28 波乱の送別会
ユニスと一緒に講堂へと向かう。ロゼッタ先生とは別れていた。
送別会は生徒が自主的に企画しており、先生は抜きで行われる。
「そういえば、最近、学校の近くで魔物が目撃されているようなんですよ」
ユニスが突然こんなことを言った。
「魔物? このあたりにも出るんだ」
「ええ、すぐ近くに森があるじゃないですか。そこからやってくるようです。さっき、教室の窓を開け放してきましたよね。その時、少し気になったものですから。入ってきたら怖いですよね」
そんなことを話しながら、講堂の近くまでやってきた。
講堂へ行くには、いったん外廊下へ回ることになる。
遠くに森が見えた。風が吹いており、木々がざわついていた。風の音以外は何も聞こえてこない。なんだかとても静かで、まるで筆記試験の時のようだな、と感じた。
外廊下を歩くと、講堂の扉が見えてきた。
「こんなに静かなものなの? みんなが集まっているんだよね?」
「おかしいですね。人の声がまったくしないだなんて。フィルさん、注意してください」
警戒心のある声で話しながら、ユニスはごくりと唾を飲み込んでいた。
扉の前までやってくると、ユニスは私に聞いてきた。
「僕が開けましょうか?」
ユニスはそう言いながらも、扉に手をかける様子はなかった。代わりに私が取っ手を握った。
「私が開ける」
そう言って、静かに両開きの扉を開けた。
ぎぎいと蝶番が軋む音がした。
少し開くとその先には異様な光景が広がっており、それを目にした私は一気に扉を開け放った。
扉はばんっと激しい音を立てる。
横でユニスが小さく声を出した。
「いったい何が……!?」
私の袖口をぎゅっと握ってぶるぶると震えている。
およそ五十人の生徒、そのすべてが床に倒れていた。
衣服は血まみれで、中には服が引き裂かれている生徒もいる。
仰向けであったり、うつ伏せであったり、体勢はさまざまだ。
顔を恐怖に歪めたまま固まっているもの、悶絶しながら絶命したことを思わせる者、苦悶の表情を浮かべる者。
その中にティアやノルちゃんと思われる姿もあった。
うずくまっているので二人の顔までは見えないが、ぴくりとも動かない。髪にも服にも血がべっとりと付いていた。
「何があったんでしょう? まさか魔物が……」
震えながら声を絞り出して、ユニスはしがみつくように私の腕を握った。
この光景を目にしながら、拳を自分の口に当てて考えた。
さて、私はこういう時、どういった行動に出るのが正解なのだろうか。
泣き叫ぶ?
悲鳴をあげる?
彼らを殺した魔物に激怒する?
冷静に彼らの遺体を調べ始める?
一番やっちゃいけない行動だけは、私でもわかる。
横にいるユニスにこそっと耳打ちをした。
二人して、ティアとノルちゃんのそばまでゆっくりと歩いた。
「ユニス、みんな死んじゃったの? 魔物に襲われたの?」
泣きそうなほど、悲痛に溢れた声を出す。
「わかりません。でも、生き残った人は誰もいないようです」
ユニスも弱々しい声で、私に合わせてくれる。
ティアとノルちゃんのすぐ横まで来た。
二人とも、こちらに背を向けて横になっている。
肩から背中にかけて刀傷がある。上着は真っ赤に染まっていた。
「ティア、ノルちゃん、死んじゃったの?」
二人の頭のそばまで顔を寄せた。
「わっ!!」
大きな声を出した。
二人とも、びくっ、と体を震わせた。
「よかった〜、生きてる~」
「生きてましたね!」
私もユニスも嬉しそうな声を出した。
ティアはのっそりと起き上がる。
「もう~。バレてたのか~」
ティアが声を上げると、他の生徒たちも次々に起き上がりだした。
講堂に入った瞬間からわかっていた。心臓の鼓動音までは消せるものではないからだ。
私を楽しませようとするドッキリ演出。みんなが死んだふりをして、血糊や悶絶した顔で演技をしていた。
「もう、待ちくたびれたよ。本当に死にそうだった。フィーちゃん、遅いんだもん」
「ごめん、いろいろあってさ」
ユニスと顔を合わせる。バジットのことはティアたちには言わないほうがいい。
血糊のついた上着を着たまま、ティアは号令をかける。
「じゃあ、送別会を始めますか!」
ティアの号令で本当の送別会が始まった。
ノルちゃんが私に話しかけた。
「でもさ、ちょっとくらいは魔物の襲撃にあったと思った?」
「残念ながら、思わなかった」
私は笑って返事をする。
「うわー、また玉砕かあ」
ノルちゃんは天を仰いでいた。練度7のポーションで私が驚かなかったものだから、これはノルちゃんが企画したんじゃないかと思った。
最初にティアが簡単な挨拶をして、しばらくすると男子生徒の手によって大きな木箱が運ばれてきた。
二人がかりで重そうに持っている。
「これ、箱が重すぎだろ」
「この箱しかなかったんだってさ。中身は軽いんだけどな」
箱が準備されている間に、ティアとノルちゃんは退席し、戻ってくると黒いマントで自分の体を覆っていた。
「今日でお別れするフィーちゃんに、プレゼントを用意しました」
腰の高さほどもある大きな箱のそばに、ティアとノルちゃんが立った。
黒いマントはそのままだ。足先しか見えない。
「では、箱を開けてください!」
かなり大きな箱だった。私は蓋を持ち上げた。それと同時に、ティアとノルちゃんは黒いマントをばさっと翻した。
「じゃじゃん! お揃いです! お揃いの装備なのです!」
二人の姿が露わになった。長剣を腰に吊り下げた冒険者の出立ちだ。腕には小手、足には脛当てが装備されていた。
「同じ装備なんですけど、フィーちゃんのは魔石付きです。ずっと強い装備です。私たちは冒険者になってから、自分たちの稼ぎで魔石を購入するつもりです」
ティアははきはきと発言しているが、私は複雑な気持ちだった。
これもドッキリの演出なのだろうか。どういった反応をしたらいいのだろうか。
箱の中身は空だった。
何も入っていない。
「じゃあ、フィーちゃんもプレゼントを装備してみて」
そう言われても、まったくどのように反応したらいいのかわからなかった。
そのままの状態を答える。
「えっと、箱の中が空なんだよね」
二人は飛んできて、箱を覗き込んだ。
「ない! フィーちゃんの装備がない!」
二人は本気で驚いているようだった。
キエエエエエッ――と猿が鳴くような声が聞こえた。
誰かが頭上を指さした。
「あそこだ!」
「キラーエイプだ!」
その時、校舎に放送のような大きな声が響いた。魔法による拡声音声だ。
『みなさん、校舎に魔物が侵入しました。十分に注意してください』
キラーエイプは高いところを走り回っている。
興奮しているようで、剣を乱暴に扱っていた。
剣を振り回して、壁に飾ってある花や飾りを切りつけている。
「それ! フィーちゃんへのプレゼント!!」
キラーエイプは私に渡す予定だった剣を手にしていた。箱から盗み出したのだ。剣だけでなく、小手と脛当てまでも身につけている。
頭上には飾り付け用のロープが張り巡らされており、そのロープを伝ってあちこちへ走り回っていた。
生徒たちはキラーエイプを捕まえようと走り回る。
「魔石装備だから、余計に手が負えねえ!」
誰かが叫んだ。
生徒たちはキラーエイプを追い回しているが、とても捕まりそうになかった。
私はティアに尋ねる。
「どこまでがドッキリ? あのキラーエイプも演出?」
「あれは違うよ!!」
生徒たちは走り回る。キラーエイプは会場を破壊しながら逃げ回る。
講堂はもうめちゃくちゃだった。
一匹の魔物のせいでパニック状態だ。
短剣の衝撃波を飛ばしてもよかったのだが、壁を傷つけてしまうかもしれないし、キラーエイプの血でせっかくのプレゼントが汚れるのも嫌だった。
この短剣は私の手を離れれば鈍器のようにも使える。
目標を補足し、狙いをつけた。
びゅっと風を切る音を立てて短剣が飛んだ。
「グウッ」
短剣は見事にキラーエイプの腹に食い込み、魔物は悶絶しながら落下した。誰かがそれを受け止め、キラーエイプは手足を縛られて床に転がされた。
キラーエイプから装備を取り戻し、私へのプレゼントがやっと手元にやってきた。
長剣を腰にぶら下げ、小手と脛当てを身につける。
私はティアとノルちゃんと目を合わせた。視線だけで、お互いの気持ちが通じ合っているようだった。
三人、お揃いの装備で向き合う。
ここからの動作はシンクロしていた。
剣を鞘から抜いて頭上に掲げた。
そのまま高いところで、刃と刃をかちん、と合わせる。三本の剣が頭上で組み合った。
まるでダンジョンを制覇したあとのようだった。
みんなからは拍手と歓声がわきおこった。大きな偉業を達成したかのような満足感があった。
ここに来てからまだ三日だ。でも、三日の間にいろいろなことがあった。
強盗に襲われ、実習授業を受け、バジットとの模擬試合をした。
セルディアには殺されそうになり、筆記試験はなんとか機転を利かせて乗り切った。
女子会も楽しかったし、なんといってもティアとノルちゃんとは深いつながりを持つことができた。かけがえのない友情が芽生えた気がする。
ほかの生徒たちも私との別れを惜しんで声をかけてくれる。
送別会は終わりに近づいていた。
もうすぐ本当の別れがやってくる。
最後の交流が終わろうとしていた。
みんなと話していると、突然、ロゼッタ先生の怒鳴り声が聞こえた。
先生はいつの間にか講堂に入ってきていたのだ。
「なんですか!? この惨状は!? 講堂がめちゃくちゃですよ!!」
飾り付け用のロープが乱雑に天井からぶら下がり、飾りも花もぐちゃぐちゃの状態で床に広がっていた。キラーエイプが暴れ回り、それを私たちが追い回した結果だった。とても送別会をやっていたとは思えない有様だ。
鬼のような形相で先生は怒っている。
「あなたたちは! いったいここで何をやっていたんですか!?」
金切声のような甲高い声を出しながら、先生は喚いている。
そんな先生に、ユニスがにこにこしながら近づいていった。
「まあまあ、ロゼッタ先生。フィルさんは今日で最後なんですから」
優しく穏やかに話しかけていた。
先生はユニスの顔を見るとなぜか頬を赤く染めた。
体をしなしなとくねらせ、声を和らげながら、まるで初めて男子生徒に話しかけられた女子生徒のような口調で返した。
「あら、そうですわよね。ユニスさんがそう言われるのも、ごもっともですわ。私ったら、つい大きな声を出してしまって……。はしたないことを……」
ロゼッタ先生は手を頬にあてて、真っ赤な顔を隠すように俯いた。
ティアが私にこっそりとささやいてきた。
「あの二人、できてる!?」
私は肩をすくめる。
「さすがに、それはないと思うけど」
ティアの言葉には苦笑で返すことしかできなかった。




