3 冒険者育成学園で新しい仲間と出会う
冒険者育成学園に到着すると、最初に私は学園長室へ呼ばれた。
正面の豪華な机に年老いた男性が座っている。彼が学園長だ。
机の横には若い女性が立っていた。
学園長は手元の書類に目を落として、ふむふむと頷く。
「よくいらっしゃいました。私は学園長のマルコフです。ええと……、お名前はフィル・バルディクスさんですね……」
マルコフは年老いた男性で、年齢は八十歳くらいだろうか。物腰は柔らかくて丁寧だった。
「フィルさんは騎士団長様の妹君なのですね。リドルタ冒険者組合から、お話は聞いております。三日間、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
私は頭を下げる。
「フィルさんにはこの学園の一回生と一緒に授業などを受けていただきます。学園の説明は一回生の担任ロゼッタがいたします」
学園長は横の女性を紹介した。彼女が担任となるロゼッタ先生だ。
「私がロゼッタです。一回生の担当講師で、冒険者としての階級は二級です。よろしくお願いします」
ロゼッタ先生は優しく微笑んだ。
長い黒髪を腰まで伸ばしている。まだ若そうで二十代だと思われた。ライラさんと同じくらいの年齢かもしれない。
「ロゼッタ先生、よろしくお願いします」
私は頭を下げた。ロゼッタ先生が学園について説明してくれる。
「この学園について簡単にお話しいたしますね。ここは国じゅうから将来のエリート候補が集められています。二年で卒業となり、今年入学した一回生と、二年目になる二回生のふたクラスです。人数はそれぞれ二十五人ずつ、合計五十人で全生徒となります」
「はい」
「すでにお聞きかと思いますが、生徒はAからEにランク付けされています。ですが、大半がDランクかEランクです。フィルさんは六級ということで、Dランクとして扱わせていただきます」
「わかりました」
「生徒たちは冒険者ではないので、実力はあっても実践経験はほとんどありません。卒業後は全員が七級から始まるのですが……。なんというか、問題児もおりまして……」
急にロゼッタ先生の歯切れが悪くなる。
「問題児ですか……?」
私は聞き返す。
「冒険者を見下すというかですね……、一回生にも一人、Bランクの生徒がいるのですが、四級相当ということもあって、下の階級を軽く見るところがありまして……」
「はあ……」
「私としては、実践の経験のある冒険者に敬意を払うように指導してはいるのですが」
「そうですか」
「それで、フィルさんも、こう……、なんと言いますかね。うまくやっていただきたいと」
ロゼッタ先生は奥歯にものが挟まったような物言いだった。
学園長のマルコフが代わって説明した。
「つまり、舐められないように、ということですよ」
笑顔ではあったが、言葉には重みがあった。
「はあ……。わかりました」
私はそう答えたが、実のところあまりわかってはいなかった。
冒険者になってまだ二週間も経過していない。
それでも、上から目線の嫌な奴は何人かいた。
実力があれば多少傲慢になってしまうのも仕方ないのかもしれない。
そういう人もいるのだろうけれど、フレア様のように謙虚な人もいるし、ライラさんのように後輩の指導に熱心で優しい人もいる。結局は人それぞれなのだろう。
どんな人が傲慢になり、どんな人が謙虚になるのかは今のところわからない。
「では、クラスの方へ案内しますね。皆さんに紹介させていただきます」
私はロゼッタ先生と一緒に学園長室をあとにした。
◆ ◆ ◆
ロゼッタ先生の後ろから廊下を歩いていく。
扉を開くと広い教室に入った。
正面には大きな黒板があり、教壇が置かれている。
その対面にはたくさんの長机が置かれており、教室のうしろへ行くほど高くなるように段差がつけられていた。
生徒たちの視線が集まるのを感じた。確かクラスには二十五人の生徒がいると言っていた。
百人は入れそうな教室だったが、広いために生徒たちは余裕を持って座っている。
ロゼッタ先生と一緒に教壇の脇に立った。
「こちらは六級冒険者のフィル・バルディクスさんです。我が学園に三日間の研修に参りました。ここにいる間はDランクの生徒と同様に扱うことになります。短い間ですが、よろしくお願いしますね」
クラスの中はざわつき始めた。ささやく声が聞こえる。冒険者という単語に反応したのだろうか。それとも私の名前だろうか。
「フィル・バルディクスです。よろしくお願いします」
私は自分の名前を述べて軽く一礼した。
「フィルさんはこの研修を終えて、正式な六級として認定されます。たった三日間ですが、みなさん、なかよくお願いしますね」
教室のざわつきが大きくなっていった。「王国騎士団」と呟く声が聞こえてきた。
何かを堪えきれないように、一人の女子生徒が勢いよく手をあげた。
「ロゼッタ先生。質問、よろしいでしょうか?」
はきはきとした元気な声だった。
「はい、ティアナさん。なんでしょうか?」
「フィルさんは王国騎士団長ルディアス・バルディクス様とはご関係があるのでしょうか?」
一気にざわめきが大きくなる。
「そのことなんですが、個人的なことですから……」
ロゼッタ先生は言葉を濁した。
ところが生徒たちは勝手に喋り出す。
「王国の関係者が来るなんて、驚きだろ」
「もしかして、家族だったり?」
「まさか、ルディアス様の奥方様とか? きゃあ!」
「いや、若すぎるだろ!」
ロゼッタ先生が生徒たちを制する。
「みなさん、お静かに。静かに!」
ロゼッタ先生が声を張り上げるが、生徒の声は止まらない。「奥方様じゃない?」とかいう言葉も聞こえた。兄の結婚相手だなんて誤解されてはかなわない。
思わず声が出てしまった。
「ルディアスは兄ですよ。私は王国騎士団長の妹です」
私の言葉にクラスはどよめいた。
ロゼッタ先生は額に拳を当てて渋い顔をしている。私は何かまずいことでも言ってしまったようだった。
一番前の席には見覚えのある顔、ユニスが座っていた。
両手を組んで目をキラキラと輝かせている。
強盗を退治する際に、私の些細な攻撃を強力な魔法だと誤解していた。
さらに王国騎士団長の妹という肩書きで、私という冒険者像を悪い方向に上書きしてしまったか。
本当にあとで訂正しておかなければならない。
騎士団長の妹であっても、魔法すら使えない冒険者なのだから。
クラスが落ち着くのを待って、ロゼッタ先生が私の席を探した。
「では、フィルさんにも一緒に授業を受けていただきますので席を決めましょうか。そうですね、どこにしましょうか?」
ロゼッタ先生がクラスを見回すと、先ほどと同じ女子生徒が勢いよく手をあげた。
「はい! はい! はい! 私の隣で!」
正面、中央付近の長机には二人の女子生徒が座っていた。
手をあげたほうの生徒は茶色の髪の女の子だった。たぶん私と同じくらいの年齢で、明るく活発的な印象だった。
対照的に、横ではもう一人の女子生徒が机に突っ伏している。彼女は寝ているのだろうか。金色の綺麗な髪をしているが、ぼさぼさに乱れて机の上に広がっていた。
「ティアナさんはフィルさんと寮で同室になる予定でしたね。ではティアナさんの隣がいいでしょう」
私の席が決まり、彼女のもとまで階段を登っていく。
生徒が座る机は段になって配置されている。
「ほら、ほら、騎士団長様の妹が来るよ! ノルちゃんも、ほら。起きて、起きて!」
隣で寝ている女子生徒を揺すって起こそうとする。
私が近づくと、眠そうな目を擦りながら顔を上げた。
「ぬゃあに? なぁにごとぉ? もぅお昼?」
「ノルちゃん。ほら、研修で冒険者が来るって聞いてたじゃない。なんと、騎士団長様の妹だったの。びっくりじゃない?」
ノルちゃんと呼ばれた生徒は寝ぼけた目で私を見上げてくる。
「んぅ? まだ眠いんだけどぉ……。ルディアスの妹? そういえば妹がいたっけ……」
聞き間違いだろうか、兄のことを呼び捨てにしたように聞こえた。
「フィルです。よろしくお願いします」
「私はティアナ、よろしく! 年も近いんだし、気楽に話して! そしてこっちのぐうたら姫がノルちゃん」
ぐうたら扱いされた少女は、横で大きく欠伸をする。
「ふあぁ。ノルノルですぅ。私のことはノルちゃんでいいよぉ」
体を起こすが、金色の髪が四方八方へ伸びて乱れていた。着ている服も高そうではあるが、皺がよってよれよれだ。
「あ、自分のことをノルノルなんて言う変な娘だけど、本名はノルンね」
「ん、そのうちノルノルに改名するつもりぃ。そっちのが、かわいいからぁ。よろしくぅ、フィーちゃん」
「あ、よろしく……。ノル……ちゃん」
いきなりフィーちゃんと呼ばれてしまった。
私もノルちゃんと呼ぶべきだろうか。
「いいね、フィーちゃんって呼び方。私もフィーちゃんと呼んでいい?」
「はい、いいですよ……」
「だから、そんなにかしこまらなくていいってば。だいいち私たちは冒険者ですらないなんだし、フィーちゃんはすでに現役の冒険者なんだから。タメ語でいこうよ。私のことはティアと呼んで!」
「うん、わかった。ティア」
そのあと二人と軽く話したらすぐに授業が始まった。
この二人は私と寮で同室になるそうだ。
明るく活発そうなティアナ。
綺麗な金髪なのに自分の身だしなみには無頓着なノルン。
この三日間が楽しくなりそうな気配だったが、後ろからこそこそと囁く声が聞こえた。
一番後方の席には三人の男子生徒が座っていた。
「騎士団長の妹だってよ」
「六級というのも怪しいもんだな」
横目で私のことを見ながら小さく声を出している。
「おい、あの六級の化けの皮を剥がしてやろうぜ」
真ん中の男子生徒が意地悪そうに言った。
横からティアがツンツンと突いてきた。
「あの三人は相手にしない方がいいよ」
私の耳にティアが囁いた。
ノルちゃんも反対側から私の耳に口を近づける。
近づけるというより、完全に唇が耳についていたけれど。
「フィーちゃん。バジットはねぇ……。Bランクに認定されて調子に乗ってるん……」
ノルちゃんはそう言ってすぐに机に突っ伏した。また寝てしまったようだ。
二人にそう言われたら、余計に気になるものだ。
彼らの態度からして真ん中に座るのがバジットなのだろう。
私は後ろを振り返る。
にやりと笑うバジットの顔が目に入った。




