17 ノルンの選択
「ドチラ、ヲ、エラブノダ!!」
赤眼は雄叫びをあげるように怒鳴った。
「ほら、ほら、いいかげん早く選択しないと、この化け物も痺れを切れしちゃうんじゃない? どちらを選ぶの?」
楽しそうに声を上げるイフリートに、ノルちゃんが怒りをぶつけながら言った。
「あなたはいったい敵なの!? 味方なの!?」
「神話にある通りさ。天界の存在は、すべて人間の『敵』だって教わらなかった?」
赤眼は今にも襲ってこようとこちらに足を踏み出した。
イフリートは楽しそうにケタケタと笑う。
「早く選びなよ。選ばなかった側の殺し方を教えてあげるよ」
「ダマレ!」
赤眼は急に身を翻し、灯籠へ向かった。勢いよく拳を打ち付けて破壊する。
激しい音を立てて、灯籠の上部が砕け散った。
だが、イフリートに対しては、拳がすり抜けただけだった。
「お互いに干渉することはできないんだよね。言葉以外は……ふふふ」
顔がないので表情は分かりようがないが、意地の悪い笑みを浮かべているように思えた。この状況を心から楽しんでいるようだ。
「ほら、選びなよ」
イフリートが体を輝かせると、不気味な光が地下室の全体に広がる。
まるで周囲から色彩がなくなったようだった。
赤眼とティアの動きが止まったように感じ、扉の近くの生徒たちも動かなくなったように思われた。
私とノルちゃんだけが、世界から切り離されていた。
「さあ選択をしなよ! 片方は必ず助けると約束するよ!」
イフリートの口調が急に強くなった
ノルちゃんは困惑している。
「どちらかなんて……選べないよ……」
「それは馬鹿な選択だよ。選択しないことで両方を失うんだからね。少なくとも片方を救うことができるというのに、両方を失うのかい? 君は命の選択についての責任を放棄したんだ。結果、両方を失うことになる。後悔に苛まれるよ。苦しむよ。それでもいいの? 再度、チャンスを与えようか。これが最後だからね。さあ、どちらかを選ぶんだ! 愛する人か! その娘か!」
イフリートの口調は威圧するように変わっていく。
ノルちゃんに異変があった。
ゆらゆら揺らめくイフリートを見つめている。
瞳から徐々に光が消え、黒目は白く変わっていった。
魂を抜かれたように呟き始める。
「セルディア……か?」
抑揚のない平坦な声で話していた。
自分の意思で言葉を発しているようには思えなかった。
「ノルちゃん! ノルちゃん! どうしたの!?」
私の声に反応はなかった。
「フィーちゃん……か?」
まるで何かの暗示にかかったかのように呟いていた。
イフリートの言葉が呪詛のように繰り返されていく。
『――ほら、選べよ』
『もう決まっているんだろ?』
『セルディアは、かつての恋人なんだ』
『お前が選べばもとの姿に戻るんだ。昔のセルディアに』
『その娘なんて昨日、出会ったばかりじゃないか』
『どちらかを選べないのは、偽善者だと思われたくないからだろう?』
『そんなのは、ただのエゴじゃないか』
『もっと合理的に考えろよ』
『その娘を切り捨てても、誰もお前を責めないさ』
イフリートの言葉は、徐々に恐ろしい声に変わっていった。
『――切り捨てろ』
『どちらかは死ぬんだからさ』
『そんな娘は死んだっていいじゃないか』
『どうでもいいじゃない、昨日会ったばかりの娘なんて』
『愛する男を救うのだと考えろよ。小さな犠牲じゃないか』
『救うんだよ。愛する者を』
『それこそが人間の本性だろう?』
『結局は自分のことしか考えていないんだろう』
『我々から魔素を奪い、天界へと追いやった人間の本性だ』
気がつくと、イフリートは赤黒く変色していた。
『醜き者よ』
『醜悪なる魂よ』
『愚かさの権化よ!』
『さあ! 愚かで醜い選択をするんだ!!』
『選べよ! 恋人を!! 取り戻せよ! 失われた時を!!』
悪魔の化身のように、イフリートが天井に到達するまでに膨張していく。
目に当たる部分が釣り上がるように空いていて、恐ろしい形相を思わせた。
イフリートはノルちゃんを暗示にかけているのだ。
ノルちゃんは無言のまま涙を流していた。
暗示にかけられたその奥にある意識では悩み、苦しんでいるようだった。
愛する恋人の命か、昨日出会ったばかりの私か。
二つの選択の間で、もがき、苦しむ様子が手にとるようにわかった。
私はノルちゃんに寄り添うように体を合わせる。
「話を聞いちゃだめ……。あれは……あれは、こうして言葉で惑わそうとしているの」
ノルちゃんの目からは涙がぼろぼろと溢れていた。
「セルディアが生きていたの……。こうしてまた会えたの……」
顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。
ノルちゃんは謝りながら、手首に嵌めている腕輪をさすっていた。
ノルちゃんの涙が止まらない。
イフリートは選択を迫る。
その選択からは逃れられないようだった。
どんな選択をしても、彼女を責めるつもりはなかった。
仕方がないと思う。
私はもう死にかけているのだし、いつ赤眼に殺されてもおかしくない状態だ。
せめて、ノルちゃんが愛する人と幸せになってくれたら。
「私は……私は……セルディアを……。フィーちゃん。ごめん……。ごめんね……」
ノルちゃんの中で選択の結果が出たようだ。
「ごめんね。私は……。セルディア、ごめんね」
ノルちゃんは赤眼に向き直った。
「答えは最初から決まっているの!」
強く叫んだ。
さっきと顔つきが全く違っていた。
毅然と前を向き、涙をぬぐい払っていた。瞳には光が戻っている。力強い意志を感じる顔だった。イフリートの暗示からは、完全に解き放たれていた。
赤眼は目を見開いて驚いたような顔をしている。
口に出す前にノルちゃんの選択を悟ったのだ。
赤眼は目と口を大きく開いて憤怒を表す。
その怒りが最高潮に達しようとしていた。
「私は、フィーちゃんを選ぶから」
「……どうして……」
言葉には揺るぎがなかった。
まるで、その選択は以前から決めていたようだった。
赤眼の怒りとは対照的に、ノルちゃんの嵌めていた腕輪が神々しい光を放っていた。




