20 戦いを終えて、寮では女子会が開催される
地下室はぼろぼろになり、凄惨な戦いを思わせる状態だった。
砕かれた石が散乱し、粉塵が床に堆積していた。
間違いなく、無惨に破壊された光景が目の前に広がっていたのだが、それがほんのわずかな時間で目を疑うような変化を遂げる。
外から扉が開かれた。
扉の隙間から一条の青い光が差し込む。
光は地下室全体に広がり、一瞬、私の目を眩ませた。
その一瞬で、地下室は以前の状態に戻り、石壁はもちろん、破壊された灯籠も、引き裂かれた鉄格子も、すべてが模擬試合前の状態に戻っていた。
私の怪我だけでなく、ノルちゃんの傷も治っていた。
これまでの戦いが夢であったかのような、光景だった。
二十五人の生徒たちは眠りにつくように気を失っていた。
ノルちゃんの恋人であるセルディアは、裸の状態で横たわっている。
私は神話で語られる、神の奇跡を思い出していた。
かつて、神はほんの一粒の魔素によって、驚くべき奇跡を起こしたという。
まるで、その奇跡の一端を垣間見たかのようだった。
この世界に語り継がれてきた神話がある。
地上は愛と光に満ち溢れていたそうだ。
神々は地上で暮らしており、人間とともに悠久の歳月を過ごしていた。
争いもなく、憎しみもなく、奪い合いもなく、愛と感謝が溢れる幸福の日々だった。
問題が起こったとしても、神は魔素を一粒取り出すだけで解決した。
その一粒の魔素があらゆる病気を癒やし、食料となり、黄金へと姿を変えた。
しかし、魔素は毒でもあった。
神は魔素を壺の中に入れて大切に保管していた。
ある時、人間は神から壺を奪い、大量の魔素を地上にばら撒いた。
大地は魔素で汚染され、汚れなき清浄なる存在たちは魔素の毒にやられ、苦しんだ。
人間だけが魔素が満ちる地上で生きることができた。
神々や天使、精霊たちは天界へと追いやられてしまったのだ。
地上のあらゆる場所にばら撒かれた魔素により、人間は魔法を使う能力を得た。
魔法は人間を傲慢な存在へと変貌させた。
地上には憎しみ、恨み、憎悪などが蔓延した。
争いが生まれ、奪い合いが起こり、貧富の差ができた。
◆ ◆ ◆
壮絶な戦いのあと、とんでもない勘違いが私たちを襲っていた。
ロゼッタ先生が目を釣り上げて怒っている。
クラスの全員が、講堂に集められて正座をさせられた。
私を含めて二十六人が先生の前で頭を垂れていた。
先生の平常心は完全に失われていた。まとまりのない言葉で話している。
「それでですね、地下室で、裸の男性と、どうして抱き合っている、なんてことが。ああ、嘆かわしいことです。こんなことがこの学園で起こるだなんて……。一体全体、何があったというのですか……ふうっ」
ロゼッタ先生は、深くため息をついた。いかがわしい現場に遭遇してしまったと勘違いしていたようだ。
「本校始まって以来の、とても破廉恥なことでありますよ!」
昼食の時間はだいぶ過ぎていた。
午後になっても教室には誰も現れず、ロゼッタ先生は学校中を探していたそうだ。
先生が地下室へ降りると、少し扉が開いていた。入ってみると、真っ裸の状態でセルディアが横たわり、その上にノルちゃんが覆い被さっていたのだ。
「わたしくしが入るとですね、ノルンさんが裸の男の人の上にまたがってですね、ああ、なんと破廉恥な、不潔です!」
ロゼッタ先生は天を仰ぐ。
非常にタイミングが悪いことに、ちょうどノルちゃんとセルディアはキスをしようとしていたらしい。
それを目撃してしまったロゼッタ先生は卒倒する寸前だった。
「みなさん! 罰です! 今日はお昼も夕食も抜きですからね! 明日の朝食もです!」
喚き散らすようにロゼッタ先生は言うのだが、むしろこの程度で済んで良かったのかもしれない。
どうしてこの程度で済んだのかといえば、ぼろぼろに崩れていたはずの地下室がすっかり元通りになっていたからだ。
まるで白昼夢でも見ていたかのように、凄惨な戦いの痕跡は消えてしまっていた。
「教室に行ったら誰もいないので、驚きました! みなさんが私に対する嫌がらせで、授業をボイコットしたのかと思いましたよ! 明日の筆記試験ですが、最大級に難しくしますからね! 50点以下は居残りです。それでも駄目なら翌日も再試験です!」
私の研修は明日までの予定だった。
これは少しまずいことになった。試験をパスできなければ帰ることができない。
地下室で死にかけたことよりも、明日の試験のことで頭がいっぱいになる。
ティアとノルちゃんはというと、まったく動揺する素振りを見せなかった。ユニスも同様だ。
バジットは顔を顰めている。試験が苦手なのかもしれない。
ロゼッタ先生は地下室での状況をこう捉えていたようだ。
生徒たちの全員が横になっているのを見て、みんなで昼寝でもしているものと思ったらしい。そしてみんなが寝静まったことをいいことに、ノルちゃんとセルディアが破廉恥なことをしでかしてしまったと。
この破廉恥の部分だが、先生が言葉を濁していたために、私にはよく分からなかった。
キスをしようとしたことを言っているのだろうか?
とにかく、先生からしてみたら、地下室で起こった出来事は、食事抜きの罰に相当する程のものだったらしい。
生徒たちの認識はというと、私やノルちゃんの認識とは異なっている。
模擬試合が終わると、地下室が暗くなり恐ろしい姿のセルディアが現れた。
そのセルディアが私を殺そうとしたが、ノルちゃんが止めに入った。
ところが、セルディアは突然みんなの魔素を吸いだして、全員が気を失うこととなった。みんなの意識があったのはここまでだ。
その後の、人間離れした空中戦を見ていたのはノルちゃんだけだ。このことは二人だけの秘密になるだろう。
ノルちゃんはみんなにこう説明した。
まず、自分がこの国の王女だということは伝えなければならなかった。
みんなの注目を私から逸らし、ノルちゃんに集めるためでもあった。
ノルちゃんが国の秘宝の腕輪を使ってセルディアを救ったことにした。
私が驚異的な力を発揮して、セルディアの姿を元に戻したことは秘密だ。
つまり、すべてを解決したのはノルちゃんだということだ。
王女という特別な立場を、みんなを納得させるために利用したのだ。
午後の授業は中止になり、生徒は寮で謹慎することとなった。
ノルちゃんがこの国の王女だということを知って、一番驚いていたのはもちろんティアだ。
驚いていたというより、半分呆れていたのだが。
「ノルちゃんが王女様で、フィーちゃんが騎士団長様の妹で。二人とも雲の上の人ね。私の立場っていったい……。もういっそのこと、ノルン様、フィル様と呼ぼうかしら」
ティアはふざけるようにおどけて見せた。
「それにしても、ロゼッタ先生はご飯抜きだなんて、甘いわよね」
そう言って、ノルちゃんに同意を促す。
「本当だねぇ」
のんびりとした声で答えるノルちゃん。
まあ、私は一週間くらいなら何も食べなくても平気だけど、二人はどうなのだろうかと思い、尋ねてみる。
「ティアもノルちゃんも、お腹が空かないのかな? 大丈夫?」
「ふふふ」
ティアは不敵な笑みを浮かべた。
「この寮は食べ物の持ち込みが禁止されています」
規律正しい言葉で話し出した。ノルちゃんもそれに乗っかる。
「ですが、乙女の欲を甘く見てはなりません」
二人してごそごそと、ベッドの下をまさぐる。隠し持っていた大量のお菓子を出してきた。
「じゃーーん! 密かに持ち込んで、こうして貯め込んでいました。今日まで手をつけずにいたのは、まさにこの日のため」
「こんなになっているとはねぇ」
一緒になって出しておきながら、ノルちゃんは呆れたような声を出す。
大量のお菓子を前にして、ティアが目を輝かせながら宣言した。
「さあ、女子会の始まりです」
クラスの女子生徒は十人だ。全員がこの部屋に集結した。広い部屋だったが、これだけ入ると賑やかになった。
地下室で死にそうになったのは私だけだった。その私がこうしてぴんぴんとしているものだから、みんなは何事もなかったかのように振る舞う。
怖い思いをしたのは赤眼のセルディアに追いかけられた時だったが、魔素を吸われるとすぐに気を失ってしまったのだ。
すべては無事に解決したことで、彼女らの心に傷が残ることはなかった。
八人の女性生徒は部屋を訪れるたびに、仰々しい挨拶をしていた。
「ノルン王女においては、ご機嫌麗しゅう」
「ノルン様、お招きいただき光栄至極に存じますわ」
スカートの裾を持ち上げて、貴族の令嬢を装うようにお辞儀をする。
彼女たちのあいだで王宮ごっこが始まっていた。ノルちゃんは「やめてよ」と言いながら苦笑していた。
お菓子を取り囲んで、女子会が始まった。
丁寧な言葉を使っていたのは最初だけで、すぐにみんなは砕けた言葉で話し出した。
「セルディア様はどうしたの?」
「とりあえず、検査のために病院へ」
「婚約者がいるなんて素敵よね」
「いや、王族と平民の結婚をよく思わない人もいるからね。前途多難なんだ」
会話の中心はノルちゃんで始まったが、やがて話題はあちこちに飛んでいく。
けれど、あまり大きな声を出すわけにはいかなかった。これは秘密の女子会なのだ。
「女子会をやっていることは、気づかれないようにしないとね」
「先生は大丈夫でしょ。近くにいないし」
「危ないのは男子」
「あいつら、告げ口するからね」
「特に、バジット」
「あいつ、やなやつだよね」
「許せないよね」
「まあ、フィーちゃんに、がつんとやられてスカッとしたけど」
他の生徒も、私のことをフィーちゃんと呼んでくれるようになっていた。
「なんとかバジットを懲らしめたいよね」
「でも、どうやって?」
「分からないけど。なんかいい案はないの?」
窓の外を見ていた生徒が、私たちに手招きをした。
みんなで外を見ると、数人の男子生徒が身を隠すようにこそこそと歩いていた。
寮を抜け出そうとしているのだ。寮を出て少し歩けば屋台でもなんでも食べるものが手に入る場所はある。それが目当てなのだろう。
「先生ー。男子たちが寮を抜け出そうとしていますーー」
それほど大きな声ではなかったが、かろうじて彼らに聞こえるくらいの声を誰かが出した。男子たちは慌てて引き返していた。
それを見てみんなで大笑いした。
大きな声を出しそうになった生徒が、慌てて口を塞ぐ。
「男子たちにもお菓子をわけてあげようか?」
「告げ口しなかったらいいけど、絶対に言いそうだからね」
「じゃあ、やめようか」
「それより、バジットを懲らしめる話は? どうする?」
「悔しいけど、強いからなぁ。あいつは」
「そうだ、こんなのはどう?」
誰かの提案に、みんなで顔を寄せる。
「お菓子トラップ?」
「いいね。いけるかも」
「引っかかるかな?」
「どうだろう? そんな簡単にうまくいくかな?」
「いけるでしょ。明日の昼まで何も食べられないんだよ」
無駄話は何時間も続いた。
食べきれないほど、大量にあったはずのお菓子は大部分がなくなっていた。
このあと就寝時間まで女子会は続き、みんなはそれぞれの部屋へと帰っていった。




