21 通信魔法でライラと会話する
窓から朝日が差し込む中、ベッドの上にお菓子を広げる。
ベッドに三人で寝転んで、女子会で余ったお菓子をつまみ始めた。
昨日はノルちゃんが真ん中に寝たからその順番のままだ。
横にいるティアがお菓子をノルちゃんの鼻先に掲げる。小鳥がついばむように、器用に唇だけでノルちゃんは受け取っていた。
「はい、お姫様。こうすれば手が汚れないでしょ?」
「ありがとうー」
さすがにお菓子くらいは一人で食べることのできるノルちゃんだが、手を汚さずに食べることができるという享受には抗えないようだった。
私は二人の隣でお菓子に手を伸ばしつつ、紙にペンを走らせていた。今日は筆記試験の日なのだ。試験をクリアしてリドルタに帰ることとなる。
「そういえばさー、誰かがお菓子トラップを仕掛けるとか言っていたねー」
ノルちゃんがティアに話しかけた。
「犠牲者はバジット、ジル、ロイの三人かな」
「バジットがお菓子を独り占めしたら、大変なことになるねー」
「下剤を三人分。お菓子も三人分。一人で全部を食べるなんてことある?」
「さすがにないかー」
「筆記試験中はトイレに行けないんだから、悲劇しか待っていないよ」
ティアは私に視線を向けた。
「それで、フィーちゃんはさっきから何をしているの?」
「絵を描いているの」
二人は、私がペンを走らせていた紙を覗き込んできた。
「フィーちゃん! すごい! 絵が上手い!」
「すごすぎ……。躍動感のある絵が迫真に迫るよう。魔物が今にも迫ってくる感じだねー。こっちもすごーい。これは魔法を使っているところでしょ? 魔法理論を絵で説明するって、とんでもない才能」
「フィーちゃんの強さはイメージ力の高さからきているのかもね」
本心から出た言葉だということが伝わってきた。二人は私が描いたものを心から褒めてくれる。
これで今日の試験はなんの問題もない。
「今日でお別れだね。試験対策も万全だし。夕方にはここを立つことになると思う」
ところがティアは首をかしげた。
「フィーちゃん、いつ試験対策なんてしていたの? 机に向かっているところなんて、見たことがないし」
ティアは不思議なことを言う。
今、こうしてやっているじゃないか。
目の前で見ているじゃないか。
私が口を開こうとしたら、突然、ティアが飛び上がるように跳ね起きた。
「やば! 探知魔法に先生が引っかかった!!」
この部屋に向かって先生が歩いてきているようだった。
ベッドには昨日のお菓子が広がっている。
「隠せ! お菓子を隠せ!」
三人で慌てて片付ける。あっという間にベッドの上からは何もなくなった。
「続いて、偽装準備!」
ティアの号令で、ノルちゃんがさっと机の椅子に座ってノートを取り出した。私も同じように真似をした。
「偽装完了!」
扉がノックされる。ティアが返事をすると、ロゼッタ先生が扉を開けた。
「あら、早朝から試験の勉強ですか。感心ですね」
こちらを見ながら、にこりと微笑む。
「ん? なにかしら……? なんだか、いい香りのするお部屋ね……」
ロゼッタ先生は不思議な顔をして部屋を見回した。
私とノルちゃんは、しまったという感じに顔を見合わせる。
ティアは先生に顔を向けて平然と声を出した。
「フィルさんの歓迎用に花を飾りました」
眉一つ動かさずに、爽やかな笑みを浮べていた。私の歓迎用に用意してくれた花は、そのまま部屋に残っていた。
「なるほど、そうですか」
先生はそれ以上は詮索することもなく、私の方へと顔を向けた。
「フィルさんに用事があったのです。通信魔法が入っていますよ。リドルタのライラさんからです」
「ライラさんから!?」
私の心はぱっと明るく輝いた。
◆ ◆ ◆
寮の一角に小さな小部屋がある。机と椅子が置いてあるだけの簡素な部屋だ。
机の上には、表面に呪文が掘り込まれた小さな石板があった。石板はぼんやりと青く光っている。
ロゼッタ先生は「終わったら声をかけてくださいね」と言って出て行った。
石板から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「よう、フィル。学校はどうだ?」
ライラさんの声だった。たった二日しか経っていないのに、まるで何年も会っていないかのようで、とても懐かしく感じた。
「特に用事はなかったんだけど、無事にやっているのか心配になってな。授業は退屈で眠くなるだろう?」
まさにその通りだった。さすがは、ライラさんだ。
魔法学院に通っていたと言っていたし、すべてお見通しなのかもしれない。
「はい、最初の授業は寝てしまいました。でも、そのあとは無理矢理に目を開けて聞いていました」
「まあ、誰でもそんなもんだよ。元気そうでよかった」
確かに今は元気なのだが、昨日は地下室でとんでもない目にあっていたのだ。
そのことをライラさんに伝えようとする。
「そうだ、ライラさん、聞いてください。昨日は死にそうになったんですよ!」
「そうか、それは大変だったな。まあ、よくあることだ」
ところが、ライラさんは明るい声で返すだけで驚く様子はなかった。
「よくあることなんですか!?」
「あれだろ? 実習中に魔物が乱入してきただとか。あとはあれだな、生徒同士で模擬試合をしていたら、突然、強い奴が割り込んできたとかだろ? 私の時もあったな。懐かしいよ」
「…………」
私は絶句する。ライラさんは、よくあることなのだと、けたけた笑っている。
「学校あるあるだな。どこも一緒だ。自分は強いと思っている奴が、力を誇示しようとするんだよな。まあ、私は返り討ちにしてやったが」
ライラさんは返り討ちにしたのか……。
私は死にかけたというのに。必死になって倒したというのに。
「あの状況がよくあること……」
昨日の赤眼との戦いを思い出して、ただ愕然としていた。
「よくあることだろうな。それにどこも女子は少ないから、男子はみんな優しくしてくれるしな? これも学校あるあるだ」
私はバジットの振る舞いを思い出す。
優しい? あれが?
バジットなりの優しさの表現なのか?
「フィルは強いからな。間違っても、男子をいじめたりするなよ。女は弱いところを見せておくほうがいいぞ」
ライラさんの言葉に、しまったと思い、顔をしかめる。これが音声だけの通信でよかった。私の顔はライラさんには見えない。
昨日は思いっきりバジットを叩きのめしてしまったのだ。
私は完全にやらかしているような気がする。
「えっとですね……。もしも、クラスで一番強い男子をこてんぱんに倒してしまったりしたら、どうなるんでしょう? あ、これ、寮で同室の私の友達の話なんですが」
「そうだな、そんな時は、自分の弱さを見せればいいんじゃないか? なんでもできて、なんでも万能なやつなんていないわけだし、誰でも弱い部分があるものだからさ。それを見せればいいと思うよ」
「そうですか」
私の声はトーンダウンする。それに反応するかのように、ライラさんは尋ねてくる。
「友達の……話だよな?」
「はい! 友達の話、友達の話ですよ!」
私は明るい声で切り返した。
「そうか、友達ができたのか。よかったな。じゃあ、そろそろこの辺で通信を切断しようか。近いうちに会おう」
「はい、ぜひ」
ライラさんとの通信魔法が終わった。
弱い部分を見せればいい、と言っていたけれど……。
夕方にはここを出てしまうのだ。多分そんな時間はないだろうな。




