29 別れの時
送別会が終わり、私たちは講堂で後片付けをしていた。
床には飾りや紙吹雪が散乱している。飾り付け用のロープもあちこちに広がっているから足を取られそうになる。それらをゴミとして集めて、袋に詰めていった。
「ごめんね、手伝ってもらって。フィーちゃんの送別会なのに」
ティアが申し訳なさそうに謝ってきた。
「そうだよ。フィーちゃんは、休んでてもいいんだからね」
ノルちゃんもそう言ってくれるが、最後までみんなと一緒に動いていたかったし、自分が特別な存在ではありたくなかった。ぎりぎりの時間まで、同じ仲間でいたかった。
「私がやりたくてやっているんだから、気にしないで。それじゃ、このゴミ、外に持っていくね」
私は大きく膨らんだ袋を両手に持って、講堂を出る。
庭の隅にはすでにゴミ袋が山のようになっていた。
そこへ置いて、講堂へと戻ろうとした時だった。
背後から誰かに、ぎゅっと抱きつかれたのだ。
「よお。フィル」
聞き覚えのある声、懐かしい感触。柔らかな胸が背中に当たっていた。
「ひいやあぁぁぁ」
素っ頓狂な声が出てしまった。
誰なのかはすぐにわかった。けれど今日の朝、通信魔法で話したばかりなのだ。
どうしてここにいるんだ!?
リドルタからここまではかなりの距離があった。
「ラ、ライラさん!?」
振り向くと、やはりライラさんがそこにいた。
「びっくりさせようと思ってな」
ライラさんは、にかっと笑った。
「リドルタにいたんじゃないんですか!?」
「いいや、今朝にはすでにエルムンタルにいたさ。遠くにいるものと、思い込んでいただろ? 実はすぐ近くから通信していたんだ。ほら、ドッキリってやつだな。大成功だ!」
ライラさんは嬉しそうに話す。
「驚きました。まさかここに来るだなんて」
「いいや、本当は通信のあと、すぐに来るつもりだったんだ。でもフィルが友達ができたって言っていただろ? だから急遽、これを買ってきた」
ライラさんは三本のペンダントを取り出した。そして、確信を持ったように頷きながら、私の装備品に目を向けた。
「良さそうな小手や脛当てをつけているな。それは貰ったんじゃないのか?」
「はい、二人の友人からのプレゼントです」
「そうそう、学校あるあるだよな。当然、フィルはお返しを用意する時間なんてないだろ?」
そう言って、手に持ったペンダントをゆらゆらと振った。
「ちょうど三本ある。どうかな? お返し用に」
私はライラさんから、ペンダントを受け取った。
銀の鎖の先には青い瑪瑙の飾りがある。留め金を外すと開けることができて、中は空洞になっていた。
「そんなに高いものじゃないんだけどさ。ダンジョンで魔石を見つけた時に入れたりするんだ。お守りがわりにな」
「いいですね、これ」
「気に入ってもらえたか?」
「実は、この小手と脛当ても、三人お揃いの装備なんです。このペンダントもお揃いになって、いいかも」
「おお、まさに学校あるあるだ。友達同士でお揃いの装備か。青春しているなぁ。私も昔に戻りたいよ」
ライラさんは破顔しながら、うんうんと頷いていた。
「瑪瑙の部分が開いて、魔石を入れることができるんですね。ちょうどいいですね」
私はそう言って白銀の魔石を三つ取り出した。
「どうしたんだ? それ?」
ライラさんは目を丸くしながら魔石を見つめる。
「実は肩の拘束具が壊れてしまったので、魔石だけ外しておいたんです。これをペンダントの中に入れようかと」
それを聞いて、ライラさんは驚きの声をあげた。
「そんな高価なものをあげてしまうのか!?」
「この魔石は私とずっと一緒にいてくれたので、自分の一部のようなものです。これがただの石だったとしても意味があると思います」
なるほど、とライラさんは深く頷いた。
「そうだな。フィルの想いが一番大切だな」
「一緒に講堂へ行きませんか? みんなにライラさんを紹介します」
◆ ◆ ◆
「おお、一級冒険者だ」
「本当に知り合いだったんだ」
ライラさんはみんなに取り囲まれ、そのまま質問攻めにあっている。
講堂の後片付けも、ほぼ終わっていた。
私はティアとノルちゃんにペンダントをあげるタイミングを見つけられないでいた。誰かにプレゼントを渡すことはこんなに難しいことだとは知らなかった。
やがて、別れの時が近づく。
ティアとノルちゃんの二人は馬車の停留所まで送ってくれるそうだ。学園の門を出て、ライラさんと一緒に歩き出す。
いつペンダントを渡すか、そのきっかけをつかめないでいた。
助けを求めるようにライラさんを見上げるが、ただ笑みを返すだけだった。
四人で黙ったまま道を歩いていた。
風はないのに、空気は冷たかった。
地面を叩く靴の音と、装備が擦れる音だけが響いていた。
次はいつ会えるのだろうか。
地面を見て歩きながら考えた。
だいぶ先になるのは間違いないことだった。
誰かとの別れがこんなにも寂しく悲しいものだとは思わなかった。
やがて、馬車の停留所が見えてきた。
「そろそろここで別れようか」
ライラさんが切り出した。
ティアの目頭が少し赤くなっていた。
「フィーちゃん、私、泣かないよ。絶対に泣かない」
涙を堪えているようだった。ノルちゃんも同じように、目を赤くしながら鼻を啜った。
「私も泣かないよ。だってまた会えると思うから」
私は黙って頷いた。泣いてしまいそうになるが、二人が泣かないと言っているのだ。私だけ、涙を流すわけにはいかない。
ティアは歯を食いしばるようにして声を絞り出した。
「私、絶対冒険者になるから。フィーちゃんを追って、フィーちゃんみたいな冒険者になるから」
ノルちゃんは涙を堪えるようにして拳を握っていた。
「私はなんとなく先生になろうと思っていた。セルディアがこの地で眠っていると言われていたから。でも、今はフィーちゃんの実習での戦いや、バジットとの模擬試合を見て、本当に先生になりたいと思えるようになった」
二人とは三日前に会ったばかりだった。それでも、お互いに何かの影響を与え、何かの絆が生まれた気がしていた。
「二人の卒業のときに、またここに来るね」
「ほんと?」
「約束だよ」
二人とも、真っ直ぐに私のことを見てくれる。
「あの、よかったら、これ。もらってくれるかな?」
私はライラさんが用意してくれたペンダントを取り出した。
銀の鎖の先に、瑪瑙の飾りがある。
二人は驚いたような顔をしたが、すぐにペンダントを受け取ってくれた。
「綺麗……」
「ほんとだね……」
そして、三人してペンダントを首にかけた。青い瑪瑙が胸元で光っていた。
「お揃いだね」
私が言うと、ノルちゃんが瑪瑙を握りしめながら俯いた。
「ありがとう、フィーちゃん……」
ティアも何かを言おうとするが言葉を詰まらせた。ひくっ、としゃっくりをして、そのまま、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「あり……が……とう……」
ノルちゃんがティアを抱きしめた。
「泣かないって言ったのに。嘘つきじゃん、ティア……」
そう言いながら、ノルちゃんもぽろりと涙をこぼしていた。
私もつられて涙が出てきてしまった。
私もノルちゃんもいつの間にか涙が溢れていた。
ティアが鼻を啜る。
「フィーちゃあん……、また会おう。また会おうね……」
鼻水まで垂らしていたが、それを拭おうともせずに泣いていた。
「うん、また会おう」
「またね、また」
「うん」
「絶対だよ」
「絶対」
私たちは抱きしめ合いながら、お互いの耳元でささやいた。
「約束……」
「約束ね……」
「約束だよ……」
そのまま体を離し、私たちは手を振った。
私とライラさんは馬車に乗り込む。
椅子に座ると、ライラさんは私の肩に手を置いてくれた。
幌をめくって外を覗くと、二人は顔をぐしゃぐしゃにしながら手を振っていた。
涙を拭おうともしないで、力一杯、腕を振り回している。
胸のペンダントは握ると冷たかった。でも、その奥では燃えるような熱を持っているように感じた。
ティアとノルちゃんも、同じようにペンダントを握っていた。
私は馬車から身を乗り出して、思いっきり腕を振った。
これがあれば、離れていても繋がっていることができる。
馬車が走り出すと、二人は手を振りながら走って追いかけてきた。
すぐに小さくなって、やがて二人とも見えなくなってしまう。
学園から遠く離れていく。
その学園も小さくなって見えなくなってしまった。
ティアとノルちゃんはきっとまだ手を振り続けている。
私もずっと手を振っていた。
見えなくてもお互いのことはペンダントを通してわかっていた。
二人ともまだぼろぼろと涙をこぼしているのだ。
私も涙が止まらなかった。




