23 前途多難な筆記試験
先頭の生徒たちに、問題用紙と解答用紙の束が渡された。生徒たちは一枚ずつとって後ろへと回していく。
全員に用紙が行き渡ると、ロゼッタ先生が開始の合図を出した。
「今から筆記試験を開始します。では、始めてください」
私にとっては生まれて初めての筆記試験だ。
緊張するものかと思ったが、平常心で臨むことができている。
予習はばっちりだったし、なんなら満点だって狙えると思っていた。
たとえ自分がわからない問題が出題されたとしても、仲間の力を借りればどんな難題でも克服できる。
そう、強い味方――両翼には頼れる友人の二人がいるのだ。
ティアとノルちゃんだ。
「ふふふ……」
本当に幸運なことだったと、笑みを浮かべた。
二人と出会ってからはまだ三日目しか経っていないが、それなりの信頼関係を築きあげた自信があった。
私は袖を捲って気合いを入れる。
「さて、始めますかあ」
両脇の二人を見ると、すでにティアもノルちゃんもひたすらペンを走らせていた。すごい形相で解答用紙を睨みつけるようにしながら、必死に手を動かしている。
集中しているようで、脇目もふらずに何も語らない。
なんだか、私は違和感を覚えた。
異様な静けさなのだ。
二人が喋らなかっただけではなく、教室の誰もが声を出していない。
教室は静寂に包まれていた。ペンの音以外は存在しなかった。
この世からすべての声という声が消え去ってしまったかのようだった。
まるで沈黙の魔法でもかけられたかのように、先生も含めて、誰も何も言わない。
授業中だって、こんなに沈黙が続いたことはなかった。
雑談する生徒の声があったし、ティアもノルちゃんも、授業のわからないところを聞きあっていた。
手を挙げて質問の声をあげることもあったし、直接、先生に問いかける場面もあった。
疑問に思っている時間はなかった。
早く試験に挑まなければならない。
問題用紙に目を向ける。
最初の問題から、わからない。
いきなりの難問だった。
不気味な静けさに不安を抱きつつも、横のティアに声をかけた。
「この問題だけどさ」
「フィーちゃん、黙って」
ティアはきつい口調で、私の言葉を遮る。こちらに顔すら向けずに、解答用紙にペンを走らせていた。
ティアは声を出せない訳ではなかった。出せるのに出さなかっただけだ。
これには軽くショックを受ける。
仲間だと思っていた者に、背後から刺されたくらいの衝撃があった。
とにかく、ティアの協力は得られないようだった。
「ノルちゃん、ここなんだけどさ……」
「フィーちゃん、静かにねー」
優しくのどかな声ではあったが、ノルちゃんも私に顔すら向けようとしなかった。
解答用紙から目を離さずに、手を止める素振りもない。
(ティアだけでなく、ノルちゃんもか……)
愕然とする思いだった。
この三日間で築き上げてきたものが、がらがらと音をたてて崩壊していくようだった。
(冒険者というものは、協力するものではないのか……?)
ダンジョンへはパーティを組んで挑む。
仲間同士の連携が不可欠だからだ。
単独でダンジョンへ乗り込むなど、自ら死地に赴くようなものだ。
お互いに弱点を補うことでパーティの強化がはかれる。
だから筆記試験でも、二人の力を借りるつもりでいた。
協力を得て、私では解けない問題を乗り切るつもりでいたのだ。
仲間だと思っていた二人による、突然の造反。
大きなショックが私を襲い、死地に立たされたことを知る。
荷物持ちをしたときにダンジョンに置き去りにされたが、あの時はボルザとエミルがいた。三人の協力でダンジョンから抜け出すことができたのだ。
今は孤独な状態で、深い谷にでも放り込まれてしまったかのようだった。
しかし、このままでは試験を突破することはできない。
誰かの協力を仰ぐ必要があった。
バジットには頼りたくない。
そうだ、ユニスがいるじゃないか、と椅子を立ち上がった。
立ち上がると同時に、先生のきつい言葉が飛んできた。
「フィルさん、座りなさい」
鋭く、棘のある声だった。
一瞬、クラス中の視線が私に集まるが、みんなはすぐに解答用紙に顔を伏せて、止めた手を動かし始めた。
「早く座りなさい」
先生に促されて、仕方なく私は座りなおす。
どういうことだ? と天井を仰ぐ。
声を封じられ、動きを封じられた。
この広い教室で、私だけが見えない鎖で縛られているようだった。
誰にも頼ることができないのか?
私には味方はいないのか?
まあ、いい。
落ち込んでいる暇などはない。
課せられた制約の中で、できることをすればいいだけだ。
協力が得られなくても、自分から情報収集に向かえばいいのだ。
隣にいるティアの解答用紙を覗き込んだ。
ティアは用紙の端をめくって、こちらから見えないように隠してきた。横目で睨んできたようにも思える。
こんなに怖いティアは、これまで見たことがなかった。
反対側のノルちゃんに顔を向けた。ノルちゃんは用紙に覆い被さるようにして、体を使って隠す。こちらに向けたノルちゃんの後頭部が、私を無言で拒絶しているようだった。おっとりして優しいノルちゃんからは、想像ができない行動だった。
「ふう……」
ため息しか出なかった。
なぜだ?
情報収集すら妨げる理由は?
私が二人の解答用紙から情報を得たとしても、二人の得点が減るわけではない。
失うものがないのだから、私に見せない理由なんてないはずなのに。
もしかして、二人は私にいい点をとって欲しくないのかもしれない。
そうだ、二人は私を裏切ったわけではないのだ。
逆だったのだ。
私ともっと一緒にいたかったのだ。
もう少し、この学園に残っていて欲しいのだ。
私がこの試験をパスすることができなければ、滞在期間が伸びる。
なるほど、すべてに納得ができた。
これまでの二人の行動は、愛情表現なのだ。
だけど、本当に申し訳なく思う。
私はこの試験を無事に乗り切り、今日の午後にはここを発ってしまうだろう。
なにごとにも本気を出さないのは不本意だ。
全力でこの試験に臨ませてもらう。
ごめん、ティア、ノルちゃん。
私は試験を突破する!
今日の午後には二人とお別れだ。




