駄目ですよ」
後ろから、優しく抱きしめられる。
即座に振り向くと、目の前にいる少女と瓜二つの、しかし真っ白な少女がいた。
どこかリダを彷彿とさせる白さ。
「待ってください、その方は合意の上で来ていただいたわけではないのですから、一度帰っていただいた方が……」
「駄目です。折角来ていただいたのに、みすみす逃したりはしません」
亜麻色の髪の少女は私を帰そうとしているようだが、白い少女は私を逃がさないつもりらしい。
「……それに、もう手遅れですよ?」
白い少女のその言葉とともに、地震が起きる。
最初は微弱な揺れだったが、瞬く間に強く、響くようなものに変わっていく。
これは、まず——
地面が割れる。
裂け目に吸い込まれ、私の意識は落ちていった。
「ん……っ、ここ、は」
起き上がり、周囲を見る。
そこは、広い空間だった。
中央には土が盛り上がり土俵のようになっていて、あかりがないのに明るい。
そして、その土俵の中央には黒い甲冑を着た人形の何かがいる。
私以外にいるのは、亜麻色髪の少女、私を攫った男達3人、知らない男女11人。
そして、目の前には血雷が刺さっていた。
白い少女はいない。
「これは……私も試練を受ける側、と言うことでしょうか」
血雷を抜くとほぼ同時に、亜麻色髪の少女が起き上がる。
……一番話が通じそうだし、仕方ないか。
「ねぇ、あなた名前は?」
「私ですか? 私は愛結と申します」
「私は鈴音。ここから生きて帰るには、多分私だけじゃ無理。協力して」
「わかりました、私が巻き込んでしまったのです。私に出来ることはなんでも言ってください」
ステータスを開いてもらい、転職可能かを聞くと、三種類あると返ってきた。
治癒術師、聖女、愚者。
聖女を選んでもらう。
ステータスを見せてもらったが、回復専門のような感じだった。
特徴的なのは、〈慈愛〉を持っていることかな。
「あ? やっと全員起きたのか」
そこで、低い声が響く。
同時に、私と愛結以外の全員が中に浮かんだ。
困惑の声と共に、私達を見ている。
「これから試練を始める。お前の心が折れるたびに、浮いてる奴らを一人殺す。全て殺した後は、お前だ」
「っ」
そう言った甲冑を着た何かは、私を指差していた。
そして、明らかにこいつは人間じゃない。
立ち上がったことで、身長が5mはあることがわかった。
黒い槍を持っていて、威圧感を放っている。
「さぁ、かかってこい。かかってこないのであれば、心が折れたとみなして一人殺す」
……やるしかない、か。
血雷を構え、集中する。
「〈雷走〉〈雷撃〉」
全力で接近し、鎧の継ぎ目を狙って刀を振るう。
「単純すぎるな」
「がっ、ぁ!」
腹部に鋭い痛み。
吹き飛ばされ、壁にぶつかった。
肺から空気が抜ける。
「〈治癒〉!」
淡い緑色の光が私を包み、痛みが軽減される。
おそらく、蹴られたんだとは思うんだけど。
……早すぎて、見えなかった。
痛い。
「〈雷撃波〉!」
「〈暗黒波〉」
雷撃波を使ってみても、簡単に無効化される。
……やっぱり、私一人じゃ何も出来ないのかな。
……いや、諦めるには早すぎるね。
「〈雷走〉」
敵の動きを見る。まずは観察しないと。
「っ!」
黒甲冑は中々詰めて来ない私を見て、槍を突き出してきた。
体を捻り、槍を躱す。
「〈暗黒波〉」
「〈雷撃波〉! ぐっ」
暗黒波を雷撃波で打ち消し、槍の二撃目を血雷で受ける。
「がっ」
接近してきた黒甲冑に殴られ、再び場外に弾き出された。
腕で腹部への攻撃は防いだけど、これ、折れてないよね……?
起きあがろうとすると、尋常じゃない痛みが手足を襲う。
痛みで、体が動かない。
…………私は、弱い。
学校では、天才とか、神童とか持て囃されていたけど。
私は、一人では何も出来ない人間だ。
東京ダンジョンの時だって、お兄ちゃんとせんぱいがいなければ。
……私一人なら、確実に死んでた。
長野ダンジョンの時だって、私一人じゃ何も出来なかったと思う。
——お兄ちゃんがお父さんに殴られてる時だって、私はみてるだけで何も出来なかった。
お兄ちゃんに、なんで妹の私に敬語を使うのか聞いたあの日。
なんとなく寝ることができなかった私は、お兄ちゃんがお父さんに殴られ、蹴られるところを見てしまった。
話が、聞こえてしまった。
あの時のことは、鮮明に覚えてる。
私は怖かった。
私のせいでお兄ちゃんが殴られていることがわかったのに、動けなかった。
助けに入れなかった。
でも、逃げることもできなかった。
殴られて、蹴られて、何度も壁に叩きつけられて。
血を流して、血を吐いて、踏みつけられて。
そんな様が、何時間も続いた。
私の体は動かなかった。
その時の、お兄ちゃんの目が怖くて。
その時の、お兄ちゃんの姿が怖くて。
その時の、お兄ちゃんの血が怖くて。
私は吐いた。
それから数日、顔を合わせられなかった。
でも、お兄ちゃんはずっと笑顔だった。
それが、怖くて。
もう、こんなことを起こしたくなくて。
お兄ちゃんを守ろうと思った。
——思ったのに。
学校でも迷惑かけて。
助けるどころか助けられてばかりで。
本当に、私は弱い。
でも。
そんな私でも、お兄ちゃんは生きて欲しいって思ってくれる。
生きて欲しいって、そう思ってくれてる人がいる。
もう、見てるだけは嫌だ。
立ち上がって、血雷を構える。
私は弱いから。
待つことしか、出来ない。
淡い緑色の光が、私を包む。
「〈雷走〉」
壁に叩きつけられる。
でも、こんな痛み。
お兄ちゃんが受けた痛みの方が、ずっと大きい。
ずっと多い。
せんぱいと、お兄ちゃんが助けに来てくれるまで、時間を稼ぐ。
それしか、私には出来ないから。
「〈雷撃〉」
槍が頬を掠る。
血雷を弾かれ、空いた横腹に蹴りが入る。
「〈雷光斬〉」
血雷諸共吹き飛ばされ、頭を打つ。
「〈落雷〉〈雷走〉……〈雷撃〉」
……そろそろ、足が限界かな。
突き出された槍を身を屈めることで躱し、血雷を槍に滑らせ、関節に潜り込ませる。
槍の柄部分で首を打たれ、打ち上げられた。
地面に叩きつけられる。
「……なぜだ?」
低く響く声が、困惑したように言葉を吐く。
「なぜ、そんな弱い心で折れない!? もう痛みを感じるのは嫌だろう!?」
声を荒げる。
……そりゃ、痛いのは嫌だよ。
「なぜ、そんなにも生を求める!? なぜ、ぼろぼろになってまで足掻く!?」
なんで?
そんなの。
「……一人でも、私に生きて欲しいと思ってくれる人がいる。生きる為に足掻く理由なんて、それで十分」
血雷を杖代わりにして、立ち上がる。
私は弱いけど。
最低でも、私のせいでお兄ちゃんが受けた分くらいは。
報いとして、受け入れるよ。
「〈雷撃〉」
「〈暗黒槍〉!」
「〈交換〉」
視界が切り替わる。
「人の妹に、何してくれてんだ」
見慣れた背中に、安堵する。
「お兄、ちゃん……」




