16 赤眼の正体
赤眼はノルちゃんの言葉で、動きを止めていた。
彼女の助けを借りて、宙吊りの状態からなんとか下りることができた。
自分の服を切り裂いて肩の傷口に巻いてくれる。
私の出血はあまりにひどくて、すぐに真っ赤に染まってしまった。
意識が朦朧としはじめた。
ふらふらになりながらノルちゃんに支えられて、祭壇から下りる。
赤眼はただ、こちらを睨んでいた。
なぜだかわからないが、標的はおそらく私一人だ。
他の生徒たちには目もくれないし、特にノルちゃんのことは襲うことがないようだった。
一体、この赤眼の正体はなんなのだろうか。
ノルちゃんはそれを知っているようだった。
「ノル……ちゃん……は……」
喘ぐように呼吸をしながら言葉を絞り出す。
「しゃべらないで、フィーちゃん。出血がひどい……」
声を出すのも辛いほどだった。
出血だけではなく、内臓も損傷していると思われた。骨にはひびが入っているだろうし、もしかしたら折れているかもしれない。
ノルちゃんは私の心配をしてくれるが、いつまた赤眼が動き出すかわからない。
どうしても聞いておかなければならなかった。
「ノルちゃんは……こいつの正体を……知っているの?」
「かつての恋人、セルディア……だと思う……」
辛いことを思い出すようにノルちゃんは言った。
「恋人……?」
「死んだと聞かされていたの」
「目の前の……あの存在が……そうなの?」
「間違いないと思う」
ノルちゃんには確信があるようだった。
赤眼の体は大きく膨れ上がり、どす黒く変色している。
なぜあんな姿になっているのか。
どうしてあれほどとんでもない強さなのか。
どうして私を狙うのか。
「彼は生きていた……。こうしてまた会えた……」
私を抱き抱える手に、少し力が入った。
「ノルちゃん……」
あの恐ろしいまでの強さを目にしても、ノルちゃんは赤眼を想っている。それほどまでに大切な人だったのだろう。
ほかの生徒たちは祭壇と反対側の扉に集まりつつあった。そんな中で一人だけ抜け出してこちらに向かっている生徒がいた。
「ティアが……こっちに……」
私が向けた視線の先に、ノルちゃんも顔を向けた。
そこには壁つたいにこちらに歩いてくるティアの姿があった。
赤眼に気づかれないように、気配を殺しながらそろりと足を踏み出している。
「……危ないから……、ティア……」
私は力が入らないため、囁くほど小さな声しか出なかった。
あれだけ凄惨な戦いを見ても、ティアは私の元へと来ようとしてくれている。
ここへ来るだけでも、命懸けの行動であるはずだ。
ノルちゃんといい、ティアといい、赤眼の恐ろしさを見ているはずなのだ。
それなのに、私に寄り添おうとしてくれる。
(昨日、出会ったばかりなんだよ。ほんとに……)
赤眼はおそらくティアを狙うことはないと思うが、近くに来ると危険であることには変わりない。
彼女に声をかけようと立ち上がろうとするが、あまりの激痛に顔を歪めてしまった。
「うっ……」
「動いちゃだめだって、生きているのが不思議なくらいなんだから」
「あれが動きだしたら……、ティアに危険が……」
「今は、私の言葉で動きが止まっているから……」
赤眼はノルちゃんの言葉に反応していた。
そのことにはノルちゃん自身も気がついていたようだ。
言葉を理解し、相手がかつての恋人だということもわかっている。
ということは会話が通じる相手なのではないだろうか。
「あれと対話ができないかな……。本当にノルちゃんの恋人なのかどうか……。確かめたい……」
「今はフィーちゃんから離れたくない」
私を包み込むように、ノルちゃんはぎゅっと抱きしめた。
「昨日会ったばかりだけど、フィーちゃんは、もう大切な人なんだ」
私の痛みを共有するかのように、顔には悲痛さが現れていた。
一方で、ティアは祭壇のすぐ近くまでやってきていた。祭壇の左右に置かれている灯籠にまで差し迫っていた。
腰は引けてこそいるが、顔はしっかりとこちらを見据えている。
本当にその勇気はすごい。
ところがティアが突然、足を止めて立ちすくんだ。赤眼がこちらに動き出していたのだ。
「こっちに来る!?」
赤眼はゆっくり私たちの方へと歩いていた。
ティアはちょうど灯籠のところまで到達しており、怯えるように陰に身を隠していた。
赤眼は間近に迫って、上から見下ろすように私たちを覗き込んでくる。
ノルちゃんが赤眼に向かって声をかけた。
「あなたはセルディアなんでしょ? そうなんでしょ?」
恐れる様子もなく、毅然とした声だった。ぐったりとする私を抱いたまま、凛とした顔を向けていた。
「ノル……ン……」
赤眼から赤い雫がぽたりと垂れた。
涙を流したようだった。
「やっぱり、セルディアなのね……?」
ノルちゃんは手を伸ばすが、赤眼はそれを手で払い除けた。
不可解な行動に、ノルちゃんは顔を歪めた。
赤眼はゆらりと太い腕をあげ、私に人差し指を突きつけてきた。
「テ――ヲ……コロ……サナ……イト……」
よく聞き取れなかった。何を言っているのかわからない。
憎悪がこもった目で私を睨みながら、言葉を続ける。
「ワタ……シ……ト……テ――ト……ドチラヲ……エラ……ブ……?」
「セルディア、どういうこと? 選ぶって?」
ほとんど聞き取れなかったが、ノルちゃんには少しだけわかったようだ。
その時突然、部屋中に反響するような声が響いた。
その場の雰囲気にまったく似つかわしくない、子供が気楽に話すような声だった。
「そいつはこう言っているんだよ。『敵を殺さないといけない』ってね」
まるで状況を楽しんでいるような、軽い感じの声だった。
「そして、『私と敵とどちらを選ぶのだ?』って」
「誰!?」
私とノルちゃんは周りを見回すが、声の出どころが分からなった。
灯籠の陰に隠れていたティアがすぐ上を指さした。
「こ、これ! これが喋った!」
腰を抜かしたように、へたり込んでいた。
ノルちゃんがティアに声をかけた。
「ティア! こっちへ!」
「ノルちゃんーー!」
這うようにしてティアが私たちのところへやってくる。
「怖かった。ノルちゃん、灯籠が、灯籠が喋ったんだよぉー」
半べそになりながらノルちゃんに抱きついていた。
灯籠を見ると、中には奇妙なものが見えた。大きさは手のひらより少し大きいくらいだ。炎のように揺らめいていて、頭らしき部分と、腕や足らしきものがある。実体があるのかないのか分からなかった。
「炎の精霊!?」
ノルちゃんが声を出した。
「へぇー、僕のことを知っているんだ」
男の子が喋るような声で、楽しそうに話し出した。
「神話で耳にしていたのかな? 僕のような精霊や神様たちは、人間のせいでこの世界にいられなくなったんだよね。まったく、人間というものは……」
イフリートを名乗る存在は顔も無ければ口もない。炎のようにゆらゆらと揺らめいて、時々手や足のような形状に変わるが、次の瞬間には別の形に変わっている。
炎のような姿はあるのだが、そこから声が発生されているようには聞こえなかった。頭の中に直接語りかけられているような感覚があった。
「ノルちゃん。あれを知っているの?」
ティアが尋ねた。
「神話のお伽噺だよ。天界の存在は遥か昔に滅びたとされているけど……」
「滅びたんじゃないよ。人間によって排除されたんだよ。人間が魔法なんてものを生み出したおかげでこの世界にいられなくなったんだ。でも、今はそこの化け物がこのあたりの魔素を吸ってくれたおかげでね。僕のような低次元精霊くらいなら降りて来られるようになった」
イフリートはペラペラとよく喋った。
そんなイフリートを無視するように、赤眼がイラつきながら声を上げた。
空気が強く震える。
「ドチラヲ! エラブノダ!!」
今までで一番大きな赤眼の声だった。
恨みと憎悪と嫉妬が入り混じった感情が、声から伝わってきた。
赤眼はノルちゃんに選択を迫っていた。
恋人である自分を選ぶのか……。
それとも……。




